カノン・サバイヴ
第68話「自由であるために愛を捨てる」




さあ、最後の物語を始めよう。
誰かに希望を託すわけでもなく、自ら希望の芽を摘み取るわけでもなく……。
あたしがあたしであることを貫くことだけを優先した未来。
そこに待っているのは幸せな結末? 不幸せ結末? それとも……。




「……ふん、七階残っただけ良かったと考えるべきかしらね」
天沢郁未は自らが巻き起こした惨状を見かえし呟く。
川澄舞と美坂栞を跡形もなく消滅させたアブソリュートフルムーンの一撃で、成層圏まで届いてた水瀬の塔はたったの七階建ての塔になってしまった。
「……んっ?」
郁未の視界に黒い羽が降り注ぐ。
そして、上空からの羽ばたきの音。
「……わたしはあなたと違って未来を視る『力』は殆どないけど……こうなるような予感はしていたわ……ねえ、香里さん?」
闇の翼を持つ黒衣の花嫁、美しき悪魔、美坂香里が郁未の目前に降り立った。



「月の力と雪の力の同時使用ね……それがあなたの真の姿……」
香里はいつものゴスロリやチャイナ服ではななく、漆黒のウェディングドレスを身に纏っている。
「月の魂を持ちながら雪の世界で生まれたあなただから可能な姿……わたしは本質が月寄りすぎるからそれはできない……雪の世界……この世界を生み出した神でありながら、わたし自身は月の世界の住人だもの。この世界で生きるための仮初めの姿『水瀬秋子』ならまだしも、『天沢郁未』には雪の力は月の力を弱める毒にしかならない……」
雪の世界、雪の力は天沢郁未が生み出したモノだ。
だが、雪の力は月の力と同質のモノではない。
寧ろ、対する力と言えるかもしれなかった。
「……説明や前置きはいらないわよね? 始めましょうか、郁未さん」
ここに姿を現してから、初めて香里が口を開く。
「香里さん、あなたは私の分け合えた『命』で生きている……一つの命を二人で共有しているようなもの……忘れたの?」
「その心配ならしてくれなくてもいいわ、解決方を見つけたから……」
「そう……じゃあ、最後の質問……わたしのことを愛していないの、香里さん? わたしはあなたを誰よりも愛しているのに……」
「…………」
「…………」
郁未と香里は無言で見つめ合った。
「…愛しているわ。親友である名雪、たった一人の大切な妹である栞、初めて興味を持った異性である相沢君よりも……友情よりも、肉親の情よりも、恋情よりも、強く深くあなを愛している……もっとも、あたしを理解してくれた人、もっともあたしが理解できる人であるあなたを……」
「……それでも、殺し合うのね?」
「ええ、あたしがあたしであるために……あたしの心は誰にも支配させない……」
「全ての支配を拒絶する……それは、誰にも心を開かない、許さない……愛されることも愛することもない孤独で悲しい生き方……それを選ぶのね?」
「ええ、そうよ。妹を見殺しにし、相沢君への恋いを捨て、名雪と戦うために……最愛のあなたの『力』を……『命』を奪う!……それがあたしの選んだ選択よ!」
「そう……あなたがそう決めたなら、わたしはもう何も言わないわ……始めましょうか?」
「ええ、始めましょう」
香里の体から黒い光が、郁未の体から赤い光が立ち上る。
『……さようなら』
二人の口からまったく同じ言葉が発せられた次の瞬間、黒と赤の閃光が激突した。



