ライトニング・カノン
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祐一は自分の部屋のベットで横になっていた。 考えるのは香里のことばかりだ。 確かに香里の料理は美味い。 そして、その美味い料理を作り出す技術も凄まじいものだろう。 だが、根本的に何かが間違っている。 一般家庭の料理ではなく、料理漫画の料理なのだ、香里の料理は……。 現実にあの手の料理を再現できる香里は確かに凄いが、あの手の料理はかなりいろいろな意味で無理がある。 普通に人間が食べれる物ではない。 「せめて、フグの毒ぐらいは抜いてくれ……」 まあ、そのおかげで香里の膝枕を味わえたのはラッキーだったが……。 コンコン! 「相沢君、ちょっといいかしら?」 狙ったようなタイミングで香里が部屋をノックしてきた。 コンコン! 「相沢君、返事しなさいよ。ドアを蹴破られたいの?」 「……入っていいぞ。蹴破らないで普通にだぞ……」 ガチャ! 「なんだ、鍵締めてなかったのね」 「確かめる前に蹴破ろうするなよ……で、何の用だ?」 「えっと、あのね……」 甘えた声と表情でくねくねと体を動かす、香里。 可愛い、可愛いけど、それ以上に何か怖い……。 「買い物に行かない?」 「買い物?」 「そう、食材を仕入れにね」 「料理の材料なら冷蔵庫の中にまだまだあっただろう?」 「そんなもの朝の料理で全部使い切っちゃったわよ!」 「……マジか?」 「得のない嘘はつかないわよ。だから、買い物に行きたいのよ」 (俺はフグ一切れしか食べてないんですが……) どうすれば朝食だけで材料を使い切れるというのだろう。 「朝の料理の残りがあるだろう? 材料使い切るほど作ったなら……」 「それは全てあたしの栄養になったわ」 「………………」 祐一が気絶している間に全て一人でたいらげたと? 理想的なプロポーションをした香里の体のどこにあれだけの料理が入るというのだろう。 「ふう……解った。じゃあ、買い出し頼む」 「何言ってるのよ、相沢君も一緒に行くのよ」 「俺が? 何で?」 「誰が荷物持ちするのよ」 「………………」 「じゃあ、さっさと行くわよ」 昼時ということもあり人で賑あう商店街。 だいぶこの街並みも見慣れてきた気がする。 「じゃあ、相沢君、さっそく行くわよ」 「ああ、スーパーなら……」 「百花屋(喫茶店)さんへ!」 「はい?」 「ほらほら、さっさと行くわよ、相沢君」 「……ちょっと待て」 「ん? どうかしたの?」 「今、お前なんて言った?」 「一度で聞き取りなさいよ。百花屋さんに行くって言ったのよ」 当然のことのように答える、香里。 聞き間違えではないらしい。 だが、商店街に来た目的は喫茶店に行くことではなかったはずだ。 「買い物に来たんじゃなかったのか?」 「そうよ」 「じゃあ、なんで百花屋へ行くんだ?」 「いやね、相沢君。そんなの、あたしが相沢君にイチゴサンデーを奢って欲しいからに決まってるじゃないの」 「お前は名雪か!?」 思わずツッコミを入れてしまう、祐一。 「何よ……名雪には奢れても、あたしには奢れないって言うの?」 「俺達は買い物に来たんだろうが!」 香里はフッと微笑む 「まだまだ甘いわね、相沢君も。確かに買い物も目的の一つだけど、甘い物は別腹なのよ!」 「あのなぁ……」 「……ふう、仕方ないわね。イチゴサンデーは諦めてあげるわよ」 「おお、ホントか?」 「ええ、そこのクレープ屋で手を打ってあげるわ」 「おい……」 「パフェに比べれば全然安いでしょ? 歩きながら食べれるし。どんなトッピングにしようかしら? やはり、ここはスタンダートに…………」 トスッ! 「うっ……」 「殺ってしまった……」 「…………相沢君、このあたしにモンゴリアンチョップを決めるなんて……死にたいの?」 「待て! 早まるな、香里! ここはどうしてもそうしなければいけないような気がして……言うなれば神の記述というか、お約束というか……」 「遺言はそれだけね♪」 笑顔が……香里の満面の笑顔が怖い。右拳に輝くバグナグが……。 「……で、なんでクレープがいいんだ? 