グラナート・テスタメント
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もし、武器に意志があり、自分を使う者を選ぶというのなら、より強い力を持つ者、自分の力を最大限にいかしてくれる者を選ぶのだろうか? それとも、自分の好みの容姿や性格をしている者を選ぶのだろうか? 例え、どれほど弱い者だったとしても……。 「意志を持つ武器?」 「そう滅茶苦茶レアな武器だよ」 ふわふわ。 ティファレクトとミーティアは通路を歩きながら、雑談をしていた。 「レアってレベルを超えてるかもね、世間的というか、大衆的に存在を認められていないんだから。あくまで伝説や御伽話にすぎない……実際に所有している人間以外にはね」 ミーティアは浮遊する巨大な水晶球に乗って移動している。 ティファレクトは初めて出会ってから今まで、ミーティアが自分の足で歩いたり走ったりしている姿を見たことがなかった。 確かに、水晶球に乗っていた方が楽なのだろうが、これでは足が退化して使い物にならなくならないだろうか? 「まあ、ミーティアですら、まだ二つしか見たことないからね。本物といっていいクラスのは……」 「本物?」 「意志を持ち、言葉を話せるどころか、人の姿を取ることすらできる……ミーティアが言っているのはそのクラスのモノのことだよ」 「そんなモノがホントに存在するのか?」 「神話なんかにはいくつか存在するよ。まあ、ホントに凄い神剣は人の歴史どころか、伝説、神話にすら一切残らないんだけどね……」 「残らない?」 「存在を認められないモノ、存在しないはずのモノ、それが一番強いモノ」 ミーティアの言っていることは解るような、解らないような……。 「……存在を認められないモノ、存在しないはずのモノというのはミーティアやお兄様も当て嵌まるんだよ……」 ティファレクトが思考していた一瞬、ミーティアは聞き取れないような小声で呟いた。 「別になんでもないよ〜。あ……」 ミーティアの水晶球がピタリっと止まる。 その理由はすぐに解った。 女が一人、通路の壁に座り込んでいる。 一言でその人物を評するなら、ワインレットの扇情的なドレスを着こなした赤毛の熟女。 ゲブラーと同じ赤い髪、赤い瞳だが、あきらかに彼の赤と彼女の赤は違った。 ゲブラーの赤が血と殺戮を好む彼に相応しい鮮血の赤ならば、彼女の赤は荒れ狂う炎の赤。 全てを灼き尽くす炎……彼女を見ているとそんなモノを連想してしまう。 「……ティファ、迂回しよう」 「もう遅いと思うぞ……」 もうとっくに自分達の存在は彼女に気づかれていた。 「あ〜ら、ミーティア様にティファレクトちゃんじゃないですか♪」 赤毛の熟女イェソド・ジブリールは、こっちですよと言うように手招きしている。 「う……なんでもっと早くアレの気配に気づかなかったんだろう……」 「話しながら歩いていたからだろう」 激しく後悔しているミーティアにティファレクトはそう言ったが、実際は無警戒に雑談しながら歩いていようが、常に気を張りつめて気配を探りながら歩いていようが、結果は変わらなかったはずだ。 目視できるほど近くにいてもイェソドには気配などまるでない。 イェソドは完璧に気配を消し去っていた。 ホドやネツァクといった暗殺の達人でもここまで完璧に気配を消せるかどうか……。 そうこの気配の消し方はビナーに近いのかもしれない。 ホド達のような長い実戦や修行で、気配を断てるようになったのではなく、初めから殺気や悪意を持たないから気配をとらえにくい……そういった感じだ。 「今なら面白いものが見れますよ〜」 ティファレクトとミーティアは顔を見合わせてため息を吐くと、イェソドの待つ通路の曲がり角に移動する。 イェソドはここから通路の奥を覗き込んでいたようだ。 「ほらほら、もうすぐ修羅場が発生しますよ〜。ワクワクしますよね♪」 ティファレクトとミーティアもイェソドの見ている場所を覗く。 通路を一人の男と、二人の女が歩いた。 黒髪の男の隣を、金髪の少女が楽しげに歩いている。 その三歩後ろを、水色の髪の少女が物凄い殺気を放ちながら歩いていた。 「一人の男を取り合う双子の美人姉妹……これは萌える展開ですよ〜♪」 「違うよ、アレは病的なシスコンな姉が、妹を男と取り合う物語だよ」 「…………」 ティファレクトはため息を吐く。 