「気がつきましたか、名雪さん?」
「……セリオさん? わたし……わたしは観鈴さんに?」
目覚めたばかりの名雪は、頭を抱える。
記憶が、意識がまだはっきりしなかった。
「神奈備命の中の神尾美鈴の意志があなたにトドメを刺すことをためらわせたのでしょうね……あくまで私の推測にすぎませんが」
「そうだ、観鈴さんは!? 戦いはどうなったの!?」
名雪はベットから立ち上がると、セリオに詰め寄る。
「観鈴さん……神奈備命なら今頃、このエターナルダンジョンを攻略中だと思います。恐らく後数時間で、最下層に辿り着くことでしょう。戦いの方は……昨日、川澄舞さんと美坂栞さんが消滅しました」
セリオはいつものように機械的に淡々と事実を答えた。
「そんな……そんな……また誰も救えなかった…………止めなきゃ、観鈴さんの戦いだけでも……!」
名雪は部屋から飛び出そうとする。
「お待ちください」
セリオは名雪の肩を掴んで止めた。
「放して、セリオさん! 止めなきゃ……」
「神奈備命がダンジョンを攻略開始したのは約二日前です、今から後を追っても絶対に間にあいません」
「でも、だからってここでじっとなんてしてられないよ!」
「そういう時こそ最良の方法を考えるべきです。感情的になり思考を放棄するのが人間の欠点の一つです」
「……最良の方法?」
「神奈備命の行き先は解っています。エターナルダンジョン最下層から繋がっている最終決戦の地……そこへ先回りするのです」
「近道があるの!?」
「ええ、走れば30分とかからないと思います」
「教えて! お願い、セリオさん!」
名雪は必死の形相でセリオに詰め寄る。
「無論、教えますよ。あなたが目覚めたら、その場所を教えるように香里さんから頼まれていますから……」
「香里が……」
「その場所で香里さんと郁未さんが戦っている……いえ、すでに戦いは終わったかもしれませんね、香里さんがその場所に向かってから、すでに20時間近く経っていますし……」
「お母さんと香里が!? お願い、セリオさん! 早く早くその場所を教えて!」
「……二人の戦いを止めると? 止めれると思っているのですか? まだ戦いが続いてるなら、より大切な方に味方して片方を救うことならまだ不可能ではないでしょうが……」
「止めるよ! 止めてみせる!」
名雪は決意を込めた強い瞳で、迷うことなくそう宣言した。
その瞳をしばらく、感情を持たぬ冷たい瞳で見つめた後、セリオは、
「……解りました。でも、もう手遅れかもしれませんよ」
瞳を閉ざし、淡々と香里から名雪に教えるように言われていることだけを告げる。
「……そうだったんだ……わたしの家が……ありがとう、セリオさん。じゃあ、わたしもう行くね」
「…………」
駆け出そうとした名雪は、何かを思いだしたように不意にセリオを振り返った。
「あ、そうだ、セリオさん。さっきどちらか大切な方って言ったよね……でも、それは無理だよ。だって、お母さんも香里もわたしにとってもっとも大切な存在なんだから」
「もっともですか……一番とは本来一人しか、一つしか存在しないものですよ」
「そうだね、わたし気が多いのかもしれないね。だって、わたしには大切じゃない人なんて一人も居ないんだよ……」
「博愛、慈愛ですか? ある意味もっとも残酷で平等な優しさ……」
「そんな立派や綺麗な感情じゃないよ。でも、わたしには一番大切な人を助けるためなら、三番や四番目に大切な人は平気で殺す……なんてことができないだけだよ……香里やお母さんが聞いたら、甘ちゃんって怒るんだろうね、いや、呆れられるのかな……」
名雪は自嘲とも苦笑ともつかない笑みを浮かべている。
「……そうですね。あなたはそれでいいのかもしれませんね」
セリオは微かに笑った。
馬鹿にするわけでも、嘲笑うわけでもなく、どちらかというと好意的な笑みで。
「今の笑顔素敵だったよ、セリオさん。じゃあ、わたし行くね」
名雪はセリオに別れを告げると、外へ通じる階段を駆け上がっていく。
「……あなたの考え……甘さに……皆が怒りや呆れを覚えるのは……皆、持ちたくても持てないからですよ……あなたの持つ甘さ……優しさが……」
セリオは遠ざかっていく名雪の背中を見つめながら呟いた。



「……本当にセリオさんの言った通り……だったよ……」
名雪は自分の目が信じられなかった。
いつも、我が家があるはずの場所に天辺の見えない塔が立っている。
名雪は恐る恐る塔のドアを開けた。
ドアの向こうには何もない。
ただ無限に広がる暗闇が広がっているだけだった。
名雪は暗闇の中に一歩踏み出す。
次の瞬間、名雪はまったく『別の場所』に立っていた。
広い、広い、とても広い部屋。
壁は全てガラス張りで、ガラスの向こうには闇だけが無限に広がっている。
だが、さっきの暗闇とは違う、闇の中に無数の光が、輝きが存在していた。
これは……。
「……宇宙?」
『ようこそ、名雪。あたしの塔へ……』
名雪の前に姿を現したのは、闇の翼を持つ黒衣の花嫁、美坂香里だった。











































次回予告(美汐&香里)
「というわけで、カノサバ第68話こと、アナザーC第1話をお送りしました。予想外に『また』がありましたね」
「……いや、もう次回作が始まってるし、流石にもう書かないつもりだったんだけど。人気投票の発表しなきゃいけないと思って、その前に完全にこの作品を『終わらせ』たくなったのよ」
「人気投票の発表ができなかったのが、アナザーCに未練があった。アナザーCが書けなかったのは、次回作の方が書きやすかったからというかもうカノサバが書きにくかったから……という感じの悪循環?でしたね」
「次回作(もう開始している時点で次回作と言わない気もする)に集中するためにも、完全に終わらせることにしたのよ。Cルートこと、裏ルート、かおりんルートをね……」
「まあ、このルートは蛇足って感じもしますので。ゲームでいえば、おまけシナリオぐらいなものだと思っていただければ幸いです」
「微妙に違うAと同じ結末、微妙に違うBと同じ結末になるかもしれないしね……」
「では、今回はこの辺で……」
「そうね。良ければ次回もまた見てね」
「戦わなければ生き残れません」







一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。




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