グラナート・テスタメント
第6話「最高級幼女」



一生懸命努力して、地道に手に入れた力。
そんなものは、生まれ持った才能や特異な能力の前に簡単に潰されてしまう。
秀才は天才には絶対に勝てない。
天才とは1%の努力と99%の才能。
どれだけ理不尽でも、そこれそが真実。
世の中は平等ではないのだ。
自分が一生をかけても到達できない領域に、生まれながらに到達している者もいる。
それほどまでにこの世は不平等で、理不尽だ……。



かってのあたしは前者、天才の方の存在だった。
生まれつき持っていた常人を越えた腕力と不死身の肉体。
それだけで、誰にも負ける気がしなかった。
現に負けずに生きてきた。
けれど、その頃のあたしでも勝てる気のしない存在が何人かいた。
そのうちの一人が、十歳前後の幼い少女にしか見えない自分の上司、ミーティア・ハイエンドだった。


「フフフッ……」
微かな高揚感。
あたしは血で赤く染まった右手を舐める。
あたしの周りにあるのは屍の山と血の海だけだ。
みんな弱すぎて対して楽しくはなかったが、それでも、殺すことの、喰らうことの快感は変わらない。
とても良い気分だ。心が安らぐ。

ふわふわ。

突然生まれた間抜けな音が、あたしの気分を台無しにした。
とてもまぬけな音が聞こえてくる。
「悪くない戦闘能力だね。牙で首筋を噛み切ったり、手刀で心臓をえぐり出したり、ちょっと乱暴で野蛮だけど……単純で残酷でどこか美しいといえなくもないと、ミーティアは思うの」

ふわふわ。

「……誰だ、貴様?」
「改めて初めましてと言うべきかな? ミーティア・ハイエンド、あなたの上司で教育係でパートナーだよ」
「………………」
とてもふざけた存在だった。
赤いワンピースを着こなした金髪の幼い少女。
こんな血生臭い世界とは無縁な上流階級のお嬢様にしか見えない。
ただ、彼女がふざけた、普通でない存在であることを、このまぬけな音が肯定していた。
「……ちっ!」
何か嫌な予感する。
このふざけた存在がこれ以上ふざけたことを言う前に、これ以上関わり合いになる前に、あたしの前から永遠に消してしまうことにした。
あたしは少女に向かって右手を突き出す。
少女の小さな身体を貫くために……。




「……ああああっ!」
ティファレクトは悲鳴を上げながら、目を覚ました。
「……んにゅ……お兄様……」
悪夢の原因が寝言を呟く。
「んにゅ……じゃないわよ……」
いつのまに、棺の中に潜り込んでいたミーティアが、ティファレクトの胸の上に頭を乗せて熟睡していた。
「……それにしても古い夢ね……」
ただの悪夢ではない。
記憶だ。
それも、ティファレクトの思い出せるもっとも古い過去の記憶。
生まれて初めての『敗北」の記憶と言っても良いかもしれない。
覚えている過去では最古の出来事なのだから。
自分が何者なのかも解らず、だが、そんなことはたいして気にもせず、本能のままに、殺し、喰らっている所にこの『幼女』は現れた。
そして、自分を倒し、屈服させて、組織へ連れて行った。
そこから自分の『歴史』は始まったのかもしれない。
記憶にない過去など、存在しないのと同じなのだから。
「……ん……」
ミーティアが寝苦しそうに寝返りをうった。
ティファレクトが少し上半身を起こしたせいだろう。
「……呆れるほど無防備ね……」
こんな幼い少女にかっての自分は敵わなかった。
今の自分はさらに、彼女に敵わない……もはや勝負することもできない程『力』の差が広がってしまっている。
ティファレクトはミーティアの細い首にそっと右手を重ねた。
「……あんまりあたしに気を許しすぎないでよね……」
この状態なら、ここまで無防備な時なら、どれだけ実力差があっても殺すことができてしまう。
「ふん……」
ティファレクトは右手を引いた。
ミーティアを見ていると、今の自分の魔術の勉強や修行が馬鹿らしくなってくる。
自分がこの世界に来てから得た新しい力、魔術はミーティアの前にはまったくの無力なのだ。
そんな『力』があの男とあの女に通じるのだろうか?
だが、もう後戻りはできない。
身体を鍛え、剣術や暗殺術を学ぶより、魔術を学び極める方を自分は選んだのだ。
魔術の持つ強大な破壊力……それに賭けるしかない。
「……ん……ティファ……」
ミーティア達の力を借りるつもりはない。
それでは何の意味もないのだ。
自らの力、自らの手だけで、果たさなければ、この憎しみは決して晴れないのだから……。



