カノン・サバイヴ
第60話「黒衣の花嫁」


川澄舞と美坂栞の消滅と共に、最後の一日が始まる。
そして、時は止まることなく流れていった。



神奈は目の前の巨大な門を蹴り開けた。
体育館か倉庫、いやもっともっと非常識なまでに広い部屋。
その部屋の最奥にある厳重に『封印』された門の前に、チャイナ服の美坂香里が立っていた。
「懐かしい『門』でしょ、神奈備命様?」
「なるほどのう……何のためにこのような面妖な迷宮を作ったかと思えば……それを封じるためか……」
「真なる永遠への扉……ザ・トゥルーエターナルドア……いえ、『堕世門』と言った方があなたには馴染みがあるかしら?」
「ふん……流石、あやつの眷属……あやつの記憶を全て持っておるのか」
「まあね、あたしは命も記憶も……全て郁未さんと共有している……郁未さんの分身みたいなものよ……あの人の情けで生かされているだけのちっぽけの存在……」
香里は何ともいえない複雑な笑みを浮かべる。
「で、分身よ、おぬし、余を謀ったのか? あやつは……天沢郁未はどこに居る!?」
「……別に嘘はつかないと約束をした覚えはなかったけど、ちゃんと本当のことを教えてあげたわよ」
香里は視線で、右奥を示した。
「そこの小さな扉が、郁未さんの居るストラト・タワーへ繋がっているわ」
「むっ、そうか……」
嘘はいっていない。
ただ、ここまで来るのに丸二日もかけてダンジョンを攻略するより、普通に学校からストラトタワーのある住宅街へ向かった方が間違いなく早かっただろう……。
(そのことを教えたら、絶対に怒り狂うわね……)
数十分で辿り着ける場所を、丸二日も遠回りさせたのだから。
香里は懐から『皇帝』のタロットカードを取り出した。
「多分、これがもっともベターな『選択』……ベストかどうかは解らないけどね」
「むっ?」
「支配的 頑固 独裁的 非協力的……あなたは皇帝の逆位置の暗示がぴったりね……横暴さや力だけに頼る思慮のなさ……とても男性的な女性ね」
「ええい! かってに余を占うでない!」
神奈は香里を怒鳴りつける。
「まあ、というわけで、あなたのカードが出た以上……ここであなたを倒させてもらうわ」
「どういうわけだ!?……それに、余を倒すだと? あやつの眷属に過ぎぬおぬしごときがたわけたことを申すでない!」
神奈は香里を指さす、それだけで突風が生まれ香里に襲いかかった。
だが、、香里は突風の直撃を受けても微動だにしない。
「むっ?」
香里はゆっくりとした動作で懐から一枚のカードを取り出した。
「あなた達の切り札『神奈備命』を見せてくれたお礼に……あたしの切り札を見せてあげるわ」
カードに黒い雪の絵が浮かび上がっていく。
「……まさか、おぬし!?」
「すでにあたしは赤い月(MOON)のカードを使っている……それにさらにこの闇の雪(KANON)のカードを重ねて使ったらどうなると思う?」
「よさぬか! 月と雪と空は決して相容れぬもの! 二つを同時に使うなどということができるはずが……」
「それができるのよ。月の魂を持ちながら、雪の世界で生を受けたこのあたしだけはね!」
カードから闇、いや、黒い光輝が溢れ出すと香里の姿を呑み込んだ。
黒き光輝が荒れ狂う。
「ぐっ……むぅぅっ!?」
黒い光輝の乱流が神奈を吹き飛ばした。
黒い光輝の乱流が収まると同時に、空から無数の黒い雪が降り注ぐ。
そして、羽ばたきの音。
黒い雪に混じって、黒い羽が舞い降りる。
神奈は雪と羽の降ってくる先を見上げた。
そこには漆黒のウェディングドレスを身にまとい、闇の翼を羽ばたかせた美しき悪魔がただずんでいた。