ミーティアは、さっきまで、苦手なイェソドから逃げたがっていたくせに、今はこれから起きることを期待して楽しげにイェソドと同じものを見つめていた。 「あ! 槍が出ましたよ〜ケセドちゃんは本気で彼を殺る気ですよ♪」 「勝てるわけないのによくやるよね」 あんた達実は気が合っているんじゃないのか?……とティファレクトはツッコミを入れそうになる。 「あ、ビナーちゃんに怒られました〜落ち込んでますよ♪ ファントム十大天使第四位「慈悲」のケセドともあろうものがなんと情けない♪」 「まあ、妹と恋敵がそれぞれ第三位と第二位で自分より位上なんだけどね」 案外この二人似ているのかもしれない。 ゴッシップ好きというか、他人の不幸や悲劇や喜劇を見て楽しめるところなんかが……。 ちなみに、十大天使という称号自体が最高位であり、十大天使内に身分の上下は存在するわけではなかった。 ただ、位が上な者の方が優秀な者というイメージが『なんとなく』存在する。 優秀というのは強さではなく、功績や組織への忠誠度などが多く含まれているはずだ。 そうでなければ、マルクトやここで他人の茶番を見て笑っているイェソドが第十位(最下位)や第九位(ブービー)なはずがない。 最下位であるマルクトは第一位である双子の兄ケテルに匹敵する実力を持つし、イェソドはこんなふざけた性格をしているが、その実力は総帥であるアクセルに匹敵するかもしれないのだ。 マルクトが位が低いのは単なる実績不足、そして、イェソドが位が低いのは……やる気と忠誠度が0だからである。 イェソドがアクセルと結んだ契約は、決してアクセルの、アクセルの組織の邪魔をしないこと、ただそれだけだ。 部下であって部下でない者。 敵に回したくないからアクセルは内に取り込んだ。 積極的に組織のために働けとまでは望んでいない。 飼い殺しできれば充分なのだ。 「面白かったですね♪」 茶番が終わったのを確認すると、イェソドはスキップで去っていく。 とても、『命を弄ぶ者』とか『全てを灼き尽くす炎』とか呼ばれ恐れられている存在の行動とは思えなかった。 棺が内側から開けられる。 久しぶりに、『起こされる』前に起きることができた。 毎朝、槍や剣やモーニングスターなんかで起こされたらたまったものではない。 「イェソド・ジブリールね……」 それにしても懐かしい夢を見たものだった。 十大天使で唯一、あの男に匹敵できる『質(たち)の悪さ』を持つ女。 そもそも彼女が十大天使などとして組織に居たこと自体が間違っていた。 『天使』というのはいったい何の冗談だろう? 悪魔の中の悪魔とも呼ぶべき彼女。 他人の茶番を楽しむだけで飽きたらず、彼女は時に自らも茶番を行う。 楽しければそれでいい。 全てはは戯れ言、全ては茶番、全ては快楽のためだけに。 「今も変わらず似たようなことしているんでしょうね……」 朝食を食べたら、いつものように砂漠に行こう。 もう少し、もう少しで一つの限界を超えられそうな気がするのだ。 「『クリフォトの3i』エリザベート・シェリダー・ルキフグス様が帰還したわよ」 吹雪の荒れ狂う地に、エリザベートの声が響く。 「吹雪でかき消されて聞こえてねえんじゃねえのか?」 ゲブラーがツッコミを入れた。 「黙れ、筋肉馬鹿! 声という音の共振ではなくて、魂の共振で交信しているのよ。そんなことも解らないの?」 「解んねえよ……おい、ホドどういう意味だ?」 「…ケセドとビナーが口に出さなくても意志疎通ができていただろう? ああいったことだ……」 ホドが説明する。 「ああ、アレか? だが、アレって奴らにしかできねえんじゃねえのか?」 「……確かに馬鹿だな、貴様は」 「なんだと、こらっ!」 「成立する条件は同質な魂を持つと言うことだ。兄弟姉妹、親子、特に元は一つの存在が二つに分かれた双子などに生まれやすい能力だ」 何かを説明する時のホドはいつもより饒舌だった。 「それ以外にも、天使核という共通なモノを体内に埋め込んでいる者同士でも交信は可能だ……」 「ああん?」 呆れたようにホドは一度ため息を吐く。 「……つまり、我々十大天使でも同じことができるということだ。本気で……知らなかったのか……?」 「…………なんでそんな便利な能力があるって俺様には教えなかったんだ!!!」 「埋め込まれる前に説明を受けたはずだ……聞いていなかったのか?」 「馬鹿野郎! 長っ怠い説明なんて聞いてられるか! 俺様はただ『力』が強くなるって言うから埋め込んだだけだ!」 「…………馬鹿だな」 「ええ、馬鹿よね」 「てめえら、馬鹿馬鹿言うんじゃねえっ!」 ゲブラーが叫んだ瞬間、突然吹雪が晴れだした。 そして、一つの城が浮かび上がる。 闇を固めて作ったかのような漆黒の城。 城門に一人の女性が立っていた。 炎のように赤い髪と瞳、そして赤い軍服を着こなしている。 「カーディナル、馬鹿二人を連れてきたわよ」 「了解した、エリザベート。二人の案内は後は我がする」 「そう? じゃあ、お願いね。ホント、馬鹿の相手は疲れたわ」 エリザベートはやっと重荷から解放されたといった感じで、軽やかな足取りで城の中に入っていった。 「……あん? おい、ホド」 ゲブラーは怪訝な顔でカーディナルを見つめながら、ホドに同意を求める。 「解っている、貴様の感じている感覚はおそらく正しい……」 カーディナルという女とは自分もゲブラーも今初めて出会った。 これは間違いない。 だが……妙な親近感とでも言ったものを感じられずにいられなかった。 「我が名はカーディナル・バチカル・サタネル、クリフォトの1iにしてクリフォトを束ねる者だ」 「おい、さっきクソガキ(エリザベート)も言ってたがクリフォトってのはなんだ?」 「貴様らセフィロト十神と似たようなものだ。集団を現す呼称だ」 セフィロト十神というのはファントム十大天使の別名であり、ある意味そちらが真の呼び名である。 「……おい、まさか、十人の幹部とか言い出さないだろうな?」 「フッ、その通りだ」 カーディナルは初めて笑った。 文字通り苦笑と言った感じの笑み。 「パクってるんじゃねえ!」 「パクるとはどういう意味だ? 真似するということか? だったらそれは正解だ。貴様らの組織を参考に我らの組織を作り出された」 「あん?」 「貴様らのことはすでに彼から詳しく聞き及んでいる自己紹介は無用だ」 ゲブラーの感じた疑問、違和感には答えずにカーディナルは言った。 「けっ、そうかよ」 「……彼?……そうか、そういうことか……」 全てを察したようなホドの呟き。 「……今度はあの男の下で働けってことか……冗談じゃねえ!」 ゲブラーが毒づいた。 「生き返らせてやった恩の分ぐらいは働いてもらう。それが嫌なもう一度死なせてやってもいいぞ」 「ちっ……」 「安心しろ、貴様らはあくまで我に従ってもらえればいい」 「てめえにか……マシなんだか……もっと質悪いんだか……」 ゲブラーは頭を抱える。 「ほう、悩みはするのか? 話に聞いてた貴様の性格なら、従わせたかったら力ずくでやってみろと言うかと思って、期待していたのだが」 「けっ! 今の俺様よりてめえの方が強えことぐらい一目で解らあっ! せっかく生き返ったってのに、またすぐ死ねるかよ!」 カーディナルは鼻で笑った。 「思ったより賢明だな。そちらは?」 カーディナルはホドに視線を移す。 「……恩の分は働こう」 感情を押し殺した声でホドはそう言った。 「それでいい。では、城を案内しよう、新しい同志よ」 カーディナルは満足げに微笑すると、踵を返し、城の中へ入っていく。 ホドとゲブラーも不承不承ながらもその後に従った。 次回予告(イェソド&エリザベート) 「はい、イェソド・ジブリール初登場、大活躍の回でしたね〜♪」 「…………」 「あはは〜、その沈黙はなんですか、エリザちゃ〜ん?」 「……いくらなんでもその口調はまずいんじゃないの?」 「仕方ないじゃないですか〜、もうこの口調しか残ってなかったんですから〜」 「なんか半端というか、面倒な口調よね、それも……」 「いっそのこと「アル語(語尾)」にしてしまおうという案もあったんですよ♪」 「……それよりは……マシだった……のかしら?」 「元々、私は色気過剰な熟女キャラって設定で、気怠げな口調だったんですけど、わよ口調だろうが、淡々口調だろうが、すでに二人ぐらいその口調のキャラが登場しているんで被るんですよ〜。で、ビナーさんが「ですわ口調」になったのと同じ理由でこの口調になったんですよね。まあ、あまりにクレームが多かったら、口調直しますけどね〜」 「偶然なんだけど、髪が赤いせいで……あのキャラ(♪)よりも、アタシはあっちを連想してしまうわよ……」 「大丈夫ですよ、言わなきゃ気づかれないですよ♪……多分……」 「……そうだといいわね……。まあ、逸脱具合と主人公の出番については……いまさら言うまでもなく……諦めるしかないわね」 「では、今回はこの辺でお別れですよ〜ごきげんよう♪」 「またね」 |