グラナート・テスタメント
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理由が欲しい、目的が欲しい、生き続けるための。 その理由と目的として、わたくしは『妹』選んだ。 元々、わたくしという存在は妹……ビナーのためだけにあるようなものだから。 この世で唯一愛せる『他者』である妹。 妹を愛し、妹を護るためだけにわたくしは生きる……。 「なぜ、わたくしの前に姿を現したのですか……」 捨てたくせに。 やっと忘れることができるようになってきた時に……。 『偶然だ』 そう偶然だろうとも。 偶然という名の必然。 運命というのはどこまでも皮肉的で質が悪い。 『ほう……俺に刃を向けるか? まあ、それも面白いな』 ケセドは槍を構えた。 相手は武器一つ持たず、無防備に立ったままである。 「はっ!」 ケセドは神速ともいえる槍撃を何度も放った。 しかし、相手は最小限の動きで全てかわしてしまう。 『なぜ、槍など使っている? 剣ならおそらくお前に敵う存在などまずいないだろうに……どれだけ熟練しても、槍の方が剣より遅い……これがどういうことか解らないお前じゃないだろう』 「黙れっ!」 ケセドの最大限の闘気を込めた渾身の一撃を、相手はあっさりと受け止めた。 『例え、お前がもっとも自由自在に操れる剣でも、俺の速さについてこれる可能性は低いだろうに、槍では話にもならないな』 槍の刃先が粉々に握り潰される。 「くっ……」 「お姉様!」 ビナーの声が場に響いた。 『……ん? そうか、そういうことか。だから、お前は……』 ビナーを見つめた後、全てを悟ったように呟く。 『じゃあな、俺のことは忘れて一人……二人で生き続けるといい』 相手の左腕が光り輝いたように見えた瞬間、ケセドの意識は途絶えた。 自分とビナー。 二人揃ってさえいれば、他の十大天使の誰にだろうと負ける気はしなかった。 自分達は二人揃って初めて完全になる。 お互いの『力』を最大限引き出すためにお互いが存在するのだ。 けれど、二人でではなく、自分一人で倒さなければならない相手がいる。 そのために自らを鍛えているのだ。 「じゃあ、いくよ、ケセド」 「いつでも構いません」 森の中、ケセドとミーティアは対峙していた。 ミーティアの周りに三個の水晶球が浮かび上がる。 「いけっ!」 ミーティアがケセドを指さした瞬間、 三つの水晶球が三方から同時にケセドに襲いかかった。 「はっ!」 水晶球は全て、ケセドに激突する寸前に砕け散る。 ケセドが槍で粉砕したのだ。 「おお〜。じゃあ、次は四個で……」 「いいえ、七個でお願いします」 「ふぇ? いくらなんでもいきなりそれは無理なんじゃないかなとミーティアは思うの?」 七個というのはミーティアが同時に操れる水晶球の最大数である。 「それくらい無理をしなければ修行にはなりません。全力でお願いします」 「……う〜ん、どうなってもミーティアは知らないよ」 ミーティアが指を鳴らした。 すると、ミーティアを乗せて浮遊しいている巨大な水晶球の中から、七個の水晶球が吐き出される。 水晶球はミーティアを取り囲むように展開した。 「いけ! クリスタル達よ!」 七つの水晶球達がトリッキーな動きをしながら、ケセドを狙う。 360度さまざまな角度から、水晶球達がケセドに襲いかかった。 「はああはっっ!」 ケセドの掛け声と共に、水晶球が全て弾け飛ぶ。 「お見事! 全部叩き落としたね」 「いいえ、まだまだです……砕くことができたのは七個のうち四個まで……他は辛うじて弾いただけに過ぎない……」 ケセドの言葉通り、地面に転がっている水晶球のうち三個は無傷で転がっていた。 「正確に球の中心を打たなければ、綺麗に粉砕するのは難しい……ですが、それくらいの正確な一撃でなければいけない……速いだけで狙いの甘い一撃では意味がありません」 ケセドは再び槍を構える。 「もう一度お願いします、ミーティア」 「はいはい、ケセドが満足するまで付き合うよ」 二人の修行は日が暮れるまで続いた。 妹の好きなものはわたくしも好き。 妹の嫌いなものはわたくしも嫌い。 わたくし達姉妹は趣向も価値観も全て同じだった。 でも、一つだけ違うことができた。 男の趣味だ。 わたくしは、妹が心惹かれた男が……大嫌いだった。 「ラストです、ミーティア、アレを頼みます」 「はいは〜い」 ミーティアの周りに赤、青、黄、緑、紫、白、黒の七色の水晶球が展開する。 「七霊七星陣」 ミーティアの前面に七つの水晶球が移動した。 紫の水晶球を中心に、六つの水晶球が上、右上、左上、下、右下、左下に移動し、虚空に六芒星を描き出す。 「はい、遠慮なく打っていいよ、ケセド」 「はあああああああああああっ! バッシュ!」 ケセドは体に残っていた全ての闘気を槍の穂先に集中させると同時に、槍を突きだした。 凄まじい爆音が響く。 爆煙が晴れると、穂先の完全に消滅している槍を突きだしているケセドと、無傷で相変わらず宙に浮いているミーティアがいた。 「なかなかの威力だったとミーティアは思うの」 七色の水晶球を強大な水晶球に収納しながら、ミーティアは言う。 「まだまだです。今の倍の威力にまで高められるはずです……」 「頑張るね、ケセドは……まあ、とりあえず、今日はもう暗くなったし帰ろうよ」 「そうですね。修行に付き合っていただきありがとうございました」 ケセドは礼儀正しく頭を下げた。 「どういたしましてだよ。さあ、夕食夕食〜♪」 ふわふわと巨大な水晶球が飛んでいく。 ケセドもその後を追うように歩き出した。 「七霊球?」 男の口から出た言葉を、エリザベートは疑問符を浮かべながら繰り返す。 「ええ、ミーティアさんの操る七種類の水晶球のことです」 「水晶球なんて武器になるの?」 「なりますよ。相手の額や心臓を水晶球で貫いたりするのが基本的な攻撃手段ですね。普通の弓矢のように真っ直ぐ飛ばすだけではなく、途中で動きを止めたり、加速させたり、減速させたり、軌道を変化させたり、ミーティアの意志で自由自在に動かせるので回避するのはなかなか難しいですよ」 「へぇ……」 そう言われてもエリザベートにはいまいちピンとこなかった。 どう考えても水晶球なんかにたいした破壊力があるようには思えない。 「まあ、本当に怖いのはそこではありません。問題は七種類の水晶球がそれぞれ、火、水、風、土、魔、光、闇の属性を持つということです」 「ん? こっちの世界の属性とちょっと違う?」 「ええ、光は聖、魔は念にでも置き換えてください、正確には違いますがね。要は今、上げた全ての属性がミーティアには無効だということです」 「なあっ!?」 今、さらりととんでもないことを言わなかっただろうか? 「兄様……今の聞き間違えよね……?」 「火は赤霊……赤い水晶球で吸収……といった具合に七種類の全ての力を無効にすることができるのですよ」 「それって……魔法が全て効かないに等しいんじゃ……」 「そんなところですね。さらに、七つの水晶球を同時に使用することにより、絶対破壊不可能な物理障壁を作り出せますから、直接攻撃もまず効きませんね」 「……何よ、そのインチキみたいな万能能力は……」 ミーティアの能力のあまりのデタラメさというか、反則臭さに、エリザベートは茫然とする。 「『防御』という面においてはミーティアは最強とも言っていいでしょう。理屈上はミーティアを倒す方法は存在しません」 「……呆れるしかない能力ね……」 「ミーティアの防御法を無効にした者は、私の知る限り二人しかいません」 「破る方法があるの? 誰が破ったの?」 「『馬鹿』と『天才』ですよ」 そう言うと、男は苦笑した。 「でもさ、こんな地道な修行しなくても、アレを使った方が早くない?」 だらしなく水晶球の上に寝そべりながら、ミーティアは隣を歩くケセドに尋ねる。 「アレは使えない。あの男に対してのみアレは無力です……」 「……なるほどね。修行の目的はそういうことなんだ」 ミーティアは呆れたような、疲れたような、何とも言えぬ表情でため息を吐いた。 「ティファもケセドも無駄かもしれない努力をよくするよ」 「努力や修行というのはそういうものです。あなたのように努力と無縁な存在には解らないかもしれませんが……」 「そういうものなんだ?」 「そういうものですよ」 生まれた時から特殊な力を持っていたミーティアには強くなるために努力するという感覚が解らないのも無理はない。 腕力や体力を鍛えたり、技を熟練させるなどといったものとは根本的に次元の違う特異な『力』。 野生の獣と同じ、生まれながらに持った『力』だけで戦う者。 「今日の夕食は何かな〜」 「さあ、なんでしょうね」 ケセドは微笑を浮かべた。 人によってはミーティアのような存在は妬みの対象だろう。 自分が一生かかっても到達できない強さを生まれながらに持っており、それに対して本人は無自覚。 だが、ミーティアを妬んだりして何の意味がある? そんな暇があるのなら、自分自身を鍛えた方が有意義だ。 自分はもっと強くならなければいけないのだから。 あの男を倒せるぐらい強く……。 次回予告(兄様&エリザベート) 「というわけで、11話の裏面、対をなす話、ケセド編(12話)ね」 「最初の予定と全然内容が変わってしまいましたね、11話も12話も……」 「冒頭の段階で違うってのが凄いわよね。本来の過去部分でメインであるはずだった『彼』が出なくて、まだしばらく影も形も出さない予定だった『存在』が出てるし……」 「まあ、主人公の扱いについては、前回と同じく無理に出すよりは……というわけです」 「それはもう……何も言えないわね。あとミーティアの能力完全公開ね。どれだけデタラメなのかこれで解ってもらえたと思うわ……」 「では、今回はこの辺でお別れですね。機会があればまたお会いしましょう」 「またね」 |