カノン・サバイヴ
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『相沢君へ』 あなたがこの手紙を読んでいるということは、あなたの元へ誰も帰ってこなかった時だと思って話を進めるわ。 あたし……あなたのことかなり好きだった。 少なくとも、異性では間違いなくあなたが一番だった。 まあ、それはともかく、このプレゼントが、あなたの孤独と悲しみを少しでも癒してくれることを祈っているわ。 詳しい説明や経緯については同封した別紙を参照のこと。 まともな恋愛のできない女 美坂香里より愛を込めて 「香里……最後の手紙がこれじゃあんまりだろう……いろんな意味で……」 一度も口にしなかった『愛』という言葉を手紙の最後でふざけた感じでつけるか、普通? 「その言葉はお前の口から聞きたかったぞ……」 香里の残したプレゼントには手紙の他には一個のモバイルパソコンが入っていた。 祐一はモバイルの電撃を入れる。 『うぐぅ♪ 祐一君、会いたかったよ〜』 「あゆ!?」 モバイルパソコンの液晶ディスプレイに映っているのは間違いなく、死んだはずの月宮あゆだった。 『相沢君でも解る簡単なエターナルワールドの考察』 自分自身の体験と、最初のアジトにあった研究データからあたしなりの結論を導き出すことはできたわ。 本物の『永遠の世界』は別だとしても、少なくともあたし達が戦っていたエターナルワールドは『仮想(バーチャル)世界』でもあり『電脳(デジタル)世界』であり、『精神(アストラル)世界』であったと思われる。 データや精神の物資化、幻想の世界と現実の世界の境を……まあ、これ以上の説明は相沢君には理解できないだろうから辞めておくわね。 『月宮あゆについての考察』 エターナルワールドだけの存在というのはどういうモノなのだろうか? 霊体? 魂?といったオカルト的なものを、データ化したと考えてみたらどうだろうか? つまり、月宮あゆとは生き霊というより、肉体を必要とせず精神だけで存在できる、エターナルワールドというデジタル(電脳)世界のデータ生命体とでもいったところだろうか? 全ては、実証する機会がなかったため、推測にすぎないのだが……。 『あたしとあゆさんの関係について』 しかし、郁未さんは科学者というより、魔法遣い……いや、より正確に言うなら超能力であるため、そういった非科学的な『力』もエターナルワールドや月宮あゆには使われているのである。 そのため、科学的に全てを解明するのは不可能だった。 まあ、それは置いておいて、月宮あゆという存在(データ?)が完全に消滅する直前、あたしは彼女を自分の『中』に受け入れたのである。 どうして、そんなことができたのかを科学的に論理的に完璧に説明しろとか言われると困るのだが……できてしまったものは仕方がない。 その結果、あゆさんはあたしの体を通して、相沢君とまた会いたいという願いを果たすことができ、その上、あたしを通してだが相沢君に抱かれることまでできたのだから、あたしは十分すぎるほど彼女の願い……彼女との約束を果たせたと自分では思っている。 無論、あたしの方も完全に無報酬なボランティアをしたわけではない。 あゆさんの魂を共生させることで、あゆさんが使っていたKANON(雪)のカードを完全に消去して一から自分用に染め直すのではなく、流用したり、新しくデータを組むときの参考や基盤にしたり……何より、本来KANON(雪)よりMOON(月)属性を強く持つあたしが、拒絶反応や負荷を減らし、同調率を高め……(以下略、相沢君に話しても理解できないだろうから)。 追伸、自分で使用する前に佐祐理さんにも貸すことで、いいデータが取れたのよ。 『で、結局、そのあゆさんが何かと言うと』 あたしと共生していたあゆさんは、だんだんとあたしの精神と『同化』していって消えてしまった。 その結果、あたしも僅かだかあゆさんの性格や性質の影響を受けるはめになってしまった。 自分ではいまいちよく認識できないが、かなり性格が丸くなったり、子供っぽくなってしまったのではないだろうか……少し心配だ。 何より、相沢君への好意ももしかしたら、あたしのものではなく、あゆさんの……。 と、話がずれたわね。 前の考察で、あゆさんがデータ生命体のようなものだと結論したわよね。 なら、アジトが爆発する前に手に入れた月宮あゆのデータから、再び月宮あゆを作れないかと思いつき、戦いの出番がなかった時などの暇潰しにちまちまちと作ってみたら、これが予想以上上手くいってしまい……その結果生まれたのが、この電脳ペットナビ?『月宮あゆ』である。 というわけで、本物のあゆさんだと思って、可愛がってあげてね。 美少女マッドサイエンティスト 美坂香里より 「論文なんだか、手紙なんだか、日記なんだか……」 祐一は最後の一枚の手紙に目を通す。 