グラナート・テスタメント
第15話「弾け弾け! 僕らの吟遊詩人」


「所詮は蛇足の物語、いや物語として成り立っているかどうかも疑問だな、別にどうでもいいけど」
男は竪琴の弦を弾きながら言った。
頭から白いフードを顔を隠すかのように深く被っている。
「…………これ」
男の目の前で座り込んでいた黒いフードの人物がぼそりと言った。
「ああ、クレセントサイダーとかいうらしい。どこから見ても大鎌なのに、槍扱いだそうだ、この世界では」
「…………」
黒いフードの人物は目の前に落ちているクレセントサイダーを掴むと立ち上がり、無造作に振り回す。
重さなどまるでないのかのように、自由自在に簡単に振り回していた。
「……悪くはない。貰っておく」
黒いフードの人物は一瞬、口元を僅かに歪ませると、クレセントサイダーを自らの肩に担ぎ、踵を返す。
「おい、落ちているもう一つの槍と変な絵札はどうするんだ?」
「……いらない。欲しければお前が勝手に拾え」
「別に使う気がなくても、とりあえず拾うものだろ、普通?」
白フードの男は絵札を拾い上げた。
先ほどまで、今黒フードの持っているクレセントサイダーを振り回していたモンスターの絵が描かれている。
次に白フードの男は槍を拾った。
「ん? 片手用の槍みたいなのにやけに重いな……まあ別にいいけど」
おそらくクレセントサイダーよりこちらの槍の方が50キロほど重いだろう。
この世界の重さの単位は『キロ』ではないだろうが……。
クレセントサイダーの方の重さはあくまで目見当で正確に『計って』はいないが、おそらく間違いない。
「槍か……あまり使う気がしないな。まあ、こっちでの俺の武器はこの竪琴一つで十分だな」
そう言うと、白フードの男は竪琴を弾き鳴らしながら、黒フードの後を追っていった。



ティファレクトは雪の街 ルティエに来ていた。
「まったく、ミーティアのわがままにも困ったものね」
この世界には、『クリスマス』とかいう訳の分からない祭りがあるらしい。
この街の存在理由の90%以上がその祭りのためだけだそうで……ホント訳の分からない世界だ。
そして、その祭りのいっかんとして、このミーティアから渡された『靴下』をこの街に居る変なおっさんが『プレゼント』に交換してくれるらしい。
ティファレクトの『任務』は『プレゼント』を手に入れて、ミーティアの元に持ち帰ることだった。
今頃、ネツァクやケセドが『肉』を得るためペコペコを狩らされていたり、マルクトがケーキを作らされたりしていることだろう。
「それにしても、馬鹿みたいに人が多くて嫌になるわね……」
人混みは嫌いだ。
うざい、うるさい、鬱陶しい……皆殺しにでもしてしまえばスッキリするだろうか?
「まあ、今のあたしにはそんな『力』ないんだけどね……」
ティファレクトは自嘲の笑みを浮かべた。
その時、ティファレクトの腰の辺りにドンっと軽い衝撃が走る。
「きゃっ!」
足下から悲鳴。
小さな女の子が居た。
フリルの大量についた黒い洋服、ウェーブのかかった長い黒髪、黒曜石の瞳、洋服の隙間から僅かに覗く不健康なまでに白い肌以外、全てが黒で統一されている人形のような女の子。
ミーティアよりもさらに幼い感じである。
「ああ、ごめ……」
「どこに目を付けてるのよ! あたしが小さいから目に入らなかったとでも言うつもり!?」
「…………」
そのとおりだった。
この少女は小さすぎて、ティファレクトの視界に入らなかったのである。
「まったく、だから人混みって嫌なのよ! うざくて、鬱陶しくて、うるさいだけで!」
「…………」
少女は先ほどまでティファレクトが考えていたこととをまったく同じことを口にした。
もしかしたら、気が合うのかもしれない。
「いっそのこと皆殺しにしてやろうかしら……」
「…………」
「まあ、人で溢れているのは今の時期だけって兄様も言ってたし……もうちょっと我慢してあげることに……ん? あんた、まだ居たの?」
少女はようやく、無言で突っ立ているティファレクトに気づいたようだ。
「まだも何も……」
「ぶつかったのは特別に許してあげるから、さっさと消えなさい、この…………まあ、馬鹿ではなさそうね」
「馬鹿?」
「じゃあ、次からは足下にも気を付けて歩きなさいね」
そう言うと、少女はさっさと人混みの中に消えていく。
「……色んな人間が居るものね……」
口と性格のかなり悪そうな少女。
その少女になぜか、妙な親近感をティファレクトは感じていた。



