グラナート・テスタメント
第9話「天使核(エンジェル・コア)」



『天使核(てんしかく)』
天使という高次元生命体を宝石の中に封じ込め、その宝石を自らの体内に埋め込めることによって、その天使の能力を自分の物とする。
カバラと呼ばれる異端の魔術から発展されて生み出された邪法中の邪法だ。
てっとり早く、人の身でありながら天使や悪魔クラスの力を得ることができる。

『本来、セフィロトとは非常に広大な大宇宙を表しながら、その形は人体である小宇宙をも表している。さらには、神に至る精神的な遍歴をも意味するもの……まあ、簡単に言えば人が神のごとき力を得るための修行というか法則ですね』
以前、あの男そう言っていた。

『同化というのは本来元々限りなく同質の者同士の間でしか行えません。また、融合という方法は……融合後に生まれる者は元になった二つの存在のどちらでもありながら、どちらでもない者になってしまいます。これでは意味がありません』
元になった二人が消滅し、新たな存在が一人生まれる。
確かに、それでは自分は消滅してしまうのだから意味がない。
例え、新たな存在が自分の記憶を引き継いでいたとしても、それは自分ではない。
『そこで思いついたのが、この天使核という手段です。封じ込めた天使から絶えず『力』だけを抽出し続ける……まあ、融合や同化のように100%天使の力を常に自由自在に扱うことは難しいですけどね』
あの男の説明で理解できたのはその辺までだった。
それ以上は専門用語や、訳の分からない公式ばかりでまったく理解できなかった。


後にこの世界に来てから、この天使核と似たような技術。
『カード』という手札にモンスターの力を封じ込め、それを武器防具に埋め込み『力』を得る方法があることを知る。
そう言った邪法を思いつく者はどこの世界にも居るようだ。
人の業とはどこまで深い……天使や悪魔、神の力まで自らの物としようとする……恐れを知らぬ生き物、それが人間なのかもしれない……。



ゲブラー・カマエル。
彼は正真正銘ただの人間だった。
どこかの山賊の頭だったとか、力だけで一つの国の王にまでなったとか、力だけで大陸を一つ自分の物にしようとしたとか……とにかく、彼は力だけで全ての物を手に入れようとしていたそうだ。
そして、彼はさらなる『力』が手にはいるという、あの男の誘いに乗り組織にやってきた。


ネツァク・ハニエル。
魔性の瞳を持つせいで、人から忌み嫌われ、迫害されて生きてきた彼女は、この人外ばかりが集う組織に来るしかなかったのだろう。


ホド・ニルカーラ。
十大天使の一人であると同時に、アクセル直属の暗殺集団千面衆の副官でもある男。
そしてミーティアの忠実な下僕でもある男。


ケセド・ザドキエル&ビナー・ザフィキエル。
人間かどうかも怪しい双子の姉妹。
常に二人一緒に行動し、別行動していることなど一度も見たことがなかった。


イェソド・ジブリール。
天使と対極の存在。
天使核はもとより、役職名とはいえ彼女を『天使』呼ばわりすること以上の滑稽さはなかった。


ティファレクト・ミカエル。
これはあたしだ。
どこで生まれたのか、何者なのか、あたしはあたしのことを何も知らない、覚えていない。


そして、マルクト・サンダルフォンとケテル・メタトロン。
あの男と同じく、天使核を必要としない、双子の兄妹。


以上、九人にあの男をたした十人をファントム十大天使『セフィロト十神』と呼ぶ……。



「例の二人連れてきたわよ」
エリザベートが訪れた部屋には一人の男が居た。
白と銀を基本とした王族のような豪奢な衣装を着こなした、漆黒の長髪と瞳の男。
「ご苦労様でした、エリザベートさん」
外見から感じる尊大な雰囲気に相応しくない、丁寧な口調で男は言った。
「エリザでいいっていつも言ってるじゃない、兄様」
男に対するエリザの態度は異常に好意的である。
ゲブラーあたりが見れば、『なんだその露骨な態度の違いは!?』と怒鳴っていただろう。
「でも、ホントにあんな馬鹿二人が役に立つの? アタシ達クリフォト・テンツ(十の邪悪)が3、4人……いいえ、アタシかカーディナルの一人でも充分すぎると思うけど」
男は口元に微かに微笑を浮かべた。
「失礼。無論、あなた達、クリフォトの力を軽んじているわけではありませんよ。ですが、セフィロトを甘くみないことです」
「そうかしら? 兄様の過大評価じゃないの?」
エリザベートはちょことんと男の隣に腰を下ろす。
「例えばゲブラーさんは、元から人間としては限界までに鍛えられた肉体をしていたのですが、それにさらに肉体改良を行い、埋め込んだ天使核で無尽蔵ともいえる闘気を扱えるようにしたのです」
「なるほど、人間の限界を超えた筋肉馬鹿って訳ね……」
「ホドさんは、ゲブラーさんのような強い生命力や、あなたのような不死身さとは違う、不死を体現された方」
「……アタシとは違う不死?」
エリザベートが疑問といった表情を浮かべるが、男はそれ以上の説明はしなかった。
「ビナーさんとケセドさんは厳密には人間ではありませんし、何より二人で一人なことに意味がある……」
「二人で一人?」
「ええ、あなたやカーディナルさんでも、あの二人は倒せるかどうか解りません」
「なっ!?」
エリザベートが驚きの声を上げる。
「兄様、それはアタシ達の実力を馬鹿に……」
「そうではないですよ、エリザさん。私もあの二人の真の実力の前では勝てないかもしれない……そういうことですよ」
「兄様が? それこそ信じられないわよ……」
自分が勝負にすらならい強さを持つ兄様が勝てない存在など居るはずがないのだ。
「もっとも負けるとは思ってませんし、何より、私相手では真の実力を発揮することは決してできないんですけどね」
「えっ?」
「いえ、なんでもありません。ただ戦うことがありえない相手との戦闘結果を予測する必要はないということです」
確かにそれはそうかもしれない。
自分は兄様に勝てないから兄様と戦わないのではない。
兄様と戦う必要がないから、兄様と戦いたいなど思ったことすらないから戦わないのだ。
「そうそう、マルクトさんにだけは手を出さない方がいいですよ、エリザさん」
「マルクト?」
「ええ、そうです、マルクト・サンダルフォン……実力的にあなたの数段上なうえに、属性相性もあなたとは最悪です」
「属性相性はともかく、数段上というのは納得いかないわよ……」
外見に相応しい子供っぽいすねた表情をするエリザベートに男は苦笑する。
「マルクトさんに挑むということは、カーディナルさんに挑めとあなたに命じるのと同じです……私はあなたを失いたくないんですよ」
「兄様…………解った。兄様がそう言うなら、マルクトにだけは手を出さないわ」
「良い子ですね、エリザさんは」
「あっ……んん……」
男はエリザベートの頭を優しく撫でた。
エリザベートは嬉しそうに男に身を任せる。
もし、ゲブラーあたりが同じことをしたのなら、子供扱いするなと烈火のごとく怒り狂い、罵詈雑言の嵐になるのは間違いなかった。
「あなたの相手はそうですね……ネツァクさんはこの世界には存在しない『魔』属性の剣士ですし……」
魔という属性はこの世界の法則には存在しない、あえていうなら『闇』に近いのかもしれないが、厳密には違う。
それに、剣士というのもこの世界の『剣士』という職業とネツァクのスタイルは一致していなかった。
「そうですね、ティファレクトさんが丁度良いですね」
「もしかして、その人が一番弱いから?」
それとも、消去法でその人しか残っていなかっただろうか?
「いいえ、それが一番面白そうな組み合わせだからですよ」
男はそう言うと、クックックッと楽しげに笑った。



毎朝、槍だの剣だの突き刺されて起こされる。
この前などモーニングスターだ。
おかげで、ティファレクトは眠っていながらも、周囲の気配にとても鋭敏に反応できるようになっていた。
殺気はもちろん、僅かな気配でも感知すれば瞬時に目覚めることができる。


ティファレクトは眠っていた。
まだ眠っていられる。
この場所には殺気はおろか何の気配もまだないからだ。
しかし……。
「なああああっ!?」
ティファレクトは目覚めた瞬間、思いっきり棺の蓋を押し上げ、棺の中から飛び出す。

チィン!