「ミーティア、商人なることに決めたアルよ!」
「ぶっ!」
朝食時、ミーティアの突然の発言に、ティファレクトは思わずワインを口から吹き出しそうになった。
「……その口調は何なのよ……?」
「ふぇ? 商人はみんなこの口調(語尾)で喋らなきゃ駄目なんじゃないの?」
キョトンとした顔でミーティアは答える。
その口調(語尾)を常識と信じていたようだ。
「誰からそんな大嘘を教わったのよ……」
「それは勿論、コ……」
ミーティアは途中で慌てて口を閉ざす。
禁句を、禁じられた言葉を口に出しかけてしまった。
ミーティアは、隣の席に座るティファレクトを、そして、背後に控えていたマルクトの様子を確認する。
「……ミーティア様、私のことはお気になさらなくて結構ですよ……」
普段、常に穏やかで優しげなマルクト。
そのマルクトが、今はとても冷たい気配を纏っていた。
「マルクト、殺気が押さえきれていませんわ。背中が寒くなるような殺気を放つのはやめて欲しいですわ」
「ビナー!」
不用意な発言をしたビナーを、ケセドが焦った表情でたしなめる。
普段はマルクトについで冷静なケセドがこれほど焦ることは滅多になかった。
(マルクトの怖さが解っていないわね、ビナー……)
ここにいるメンバーで誰が最強なのかが解っていない。
もっとも強いのは、ケセドでもネツァクでもないのだ。
マルクト・サンダルフォン。
常に穏やかで優しげな、皆に仕えるような一歩引いた態度をとっている彼女が、もっとも強く、もっとも恐ろしいということを、ビナー以外の全員が解っている。
マルクトが自分より早く殺気や憎しみを発してしまったため、ティファレクトは逆に冷静になっていた。
「つっ!」
「くっ!」

カッ!

突然、ケセドがビナーを突き飛ばし、ネツァクが料理の載った皿を持ったまま椅子から飛び離れる。
次の瞬間、テーブルが真っ二つに両断されていた。
ケセドが突き飛ばさなければ、テーブルの切断面の進行上に居たビナーも真っ二つになっていただろう。
その証拠に、テーブルだけではなく、背後の壁にも縦一文字の線にしか見えない亀裂が、穴が空いていて、外の景色が覗けていた。
「……失礼しました」
身体の力を抜くように一度息を吐いた後、マルクトは何事もなかったかのように、床に散らかった料理の残骸を片づけ始める。
手刀でこの威力、もしマルクトが剣を持っていたら、おそらくビナーもケセドもまとめて両断されていたかもしれない。
原理自体は、この国の剣士なら大抵誰でも仕えるバッシュという基本技とさして変わらない技だ。
剣に闘気を込めて振り下ろす。
たったそれだけの単純な技に過ぎないのだ。
ただ、マルクトの場合、剣に込める闘気自体の質と量が常人とは文字通り、桁違いである上に、常識を越えた剣速が音の壁を越えた衝撃波と瞬間的に真空を生み出すのである。
簡単に言うなら、闘気と衝撃と真空の三重の刃を剣から相手に向けて解き放つ技だ。
普通のバッシュはせいぜい、剣に闘気を込めて剣の威力を強化、あるいは剣から闘気の刃を撃ちだすのがいいところだろう。
刃が見えず、音も聞こえない(音が遅れて聞こえてくる)ところから『サイレントストライク』と呼ばれていた。
剣に込められた闘気の輝きを見た瞬間、相手はすでに両断されている。
もっとも単純な基本技でありながら、同時に最強の破壊力を持つ必殺技でもあった。
「……じゃあ、ごちそうさま」
ミーティアはそそくさと食卓から出ていく。
「……ごちそうさまよ」
ティファレクトもミーティアの後を追うように食卓を出ていった。
このままここにとどまるのはなんとなく気まずかったから……。



深夜、ティファレクトは自分の部屋である地下室で魔術書の読んでいた。
眠気など皆無、元々、夜型であるティファレクトにとっては今がもっとも頭の冴える時間である。
「ティファレクト様!」
普段、冷静なマルクトが血相を変えて部屋に飛び込んできた。
「どうかしたの、マルクト?」
魔術書に視線を向けたままティファレクトは応じる。
なんとなく何が起きたのか察しが付いていた。
マルクトの感情を乱すようなことは限られている。
「ミーティア様がっ! ミーティア様がっっ!」
どうやら、ティファレクトの予想は当たったようだった。
もっとも、当たったからって嬉しくもないが。
「居ないのね?」
「はい! こんな時間にいったいどこへ……ミーティア様にもしものことがあったら……私は……私は……」
「いや、それはないと思うわよ」
「ああ、ミーティア様……」
「……聞こえてないわね……」
ティファレクトは小さくため息を吐いた。
どうして、マルクトはこうミーティアのこととなると心配性というか、過保護なのだろうか。
ミーティアの実力を知らないわけでもないだろうに……。
「あたしが百人束になっても傷一つ付けられない存在に……誰が危害加えられるっていうのよ……」
ミーティアの実力、能力を思い出すだけで、こうして地道に魔術の勉強をしているのが馬鹿らしくなってきた。
ミーティアというのはホント、ふざけた存在なのだ……。