「クリスマスですか……ふざけた世界ですね」
前の世界には、『聖者』や『十字架』は存在したが、『クリスマス』はなかった。
本来、『クリスマス』というものが存在する世界、時空は……。
『……この世界はさまざまな世界の、さまざま時代が入り交じっています』
脳裏に聞こえてくる声に、男は微笑で肯定でした。
「まあ、楽しめればそれでいいですよ」
男は器用な足取りで人混みの中をすいすいと抜けていく。
「兄様! 兄様!」
声と共にエリザベートが駈けてきて、男の腕に抱きついた。
『相変わらず愛らしい方ですね』
『声』のニュアンスが和らぐ。
「酷いよ、兄様〜、アタシを置いていくなんて!」
「あなたが勝手に迷子になっただけですよ、エリザさん」
「うう〜……」
「それと、エリザさん、腕にぶら下がれても、歩きにくて困るのですが、せめて手を繋ぐだけにしてもらえませんか?」
「うう〜、兄様のいけず……わかったわよ」
エリザは不満顔だが、言われたとおりにする。
男にしか聞こえない『声』がくすくすと楽しげに笑った。
『もう少し優しくされても……あ、早く城に戻られた方が良いみたいですよ』
「さて、エリザさんも十分楽しまれたようですし、そろそろ城に戻りますよ」
「ええ!? そんな兄様、まだ……」
「一人で遊んでいたいなら構いませんが、私は失礼しますよ」
「待って、待って、兄様! 素直に帰るから置いていかないで〜」
『そこまで急がれなくて』
男の発言と、エリザの反応を見て『声』は苦笑する。
「では、帰りますよ」
言葉と同時に、男とエリザの姿は掻き消えた。



「あの男を愚鈍と認めたとして、残り二名か……」
書き上げたばかりの表を見てカーディナルは呟く。

1無神論カーディナル
2愚鈍
3拒絶エリザ
4無感動ホド
6醜悪オーギュスト
5残酷サンジェスト
7色欲銀珠
8貪欲ゲブラー
9不安定
10物質主義

ホドやゲブラーなどは正規のクリフォトではない。
あくまで数合わせだった。
「あまり気は進まぬが……メアリー辺りを呼び寄せるか」
本来、クリフォトとは、選び抜かれた罪人……死者の魂で構成されている組織である。
死者でも罪人でもない『指揮者』であるカーディナル以外は、その時、その時で、集められている罪人の魂の中でもっとも強い九人が選ばれていた。
より強い罪人の魂が手に入れば、その者が新たなクリフォトとなり、外された者はクリフォトの候補に戻り、魂のまま封じられる……控え……予備として。
だが、そういった本来のクリフォト、カーディナルにとって馴染みのある者は、は今のメンバーではオーギュストとサンジェストの二人だけだった。
エリザベートも正規の存在ではあるが、彼女は少し特殊な存在であり、例外である。
問題なのは、エリザを含め、ゲブラーとホドなど、あの男の息のかかった者が多すぎると言うことだ。
「……悪魔王様は何を考えて……」
なぜ、ここまであの男の好きにさせている?
『その方が面白いからアルよ』
背後から突然の声。
カーディナルは振り返りと同時に剣で背後を薙ぎ払った。
しかし、そこには声の主の姿は無く、ムナック帽だけが宙に浮いている。
「…………」
カーディナルが見つめていると、ムナック帽の中から綺麗な女性の足が飛び出てきた。
腰、胴体、首、頭と順番に銀珠の体が出てきて、最終的にムナック帽は銀珠の頭の上にかぶさっている。
「……ふざけた移動手段だな」
「たいしたことないアルよ。この世界のワープポータルとかいう魔法と原理は大差ないアルよ」
銀珠はムナック帽をかぶり直しながらさらりと答えた。
「……で、何のようだ?」
「残りのクリフォトのことアルよ。なんなら彼が一人用意できると言っているアル。それに、『向こう』から新たに誰か派遣してもらうつもりなら、私が仲介を引き受けるネ」
「……奴が用意するだと?」
どこまで勝手なことを……。
「『向こう』と『こちら』を単独で気軽に行き来することができるのはクリフォトでも私だけアルから、遠慮なく頼むがヨロシ」
「単独で気軽にだと……」
こちらの世界の中を空間転移するだけなら、クリフォトなら大抵誰でもできるが、世界間の移動など……悪魔王様のお力を借りずにできるはずがない。
「まあ、能力の違いアルよ。別にカーディナル様が私より劣っているわけではないネ」
「貴様……」
その時だった。
奇妙な音楽が聞こえてきたのは……。