マルクトが棺の前に自然に立っていた。
仕込み杖ならぬ、刃を仕込んだモップを持っている。
今の微かな音は抜いた刃を再びモップに戻した音だろう。
「おはようございます、ティファレクト様」
マルクトがペコリと頭を下げると同時に、棺が跡形もなく細切れになった。
「……あなたが一番怖いわよ、マルクト……あたしを細切れにするつもり?」
「いえ、ティファレクト様なら、抜刀の寸前の私の僅かな殺気でお目覚めになられるかと思いましたので」
「あれが僅か? あんな鋭い殺気、この国に来てから初めて感じたわよ……」
しかも、抜刀の寸前までは殺気どころか気配もまったく感じさせずに、棺の前まで移動してきたのだろう。
「今までで一番心臓に悪い目覚ましだったわ……」
もしマルクトが目覚ましではなく、殺すことが目的だったら、殺気0のまま抜刀を完了することもできたに違いないとティファレクトは思った。
「棺は私が直しておきますので、ティファレクト様はどうぞ朝食へ」
ティファレクトの横を通り過ぎると、マルクトは棺の破片の前にしゃがみ込む。
「直すって……えっ?」
マルクトは小さな破片と破片をパズルのように組み合わせていった。
「切断面が恐ろしいほど鋭利だからこそできることだな……」
いつのまにか入り口に立っていたネツァクが呟く。
「それだけじゃないよ、どの破片がどの部分の破片なのかマルクトは完全に覚えているんだよ。切り刻む瞬間に完璧に記憶したんだよ」
ミーティアまで地下室に降りてきた。
「完成しました。仕上げをお願いできますか、ミーティア様」
ティファレクトは目を疑う。
元通りの棺がそこにあった。
「はいはい、いくら繊維をまったく傷つけなかったといっても、切断だからね。切った部分にはノリを塗らなきゃね」
ミーティアはマルクト入れ替わるように棺に近づくと、何かを塗っている。
「……ノリ……糊? 海苔?」
ホントに『ノリ』なんかでくっつくのだろうか?
「あくまで念のためだ。人間の体ような有機物なら、何も塗らなくてもくっつくのだがな。すでに自然から切り離された『木』ではその辺が怪しいからな」
ネツァクが聞かれてもいないのに説明した。
「私も以前、マルクトに腕を切り落とされたが、あっさりくっついたからな……」
「そういえばそんなこともありましたね、ネツァク様」
ネツァクは苦笑を、マルクトは穏やかな微笑を浮かべながら、物騒な会話をしている。
化け物ばかりだ。
ティファレクトは嘆息すると、朝食を取るために、階段を登っていった。












次回予告(エリザベート&兄様)
「兄様! 兄様! ついにここを乗っ取ってやったわよ!」
「良かったですね、エリザさん(前回もすでにあなたは乗っ取りをしていた気もしますが)」
「うん! というわけで、今回の話だけど……ついに主人公が冒頭のナレーション(回想風)?と最後のオチ?しか出番なくなったわね。まあ、今回の話は、アタシと兄様が主役といってもいいかもしれないわね」
「そうですね。さて、今回はラグナからの逸脱能力部分の中核とも言える「天使核」についての回です。というか、いい加減ファントムを全員紹介し(キャラによってはしなおし)てしまいたかったと言ったところですかね」
「残りの部分は唯一やってなかった目覚ましシリーズを除けば、あたしと兄様の会話だけで終わっちゃったわよね」
「まあ、5p(1話分の長さ)なんてアッと言う間ですから。キャラが多すぎるというか、悪役?の方まで描写したら、必然的に主人公なんて……出番の無い回が多くなるでしょうね」
「哀れね……作者は悪役好きだから……なおさら出番が消えていって……」
「では、今回はこの辺。機会があればまたお会いしましょう」
「またね」

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