ふわふわ。

「……ファイアボール!」
魔術師の男は火球を宙に浮かぶ『化け物』に向けて撃ちだした。
「赤霊」
化け物が一言呟くと、掌サイズの赤い水晶玉が化け物の前に出現し、火球をあっさりと吸い込んでしまう。
「なっ……」
自分は夢でも見ているのだろうか?
自分の目の前に居るのはあまりにもふざけた存在だ。
宙に浮かぶ巨大な水晶玉に載った人形のような女の子。
人型をしているが、見た目どおり本当にただの人間の女の子なはずがない。
こんな真夜中に、こんな小さな女の子が一人で森の奥を彷徨いてるとは思えない。
そもそも、普通の女の子は水晶玉に乗って空を飛んだりなどしないのだ。
「……もしかして、今のであなたの持っている呪文終わりなの?」
「うっ……」
図星である。
男の拾得している魔術は何一つ、この化け物に効果がなかった。
「じゃあ、もういいや」
「……見逃してくれるのか?」
そういえば、この化け物はこちらがいくら攻撃しても反撃してこなかった。
「うん、もう消えていいよ♪」
「えっ……」
赤い水晶玉が男の目の前に出現する。
次の瞬間、男の全身は炎に包まれた。
「こちらの世界で能力使うと、ティファやマルクトに怒られるんだよ。だから、ごめんね、目撃者は消さなきゃいけないの……て、もう聞こえてないかな?」
男が完全に焼死するのを確認すると、巨大な水晶玉は再び飛行を開始する。
ふわふわ、と間抜けともいえる効果音を出しながら、ゆったりと……。
「弱い人ばかりで、ミーティア、退屈だよ」
今の男で何人目だっただろうか?
今日殺した人間は……。
別に人間を殺したことにたいした理由はない。
あえて言うなら、人間の方が魔物より殺すことに抵抗感がないからだろうか?
魔物は結構愛らしい容姿したモノや、友好的で大人しいモノもいるからあまり殺したくはないのだ。
もっとも、魔物の方から襲ってくる場合は話は別だが、その場合は遠慮なく殺し尽くすだろう。
強くも美しくもない人間なんていくら殺しても構わないというのがミーティアの価値観だった。
力や美にこだわっているわけではない。
ただ単に、ミーティアは強い者や美しい者が好きなのだ。
そして、好きな者だけは殺さない。
それどころか、一度好きになった、気に入った者のためならなんでもしてあげたくなる。
好きな者を愛する、どうでもいい者は邪魔だったら消す、嫌いな者は跡形もなく消し去る……何か間違っているだろうか?
ミーティアは自分に素直に生きているだけだ。
普通の人間は挫折したり、妥協したり、諦めたりしながら生きる
だが、ミーティアにはそれはない。
ミーティアには『力』があったから、生まれてから一度も妥協したり、諦めたりする必要がなかった。
望むモノは全て手に入れられたし、気に入らないモノは全て消し去ることができた。
「……さてと、今日はもう帰ろうかな」
基本的に、ミーティアには恐れるものなど何もない。
自分より強い存在など、片手の指の数もいない。
その僅かな自分より強い存在ともミーティアは積極的に敵対しているわけでもないから襲われることもないのだ。
「……屋敷を抜け出してきたこと、マルクトにバレてないといいな……」
マルクトやティファレクトに怒られること、それが唯一ミーティアが怖いと感じることなのかもしれない。
マルクトはともかく、今のティファレクトはさっきの魔術師と同じ無力な存在にすぎないのだが……ミーティアはティファレクトに『嫌われる』のが怖かった。
好きだから、嫌われたくない。
それは、ミーティアの唯一、子供らしい、人間らしい感情だった。
















次回予告(ビナー&ミーティア)
「…………ん? なんですの、このスペース(コーナー)は?」
「次回予告という名の言い訳スペースだとミーティアは思うの」
「なんで、そんなものが今回からありますの?」
「いや、やっぱこれがないと落ち着かないというか……毎回、ちょっと言い訳というか補足説明したいな……てことがよくあるんだよ」
「本編が完璧ならそんな必要ありませんわ」
「完璧とは対極な作品だから必要だとミーティアは思うの」
「……まあ、確かにそうかもしれないですわね……で、今回は何が言いたいんですの?」
「えっとね、実は前回までのこの話はやめちゃおうかなとか思っていたんだよ。ミーティア達は元々、ラグナではなく、オリジナルのファンタジー小説として生まれたキャラだから、本気で動き出すと、ラグナと無関係というか、置き去りな話になっちゃうからね……」
「そうでしたわね。あなたの今回の能力の時点でパワーバランスとか滅茶苦茶になりますものね……困ったものですわ」
「うん、そんなわけで、元々の時よりは押さえたり、改良したりしてはいくつもりなんだけど、これから先はラグナを逸脱していくと思うから、そういうのが耐えられない人はこれから先は読まない方が安全かな?……て言い訳したかったんだよ」
「そういうの言い訳と言いますの? 諸注意と言うのでは……」
「じゃあ、そういうことで、良ければ次回もよろしくね〜♪」
「言いたいことだけ言って、勝手に締めるなですわ……そもそも、次回がある確率自体とても低確……」
「またね〜♪」

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