「こけおどしを……!」
神奈は両手から竜巻を香里に向けて撃ちだした。
「ガードベント、サムシングベール」
香里は顔を覆っていたベールを取ると、向かってくる竜巻に投げつける。
ベールは広がり巨大な半透明な壁と化し、竜巻をあっさりと受け止めた。
「ウェディングベールというのは、花嫁と新郎の間の最後の『垣根』……これを取り除き、誓いのキスをすることで、お互いの間に一切の隠し事も、距離も無くす……そんな意味が込められているのよ」
「……様式の婚礼の仕方など余の知ったことか!」
神奈は次々に突風を香里に向けて放つ。
しかし、全てベールの変化した壁に遮れてしまい、香里には届かなかった。
「結婚する前にウエディングドレスを着ると、婚期が遅れるってよく言いうけど……まあ、どのみち、あたしはまともな結婚なんかできないでしょうし……無問題ね」
香里は苦笑を浮かべる。
その笑みが、自分を見下す余裕の笑みに見えた神奈は怒りを込めて、さらなる突風を香里に向けて放った。
「いくらやっても無駄よ……シュートベント! ダークライトニングフェザー!」
「むっ!? その技は!?」
神奈の『風』を全て遮る透明な壁をすり抜けて、無数の黒い光輝の羽が神奈に降り注ぐ。
「むっむむむ……」
神奈の体の所々が浅く切り裂かれていた。
たいしたダメージはない。
それよりも問題は……。
「おぬし、その技はまるで……」
神奈の疑問に答える代わりに、香里は右手に巨大なライフルを出現させた。
「やはりか!?」
「シュートベント! ダークバスターカノン!」
香里は黒い『タイヤキバスターカノン』の引き金を引く。
「むうっ!」
神奈は飛び上がって、辛うじてダークバスターカノンの光弾をかわした。
「その銃……月宮あゆか……?」
「さしずめサムシングボロー(借りたもの)ってところね」
「コピー……複製能力か?」
「少し違うわね」
香里は左手にもダークバスターカノンを出現させると、二つのダークバスターカノンを合体させる。
「飛び道具は好きじゃないからとか、こだわりで全力を出さないのはかえって失礼でしょ? あなたクラスの相手には!」
「むむむむむっ!?」
ダブルダークバスターカノンの高出力の光弾が神奈に直撃した。
神奈は壁を目指して吹き飛んでいく。
「……う、裏葉!」
神奈の声と同時に出現した裏葉は、神奈と壁の激突を自らがクッションになることで防いだ。
「……おのれ……もはや、許せぬっ! 柳也!」
柳也は出現すると同時に飛び上がり、香里に斬りかかる。
「ソードベント! ダークブレイカー!」
香里は巨大なケーキカット用の黒いナイフを出現させた。
「破局のケーキカット!」
香里は巨大な黒いナイフを軽々と振り下ろす。
柳也は振り下ろそうとしていた太刀ごと、真っ二つに両断された。



「柳也!?」
両断された柳也は光の粒子となって消え去った。
「悲しむことはないわ。その男も、そこの女も……あなたが自らの『力』で生み出した分身にすぎない……ただの想い出の塊、人間じゃないんだから……」
「貴様っ! 余をどこまで怒らせる気だ!?」
神奈は太刀を出現させると、自ら香里に斬りかかっていく。
香里は巨大な黒ナイフ『ダークブレイカー』を起用に動かし、神奈の剣撃をあっさりと受け止めた。
「剣というのもあまり好きじゃないのよね」
そう言いながらも、香里の剣術は洗礼されている。
怒りにまかせた神奈の攻撃を最小限の動きで完全に受けきっていた。
「ホールドベント、ブルーリボン!」
香里は右手のダークブレイカーで神奈の攻撃を受け止めながら、左手でウェディングドレスに結ばれていた一本の青いリボンを解き、投げ捨てる。
「むぉっ!?」
青いリボンは伸び、蛇のように蠢くと神奈の体に巻き付き、神奈の動きを奪った。
「ナスティベント! ラストブーケ」
香里は黒い薔薇のブーケを出現させると、身動きの取れない神奈にブーケトスする。
「お裾分けよ、幸せじゃなく不幸をだけどね」
ブーケは神奈に触れた瞬間、大爆発した。