『ここまで読んでくれてありがとう』 もし、最後にあたしだけが生き残ってしまった場合でも、あたしは相沢君の前に姿を現すことができないと思う……。 おそらく、あたしの手は誰よりも血で汚れている。 そして、心はそれ以上に汚れているのよ。 夢も希望も他人も何も信じず、他人の命を奪い、他人の運命を弄ぶ……ホント、とんでもない女……まさに悪魔よね。 そんな女に好きだととか……まして、あ……愛してるとか言われても迷惑なだけよね。 その上、想い出だとか踏ん切りだとか、自分の都合だけで関係を力ずくで……最低最悪の女だわ、あたし……。 なんか書けば書くほどボロが出るというか、収拾がつかなくなりそうだから……この辺で終わりにするわね。 さようなら、相沢君、あたしが唯一嫌いになれなかった男の人……。 『ホント、香里さんは素直じゃないというか、ひねくれてて荒んでて歪んでんだよね』 ディスプレイの中のあゆがそんなことを言う。 「お前、酷いこと言うな、自分の創造主を……流石、あゆの人格データだ……」 『うぐぅ、でも、香里さんは本当は優しい人だよ。利益があるからボクと契約したって言っているけど、その利益はボクを取り込んだ後で思いついたことだもん。だから、本当は……』 「ああ、解っている、ホント素直じゃない奴なんだよな……」 あゆに言われるまでもなく、香里のことは誰よりも解っているつもりだった。 例え、それが、自惚れ、錯覚に過ぎないととしても。 『ねえ、祐一君』 「なんだ、あゆ?」 『祐一君はこれからどうするの? 誰かが帰ってくるのをずっとここで待ち続けるの?』 祐一とあゆは香里と名雪以外は全員死んでいることすら知らない。 そして、逆に言えば香里と名雪だけは生きているということさえ知らないだ。 もしかしたら、全員死んでいて、いつまで待っていても誰も帰ってこないかもしれない。 現に、香里と最後に別れてからすでに数ヶ月が経っていた。 「そうだな……」 『うぐぅ……』 あゆは心配そうな顔で祐一を見つめる。 「待ち続けるなんてのも俺らしくないしな……こちらから探しに行くか、あゆ?」 『うぐぅ? うん! そうだね、ボクもそれが良いと思うよ!』 「よし、じゃあ、行くか、あゆあゆ!」 『あゆあゆじゃ……ああ、そうだ、祐一君。ボクお腹空いたよ、たい……」 「データのくせに腹を空かすな! ほら、行くぞ」 『うぐぅ〜』 もし、こいつ(データあゆ)が居なかったら、一人の寂しさと悲しさでどうにかなっていたかもしれない。 祐一は、あゆと、あゆを作ってくれた香里に心の中で感謝していた。 ……以上が、このヒロイン同士の戦いの全記録である。 この戦いには正義も救いもない、誰も願いを叶えることも、幸せになることもできなかったのだ。 そこにあったのは、戦いに全てを賭けた少女達の純粋な姿……壮絶な生き様だけである。 この戦いに是非を問うことほど愚かなことはない……。 「ノンフィクションで書いたのに、どう見てもファンタジー小説か、SF小説よね、これ……」 香里は書き上げた原稿を見て、苦笑を浮かべる。 最後の戦い……名雪が姿を消してから、この世界の時間で五年の月日が流れていた。 香里は今も考えている。 結局、あのヒロイン同士の戦いにおける自分の役割とはなんだったのだろうか? 戦いを円滑に進めるための演出家? 黒子? 全てを見届ける審判? 戦いを後世に伝えるための語り部? なぜ、こんな形で自分だけが生き残ってしまったのだろうか? このまま、普通の人間らしい生活などすることが果たして許されていいのだろうか? 「後世も何も……誰も信じないこんな話を一冊の本にしたりして……呆れた自己満足よね」 それでもなぜか書かずにはいられなかった。 自分の記憶が薄れる前に書き上げてしまいたかったのである。 「結局、戦いを止めさせる方法は……戦いを虚しく感じるまで、戦いに嫌気がさすまで、とことん戦かわせるしかないのかもね……」 あの戦いの末、一人だけ取り残された(生き延びてしまった)時感じたのが『戦いに対する虚しさと嫌気』だった。 戦いを求めるような『情熱』は今の自分にはもうない。 「えぅ〜、名雪お姉ちゃん、私のアイスを勝手に食べましたね!」 「だお〜、イチゴ味のアイスなんて知らないお〜っ」 「えぅ! 語るに落ちましたね!」 子供達の声が香里の思考の邪魔をした。 「死んだ大切な人の名前を自分の子供につける……ありきたりな感傷よね……」 生まれ変わりだとでも思いたいのだろうか? それとも罪滅ぼしをしたいのか? 「名雪に至っては恐らく死んでもいないでしょうに……」 香里はタバコをくわえる。 「はい、お母さん、火」 一人の女の子が火のついた『指』を差し出した。 「んっ、ありがとう、郁未」 タバコに火を付けながら、香里は命名の時のことを思い出す。 