「自分で自分の登場BGMを弾けるってのは楽しいな、吟遊詩人というのも」
白フードの男は竪琴を弾き鳴らしながら、フードから覗く口元に微かに笑みを浮かべる。
男が弾くのは、やけにテンポの早く、明るい曲だった。
「だあああっ! うるせぇっ! なんだてめえはっ!?」
姿を現すなりゲブラーが怒鳴る。
「そうだな……通りすがりのただの吟遊詩人といったところかな」
男はクックックッと喉を鳴らしながら答えた。
「ふざけんなっ! 特殊な結界で隠された城の中にたまたま通りかかる詩人なんかいるかっ!」
「そういえば、吹雪の結界があったようななかったような気もしたな……」
「ふざけた野郎だな……いいからまずその耳障りな音をやめやがれ!」
「気に入らないのか? じゃあ、こんなのはどうだ?」
男は一度演奏を止めると、新たな曲を奏で始める。
先ほどの曲とは対極な、暗く重いクラッシクな曲だった。
「てめえ、曲を変えろって意味じゃ……あああっ!?」
突然、ゲブラーの両腕が本人の意思とは別に動き出す。
音楽に合わせるようなライトステップな踊りをゲブラーは踊っていた。
「本来、『マリオネット』っての呪歌は自分の能力を相手に分け与えるものなんだが……この方がマリオネット(操り人形)って感じだろう?」
「……て、てめえ……さっさと解放しやがれ……!」
ゲブラーはなんとか『マリオネット』の支配力から口だけ取り戻し怒鳴る。
「そうだな、こんな綺麗な曲はお前には勿体ないな……お前にはこれで十分か?」
男は演奏を止めると、新たな曲を奏で始めた。
今度のは曲とは呼べないような、ただの騒音、不協和音。
「弾けろ!」
男が言葉と共に弦を強く弾いた瞬間、ゲブラーの体が弾け飛んだ。
「がああっ……」
「ちっ、この程度の威力か」
男は不満そうに呟く。
ゲブラーは四散したわけでも霧散したわけでもなく、ただ凄まじい衝撃を受けて後方に弾け飛んだだけ……それが男には不満なようだった。
「……て、てめええっ!」
ゲブラーは立ち上がると同時に男に飛びかかる。
「やっぱこの程度じゃ足りないか? ならば、アンコールだ」
「がああああっ!」
男が弦を弾くと、ゲブラーが再び弾け飛んだ。
「三度目の正直……次は全力でいく。本来『不協和音』とは、二つの対極の曲を二人の吟遊詩人が同人に奏でることによって生み出すもの……だが、俺くらいになると一人で二つの曲を同時に奏でるぐらい容易いんだよね」
「……て……てめえ……」
「砕け散……ん?」
「……殺!」
突然、背後に現れたホドの手刀が男の首を刎ね飛ばす。
「一呼吸遅いな。気配が生まれてから、俺の首を実際に刎ね飛ばすまでに一呼吸分のタイムラグがあったぞ」
「…………」
首の無くなった男の姿が陽炎のように消え去ると同時に、ホドの背後に『首の刎ね飛ばされていない』男の姿が現れた。
「気配も殺気も、相手の首を刎ね『終わる』まで発せずにいてこそ本物暗殺者というものだぞ」
「……ご忠告感謝しよう……」
「そうそう先に言って置くが、俺には毒の類は一切効かないからな。試したいなら止めないが……」
「……最初からその手の技を使う気はない。私はこの世界の暗殺者と違って毒など好まない……」
言葉を言い終わるよりも早く、ホドの姿が掻き消える。
「なるほどそう来るか……さてどうするかな?」
「八連撃!」
「姿を消して、手刀による急所への八連撃とはなかなかやるな」
男は楽しげにそう言うと、口笛を吹きながら、見えない手刀を全て完全回避した。
「まあでも、自分の技に自信を持ちすぎるのは、ホドホドにした方が良いよ、ホド君」
「なっ!?」
動きの『凍結』したホドの姿が無防備に浮かび上がる。
「自分で使っておいてなんだが、ふざけた技だな……寒いギャグで相手の動きを凍結させるってのは……」
男が弦を一度軽く弾くと、ホドの体が氷ごと砕け散った。