「……莫迦な……莫迦な莫迦な! 莫迦な!」
こんな莫迦な話があるだろうか?
神である自分が、『あやつの分身』ごときに圧倒され、弄ばれている!?
そんなことを認めるわけにはいかなかった。
「裏葉! 弓を……」
「ダークバスターカノン!」
裏葉が差し出そうとした弓を、ダークバスターカノンの光弾が破壊する。
「くっ……」
香里は冷徹な眼差しで神奈を見下ろしながら、二つのダークバスターカノンを一つに合わせた。
「ならば、余の最大の技で葬ってくれる!」
裏葉は何か呪文のようなものを詠唱しだす。
『呪詛』のうねりが香里の体の動きを封じ込めた。
「…………」
「参るぞ!」
神奈は衣を脱ぎ捨て、地面に落とす。
裸身が微風をまとい、光と共に、翼が広がった。
神奈を中心に、風が渦が巻く。
風は舞い、荒れ狂い、周囲を圧した。
神奈備命は地上を離れ、ふわりと舞いあがる。
「永遠の夏の空に消えるがよい!」
神奈は青い光の鳥と化すと香里に向かって飛翔した。
「……この程度……」
香里がぼそりと呟く。
「むっ?」
「この程度の呪縛であたしを封じられると本気で思っているの!」
香里は力ずくであっさりと呪縛を『粉砕』した。
「なっ!?」
「この程度の呪詛……あたしが今まで背負ってきた呪いや怨念に比べたらお遊びよ……」
神奈の瞳には、香里の背後に禍々しいモノが『視え』る。
「莫迦な! なぜ人間ごときがそれだけの亡霊を……恩讐を背負って生きていられる!?」
「……死ねないからよ」
「何?」
「どれだけ、他人を、この世界を憎んでも、呪っても、絶望しても……あたしは死ねない……だから、負の感情……念だけがどこまでも強くなっていく……あたしを憎み呪うもの、あたしが憎むみ呪うもの……」
「莫迦な……おぬし、希望を何も持たず憎しみだけで生きているとでも……」
「希望? あなたそんなものを持っていたの?」
香里は神奈を小馬鹿にするように笑った。
「……この世界には救いなんてないのよ。どこまで冷酷で残酷な世界、誰もが呪われている……それとも、あたし達、美坂の者だけが呪われているのかしら?」
香里はファイナルベントのカードを装填する。
「あたしは栞を見ているのが辛かった……いつか自分も同じ病に発病すると解っていたから……だから、この世で唯一愛せたかもしれない妹を拒絶してしまった……悲劇……いや、喜劇だったでしょうね、この世界を創った冷酷な神から見たら……」
香里の体中から青い闘気が立ち上っていった。
青い闘気が全て右手にだけに集まっていく。
香里は左手で空中に十字を切った。
次の瞬間、青い光の十字架が裸の神奈を張り付けにする。
「莫迦な!?  余がこんなもので動きを封じられるなど……」
神奈は必死に足掻くが、青い光でできた十字架はビクともしなかった。
「消えなさい……太古の神の亡霊よ! ファイナルベント!」
裏葉が神奈を庇うように、前に飛び出す。
「ライトニングカノン!」
青い無数の閃光は裏葉を跡形もなく打ち砕き、そのまま神奈に炸裂した。




























次回予告(美汐&香里)
「というわけで、カノサバ第60話をお送りしました」
「結末アンケートに協力してくれた方はありがとうね。というわけで、この後は一つの結末にむかっていくわ。どの結末が選ばれたのかは、見て(読んで)いてもらえれば解ってもらえるはずよ」
「他の結末も描かれるかどうかは、とりあえず、この結末を終えてからですね」
「そういうこと。それにしても、やっとあたしの真の力を発揮できたわ……ここまで出し惜しみするのは辛かったわよ」
「まあ、この能力を三部や四部の頃に使われていたら、誰もかなわなかったでしょうね……」
「郁未さんや川澄先輩以外は話にもならなかったでしょうね……数人まとめてでも負けない自信があったわ」
「なるほど……この切り札が今まで常にあった余裕の正体だったんですね……」
「まあね。切り札というのは最後の最後まで使わない、存在すら相手に悟らせないからこそ有効なのよ」
「では、今回はこの辺で」
「良ければ次回もまた見てね」
「戦わなければ生き残れません」









「ミもフタもないアドヴェント解説」

『ダークバスターカノン』『ダークライトニングフェザー』
基本的にあゆのダイヤキバスターカノンとライトニングフェザーとおなじ技。
ただし、威力は1・5倍程高まっており、闇の属性が負荷されている。


『ダークブレイカー』
名雪のケロピーブレイカーと対をなす闇の剣(ケーキカット用ナイフ)。
例によって威力はケロピーブレイカーの1・5倍。


『ラストブーケ』
ブーケ型爆弾。威力は不可視の爆撃と核撃の間ぐらい。


『サムシングベール』
不可視の盾以上の防御力を誇る壁を作り出す。
ただし、使い捨てであり、一度作った場所から動かすこともできない。


『ブルーリボン』
正邪問わずあらゆる『力』を封じ込める力を持つ青いリボン。


『ライトニングカノン』
一秒間に一億発の青い光(闘気)の拳を相手に叩き込む光速拳。


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