女の子だったら栞と名付けけようとは早くから決めていたが、三つ子とは思いもぜず困ったものだった。 (まあ、髪の色もあたしか相沢君の色だから……栞以外はあんまり『似て』はいないけどね……) 逆に言えば少しは似ていないこともない。 祐一が名雪と従姉妹だから、祐一の母親が秋子と姉妹なのだから、少しぐらい似ていても、それほど不思議なことでもないのかもしれなかった。 「お母さん、名雪達うるさい? わたしが黙らせてこようか」 「ん、いいわよ、放っておきなさい」 長女の郁未はしっかり者、次女の名雪はマイペース、三女の栞はわがままである。 今のところ、長女の郁未にだけ『力』があった。 これは、郁未の生まれ変わりかもしれないというより、異能者である香里の娘だからと考えた方が理由としては説得力がある。 「郁未、いつも言っているけど、家の外ではその『力』は使っちゃ駄目よ」 「うん、解っているよ、お母さん。この『力』は名雪達をお仕置きする以外には殆ど使ってないよ!」 「……いや、それもどうかと……内蔵とか脳味噌を内側から破壊とか駄目だからね……せめて、見えない拳とかで殴るぐらいにしておきなさい」 「は〜い」 郁未は親の言うことよく聞く良い子なのだが……ちょっとだけ過激な性格をしていた。 やはり、名前が良くなかったのだろうか? 「ふう……」 あの戦いの後からタバコを吸うようになった。 異能者として覚醒した直後のように、苛立ちを沈めるために他人を傷つけたり殺したくなるのと比べれば、タバコというのはとても問題のないストレス解消方である。 年齢と健康的にどうこうという普通の人間の社会的なことはこの際置いておくことにした。 五年前。 あの頃は、普通に家庭を持って幸せに生きる自分の姿というのがどうしても想像できなかった。 今でもどうしょうもない違和感と得体の知れない不安が完全に無くなったわけではない。 それでも、自分は三人の娘達と幸せというか……平凡に生きてきた。 そして、これからもこうして生きていくのだろう。 「超常的な戦いの末に得たのが普通で平凡な幸せか……」 滑稽な話だった。 それに、この平凡な幸せもいつまで続くか解らない。 いつか自分には何らかの『罰』が与えられるかもしれないのだ。 いや、むしろこのまま何の罰も報いも受けないで過ごせてしまことの方が不安だったりする。 「まあ、その時はその時ね……」 その時まで、自分は懸命に普通の人間として生きてやるつもりだ。 自分の幸せ、自分が今生きてるのは、他の者の犠牲の上に存在する。 だからこそ、どこまでも生きて生きて抜いて、生き恥をさらしてやるのだ。 自分は『彼女』達のように美しく散ることは許されない。 もしかしたら、こうして生き恥をさらして生き続けることこそが自分に科せられた罰なのかもしれなかった。 カノン・サバイヴ完(エンドB) 次回予告(美汐&香里) 「というわけで、カノサバ第67話こと、最終話アナザーb?をお送りしました」 「まあ、結局観鈴さん惨殺のところが最高潮で、その後はダークとか残酷とかまったくなかったわね。バッドエンドルートってことで、当初はホントにバットエンド!ってで感じで後味の悪く終わらせるはずだったんだけどね……」 「目の前で観鈴さんを惨殺された名雪さんが覚醒、憎しみのままに郁未さんをいたぶり殺し、この世界には夢も希望も無し……完っての最初イメージでしたよね」 「うん、特にこのエピローグの前半分、あたしとあゆさんの伏線の消化を入れたせいで、最後のまとめである『以上がヒロイン同士の戦いの記録である』というのがちょっと変になっちゃったかもしれないわね?」 「確かに、名雪さんの最後のシーンの直後に、香里さんの語り(以上がヒ)と繋がって終わった方が話的には綺麗にまとまった気がしますね」 「でも、ここ逃すとあゆさんのこと説明する機会がなかったから……まあ、仕方ないのよ」 「このラストは、元ネタで、最後の最後のみんな生きてるが無くて、最後の一人が死亡後、そのまま編集長のあの語りで終わりにした方が話が綺麗というか好みだったのにと思ったのがきっかけです」 「みんな生きてるってのはどういうことかよく解らなくて、最後の最後で『はあ?』ってなっちゃって感動し損ねたからね……」 「ご都合主義なまでにハッピーエンド(みんな生きてる)はAルートですでにやりましたから、Bルートは遠慮なくこういうオチにできましたね」 「うん、いっそのこともっと徹底的にバッドエンドにしたかったんだけど、蛇足の説明や救い?が入ってしまったのよ」 「まあ、それはそれでいいんじゃないですか?」 「そうね……」 「では、名残惜しいですが、この辺で……」 「そうね。もし、次回というか、別ルートがあったらまた会いましょう」 「戦わなければ生き残れません」 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |