月華音姫(つきはなおとひめ)
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秋。 夏の面影が見事に消え去ってしまった十月も半ばの木曜日。 自分こと美坂祐一は、八年ぶりに長く離れていた実家に戻ることになった。 八年前。 普通なら即死の重症から回復した俺は、親元である美坂の家から、分家筋である神尾の家に預けられた。 俺は九歳までは実の両親の家である美坂の屋敷で暮らしていて、 その後の八年間、 高校二年生である今までを親戚である神尾の家で暮らしていた、というコトになる。 なかば養子という形で神尾の家に預けられてからの生活は、いたってノーマルなものだった。 秋子さんがくれた眼鏡をかけている限り『線』をみることもない。 美坂祐一の生活はとても平凡に。 とても穏やかに、緩やかに流れていた。 つい先日。 今まで勘当同然に放っておかれた自分に、『今日中に美坂の屋敷に戻ってこい』なんていう美坂家当主のお言葉がくるまでは……。 「はあ……」 また溜息が出る。 「……香里の奴、俺のこと恨んでるだろうな」 というか恨まれて当然な気がする。 あのやたら広い屋敷に1人きりになって、あの頭の固い親父とつきっきりで暮らしていたんだ。 香里がさっさと外に逃げ出してしまった俺のことをどう思っているのかは用意に想像できる。 「…………はあ」 溜息をついても仕方がない。 あともうはなるようになれだ。 今日、学校が終わったら八年ぶりに実家に帰る。 そこで何が待っているのかは、神ならざる人の身に解るはずがなかった。 「そうだな。それに今はもっと切迫とした問題がある」 腕時計は七時四十五分をさしている。 八時までに教室にいないと遅刻が決定してしまう。 鞄を抱えて、学校までダッシュすることにした。 着いた。 家から学校まで十分弱。 裏門から校庭にに入る。 「…………そうか、裏門から入るのも今日で最後か」 美坂の屋敷は学校の正門方向。 自然、明日から登校口は裏門ではなく正門からになるだろう。 「ここの寂しい雰囲気、わりと好きだったんだけどな」 なぜか、うちの学校の裏門は不人気で、利用しているのは自分を含めて十人足らずしかいない。 そのせいか、裏門は朝夕問わず静かな、人気のない場所になっている。 かーん、かか、かーん。 小鳥の囀りに混ざって、トンカチの音まで確かに聞き取れしまうのは。 「トンカチの音か……て、えっ……?」 かーん、か、かかーん、かっこん。 半端にリズミカルなトンカチな音がする。方角からして中庭のあたりだろうか。 「…………」 なんだろう。 ホームルームまで後十分ない。 寄り道はできないのだが、なんだか気になる。 ここは……。 1、ホームルームまであと数分。今は教室に直行すべきだ。 2,……なんだか気になる様子を見に行こう。 |