カノン・サバイヴ
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綺麗事を、甘い考えを貫き通せなければ、希望には……救いにはならない。 だから、あたしでは駄目なのだ。 絶望と憎悪、そんな想いの力による勝利では……。 今の『支配者』と何も変わらない。 「この世界は平等じゃない、救いもない……あたしや栞のように生まれた時から呪われていた者……奪われた者、犯された者、殺された者……どれだけ泣き叫んでも助けなど、救いなど来ない……この世界は残酷なのよ」 自らを救えるのは、自らの『力』だけ。 そう割り切れてしまう……絶望できてしまう……あたしでは……救いたりえない。 綺麗事を嫌悪し、甘い考えなど持ったことすらない。 絶望を認める現実主義者、憎悪を糧として生きる者。 それがあたし……美坂香里だ。 「だから、あたしはあなたにもう一度だけチャンスをあげる」 綺麗事を、甘い考えを貫けるチャンスを……。 「後は……あなた次第よ……名雪……」 「気がつきましたか、名雪さん?」 「……セリオさん? わたし……わたしは観鈴さんに?」 目覚めたばかりの名雪は、頭を抱える。 記憶が、意識がまだはっきりしなかった。 「神奈備命の中の神尾美鈴の意志があなたにトドメを刺すことをためらわせたのでしょうね……あくまで私の推測にすぎませんが」 「そうだ、観鈴さんは!? 戦いはどうなったの!?」 名雪はベットから立ち上がると、セリオに詰め寄る。 「観鈴さん……神奈備命なら今頃、香里さんが戦われているはずです。戦い……現在生き残っているヒロインは香里さん、観鈴さん、そしてあなたの三人だけです」 セリオはいつものように機械的に淡々と事実を答えた。 「そんな……じゃあ、舞さんも栞ちゃんも!?」 「昨夜消滅しました」 セリオはやはり機械的に答える。 「そんな……そんな……」 また誰も救えなかった。 「……止めなきゃ、香里と観鈴さんの戦いだけでも……!」 名雪は部屋から飛び出そうとする。 「お待ちください」 セリオは名雪の肩を掴んで止めた。 「放して、セリオさん! 止めなきゃ……」 「無理です。郁未さんへの妄執の塊である神奈備命になっている観鈴さん、他者の命を奪うことに何の躊躇も持たない香里さん……そんな二人をどうやってあなたが止められるというのですか?」 「でも、だからってここでじっとなんてしてられないよ!」 「答えが出ていなくても、とりあえず動こうとする……とても人間らしい行動ですね。機械の私にはあえりない行動ですが……」 セリオは名雪の肩から手を放す。 「セリオさん?」 「香里さんからあなたに郁未さんの居場所を教えるように頼まれています」 「香里が……」 「香里さんと観鈴さんの決着がつく前に郁未さんを殺す……それが、あなたが二人を救う唯一の方法だと私は思いますよ」 「観鈴さんと香里のために……お母さんを……殺す……わたしが……」 「郁未さんは全ての元凶の一つともいえるもの……それでも殺せませんか? 『親友』二人よりも『肉親』一人は大切ですか?」 「…………」 「機械の私には、どちらが『大切』かと悩むことはありません。優先基準、優先事項は全て予め明確に決められていますから」 「違うよ、セリオさん……どちらがじゃなくて、どちらも大切なんだよ。殺してもなんとも思わないほど『大切じゃない』人なんて居ないんだよ……」 「…………」 「それでも、わたしはお母さんの所に行くよ」 「…………」 「お母さんを止めるために」 「……そうですか。あなたはそれでいいのかもしれませんね」 セリオは微かに笑った。 馬鹿にするわけでも、嘲笑うわけでもなく、どちらかというと好意的な笑みで。 「そうやって優しく笑えたんだね、セリオさん」 「優しさ……私には感情などありませんよ、ただの機械ですから……それより、急いだ方がいいですよ、後一時間で『三日間』が終わります」 「うん」 「郁未さんはストラト・タワー……別名『水瀬の塔』に居ます」 「水瀬の塔?」 「あなたが学校以上に毎日居た場所ですよ」 セリオは苦笑を浮かべながらそう言った。 「……そんな……家が……」 名雪は自分の目を疑った。 いつも、我が家があるはずの場所に塔が立っている。 名雪は恐る恐る塔のドアを開けた。 「……えっ?」 名雪は再び自分の目を疑う。 ドアの向こう側はいつも通りの水瀬家の玄関だった。 名雪は納得いかないながらも、家の中に入っていって、階段を上る。 そして、二階のつきあたりの壁に手を置いた。 「無いはずの『三階』……それが入り口……」 しばらくそうしていると、名雪の手がゆっくりと壁にめり込んでいく。 「……セリオさんの言ったとおりだよ」 名雪は完全に壁をすり抜けていた。 目の前に、さらなる『上』への階段が続いている。 「……わたし、17年間もお母さんに騙されていたんだね……」 名雪は『上』へと続く階段を駆け上がっていった。 「雪の嵐に隠された〜水瀬の塔に住んでいる〜異能力少女天沢郁未〜♪」 三、四階分ほど階段を駆け上ると『屋上』に出た。 屋上の真ん中に天沢郁未が一人立っている。 「成層圏にまで届く塔が、たったの七階建ての塔になってしまったわ……」 「……お母さん……」 「おかえりなさい、名雪」 郁未は、いつもの『水瀬秋子』の母親の笑顔で名雪を迎えた。 「…………」 「じゃあ、始めましょうか」 「……始めるって……?」 「後約三十分……時間がないのよ。あなたを最後のヒロインとして、わたしと決着を付けさせてあげるわ」 「お母さん! わたしはお母さんと戦いたくな……」 「あなたは最後までそれね、名雪。戦いを無くす方法は戦い抜くしかないのよ」 郁未の右手に赤い光が集まっていく。 「敵が全て居なくなれば戦いは嫌でも終わる……とても単純なことよ」 「そんな……そんなの……」 「戦いなさい、名雪! わたしの娘ならわたしを倒して望みを叶えてみせなさい!」 「お母さん……わたしは……わたしはっ!」 名雪はデッキを構え、最後の変身をした。 降り注ぐ光輝の雪の結晶達が弾け飛ぶと同時に、名雪の姿が光り輝く純白のウェディングドレスへと転じた。 名雪の振り下ろしたケロピーブレイカーを、郁未は素手であっさりと受け止める。 「まだ殺す気になれないの? わたしを殺せば、お友達は救えるかもしれないって解っているのに……殺せないの? このわたしを……母親を!」 郁未は掴んでいたケロピーブレイカーごと名雪を投げ飛ばした。 「うっ!」 名雪は壁に叩きつけられる。 「そういえば、あなたは空を飛ぶことすらできなかったわね。落ちないように注意しなさい」 今居る場所は本来の屋上ではなく、七階より上の階が全て吹き飛んで『屋上』になった場所だ。 周囲の壁も所々が欠けていたりして、下手に寄りかかれば壁は崩れ地上に真っ逆様である。 「わたしもあまり吹き飛ばさないようにするわ……リングアウトで終わりなんて最後の戦いに相応しくないもの」 「だお……シュートベント! メテオケロピー!」 カイザーケロピーがケロピー火焔弾を吐き出した。 「ふん……不可視の爆撃で十分ね」 郁未が右手をかざすと、ケロピー火焔弾は郁未に届く前に爆発する。 「名雪、お母さんをあまり失望させないでね……アークデーモンムーンブラスト(魔王赤月猟掌波)!」 郁未が赤い光をまとった右手を突き出すと、赤い光で作り出された巨大な『掌』が名雪を握り締めた。 「くっ……カイザーケロピー!」 カイザーケロピーが郁未に襲いかかる。 「遅い!」 郁未が突き出した右掌を強く握り込むと、連動するように赤い光の『掌』が一気に名雪を握り潰し、爆発した 次回予告(美汐&香里) 「というわけで、カノサバ第61話をお送りしました」 「というわけで、ちゃんと最後は主人公がラストバトルよ。伊達に正規ルートじゃないわ」 「次回はまるごと全部親子バトルです」 「このルートは恐らく後二回で最終回よ」 「では、今回はこの辺で」 「良ければ次回もまた見てね」 「戦わなければ生き残れません」 |