グラナート・テスタメント
第13話「銀珠(バーミリオン)」



黒髪の死神。
『少女』の左手に黒い紋章が浮かび上がる。
次の瞬間、少女の左手には漆黒の巨大な大鎌が握られていた。
『……次で最後……』
「ええ……あなたがねっ!」
あたしは少女に飛びかかる。
全ての『力』を集約させた右手を突きだした。
少女を切り裂くために。
唐突に少女の姿が視界から消えた。
あたしの右手が空を裂く。
そして、次の瞬間、あたしの背中から巨大な刃が突き出ていた。
『……滅!』
少女の言葉と同時に、白い閃光が全てを呑み込む。
光に呑み込まれるようにあたしの意識は消えていった。




ティファレクトは赤い宝石の埋め込まれたサークレットを見つめていた。
「…………」
赤い宝石を指で弾く。
あの時、貫かれ、砕かれたのは心臓ではなく『天使核』だった。
だから、今も自分は生きてる。
『力』を失い、無力な人間として生き恥をさらし続けていた。
ティファレクトはサークレットを額につける。
緑色の衣服の上にマントを羽織ると、アークワンドを手にした。
「一応これが正装だそうだからね……」
この世界で魔導師ことウィザードと呼ばれる者の正装。
先程、マジシャンこと魔術師から『転職』したばかりだ。
特に何が変わったというわけでもない。
僅かに、魔力と敏捷性が上がったような気がするくらいだ。
ティファレクトが魔導師になった理由は一つ。
魔導師という『資格』を持たなければ閲覧できない魔導書を手に入れ、新たな魔術を拾得するためである。
「まあ、それまではこの恰好も我慢ね……」
ティファレクトはそう呟くと、部屋から出ていった。



男はベットから立ち上がると、白と銀を基本にした豪奢なコートを素肌に直接羽織る。
「……暑苦しい恰好アルね」
男が立ち上がったベットにいまだに横になっている女が呟いた。
「ここは極寒の地ですから、丁度良いでしょう」
男ははすでにいつも通りの衣装に着替え終わっている。
「あなたにはそんな派手な衣装は似合わないアルよ」
「心外ですね。これは私にとって原初の装束とでも言うものなのですがね……」
「そんなこと、私の知ったことじゃないアルよ〜」
女はシーツにくるまってベットの上を転がりながら言った。
「さっさと服を着たらどうですか? 風邪をひきますよ」
「相変わらず優しさの欠片もない男アルね……さっきまで一緒に寝てた相手に……」
女の声をかき消すようにドアが勢いよく開かれる。
「兄様!」
エリザベートは部屋の中に飛び込んでくると、辺りを見回した。
「どうしました、エリザさん? そんなに慌てて」
「……えっと、兄様の部屋から兄様以外の声が……女の……」
エリザベートは言い淀む。
何度部屋を見回しても、自分と兄以外誰もいなかった。
その時、エリザベートの背後からクスクスッと忍び笑いが聞こえてくる。
「誰よ!?」
開かれたドアに一人の女が寄りかかっていた。
この世界のムナックとかいうモンスターが着ている服に良く似た真紅のドレス、長い赤い髪を三つ編みにしている。
「……カーディナル?」
咄嗟に口からその名を出したが、すぐに違うことに気づいた。
「フフフッ……」
カーディナルはこんな妖艶な表情や雰囲気をしていない。
「お初にお目にかかるアル。『クリフォトの7i』銀珠(ぎんしゅ)・ツァーカブ・バールという者アルよ。以後よろしくアルよ、『拒絶』のエリザベート」
銀珠と名乗った女は、胸の前で拳と掌を合わせると、ペコリと頭を下げた。
「7i……なるほど『色欲』を司っているのね……あなたにピッタリよ……」
「誉めてもらえて光栄アルよ〜」
「誉めてないわよ、馬鹿ぁっ! この淫……」
いつの間にかエリザの背後に移動していた男が、エリザの口を掌で塞ぐ。
「あまり品のない言葉を口にするものではありませんよ、エリザさん」
「そうそう、お子様には解らない大人の世界がアルよ」
「むぐ〜っ!? うう〜!」
エリザベートは何か抗議の声を上げたようだが、口を塞がれているので言葉になっていなかった。
「さてと、私は『無神論』のカーディナル様に到着の報告に行かなければならないアルよ」
「呆れた人ですね、報告より先に私の所に来たのですか?」
「じゃあ、言ってくるアルよ。後でまたお話しようアル、エリザベート。女同士仲良くするアルよ〜」
銀珠はお札の貼ってある奇妙な帽子を被ると、部屋から出ていく。
「むぐぅ〜! むぅ!……誰が仲良くなんてできるか! この淫乱! 淫売! 偽ムナック女!」
男の掌をはね除けると、エリザベートは銀珠の去っていく背中に向けて思いっきり叫んだ。
銀珠は、まるで声援にでも応えるように、手を振りながら姿を消していく。
「エリザさん……いったどこでそんな低俗な言葉を……私は教えていませんよ」
カーディナルがそんな言葉を教えたとは思えなかった。
それ以前に、そんな言葉を知っているとは思えないし、他人に物を教えるような性格をしているようにも思えない。
ゲブラーやホドはまだここに来たばかりだということを考えると、『独学』で覚えたという説が有力だ。
などと、どうでもいいかもしれないことを男は考えていた。



