カノン・サバイヴ
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「そう……あなたがわたしに……わたしの全てを……それならいいわ」 「ええ……もう離ればなれになることはないわ」 香里の両手から放たれた青い光球が郁未に触れる。 次の瞬間、閃光と爆発が全てを呑み込んだ。 細胞一つ残さず天沢郁未という『物質』はこの世界から完全に消滅する。 不可視の世界も邪夢も、郁未の分身、同質存在とでもいうべき香里には効果がなかった。 ドッペルゲンガーは香里も使える。 空間操作は郁未の方が優れているが、代わりに香里は運命操作が郁未より優れていた。 そして、一番の問題であった闘気や魔力の絶対量の差は、郁未が栞や舞を消し去る際に消耗したことで無くなっている。 さらに、格闘能力とスピードは香里が一枚上手だった。 「……感じる……」 香里は自らの左胸をおさえる。 「あたしはあなたに分け与えられたあなたの半分の命で生きてきた……二人でひとつ……そして今、あなたから奪った半分の命で……命は一つに戻った……あたし達は本当の意味でひとつになれたのよ」 自らの命を分け与える能力、正確には他者の命を奪う能力の反転……それを香里も使えたのだ。 命と共に能力も与えられていたのである。 そのことに気づいたのはつい最近だった。 本体を殺されれば分身も全て消滅するが、分身を消されても本体には何の影響もない。 『分身』などその程度のモノだと思っていた。 だが、それは間違いであったと気づく。 香里と郁未は限りなく同等の存在だった。 片方が倒れれば、もう片方も同時に消滅する。 あるいは倒された方の力が残った方に託される……そういったレベルの分身、いや、『半身』だったのだ。 「『力』だけじゃない……天沢郁未の『罪』も『業』もあたしが全て引き継ぐわ……だって、あなたはあたしだもの……」 郁未は空を見上げる。 「美しい月……」 戦っている間に夜が明け、再び夜になっていた。 「後数時間で三日間が……全てが終わる……」 香里は視線を再び地上に戻す。 「……『力』を得ると同時にあたしは全てを悟ってしまった……あたしの望みは叶わないと……あたしに残されたのは名雪との決着だけ……あたしと名雪の最後の戦いの場所……それに、こんな荒れ果てた塔など相応しくはない……んっ!」 香里は新たな『塔』を『創造』した。 「軌道エレベーターというのを知っている、名雪? SFの小説や漫画なんかでよくでてくる、アレよ」 姿を現した香里はそんなことを言い出した。 「衛星軌道上まで伸びたエレベータ……それだけの物なんだけどね。理論的にはとっくの昔に作れるのに、素材の問題からいまだに作れない宇宙への輸送手段の究極の形……まあ、そんなことはどうでもいいわね。名雪、足元を見てみなさい」 名雪は言われたとおりに足元に視線を移す。 壁と同じく透明な床を通して、名雪達が今まで生きてきた世界が見えた。 「良い眺めでしょ? 世界をこういった形で見下ろす……まさに、支配者の、神の眺めね」 香里はクックックッと喉を鳴らす。 「郁未さん……この世界の神と融合したあたしはこの世界を消し去ることも、新しく創り直すことも簡単にできる……でも、それはまだしないわ……なぜだか解る、名雪?」 「香里……」 「あなたと決着をつけていないからよ、名雪!」 「香里! 戦う理由なんて……」 「理由が欲しいならあげるわよ、この世界を救うためなんてどう? この世界をあたしの玩具にされたくなかったら、あたしを倒しなさい!」 「玩具……」 「あたしは郁未さんよりも残酷で、心が歪み荒みきっているわよ……そんな神様に支配されて誰が幸せになれるのかしらね? そうそう、とりあず一回全て消し去ってから創り直そうかしら?」 「駄目だよ、香里! そんなこと……」 「どうして? あたしにはその権利と力があるのよ」 「香里……」 「さあ、これで理由はできたでしょ? 戦いなさい、名雪!」 「…………」 名雪は無言でデッキを取り出した。 「そう……それでいいのよ……」 香里はなぜか安堵したかのような、優しげな笑みを浮かべる。 「……変身!」 名雪は最後の変身を果たした。 「ライトニングカノン!」 「くっ……あああああああっ!」 青い無数の閃光がカイザーケロピーの防御(セーフティケロピー)を打ち破り、名雪を吹き飛ばした。 「……話しにならないわね……」 香里は失望したかのように呟く。 香里と名雪の戦いは、勝負になっていなかった。 第2段階になった名雪の全ての攻撃は香里に一切のダメージを与えられず、逆に香里の攻撃は名雪の防御をあっさりと打ち破る。 「いや、あなたが弱いんじゃなくて、あたしが強くなりすぎてしまったのかもしれないわね……」 「うぅ……」 名雪はうつ伏せに倒れ、呻くだけで身動き一つできないようだった。 ライトニングカノンの威力を半減させただけでも、カイザーケロピーの防御力はかなりのものである。 「あなたに期待をかけすぎたあたしが悪かったのね……今、楽にしてあげるわ……」 青い光球が無数に、香里の両手の間で爆縮されていった。 「ライトニングカノンにしろ、ムーンプロビデンスにしろ、郁未さんの力も得た今、威力は以前の倍以上あるわ……一撃で跡形もなく吹き飛ばしてあげられるはずよ……」 青い光球の輝きが際限なく増していく。 「さようなら……名雪……」 香里がムーンプロビデンスを放とうとした瞬間、三つの光が飛来し、名雪を守るように取り巻いた。 「KANON(雪)のカード……川澄先輩、美汐さん……栞……あたしの邪魔を……名雪に味方すると言うの?」 使用者の死亡と共に行方不明になっていた三枚のカード。 それが今、名雪を守り、そして……。 「うっ……」 三枚のカードの放つ光に癒されたかのように、名雪がふらつきながらも立ち上がった。 「……くっ!?」 香里の体の中から一条の光が飛び出し、他の三枚のカードと同じように、名雪の周りに展開する。 「……あゆさん……そう、あなたも……」 香里の姿が黒いウェディングドレスから、チャイナ服に変化した。 「……これは……?」 「川澄先輩、美汐さん、栞、あゆさん、そのカードの本来の持ち主である四人共、あなたに勝って欲しいみたいね……フフフッ、嫌われたものね、あたしも……」 香里は自嘲的で自虐的ながらどこか楽しげに笑う。 四つの光、四枚のKANONカードが名雪の体の中に飛び込んだ。 次の瞬間、名雪の体中から放たれた激しい黄金の光輝が、香里の目から名雪の姿を隠す。 光が晴れると、いつもの学園の制服を身に纏った名雪が立っていた。 「KANONのカードもAIRのカードと同じく元は一枚のカードを五つに分けたモノ……それが一つに戻り、その真の力を発揮した……ただそれだけのことよ……」 「体が動く……それだけじゃない体中から力が溢れてくる……感じるよ、みんなの力、みんなの想い……」 名雪の背中に黄金の光の翼が生まれる。 翼が羽ばたくと同時に、名雪の体中から黄金の光が溢れ出した。 「フフフッ、王道ね。巨大な悪に、勇者がみんなの力と想いを一つにして挑む……じゃあ、あたしも……っ!」 香里の体中から赤い闇が吹き出す。 それと同時に香里の姿が、チャイナ服から天沢郁未の着ていた制服に変化した。 「あたし達……いいえ、『あたし』は一人でもあなた達に負けない。月は空や雪とは違う、元から一枚、一人、唯一無二の絶対の存在なのだから……」 名雪の黄金の光と香里の赤き闇がお互いを浸食しあいながら、室内を埋め尽くしていく。 「……香里、一人は寂しいよ……」 「そうね。でも、あたしはそれでいい……親に会えば親を殺し、友に会えば友を殺し、恋人に会えば恋人を殺す……何者にもとらわれない、支配されない……永遠の孤独……それこそが完全なる自由なのよ!」 「香里!」 「だから、消えて、名雪! あたしに残った最後の大切な存在!」 赤き闇の塊と化した香里と、黄金の光の塊と化した名雪が正面から激突した。 大気圏を突入していく、二つの光。 黄金の光と赤き闇、名雪と香里である。 二人の最初の激突で、軌道エレベーターの最上部は消失していた。 二人は戦いながら、地上に向けて降下していく。 この光景を見た者が居たとしても、黄金と赤の光が絡み合っているようにしか見えなかっただろう。 互いの拳と蹴りが何度も相手に叩き込まれた。 「これよ! この瞬間こそがあたしがもっとも満たされる瞬間! 肉を裂き、骨を砕き、返り血を全身で浴びる……自らが認めた最強の敵の血をねっ!」 「戦いにしか幸せを見いだせないなんて悲しすぎるよ!」 「戦いには充実感がある! 戦っている間だけが、くだらないことを全て忘れ去ることができる……」 「香里……」 「この世界は何もかもが全てくだらないのよ! だから、あたしは一度全てを跡形もなく破壊し尽くすのよ! ファイナルベント!」 「それじゃ何も変わらないよ! 例えそうして最初からやり直しても、また同じような世界が、結果が……」 「だったら、また壊せばいいのよ! 満足できるまで何度でもねっ! ライトニングムーン!!!」 香里の右拳から無数の赤い閃光が撃ちだされる。 「香里……ごめんね……ファイナルベント!」 名雪の背中の黄金の翼が爆発的に輝いた。 「エターナルカノン!!!」 名雪と同じく黄金色に輝くカイザーケロピーと名雪が融合する。 「なっ!?」 融合を果たした名雪とカイザーケロピーはそのまま飛翔し、赤い閃光を全て呑み込み、香里を貫いた。 次回予告(美汐&香里) 「というわけで、カノサバ第69話こと、アナザーC第2話をお送りしました」 「ハイパーモードというか、最終最強パワーってのはなぜか黄金色(金色)なのよ、太古の昔から……」 「どっかのテニスな王子様すら黄金になってましたからね……」 「あれは笑ったわね」 「というわけで、次回、エンドCこと、カノサバの最終話の中の最終話です」 「これで、この作品は今度こそ完全におしまいってわけね」 「では、引き続き第70話をお楽しみください」 「ミもフタもないアドヴェント解説」 『ライトニングムーン』 無数の闘気の拳を光速で相手に叩き込むところはライトニングカノンと何一つ変わらない。 ただ、使う闘気が青(雪と月の力の混ざり洗練された闘気)から、赤(月の属性の力がとても強い)に変わっており、光の拳一発一発の威力が数倍に高まっている。 『エターナルカノン』 オー○ィンさんの幻のファイナルベントをイメージした技。 要するにゴッドバードチェンジというか、翼神竜の特殊能力というか……『ONE TURN KILL』な最強最後のファイナルベント。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |