カノン・サバイヴ
第70話「永遠の戦い」




とっくの昔に、引き返すことが、立ち止まることができないところにまで来ていた。
あらゆる犠牲を払い、あらゆる者を犠牲にして辿り着いた境地。
だが、ここから『先』の未来が視えない。
望んだ『力』はすでに手に入ったといってもいい。
栞を生き返らすどころか、世界自体を望みのままに創り変えることすら可能だ。
けれど、その『力』を行使する気にはならない。
『力』を得た瞬間に解ってしまったからだ。
あたしが新たに生み出す栞は栞であって栞でないと……。
完全に栞と同じ外見と性質を持とうと、それはあたしの妹である栞ではないのだ。
栞という存在はもう完全に消滅したのだから。
例え、神の力を得た今でも、栞をあたしが本来望んだ形で蘇られることはできない。
だったら、どうすればいい?
望みが叶わないならこんな力を持っていたって何になると言うのだ?
いっそ世界を一度無に還してみるか?
そして、今よりは少しは自分好みな世界を創りだして……。
それも対して魅力的には思えなかった。
「……名雪……」
そうだ、まだ名雪が残っていた。
名雪と戦おう。
彼女にあたしを倒すチャンスを与えるのだ。
彼女ならもしかしたら、あたしを倒して……くれるかもしれない。
凄まじく僅かな確率だが、彼女なら皆無ではない気がするのだ。
わざと滅びることはできない。
でも、全力で戦った末に滅びるなら話は別だ。
それなら、あたしが今の『力』を得るために犠牲にしたモノ達も許してくれるかもしれない。


そして、彼女は見事あたしの望みを叶えてくれた。
あたしがこの世でもっとも嫌悪し憎悪する存在である『あたし』が消える。
これでいい、これでいいのだ。
やっと解放される。
しがらみ、重み、因縁、全てから解放されるのだ。
「……ありがとう、名雪……」
その言葉を口から紡いだのを最後に、あたしの意識は闇に閉ざされた。




生き残った者に待っているのは日常である。

祐一が玄関に座ってしばらく待っていると、鞄を抱えた名雪がふらふらとやってきた。
「…お待たせ〜」
名雪はまだ少し眠たそうである。
「時間、大丈夫か?」
「ちょっと走らないとダメかも…」
「…寒っ」
玄関を出ると、目の前に広がるのは銀世界。
夜の内に降ったらしく、その雪は足跡さえまだついていなかった。
「いいお天気だね」
名雪が広がる青空を仰ぐ。
「いい天気なのは認めるが…」
雲はまばらで、雪の上にはくっきりと屋根の影が落ちていた。
「それでも、無茶苦茶寒いぞ」
「今日は暖かい方だよ」
名雪がさらに追い打ちをかける。
「でもこれから、どんどん寒くなるんだよね」
「じっとしてると余計に寒い。さっさと行くぞ」
「うんっ」
名雪は嬉しそうに雪の感触を楽しみながら祐一の横に並んだ。
二人は雪の街を、白い息を弾ませながら走り抜けていく。
その様子を、二人に見つからないように物陰から見守る者が居た。
「元気そうね、名雪……」
ゴスロリな洋服を着こなした少女、美坂香里である。
「相沢君も相変わらずね……」
香里は自らのお腹にそっと手を添えた。
「結局あたしは死ねなかった……でも、良かったのかしれない……この子を道連れにしないで済んで……」
母親になる自分の姿など想像もできない。
それでも自分は母親になる、いや、もうなっているのだ。
自らの中に宿った命が何よりも愛しい。
「生まれ、咲き、生み、散る……それが正しい人の生き方なのかもね」
以前はもっとも嫌悪していた平凡な人としての一生。
「……でも、その前に……」
香里の背後からゆっくりと足音が近づいてくる。
「冷たいけど気持ちの良い風が吹いているよ。ね、今日は良い天気かな?」
香里の背後で、長い黒髪の少女が立ち止まった。
綺麗な女の子だが、冷たい瞳がさめた印象を与える。
「……ええ、良い天気よ、65点ぐらいかしら?」
香里は背後を振り返りもせず、日傘を右手で弄びながら答えた。
「結構、辛口な点数だね」
「寒いのが主なマイナス点よ」
「そうだね、私も寒いのは好きじゃないよ、でも、いい風だと思うよ、今日は」
「そう?」
「うん、95点ぐらいあげてもいいかな」
「甘口すぎるわね……えっと?」
「私は川名みさきだよ、香里ちゃん」
「そう、あたしのこと知っているのね……でも、ちゃんはやめて欲しいわね……」
「可愛いのに……」
みさきは悲しそうにわざとらしく俯く。
「じゃあ、始めましょうか? 永遠の向こう側からの侵略者さん」
「うん、そうだね」
香里は日傘を空高く放り上げると、振り返ると同時にみさきに殴りかかった。


永遠の向こう側からの侵略者『悪音(ONE)』と、それにたった一人で立ち向かう美坂香里の戦いの物語が始まる。
けれどそれはまた別の物語。



カノン・サバイヴ完(エンドC)




























































次回予告(美汐&香里)
「というわけで、カノサバ第70話こと、アナザーC最終話をお送りしました」
「っしゃっ!! 終わった、終わったわよ! これで思い残すことは何も無いわ……」
「ええ、今後は流石にもうありませんからね。外伝などもいまさら書くのはもう無理でしょうね」
「一発ネタみたいな七瀬さんの過去、三つ巴の戦いの神話時代、本編から削られたあたしや聖さんの過去の出会いの話、なんかは書こうかなんて思ってたんだけどね。まあ、使わなかったアイディアとかは別の作品に持ち越しってところね」
「長さから解るように、無理矢理第69話に繋げてしまうこともできたのですが、全70話の方が区切りというか見た目がいいので、エピローグ?部分を最終話として分けさせてもらいました」
「AやBと違って短くすんだねわ、エピローグ?」
「皆さん生き返りませんし、説明しなきゃならないことももう殆どありませんでしたからね」
「説明といえば、軌道エレベーターは日本には位置的に建てられないとか、素材として有力視されているカーボンナノチューブは現時点では1mm程度の長さしか作れないとかいうツッコミは無しでお願いね」
「誰もツッコミませんよ、そんなこと……」
「最終決戦の場は月面上なんてのも考えたけど、宇宙(そら)になっちゃったわ……大気圏突入しながらのバトルってやってみたかったから……」
「まあ、いまさら生身で大気圏突入しようが誰も驚かないでしょうが……」
「そんな感じで、名残惜しいけどこれでカノン・サバイヴは完全におしまいね。長い間御愛読有り難うございました……と、ここまでつき合ってくれ方にはここからお礼を言わせてもらうわ」
「有り難うございました」
「良ければ次回作に当たるカノン・グレイドも読んで貰えると嬉しいわ。作風やノリはカノサバと同じような感じよ」
「では、この辺で……」
「そうね。良ければ違う作品でまた会いましょう」
「戦わなければ生き残れません」






一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。




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