「なんだこの有り様は……」
カーディナルがその場に駆けつけた時には、ゲブラーは無様に地面に倒れ伏し、ホドは氷ごと体を四散させていた。
「ほう……これはまた……」
男はカーディナルに気づくと、数秒興味深げに見つめた後、何か納得したような表情を浮かべる。
「……貴様の仕業か?……何者だ?」
「俺の名前?……そうだな、レイとでも呼んでくれ、エリュディエルの娘」
「貴様!?」
その名を知る者がこの世界に、いや、元々自分達が来たあの世界にだって居るはずがないのだ。
「おっと、今はエリカ・サナネルだったか? 悪魔王の……」
「母上の名を呼び捨てにするな、愚か者!」
カーディナルはレイに斬りかかる。
「……月の光、水車小屋に落ちる花びら……」
男が竪琴を奏でながら歌い出すと、カーディナルは男の寸前で見えない壁でもあるかのように弾き飛ばされた。
「全ての生命体が接触不可能になる障壁を創り出す呪歌……お前クラスの者にもちゃんと通じるのか……少なくともこの世界では」
「おのれ……我が前から消えろ!」
カーディナルが男を睨みつけた瞬間、男の足下から火柱が立ち上り、男を包み込む。
「愚か者が髪の毛一つ残さず灼き尽くされるがいい……」
「なかなかの炎だな」
「なっ!?」
鼓膜を破るかのような音が響いたかと思うと、炎が跡形もなく消し飛んだ。
「音の衝撃波だけで……我が炎を消し飛ばしただと……」
なんなのだ……このふざけた男は……。
母上の側近の悪魔でも知る者の少ない母上の昔の名を知り、我が炎を容易く掻き消す……そんな者がこの世に存在するはずが……。
「まあ、そう熱くなるなよ、俺はお前の敵ではない」
「敵ではないだと……我が下僕共をこんなにしておいて……」
カーディナルはゲブラーとホドの無残な姿に視線を送りながら言う。
「大丈夫だ、ホドも筋肉馬鹿もそれくらいじゃ死にはしない。それに、戦力が心配なら、なおさら俺を雇った方がお得だと思うぞ」
「貴様を雇う……だと?」
「そうそう、俺は役に立つと思うよ」
「ふ……ふざけるなああっ!」
「エリュディエルより少し感情的だな……若さ故か」
レイは優しげな笑みを口元に浮かべると、竪琴を弾き始めた。
カーディナルは右手をレイに向けて突き出すが、寸前で先ほどと同じく見えない壁に阻まれてしまう。
「はああああああああっ!」
カーディナルが叫ぶと、彼女の右手が赤く輝いた。
「……『壁』を溶かすつもりか? 無茶をする」
不意に、突然『壁』が消えたかのように、カーディナルの右手が突き進む。
しかし、その時にはすでにレイの姿は無く、カーディナルの右手は部屋の壁に激突し、一瞬でその壁を蒸発させた。
「くっ!」
カーディナルは舌打ちすると再度、レイに襲いかかろうとする。
「少し大人しくしてくれ」
レイの竪琴が新たな曲を奏でた。
とても綺麗な曲が耳に届いた瞬間、カーディナルの体が頭上からの見えない圧力で床に叩きつけられる。
「女子供にだけは優しい俺としては、お前には『マリオネット』なんて恥辱を与えるわけにはいかないからな」
「くぅ……」
この男は解っていない。
こうやって軽くあしらわれていることが、カーディナルにとってどれだけの屈辱であり、恥辱かということを。
「きゃっ! 何よこれ!?」
声が聞こえたと同時に、小さな女の子が床に倒れ込んでいた。
曲の効果にはまったのだろう。
この曲は個人ではなく、音の届く範囲に存在する全ての者に等しく効果を与えるのだ。
「カーディナルさんを虐めるのはそれくらいしてあげたらどうですか?」
女の子の隣から男の声が聞こえてくる。
「まあ、もう手遅れだと思うアルが……ここまで辱めたら、カーディナル様に一生恨まれるアルよ」
曲の効果を受けずに、何事もなく立っている人間が二人居た。
「……俺としてもそうしたいが、曲をやめた瞬間、また飛びかかってくるだろう? それではいつまで経っても話が進まない」
レイにはカーディナルを倒す気がなく、カーディナルにはレイへの攻撃をやめる気がない。
それでは、こうやってカーディナルの動きを封じ続けるか、カーディナルの攻撃の届かない『壁』を常に張り続けているしかなかった。
「確かに……これは困りましたね」
たいして困ってもいない、寧ろ楽しんでいるような表情で男は言う。
「カーディナル様、とりあえずこの男を客分として迎え入れるとヨロシ。それが支配者の度量アルよ、エリカ様なら絶対そうするネ」
銀珠がカーディナルの説得をはかった。
「くっ……そんなことができるわけが……我はこの男を殺す! 我にこのような屈辱を与えた者は、母上以外では初めて……許せるわけがない!」
カーディナルは怨念の籠もった眼差しでレイを睨みつける。
だいたい、なぜ貴様ら二人だけは何事もなく動ける!?……という事実もカーディナルの苛立ちを高めていた。
「……仕方ない、出直すとするか」
「それがいいですね」
「あいや、残念アル、あなたとは気が合いそうだったのに敵同士になるアルか?」
「敵にも味方にもなる気もない……いや、少し味方してあげてもいいかなと思って来たんだけど、完全に『敵』って認識されちゃったみたいだからな……まあ、それはそれで面白いかもしれないから……別にいいかも」
レイはお気楽そうにそう言う演奏をやめて、カーディナルに背中を向ける。
同時に、カーディナルは体の自由を取り戻した。
「……今度は飛びかからないのか?」
「……これ以上、恥をかくつもりは……ない……」
「それでいい、ムキになって挑み続けるのは誇りの高さでもなんでもない」
そう言うと、レイは歩きだす。
「待て……顔を見せていけ……」
カーディナルはレイを呼び止めた。
「……なぜ?」
「我が貴様を殺すためだ」
「なるほど、確かに顔が解らなきゃ、殺す以前に俺を見つけられないものな」
レイは振り返ると、フードの付いたローブを脱ぐ。
「……その色眼鏡も取れ……」
「これは勘弁してもらえないかな?」
サングラスをした金髪の青年レイは懐から取り出したタバコをくわえると、火をつけた。
「……いいだろう。貴様の髪の色、顔立ち、体つき……全て覚えた……次に会った時……必ず殺す!」
「金髪でサングラスしている人間片っ端から殺しまくるってのはやめろよ。ちゃんと俺だって確かめてから襲うように」
レイは茶化すようにそう言うと、背中を向けて歩き出す。
「やれやれ、どこで予定が狂ったんだか……」
言葉の終わらぬうちに、レイの姿が掻き消えた。
おそらくテレポートしたのだろう。
「さて、私はホドさんとゲブラーさんの『手当て』をしないと」
「あ、待って兄様!」
八つ当たりされることを恐れたのか、男とエリザはゲブラーとホドの残骸を持って姿を消した。
「プライドを守ることよりも、常に余裕を持つことこそが大事アルよ。これ支配者の常識ネ、覚えておくとヨロシ」
そう告げると、銀珠も姿を消す。
「……そうだな……確かに、母上なら先ほどの我のような無様な姿は絶対にさらさない……」
あまりにこの世界の人間や魔物が脆弱なせいで、一つ大事なことを忘れていたようだ。
上には上がいる。
自分より強い者などいくらでもいるということを……。
「自惚れた者、満足した者にそれ以上の成長は無い……」
カーディナルは自嘲と自虐の笑みを浮かべると、その場を後にした。



レイが雪原に姿を現すと、待ちかねたように黒フードの人物が悠然と立っていた。
「……話はついたのか?」
「……いや、どうも生涯の仇に任命されちゃったみたいだよ、あははははっ!」
「…………」
「まあ、それはそれで面白いかもしれないしさ」
レイはお気楽にそう言う。
「…………ば」
「ば?」
「馬鹿か、お前は!」
黒フードは、マントのようなローブの下からクレセントサイダーを取り出すとレイの頭を思いっきり殴りつけた。
「あははは、ちょっと痛いよ、それ」
「黙れ! 刃の部分じゃないだけありがたいと思え! いや、やっぱり、刃の部分で斬る! 首を刎ねてやるから、そこになおれ!」
黒フードを容赦なくクレセントサイダーをレイに向けて振り回す。
「待て、そもそもこの世界の職業的には本来、お前はそれを装備できないはずだぞ!」
「やましい!」
黒フードは容赦なくレイの首に向けてクレセントサイダーを振り下ろした。
「落ち着けって」
レイは後方に跳んでかわすと、そのまま逃げ出す。
「待って、首を置いていけ! 斬首して詫びろ!」
「お前、そんな大味そうな得物で首チョンパしようとするなよ」
「安心しろ、痛みを感じるより早く首を刎ねてみせる!」
「そういう問題じゃないだろう!」
レイと黒フードは『追い駆けっこ』しながら雪原に消えていった。



ティファレクトとミーティアは並んで雪の街ルティエを歩いていた。
「……自分で来る気があるなら、私を使いに出す必要もなかったと思うわ……」
「ミーティアはあんなわけの解らない赤いおじさんからじゃなくて、ティファからプレゼントを貰いたいんだよ」
「どちらでも変わらないと思うわよ……」
プレゼントの中身は同じなのだから。
「解っていないね、ティファは。愛するティファから貰いたいというこのミーティアの乙女心が……あっ!」
ミーティアは言葉の途中で、近くの露天に向けて走っていった。
「ティファ、ティファ! 見て『アイス』があるよ! こっちの世界にもアイスってあったんだね!」
ミーティアは見た目通りの子供のようにはしゃいでいる。
「アイスなんて別に珍しいものでも……」
「それは違いますよ、お客様」
ティファレクトの言葉をブロンドの髪の女性が遮った。
年の頃は一七歳ぐらい、色白の卵形の顔、赤みがかったブロンドと、晴れやかな美貌。
商人というより、貴族か王族といった感じの雰囲気を醸し出しているが、彼女がこの露天の主のようである。
「この国にはアイスという物は存在もしません。これは、異邦人である私が故郷の技術で再現した物……とてもとてもレアな物です」
「そうなの?」
ティファレクトとミーティアの世界では珍しくもなんともない物だったが、この世界ではレアなものようだ。
「はい、というわけで、お一ついかがですか、可愛いらしい金髪のお嬢様」
「うん、買う買う買うよ! こっちの世界で見かけるなんて思わなかったもん!」
「ありがとうございます」
ティファレクトは、こんな雪の街でアイスを買うミーティアと、それを売ろうとする女性を呆れたような目で見つめる。
「じゃあ、ティファ、お金払っておいて」
ブロンドの女性からアイスを受け取ると、ミーティアはそう言って先に歩き出した。
「なっ!? ちょっとミーティア」
「お客様、代金点払ってもらえますよね?」
ミーティアの後を追うとしたティファレクトの手をブロンドの女性が捕まえる。
とても冷たい手だった。
「……いくら?」
「300です」
「……高くない?」
「適正値段だと思いますよ」
適正と言われても『アイス』など売っている店はここだけなので比べようが無い。
「仕方ないわね……」
「まいどありがとうございました」
「ミーティア、あくまで立て替えよ! ちゃんと返しなさいよ!」
ティファレクトは代金を払うと、ミーティアの後を急いで追いかけていった。
「あいや〜、メアリー捜したアルよ。まさか、商人やってるとは思わなかったネ。てっきり、騎士か僧侶でもやっていると思ったネ」
ティファレクトと入れ替わるように銀珠が現れる。
「私は商人ではなくセージですよ、銀珠」
「セージって何アルか?」
「賢者とでも知恵者とでも……ようは賢く聡明な者のことです」
「自分で言うアルか、そういうこと?」
「ただの事実ですから」
メアリーはさらりとそう言うと、露天をたたみ始めた。
「『クリフォトの9i』不安定のメアリー・アィーアツブス・リリス……カーディナル様から召喚の許可が下りたから、一緒に来るヨロシ」
「召喚ですか……とっくの昔にこちらの世界に来ていたんですけどね」
「まあ、組織というのは形式が必要なものアルよ。ところで、この世界の『旅行』は楽しかったアルか?」
「おかげさまで……この世界の知識は殆ど学び終えました。貴方のお役に立てると思いますよ、銀珠」
「期待しているアルよ」
銀珠はメアリーに手を差し出す。
「ご期待にそえるように全力で勤めさせていただきます」
「では、行くアルよ」
メアリーがその手を取ると、銀珠は、地面に置いたムナック帽の中にメアリーと共に飛び込んで消えた。



グラナート・テスタメント第一部完!




















おまけ劇場『銀珠の寝物語第一夜「なぜなにクリスマス」』

「クリスマスという呼び名である偶然はおかしいアルが、祭り自体が存在することはそうおかしいことではないアルよ」
「冬至を祝う習慣はどこの『世界』のどの『国』にも古くから存在するものアル」
「どこの『世界』でもですか?」
銀珠と同じベットで寝ている金髪の少女が尋ねた。
「ない世界を捜した方が早いという意味ネ。メアリーはキリストという名を知っているアルか?」
「ええ、『私』は知っています」
メアリーと呼ばれた少女の肯定に、銀珠は満足げに笑みを浮かべる。
「そう、メアリー、オーギュスト、サンジェストといった正規のクリフォトの者達だけが『キリスト』を知っている……だからこそ、キリストが存在しない『世界』で冬至の祭りを『クリスマス』と呼ぶはおかしいアルね」
「随分とぶざけた世界なのようですね、『ここ』は……」
「然り、全てがふざけた世界アルよ」
「でも、そこが面白い?」
メアリーはクスリと悪戯っぽく笑った。
「無論アルよ、あそこまでふざけていたら逆に傑作アルよ」
「それは結構なことですね」
「まあ、どうでもいいことアルが元々クリスマスは、ローマ帝国の農業全般をつかさどる神サトゥルヌスを祝う冬至の祭り「サトゥルヌナリア」であり、その後ミトラ教の太陽神の誕生日(祭日)が混ざったものであり、キリスト教とは何の関係もないものだったアルよ。ついでに言うなら、キリストの誕生日は1月6日の説の方が正当であり……そもそも、キリストにとって大切なのは死んだ日と復活の日で、誕生の日は重要視されていなかったアルよ」
「流石、銀珠……異世界の雑学も完璧ですね」
「当然アルよ。ちなみに、『ここ』によく似た『北欧』ではオーディンが、冬至の祭のときに、8本足の魔法の馬やトナカイが引くソリに乗って空を駆けて贈り物を運んできてくれるアル。特にオーディンは、家の扉がすべて閉めきられているときには、煙突から家に入り、贈り物を届けたといわれているアル」
「まんま『アレ』ですね、神が……」
「まあ、だから、北欧に良く似た世界にあの祭りがあるのはいいアルが……『アレ』が居るのと、呼び名がクリスマスなのがあの世界の永遠の謎アルな……」






次回予告(エリザベート&兄様)
「長い! いつもの倍以上の長さあるじゃないのよ! しかも、クリスマスって今何月(三月)だと思っているのよ!?」
「最初に書こうとしたのがクリスマスの頃でしたからね……まあ、その時の構想では、エリザさんとティファレクトさんが雪の街ですれ違う、セフィロト達のクリスマスの過ごし方という内容であって、今回の『頑張れ! 僕らの吟遊詩人』のような展開ではありませんでしたけどね」
「兄様、微妙にサブタイトル間違ってるよ、『行け行け! 僕らの吟遊詩人』だよ」
「それも微妙に間違っていませんか?」
「え? そうかな……」
「まあ、今回でこのグラテスを無理矢理終わらせようと思い、まだまだ出さない予定だった二人(白黒ローブコンビ)、挙げ句の果てにメアリーを出した(ちなみに、最初はクリフォト最後の一人まで登場させたが無理がありすぎたので没)というわけなのですよ」
「かなり無茶したよね……まあ、これっきりになる可能性が高いけど、続いたらよろしくね」
「では、いつかまたお会いしましょう」

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