カノン・サバイヴ
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「……ほんと参ったわね……二段加速? いえ、加速できていたか、威力が上がっていたかなんてどうでもいいわね……」 タイミングを外された、虚をつかれた、それだけで敗因には十分だった。 体のど真ん中を名雪に貫かれた郁未の体がゆっくりと地面に落ちていく。 いや、落下する速度よりも速く、郁未の体は崩壊し、消えていこうとしていた。 「お母さん……」 「それでこそ……わたしの娘よ、名雪……後はあなたが決めなさい、この世界をどうするのか……一度無に還して新たな世界を創るのも、ゲーム以前に『刻』を戻すのも……全てはあなたの思うがまま……」 「…………」 「ただ半端に刻を戻すのは辞めなさい。戻すとしてもわたしの『存在』だけは『ここ』に置いていきなさい……さもないと、わたしはまた繰り返すわよ……今度はもっと凄惨で救いの無いゲームを……」 「……お母さん……」 「……じゃあ、さよなら……わたしの最後の……一番の……娘……」 郁未は最後の笑みを浮かべる。 何の感情によるものなのか解らないとても複雑な笑み……ただ、優しい笑みなのは間違いなかった。 地に着くよりも速く、天沢郁未という存在はこの世界から完全に消え去る。 「……さよなら、お母さん」 言いたいことはいくらでもあった、けれど、名雪はただ別れの言葉だけを口にした。 「……さて、どうしたものかしらね?」 香里は自分の足下で倒れている神奈備命を見つめながら悩んでいた。 「名雪が新しく世界を創り直すなら……観鈴さんを殺さなかったことにもあまり意味はなくなるのよね」 最後の決着、世界の命運をあの親子の戦いに託して、自分は神奈備命と相打ちにでもなる予定だったのだが……。 神奈備命が予想以上に弱かったせいで、こうなってしまった。 「まあいいわ……全ては名雪が決めることね」 もう未来を『計算』するのもよそう。 ただ静かに名雪の決断を待っていればいいのだ。 「みんなが幸せな新たらしい世界を創る……でもそれは……」 でも、それは今のみんなではない。 今のみんなは『消す』ことになるのではないか? 「刻を戻す……」 どこまで戻せばいい? それにそれは、もう一度同じ不幸を味わせるだけではないのか? 「このまま……」 このまま……死んだ者は死んだままにこの世界を続けていく。 もしかしたら、それが一番いいのかもしれない……だが……。 「…………決めたよ」 「あ、名雪さん、こんばんわです」 商店街を歩いていた名雪は、栞に声をかけられた。 「こんばんわだよ、栞ちゃん」 栞は買い物帰りのようである。 手に持った買い物袋はアイスとスナック菓子でいっぱいだった。 「ずいぶんいっぱい買ったんだね……」 「私、あまり外に出ないので、時々まとめ買いするんですよ」 「そうなんだ」 「……と、では、これで失礼しますね。今、修羅場モード中なんですよ」 「……大変なんだね、漫画家さんも……」 「今描いてるのは同人の方ですけどね。では、これで」 「うん、またね、栞ちゃん」 名雪は、駈けていく栞の背中を見送る。 「……病気は無くなってもインドア派なのは変わらないんだね……」 後趣味も……いや、趣味に関しては『前世』よりある意味質が悪くなった気もしないでもなかった。 「また、祐一×北川君とかいうの描いてるのかな……」 前に見せてもらった漫画が脳裏に浮かぶ。 「香里が『居た』らこうはならなかったのかな……」 名雪はこの世界に『居ない』人物のことを思いだしていた。 あの後、名雪は結局、刻を戻すことにした。 ヒロイン同士の戦いが始まるよりもさらにずっと前、みんなが生まれる所まで戻して。 それに、ちょっと運命や役割も『書き換え』させてもらった。 栞と、栞の両親、一族は『不治の病』にかからない、かかってこなかった。 手を加えたのはあくまで、生まれる以前の部分までであり、その後の彼女達の人生には一切干渉していない。 それゆえに、佐祐理の弟はやはり死んでいる。 