他にもいくらでもお菓子ならあるだろう?」 なんとかお仕置きは勘弁してもらった、祐一が訪ねる。 「そ、それは……海より深い事情が……あるのよ……」 さっきまでの笑顔が嘘のように、香里の表情に陰りがさす。 「なんだ、事情って?」 クレープを選ばなければいけない深刻な事情があるというのだおるか? 「話せばとても長くなるんだけど……」 「話してみろよ、香里」 「ええ、実はね…………誰も使ってない『好物』ってもうクレープしか残ってなかったのよ!……以上よ!」 「短い上に、なんてくだらない理由(事情)だ!」 「いいじゃない! あたしだってずっと前から好物の一つぐらい欲しかったのよ! ヒロインとして!」 「駄目だ駄目だ! さっさと買い物して帰るぞ!」 「相沢君……あなた、あたしにそんなこと言える立場だと思ってるの? モンゴリアンチョップの恨みは忘れていないわよ……」 「うぐ……駄目だ! なんと言われようと駄目だ!」 「そう……名雪には優しくできても……あたしにはクレープ一枚奢れないっていうのね……酷いわ……」 「泣いたって駄目だぞ」 「酷すぎるわ、相沢君。嫌がるあたしに無理矢理あんなことをしておいて……」 「おい、いきなりなんだ!?」 「痛かったのに……乱暴に何度も何度も……一晩中激しく……」 「誤解を招くような発言するな!」 「あたし初めてだったのに…………しくしく」 「だからチョップのことだろう!? 一晩中ってなんだ!?」 「弄ばれ傷ついたあたしの心と体は一生癒されることはないのね……うう……しくしく」 そう言って泣き崩れる、香里。 商店街でそんなことすれば当然目立つ。 「解った解った! クレープ屋に行こうな、香里!」 「いいの?」 それでこそ、相沢君ね。愛しているわ!」 「そ、そうか?」 「ええ、もちろん奢ってくれるんでしょ? 何枚でも? それでこそあたしの相沢君ね」 「いや、奢るとは……」 「ううう、あんなに痛かったのに……ぐっすん」 「ぜひ、奢らせてください!」 「そう、ありがとう、相沢君。大好きよ」 この状況では、愛してるとか、大好きとか言われても素直に喜べなかった。 「じゃあ、相沢君、お願いね」 「俺が買ってくるのか?」 「当然でしょ、相沢君がお金を出すんだから」 祐一はガックリと肩をおろすと、仕方なく了承する。 「あたしはここで待っているから、早く戻ってきてね」 「たく、香里の奴……」 最近、完全に香里に弄ばれてるような気がする。 そもそも、香里ってあんなにハイテンションで明るい奴だったか? もっとクールで、どことなく暗いというか影のある美女だったような気が……。 「とりあえず、今は大人しくクレープを買うしかないのか……」 祐一は、クレープを注文する時になって、香里に何のクレープが欲しいのか聞いてくるのを忘れていたことに気づいたが、香里なら別に好き嫌いもなさそうな奴だし、適当にレーズンを頼んだ。 「おかえりなさい、相沢君」 「ほら、買ってきてやったぞ」 「フフフッ、ありがと…………ちょっと、待ちなさいよ、相沢君!」 香里はクレープを渡そうとした祐一を制止させた。 「そのクレープのトッピングは何?」 「レーズンだけど?」 「う……残念だけど、遠慮するわ」 「は? なんで?」 「あたし……レーズンだけは駄目なのよ……」 「そうなのか?」 「ええ……触ることもできないのよ……」 意外だった。常に完璧といった雰囲気のする香里に苦手な物があるなんて。 「それは残念だったな。仕方ない、俺が一人で食べるとしよう」 「くっ……」 「う〜ん、やっぱり作りたては美味いな」 「そ、そう……それはよかったわね……」 「可哀想だな、香里。こんな美味いものが食べられないなんて」 「…………」 物凄く悔しそうな顔をする、香里。 そんな表情を見ると、もっと意地悪してみたくなってくる。 「うむ、生クリームとレーズンの醸し出す絶妙のハーモニーが……」 「相沢君!」 「なんだいきなり大声だして……」 「何クレープなんて食べてるのよ! さっさと買い物に行くわよ! 買い物に!」 祐一を置いて、さっさと先に行ってしまう、香里。 「やれやれ、香里も案外子供だな……」 祐一はクレープの残りを口の中に放り込むと、香里の後を追った。 「ふう、重かった……」 「ご苦労様、相沢君」 「しかし、随分と買ったな……」 香里は食材以外にも、日用品もかなり買い込んでいる。 「必要な物しか買ってないわよ」 「ところで、お前、ホントに、秋子さん達が帰ってくるまでここに居るつもりなのか?」 「今更何言ってるのよ、相沢君? 相沢君の面倒はこのあたしが完璧に見てあげるから心配無用よ」 「いや、そういうことじゃなくて……」 「じゃあ、あたしは夕飯の準備してくるわね」 「お、おい……」 「フフフッ……♪ るんらら〜♪」 祐一の言うことを最後まで聞いてくれないのはいつものことだが、あんな陽気な香里は生まれて初めて見た。 香里が『るんらら〜♪』なんて言うとは思いもしなかった。 「……怖いぐらい可愛いな……」 それとも、香里が可愛いことが怖いというべきか? 『まずはにんじん〜♪ 次はゴボウに山椒〜♪』 「ミスター○っ子?」 香里は歌いながら料理をしていた。その周りで食材が生き物のように踊っていたりする。 なんか最近の香里はハイテンションというか、明るすぎるというか、ある意味どこか壊れてるような気さえしてくる。 楽しそうすぎるのだ。特に祐一をからかったり、痛めつけてる時の楽しそうな顔といったら別人のようだ。 「待たせたわね、相沢君♪ さあ、食べて♪」 「あ、ああ……」 「フフフッ、今度は完璧よ。涙を流して味わうといいわ」 香里の料理はきっとホントに美味いのだろう。 朝の料理だって、毒はともかく味は物凄く美味かった。 「どう? 今なら素直に謝れば許してあげないこともないわよ」 「くっ……」 想像通り、今回の料理は非の打ち所のない見事な味だった。 だが、香里の得意そうな顔を見ていると素直に認めたくなくなる。 「まだまだだな……」 「何? よく聞こえなかったんだけど?」 「まだまだ未熟だな……」 「なんですって!? あたしの料理のどこに欠点があるというのよ! 言ってみなさいよ」 「う……それはだな……」 祐一の脳裏に一つの良い言い訳が浮かんだ。 「秋子さんの料理の方が美味い」 「ち、ちょっと待ちなさいよ! いつから、秋子さんの料理が基準になったのよ! 秋子さんは年季の入った熟練の主婦でしょ!」 「最初からに決まってるだろう」 「謝りたくないからって、いくらなんでも卑怯よ、相沢君!」 「なんだ、いくら大口たたいても、秋子さんに勝つ自信がないのか?」 「うっ…………そんなことないわよ! あたしは日本人唯一の特級厨師よ!」 「まあ、無理するなよ。上には上がいるもんだ」 「いいえ! こうなったら意地でも相沢君にあたしの実力を認めさせて土下座させてあげるわ!」 香里はそう宣言すると、食べ終わった食器を片づけ始めた。 「ちょっと酷かったかな……」 いくらなんでも比較対照が秋子さんというのは反則な気がする。 それに、香里の実力は本物だし、一生懸命なのも解る。それに、全て祐一のためにしてくれてることなのだ。 しかし、素直に認めて謝罪してしまったら、香里は満足して、帰ってしまうのではないだろうか? 「て、何を考えてるんだ、俺は?」 さっさと香里から解放されて、自由を満喫したかったのではずなのに……。 祐一は自分で自分が解らなくなっていた。 次回予告(香里&未汐) 「ちょっと半端な気もしますが、ここで一度切ります」 「『この日』の終わりまで書くと少し長くなりすぎそうだしね。いいんじゃないの?」 「次回は『お風呂編』です」 「なっ!? ちょっと!?」 「冗談です」 「脅かさないで欲しいわ……」 「まあ、夕食後、お風呂に入って、アレして、寝るまでのお話ですね」 「アレとか言わないでよね……変に意味深になるでしょ!」 「それにしても、私の出番がまったくないというのはこれほど酷なことがあるでしょうか? 香里さんと祐一さんしか登場してないじゃないですか、この話……」 「……今後もないわよ、あなたの出番……」 「………………」 「………………」 「……………………くっ」 「じゃあ、そういうことで今回はこの辺で。良ければまた見てね」 「あなたは生き延びることができますか?」 |