「おらおらおらおらおらおらぁっ!」
ホールを通り抜けようとしていた銀珠は、サスカッチ(白いクマ)と素手で殴り合っている大男を目撃した。
男の周りには、今殴り合っているサスカッチ以外にも数匹のサスカッチが転がっている。
「わざわざ外から白クマさらってきて、暇潰しに虐めているアルか?」
「どらあああああっ!」
最後の一体のサスカッチが吹き飛び、柱に激突した後、床に倒れ込んだ。
「ふう……あん? 誰だ、お前?」
白クマ殺しの大男、ゲブラーはようやく銀珠の存在に気づく。
「……あん?」
ゲブラーは、カーディナルに初めて会った時と同じ、奇妙な感覚を覚えた。
「……お前、あの女の妹か姉か?」
エリザベートのように、同一人物かと誤解はしない。
だが、どう見ても、赤の他人にも見えなかった。
「アハハ〜っ、全然違うアルよ」
銀珠は笑って否定した。
「ところで、なぜあなたは武器を使わないアルか?」
「あん? この国の武器はやわなものばかりですぐ壊れちまうんだよ! おまけに軽すぎて全然歯応えがねえんだよ!」
「ほう、そういう理由アルか……ちょっと待つよろし」
銀珠は、お札の貼られた変な帽子、この世界でムナック帽と呼ばれる帽子を脱ぐと、帽子の中に右手を突っ込む。
銀珠の右手は帽子の中に溶け込んでいるように見えた。
「ブラットアックス〜アルよ♪」
銀珠は帽子の中から、下手をすれば帽子より大きな赤い両手斧を取り出すと、ゲブラーに向けて投げつける。
ドオオオオンと物凄い音を立てて、斧はゲブラーの目の前の床に突き刺さった。
正確には刺さっていると言うより、床を打ち砕いている。
「お近づきの印にあなたにプレゼントするアルよ〜」
「……あん? よっと……ぐっ」
ゲブラーは右手で斧を掴むと軽々と持ち上げようとしたが、いつもとは違う物凄い重さがそれを阻んだ。
「気を付けるアルよ。普通のバトルアックスなんかの二倍以上の重さがアルね、いくらなんでも片手じゃ無理ネ」」
「な……なめんじゃねえっ!」
ゲブラーは勢いを付けると、片手で斧を頭上にまで持ち上げる。
「おお〜やるアルね」
「ちっ……」
流石に片手では振り回すまでは無理だったのか、ゲブラーは左手も斧の柄に添えた。
ゲブラーは斧を振り回す。
その度に物凄い空を切る音と、風圧が生まれた。
「悪くねえ……これくらいの方が逆に力が入るぜ!」
ゲブラーが斧を柱に叩きつける。
柱は一撃で粉々に粉砕された。
「はははははははっ! こいつはいいぜ! 全力で振り回しても壊れる気配もねえっ!」
ゲブラーは次々に柱を破壊していく。
「はははは……はあっ!?」
突然飛び出てきた赤い爪をした手がブラットアックスをガシッと完璧に受け止めた。
「貴様……我の城を壊す気か……」
「げえっ!?」
ゲブラーが両手で全力で振り下ろした斧を片手であっさりと受け止める化け物。
そんな化け物に睨まれては、傍若無人なゲブラーも蛇に睨まれた蛙と変わらない。
「ああ、その斧は貴重品アルから、できれば燃やさないで欲しいアルな〜」
化け物……もとい、カーディナルがゲブラーに制裁を加えようとした瞬間、銀珠が口を挟んだ。
「ん……貴様は……?」
「最近、新たにクリフォトの7iに任命された銀珠アルよ。エリカ様にカーディナル様をお助けするように言われてきたアルよ〜」
銀珠は、殺気だっているカーディナルとは対照的なお気楽なノリで自己紹介をする。
「……は……悪魔王様から聞いている。遠路ご苦労だった」
銀珠のノリに毒気を抜かれたのか、カーディナルはあっさりと斧を放し、ゲブラーを解放した。
「私の他にも二名ほどこっちに来ているアルよ」
「ほう、そいつらはどこに居る?」
「ゲフェンとかいう所で別れたヨ。次期に来るはずアルよ〜」
「そうか……まあいい。貴様は我が命を与えるまでここで好きにしていて構わない。まあ、いくら好きにとは言っても……この愚か者のような勝手なことをされては困るがな」
カーディナルはゲブラーをギロリと睨む。
「いっ!……悪かった……」
「フン……自分が壊した物の後始末はしておけよ……」
カーディナルはそう言うと、ゲブラーを無視して歩き去っていく。
「馬鹿なのは仕方ないアルが、気を付けるアルよ。カーディナル様は淡泊なようで、激しい気性しているアルから〜」
「……ああ、そうだな……て、てめえがあんな斧をよこすからじゃねえか!」
「自分の馬鹿を、他人のせいにするのは良くないアルよ〜、では、私ももう行くアルよ〜」
「あ、てめえ、待ちやがれっ!」
ゲブラーの声を無視して、銀珠はスキップでホールから去っていった。



「確か、モンスターが沸くのは地下だけではなかったか、サンジェストよ?」
「僕に言われても困るね、オーギュスト」
ゲフェンタワーを登る二人の青年が居た。
一人は王侯貴族のような衣装を着こなした金色の長髪の青年。
もう一人は、爽やかな印象の青い衣服の茶色の長髪の青年。
「貴様がそう説明したはずだ」
「僕はこの街に来て買った観光ガイドを読み上げただけだよ。責任を取れと言われても困るね」
どことなく傲慢な雰囲気なオーギュストと、軽薄な雰囲気のサンジェスト。
オーギュストが文句を言い、それをサンジェストが軽くかわすといった感じだ。
だが、実際は呑気に会話をしている場合ではない。
そこら中にモンスターが沸いているのだから……。
「寄るな、下郎!」
オーギュストは背中のクレイモアを抜くと、モンスターをあっさりと一刀両断した。
「オーギュスト、全部君に任せていいのかな?」
「ふざけるな、サンジェスト! なぜ、平民の貴様のために、この私が働かなければならぬのだ! 貴様が命を懸けて、私を護るのが……」
「はいはい、解ったよ、オーギュスト」
サンジェストは腰のサーベルを抜くと、モンスター数体を薙ぎ払う。
「まったく、これでは観光にならぬではないか、どうしてくれるのだ、サンジェスト?」
「まあ、これはこれで楽しいかもしれないよ。といっても人を斬る方が百倍楽しいけどね」
サンジェストは次々とモンスターの急所に的確にサーベルを突き刺していった。
「私は貴様と違って、神聖なる我が手を汚すのは好ま……」
オーギュストが不満を言おうとした瞬間、
『……銀珠の君主の力を今ここに! ロード・オブ・バーミリオン!』
無数の強烈な炎雷が天から降り注ぎ、オーギュストとサンジェストごとモンスターを全て吹き飛ばす。
「……と、無茶をするお嬢さんが居たものだな。えっと、オーギュストは……」
サンジェストは落雷の瞬間、後方に跳び、ダメージを最小限に抑えていた。
焼け焦げているモンスターの死体の山から人が這い出てくる。
オーギュストだ。
爆発の中心点に居たはずなのに殆ど無傷である。
「……えっと、大丈夫かしら、そこの人?」
先ほど、大魔法を放った人物が階段の上から、オーギュストに声をかけた。
緑の衣服にマントという典型的な魔導師の衣装を着ている。
額の赤い宝石のサークレットが印象的だった。
「さっき覚えたから、試してみたんだけど……やっぱり駄目ね、こんなに詠唱時間がかかっちゃ使い道無いわよ」
魔導師の女はそんなことをブツブツ言いながら、オーギュストに近づいていくる。
「……で、大丈夫なの、あなた?」
「……美しい……」
「……はあっ?」
オーギュストは優雅な笑みを浮かべると、魔導師の女の手を取った。
「象牙のように白く美しい肌だ……」
「…………」
「その瞳もまた……」
「大丈夫みたいね、じゃあ!」
魔導師の女はオーギュストの手を振り払うと、物凄い速さで階段を下りていく。
魔導師の女の姿はすぐに完全に見えなくなってしまった。
「自分を襲った女をナンパするのが貴族の嗜みなのかい、オーギュスト」
一部始終を見ていたサンジェストが呆れたように言う。
「間違えるな、サンジェスト。私は貴族ではなく王族だ!」
「はいはい……」
「それにしても美しい女性だった……この国も捨てたものではないな。そう思わないか、サンジェスト?」
「はいはい……」
否定すればすればで面倒なことになるのが解っているので、サンジェストは適当に頷いた。
やはり、この男に付き合うより、あのアルアル言っている小娘と共に城に行くべきだったと後悔しながら……。



















次回予告(兄様&エリザベート)
「というわけで、13話を送りしたわよ」
「主役をちゃんと主役扱いの話にしようとしたのですが、途中で出した銀珠さんで長さ的に殆ど終わってしまい。このような具合になってしまいました」
「で、ラストの雑魚二人は、新キャラ多いから、今回は出さずに後回しにしようかと思ったんだけど……面倒だからさっさと出しちゃったわよ。これでしばらく新キャラは増えないわよ」
「すでに出ているけど、名前は出ていない人などは別ですけどね。私も含まれてますね、それに……」
「今回、一番やっちゃったって感じなのが……あのムナック女の口調ね……笑って許してくれると嬉しいわ。て、なんで、アタシがあの女のフォローしなきゃならないのよ!?」
「では、今回はこの辺でお別れですね。機会があればまたお会いしましょう」
「またね」


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