だが、両親を殺すことも、投獄されることもなく、現在、倉田佐祐理は普通に女子高校生をやっている。 この辺の部分は干渉するか干渉しないか迷ったが、名雪は彼女達の運命、人生に一切干渉しないことに決め、自らに堅く戒めていた。 例え、この先、彼女達に、不幸や死が訪れようと、干渉しない。 そうしなければ、彼女達が自分の意志で選択して人生を歩むのではなく、名雪が彼女達の運命を全て影から操り決めてしまうことなりかねないからだ。 「今世では舞さんと佐祐理さんは友達になれたみたいだし……」 きっとこれで良かったのだ。 例え『神』でも個人の運命を操ってはならない。 運命は、それぞれが自らの選択と力で決めていくべきなのだ。 「あははーっ♪ じゃあ、祐一さん、佐祐理達はここで」 「……さようなら」 「おう、また明日な、舞、佐祐理さん」 名雪が家の前まで来ると、丁度、祐一が佐祐理と舞と別れているところだった。 佐祐理と舞は仲良く並んで去っていく。 「祐一〜」 「おう、名雪か」 「駄目だよ、男の子は女の子に送られるんじゃなくて、送るものだよ〜」 「まあ、確かにそうといえないこともないかもしれないぞ」 「だお……それって肯定なの、それとも否定なの?」 「細かいことは気にするな」 「う〜、上手くはぐらかされた気がするよ」 前の世界と今の世界で決定的に違うことがある。 それは、水瀬秋子と美坂香里が存在していないということだ。 水瀬秋子は名雪が幼い頃に死んだことになっているし、香里に至っては最初からこの世に居なかったことになっている。 栞はこの世界では一人っ子であり、それを疑問に思うこともないのだ。 秋子のことは本人の最後の忠告に従ったのだが、香里の場合、名雪が香里に『干渉』できなかったのが理由である。 以前、郁未がタイムベントで刻を戻した時、名雪が記憶を残していたように、同じ異能者には『力』の効果が及びにくいのだ。 香里は、名雪が刻を戻そうとした時、戻されることを『拒絶』し、この世界から姿を消したのである。 仕方なく名雪は辻褄を合わせるために、香里は最初から存在しなかったことにしたのだった。 「……香里……」 「ん? どうした、名雪? 香里って誰だ?」 「……ううん、なんでもないよ、祐一。さあ、早く家に入ろうよ」 「美汐、美汐、早く早く!」 「待ってください、真琴。それから、姉を呼び捨てにするなといったい何度言えば、あなたは……」 「あぅ〜、いいから早く」 天野真琴は双子の姉の天野美汐の手を掴むと強引に引っ張る。 「真琴、女の子はもっと物腰を上品に。肉まんも相沢さんも急がなくても別に逃げませんよ」 「あぅ! 美汐は甘い! 油断していると祐一も肉まんも他の人に取られちゃうかもしれないのよ! 栞や舞や佐祐理や……ライバルは大勢居るんだから……それに、そう言う美汐だって祐一のこと……」 「なっ! な、なんてことを言うんですか、真琴……私は別に相沢さんのことは……」 「いいから、急ごう、美汐!」 「……だから、引っ張らないでください、真琴」 天野姉妹は水瀬家を目指して駈けていった。 「えぅえぅ♪ この傑作を祐一さんに最初に見せてあげないと」 祐一×北川シリーズ最新作。 栞は描き上げたばかりの原稿を持って、スキップで水瀬家を目指していた。 「危ないよぉ〜」 「えぅ!?」 栞は小さな女の子に突き飛ばされる。 「待ってよ、お姉ちゃん」 さらにもう一人、女の子が栞に激突した。 「えぅ〜、なんて酷いお子様達ですか……」 尻餅をついてる栞を置き去りにして女の子二人は駈けていってしまう。 「大丈夫?」 黒いスーツに身を包んだ大人の女性が栞に手を差し出していた。 長いウェーブのある茶色の髪が特徴的な美人である。 「えぅ、子供に撥ねられたぐらいたいしたことないです」 栞は女性の手を借りて立ち上がった。 「…これ」 さっきの二人とは違う、銀髪の女の子が栞が落とした原稿を差し出す。 「あ、どうもありがとうです」 「…いえ、姉達が迷惑をかけましたので」 女の子はやけに大人びた受け答えをした。 「ごめんなさいね、うちの子達、ちょっと元気が良すぎて……」 茶色の髪の女性が頬に手を当てて少し困ったような表情で言う。 どうやら、さっき栞を撥ねた二人も、今、女性の裾を掴んで放さない銀髪の女の子も、三人共この女性の子供のようだった。 「いえ、子供はあれくらい元気が良い方法が丁度良いですよ」 「そう? そう言ってくれると嬉しいわ」 女性は上品に微笑する。 その笑顔に栞は一瞬見とれてしまった。 「……えぅ、目的を忘れるところでした。では、失礼します」 栞はぺこりと女性に一礼すると、駆け出す。 「ええ……またね、栞」 女性の最後の小声の呟きは、栞には聞こえていなかった。 巻き戻し、所々修正したつぎはぎだらけの世界。 今、この世界はそれなりに幸せだとは思う。 でも、これで良かったのだろうか? 「……良かったのよ」 名雪の思考を読んだかのように、声がかけられた。 玄関に立っていた名雪の横にいつのまに、一人の茶色の髪の女性が立っている。 「……か、香里!?」 「久しぶりと言うべきなのかしらね?」 香里はクスリと少し意地悪く笑った。 「……香里……」 「何?」 「……老けたね……」 名雪のその一言に、香里は思わず転けそうになる。 「久しぶりにあった第一声がそれ!? それなの!?」 「……ご、ごめん、もしかして気にしてたの?」 「たく……いや、別に外見の年齢なんてもうどうとでもなるんだけど……」 香里は自分の横に視線を送った。 銀髪の女の子が香里の服の裾を掴んでいる。 「その女の子……まさか……美凪さん!?」 「そうよ、うちの三女よ。どうも、この子だけ甘えん坊でね、一番大人びているくせに……」 「……えっと、香里、いったい何がどうなってるのかな……?」 「あのね、名雪。あなた、時間戻せば、観鈴さん達、外の世界から来た三人も、それで大丈夫とか思っていたでしょ?」 「え、違うの?」 「この三人は郁未さんの創ったこの世界の住人ではなく、神奈備命の創った世界の住人なのよ。この世界の神になったあなたの『力』もこの三人には及ばないの。だから、あなたが時間を巻き戻した時、前の世界にあたしと一緒に置いていかれたのよ。ここまではオッケイ?」 「……えっと……うん、オッケイだよ」 香里は、名雪が本当に理解できていたのか疑わしげな表情をしていたが、話を続けた。 「ゲーム真っ最中の時みたいな、あたし達に深く関わっていた時なら、一緒に巻き戻ったかもしれないけど、栞達を生まれ前まで戻すなら話は別よ」 「うん……」 「で、観鈴さんと一緒に前の世界に取り残されたあたしは悩んだわけよ。なぜか、命の提供者である郁未さんが消滅したのにあたしは死なないのかとか、倒れている神奈備命をどう始末すればいいのかとか……」 香里はそこで一度ため息を吐く。 「で、ふと思ったのよ、神奈備命は観鈴、佳乃、美凪の三つの魂と力が統合することで存在する……それなら、肉体さえ三つ用意できれば三人を生き返らせることが可能かもしれない……と」 「それじゃあ……」 「丁度、あたしの中に、相沢君との赤ちゃんができてたし、そこに三人の魂を入れてみたら、見事に三つ子で生まれてくれた……というわけよ」 「祐一とのって……今、すごく聞き捨てにできない言葉があったような……」 「お母さん!」 名雪の声を遮るように、金髪の女の子が駈けてくると、香里に抱きついた。 「佳乃お姉ちゃんが酷いんだよ〜」 「うわぁ、お母さんに泣きつくなんて反則だよぉ」 「……解るでしょ、名雪……三人も子育てしてれば少しぐらい老けて当然よね」 「……うん、どれだけ大変が想像もつかないよ……」 「がお?」 香里に抱きついて泣いていた金髪の女の子が、名雪の方を向く。 「……お母さん、このおばさん、誰?」 「うう〜、おばさんは酷いよ……」 「このおばさんは、お母さんのお友達よ」 香里は『おばさん』という部分を強調して紹介した。 「う〜、香里性格が前より悪くなった気がするよ……」 「苦労してるからね。ほら、観鈴、挨拶なさい」 「うん。みさかみすず6さいです、はじめまして」 観鈴はぺこりと可愛く頭を下げる。 「初めまして、観鈴ちゃん。わたしは名雪、水瀬名雪、まだお姉ちゃんだからね。よろしくね」 「にはは、解ったよ、名雪おばさん」 「……香里お母さん、お子さん、殴っていいかな?」 「気持ちは分かるけど、やめておきなさい」 「……あんな良い子だった観鈴さんが……お母さんが香里になったせいでこんな悪い子に……」 「じゃあ、今日からお隣さんだからまたよろしくね、名雪」 「だおっ!?」 「さて、引っ越しの挨拶代わりに、相沢君に認知でもしてもらおうかしら?」 そう言うと、香里は子供達と一緒に水瀬家に入っていこうとした。 「ちょっと、香里!?」 「冗談よ、相沢君はあたしのことすら覚えていないでしょうから」 香里はクスクスと楽しげに笑う。 「脅かさないでよ……」 「だから、新たに相沢君を誘惑して、この子達のパパになってもらうことにするわ」 「だおおおっ!?」 「夫に先立たれた未亡人なんて設定はどうかしらね? 相沢君、熟女も嫌いじゃないわよね? 秋子さんにも憧れてたみたいだし……」 「がお、新しいお父さんができるの?」 「別に古いお父さんも居なかったけどねぇ」 「…私はお母さんさえ居れば……」 「ちょっと待つお! そこの馬鹿親子!」 名雪は慌てて、美坂親子の後を追った。 カノン・サバイブ 完(エンドA) 次回予告?(美汐&香里) 「というわけで、カノサバ第63話……正規ルート最終回をお送りしました」 「ついに終わったわね。まあ、ここでゴチャゴチャと語る気はないわ」 「ちなみに、バットルートと裏ルートはやるかどうかわかりません。裏ルートに至っては結末明確に決まってすらいませんからね」 「このルートも予定とだいぶ変わっちゃってるのよ。あたしが神奈さんを道連れに『見なさい! これが最後のムーンブロビデンスよ!』なんて自爆する展開やろうかなとか思ってたのに……」 「どっかの双子座のシードラゴンさんですか、あなたは……」 「まあ、ラストでパロディぽいのは嫌な人には嫌かなとか思ったし、あっさり神奈さんを倒せちゃった上に、名雪と郁未さんの戦いが予想外にあっさり進んじゃったんで没ったけどね」 「その展開じゃないと使えないぽい、使い損なった複線もありますね……」 「やっぱ、正規ルートだから、みんなの力(想い)を一つにとか、マシンを通して出る力が?……なんて感じを最初イメージしてたのに、名雪自分一人の力で勝っちゃうし……」 「ホント予定通りにいかないもんですね……」 「今回の最終話も、まるまるエピローグって感じでペース良くないかもというか、説明的すぎるかなと思わないこともないんだけど……元ネタみたいにラストのラストで『?』みたいに思われるのもどうかと思ったのよ」 「ええ、元ネタの最終回は、最後の部分だけ、誰かの夢なんだが、新しい世界が創造されたんだが、またタイムベントされたんだか解りにくかったですからね」 「超全集買って読んで、やっと時間を戻されたっていうことが解ったわ。映画とスペシャルも時間を戻されたすでにあった未来という扱いなのも(三回歴史(結末)は繰り返されている)理解できてようやくスッキリしたのよね」 「だから、そうならないように1から9ぐらいまで説明すると今回の話みたいになってしまうんですよね」 「説明無しで観鈴さんをあたしの子供として出したら、やっぱり『?』とかなりかねなかったしね……」 「では、名残惜しいですが、この辺で……」 「そうね。もし、次回というか、別ルートがあったらまた会いましょう」 「戦わなければ生き残れません」 ???「うぐぅ! なんで最終回でボクの出番が……ボクのことについてはまったく触れられてないんだよ!?」 香里「はいはい、あゆさんは生霊どころか、子供の頃に木から落ちることもなく、普通に生きています……これでいいかしら?」 ???「……あんまりだよ、その扱い……」 「そういえば、あのキャラは? あの伏線はなんだったの? なんて最終回にはよくあることよ。ジョジ○の宇宙人だとか透明な赤ちゃんとか……伏線全部無かったことにしたゲシ○タルトなんて最悪な作品もあるじゃない」 ???「ボク……メインヒロインじゃないの?」 「少なくとも、この作品では違うと思うわよ。主役は名雪で、影の主役はあたし」 ???「うう……うぐぅ……」 |