カノン・サバイヴ
番外編「死神を連れた少女」




爆発。
光の奔流が私を空に向かって押し上げていきます。
「ばいばい、栞ちゃん。天国で幸せに暮らしてね……」
勝ち誇ったあゆさんの声。
嫌です、あゆさんごときに負けるのは……。
けれど、光が私を天に向けて押し上げながら、私の体を溶かしていく。
天に叩きつけられるのが先か、光が私を溶かしきるのが先か……どちらも死んでも嫌です!
崩壊していくメイド服……そういえば、例えこの光の奔流に耐え切れても、カードデッキが壊れただけでも助からないんでしたっけ?
私はデッキに無意識に手を当てた。
そして一枚のカードを引き抜く。
どんなカードを引いてもこの状況から逃れることなどできないと解っているのに……。
「えぅ!? 白紙?」
何も絵の描かれていない白紙のカード。
いいえ、違います。
白紙にゆっくりと絵が浮かび上がって…………そこで、私の意識は途切れました。



気がつくと夜になっていました。
というか、ここはどこでしょう?
何もない真っ暗な空間。
もしかして、あの世なのでしょうか?
「…ナギーの研究室へようこそ」
「ふぇっ!?」
びっくりしました、いきなり目の前に人が浮かび上がったんですから。
真っ黒な和服を着こなした銀髪の女性、こんな真っ暗な場所でサングラスなんかしています。
なんかとっても胡散臭そうな人です。
いえ、そんなことより、変わらず真っ暗なままで明かり一つない空間なのに、この女性の姿が異常にはっきり見えます。
明かりがないのに、明かりがあるようにはっきり見える?
えぅ〜? なんか混乱してきました。
「…明るさなど意味を持ちません。ここは肉体も物質も存在しない世界です」
えぅ、何を言ってるんだかさっぱりです。
「…ここはあなたの精神世界です」
「精神……心の中ですか?」
「…夢の中とも言います。幽世の一つにして、永遠の世界の末端でもあります。私は『夢幻』と呼んでいますが……」
要するにこれは夢なんですね?
「…少し難しく言うなら刹那の永遠、永遠に繰り返す走馬燈……マヨ……」
「えぅ、難しい説明は結構です」
「…簡単に言うと走馬燈です。あなたは『天使達の昇天』をくらって死にかけながら夢を見て居るんです」
「そうでした! こんなことをしている場合じゃありません! なんとか光の中から脱出して、あゆさんに復讐を……」
「…焦ることはありません。ここで100年過ごそうが、1000年過ごそうが、現実では1秒に満たない時間しか経っていません」
「えぅ〜、だからそういう訳の分からない説明をしないでください」
「…解りました。では、用件だけを済ませますね……」
銀髪の少女は着物の胸元に手を入れました。
私は警戒します。
そこからいきなり銃なり剣がでてきて襲いかかってくるかもしれません。
忘れてはいけません。
彼女は得体が知れないんです、敵なのか味方なのかも解らないです。
あれ、でも、ここは私の夢の世界でしたっけ?
いえ、それも彼女が言っているだけで、本当か嘘かも解らないです。
油断は大敵です。
「…レベルアップおめでとうございます。死ぬほど頑張ったで賞、進呈です」
そう言うと、銀髪の少女は私に一枚のカードを差し出しました。
雪の絵の描かれたカード。
「これは?」
「…雪(KANON)のカード。それを使えば、あなたは死をも超越した神に生まれ変わることができます……死冥土(デスメイド)☆しおりんにクラスチェンジすることが可能になるのです……」
「クラスチェンジ? 死冥土?」
確か、観鈴さんが第2段階にパワーアップとかやっていた気がします……そういうようなものですね? たぶん……。
「解りました。貰える物は貰っておきます」
私は雪のカードを受け取りました。
「…そのカードは元々あなたの物ですから遠慮は無用です」
「えぅ?」
「…私から雪のカードを受け取った瞬間、現実世界のあなたの持っている白紙のカードも完全な雪のカードに変わっていることでしょう」
私は雪のカードを見つめます。
「…雪のカードは全部で五枚しか存在できません。そして、雪のカードになることが可能な白紙のカードはあゆさん、名雪さん、舞さん、真琴さん、栞さんのデッキに隠されていました……そういう風にあの人がデッキを作ったのです……」
「あの人?」
「…もっとも、あなたのレベル、執念が規定値に達しなければ白紙は白紙のまま終わったことでしょう……私のように……」
えぅ、どうやら私の質問には答えてくれないみたいです。
「…ついでに教えておきます、空(AIR)のカードは三枚、月(MOON)のカードは一枚しか存在しません」
まだ何か言ってるみたいですが、貰う物は貰ったので、もうここには用はないです。
さっさと帰って、あゆさんに復讐です。
「…それと、空(AIR)には……」
「では、私はこれで帰りますね」
私は銀髪の少女に背を向けて歩き出しました。
「…………帰り方をご存じなのですか?」
ピタっと私の足が止まりました。
えぅ〜、帰り方解らないのに格好良く帰ろうとしてしまいました。
振り返って、彼女に帰り方を教えてもらうのは格好悪くて嫌です。
「そして、月(MOON)こそ……」
なんかまた説明を始めました。
つまり、最後まで説明を聞かないと、帰らせてくれないんですね?
解りました……聞けばいいんですね? 聞けばっ!




「…以上です」
えぅ、やっと終わりましたか?
この場所では時間が解りませんが、半日ぐらいずっと説明を聞かされていた気がします。
あ、ちなみに説明の内容はまったく覚えていません。
半ば寝てましたから、私……。
「…では、最後まで説明を聞いた良い子にプレゼントです」
えぅ!? やりました、最後まで念仏のようなつまらない説明を我慢して聞いた甲斐がありました。

ジャキィン!

銀髪の少女は胸元から巨大なハンドガンを取り出しました。
さっきのカードはともかく、どうすればあんな巨大なハンドガンが胸元に入るんですか?
非常識です。
「…あなたのポケットと同じ仕組みです」
えぅ!? なぜ、その秘密を知っているんですか!?……やはり、油断のできない相手みたいです。
「…プロヴィデンスナギーF17です」
ぷろ、ぷろぶ?……とにかく、それがその銃の名前みたいです。
「…全長57センチ、全高25センチ、全幅7センチ、銃だけの重さが25キロ……」
また説明を始めました。ホントに説明が好きみたいですね。
重さが25キロですか……25キロ!?
「えぅ〜! そんな重い銃、か弱い病人の私が持てるわけないじゃないですか!」
「…トリガープルの重さが12キロ……確かにひ弱な方では引き金を引くこともできないでしょう」
「だから、そんな銃使えるわけないじゃないですかっ!」
「…私は使えますよ?」
そういうと銀髪の少女は片手で銃を私に向けて構えて、引き金を……。
「撃たないでください!」
「…バアアン!」
「えうううううっ!?」
「…冗談です」
なんて悪質な冗談を言うんですか!
死んだかと思いましたよ。
銀髪の少女は銃を地面に置きます。
重たい鉄の音が響きました。
床が軋み沈んだように見えたのは気のせいですよね?
「…変身すれば簡単に持てるようになるので心配無用です、えっへん」
えぅ? そうなんですか? でも、なんであなたが威張るんですか?
「……じゃあ、貰ってあげます」
「…進呈」
銀髪の少女は軽々と銃を持ち上げると、私に差し出してきました。
だから、そんな重たい物、両手でも持てないんです……いえ、なんとか持てるかもしれませんが、持ちたくありません。
「…では、死冥土の変身した際に自動的に転送されるように設定しておきましょう」
初めからそうしてください。
「ところで、そのプロ……プロシュチュ〜デントX18とかいう呼びにくい名前なんとかならないんですか?」
「…プロヴィデンスナギーF17です」
「だから、言いにくいです!」
「…では、これはあなたが以前使っていたスノーバイザーと同じバイザー銃ですから……スノーバイザーDUOと名付けましょう」
「デュオ?」
「…スノーバイザー弐式の方がお好みですか?」
「スノーバイザーデュオでいいです」
さて、今度こそ帰るとしましょう。
「じゃあ、帰り方を教えてもらえますか?」
「…その前に後二つだけ…」
えぅ〜、もう説明はいい加減にして欲しいんですが。
「…スノーバイザーデュオの装弾数は4発ですから、よく狙って撃ってくださいね」
「はいはい、4……えぅ!? なんですか、それは! 前のバイザーは無制限に何発でも撃てましたよ!」
「…あんな氷の飛礫みたいな弾丸を撃ちだしていた玩具と一緒にしないでください。スノーバイザーデュオはあなたの雪玉キャノンより強力な弾丸(特製雪玉)を撃ち出すのですよ……」
それじゃ、銃じゃなくて大砲じゃないですか……。
なんか開発コンセプト間違えてませんか、この銃?
「でも、これカードの投入口しかないですよ? 弾換えどうするんですか?」
「…これを差し込んでください」
銀髪の少女は弾丸の絵が描かれたカードを胸元から取り出しました
「…ブリットベント……一枚で4発分です……まとめて何枚も入れても無駄ですよ」
えぅ、読まれましたか。
「…最後に……あなたの残りの命についてですが……」
「えっ?」
「…第2段階である死冥土になれば今とは比べ物にならない力が手に入ります……しかし、力を使えば使うほど生命力は消費されあなたの命は……」
「…………」
「…それでも、このカードと銃を使う覚悟があなたにありますか?」
私は最高の笑顔を浮かべて、
「愚問ですよ」
重たい銃をなんとか両手で持ち上げました。
「……どうせ安静にしても長くない命です。ギリギリまであがいて、戦って、永遠の命という可能性に賭けた方が百億倍マシです!」
ブリットベントをスノーバイザーデュオに装填すると、銀髪の少女に向けます。
「…引き金を引いてください。それで再び始まります……あなたの辛い現実が……」
私は迷わず引き金を引きました。
その瞬間、銀髪の少女も、この暗闇の世界も、全てが砕け散りました。



目が覚めると、私は光の奔流の中に居ました。
メイド服は殆ど蒸発しています。
私自身が蒸発して消滅するのも後数秒の問題でしょう。
私は手に持っていた雪のカードをかざします。
新しい、まるで死神の衣のようなメイド服が私に装着される。
右手にはスノーバイザーデュオがいつのまに握られていました。
私はカードをセットします。
「アドヴェント! デススノーマン!」
私の背後から浮かび上がる、死神の大鎌を持ちコウモリのような翼を生やした雪だるま。
デススノーマンの振り下ろした大鎌があっさりと光の奔流を切り裂きました。
私はデススノーマンの頭の上に着地します。
下を見下ろすと、地上は遙かな彼方です。
いますぐ、地上に降りていって、あゆさんを追いかけてもいいですが、楽しみはもう少し後に取っておくことにしますか。
フフフッ、命拾いしましたね、あゆさん。
まずはお空のお散歩です。
空の上がこんなに気持ちいいなんてさっき初めて知りました。
私は翼を手に入れました。
天使ではなく、コウモリの……悪魔の翼ですけど。
私は右手を持ち上げます。
銀髪の少女が言った通り、銃にまったく重さを感じません。
そういえば、あの少女、もっと以前にどこかで会ったような気がするのですが……思い出せないということは気のせいですね。
私は銃を空高く向けて構えます。
「最後の戦いの始まりですよ、お姉ちゃん」
私は天に向かって弾丸を放ちました。
最後の戦いの開始の合図のように……。


















次回予告(美汐&香里)
「というわけで番外編2をお送りしました。今回は栞さん編ですね。なにか、美坂姉妹だけ優遇されてませんか?」
「あたしの時と同じく21話の冒頭だけこの話にしようと思ったんだけど……話が膨らんだというか、栞の心情を書きたくて、でも一部分だけ一人称というのもあんまり良くない気がするし……で、一話分別に作ったのよ」
「番外編は毎回一人称という統一もできて面白そうですしね……まあ、番外編3の予定もアイディアもありませんが……」
「まあ、番外編はあくまで補足(悪く言えば蛇足)だから、漫画なんかでもたまにある本編から外れた特定の脇役や悪役が主役の話みたいなものよ」
「ところで、21話少し書き欠けて詰まりましたよね……」
「あの狐が予定以上にうぐぅを痛めすぎてしまったからよ……あの状態でさらに栞が攻撃するのも、回復させてまた栞が倒し直すのも、ちょっとうぐぅイジメすぎよね……」
「まあ、そういう運命なんですよ、あゆさんはきっと……」
「そうね……それにしても、なんか今回のこの話凄く書きにくかったわね」
「栞さん口調の一人称というのが無理があったんですよ……地の文までわざとらしいまでの栞さん口調にしなくても……」
「書いてて慣れてきたのが、書き終わる直前だったわ……」
「それほど無意味なことはないでしょう……」
「ちなみに、銀髪のキャラについてはモロバレだと思うけど、あまり気にしないでね」
「名前伏せる意味がどこにあったのでしょうか……いえ、正確には伏せていませんし……」
「やっぱり、書きやすいキャラよね、彼女は……」
「もしかして、彼女が登場した理由はそれだけですか……」
「……じゃあ、今回はこの辺で……良ければ次回もまた見てね」
「戦わなければ生き残れません」



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