カノン・サバイヴ
第59話「刹那にして永遠の邪夢」


「空間転移より消費する『力』は少ないのよ。でも、香里さんや葉子さんはこんな能力は使わない」
舞の腹部から生えている郁未の手が、グー、チョキ、パーと形を変える。
「彼女達にとってはとても『難しい』能力なそうなのよね。要は能力の得手不得手なんでしょうけど、あたしが香里さんの得意とする能力を不得手とするようにね」
消失していた郁未の右手が元に戻ると同時に、舞の腹部を貫いてた手が消失した。
「……ぐっ……」
舞は貫かれた腹部を左手で押さえる。
「アブソリュートフルムーンで殆ど全ての闘気は使い切っちゃったし……地味に決着つけましょうか?」
言い切ると同時に、郁未が舞の目の前に一瞬で移動した。
「……くっ!」
舞は郁未の振り下ろしてきた不可視の剣を、辛うじて受け止める。
「どんどんいかせてもらうわよ!」
郁未の姿が舞の視界から消えた。
「くぅぅ!」
舞が気配を察知し振り返った瞬間、不可視の剣が叩きつけられる。
なんとか不可視の剣を受け止められたと思うと、郁未の姿はまた消えていた。
また死角から気配、攻撃、視界からの消滅、気配、攻撃……と、郁未は常に死角から斬りかかってくる。
舞は不可視の剣を受け止め続けるだけで精一杯だった。
反撃どころか、いつまでこうして防御し続けていられるのかすら解らない。
気配を察知することで、辛うじて受け止めているのであって、郁未の姿自体は目で捕らえることすらできていないのだ。
「……ならば……使うしかない!」
舞はブーストベント『超加速』を装填する。
二枚使用でレッドゾーン(危険領域)、そして三枚使用でデットゾーン(即死領域)。
舞は迷わずデットゾーン、九倍速に達した。
「本来の自分の限界速度の九倍なんかで動いたらどうなるか……解っているわよね?」
郁未の背後に移動した舞は、迷わず首を狙う。
しかし、六芒剣が首に触れる直前で郁未の姿は消失した。
「残念ね。それでもまだわたしの方が僅かに速いのよ」
郁未は舞の背後に出現すると、舞を蹴り飛ばす。
「ぐっ!……ぐああっ!」
蹴りのダメージではなく、限界を超えた速度で動いた負荷が舞の体に激痛を走らせた。
「せっかくの切り札も、わたしより遅ければ何の役にも立たないわね」
「くっ……」
「速さの求め方ぐらい解るわよね?」
「………速度=距離÷時間」
「そう、その通り、小学生の算数ね。そして移動完了するまでにかかる時間を求める場合は……時間=距離÷速度よね」
「……何が言いたいの?」
「わたしは、香里さんはもとより、あなたの九倍速よりも速度が『遅い』のよ。それなのに……」
郁未の姿が舞の視界から消える。
郁未は舞の背後に出現すると、肘鉄を舞の後頭部に打ち込んだ。
「がっ……!」
「それなのに、なぜ、わたしがあなたより『速く』移動完了できるのか? 答えは恐ろしく簡単。わたしは『距離』を常に限りなくゼロにできるのよ」
再び郁未の姿が消滅する。
「『空間』を支配するわたしの前では『速度』は無意味なのよ」
郁未は舞の正面に出現すると、左手で舞の右胸を貫いた。



『最速』より速く移動できる者。
それが天沢郁未だ。
速度自体は香里の方が僅かに速い。
だが、先に移動を完了できるのは郁未なのだ。
「未来から来た猫型ロボットのワープ理論……」
香里は子供の頃読んだ漫画を思い出す。
宇宙が一枚の紙ならば、もっとも速く端から端に移動する方法は、宇宙という紙を折り曲げて端同士をくっつけることだ。
とても解りやすい理論だったので、今でもよく覚えてる。
「さて……決着の時は近いわね……」
この戦いの決着の瞬間こそ、香里にとっても最後の決断の時だった。




「ぐっ……」
「そういえば、佐祐理さんに撃ち抜かれたのも左胸だったわね」
郁未は左手を引き抜くと、赤く染まった自らの指を舐める。
「佐祐理さんとの戦いの傷も薄皮一枚で塞いだようなもの……何より、血が決定的に足りてないわね、あなた」
「……黙れ!」
舞は六芒剣を斬りつけるが、郁未はそれを余裕でかわした。
「さあ、どうするの、舞さん? あなたにはもう奥の手なんて何もないでしょ?」
「…………」
「まあ、わたしの方も実はこれでもかなり消耗してるんだけどね」
郁未はフフフッと楽しげに笑いながら言う。
「…………」
「そちらから来ないなら、こちらから行くわよ。どうやって虐めて欲しいかしら?」
「……虐められるは相当好きじゃない!」
舞はファイナルベントを装填した。
舞は六芒剣を頭上高くかざす。
六種の全ての宝石が輝きを放った。
舞の背後から出現した魔物(ちびまい)が六芒剣と融合し、恐ろしく巨大な剣へと変化を遂げる。
「……アークデーモンスレイヤー(魔王滅殺剣)」
舞のアークデーモンスレイヤーの刀身から黄金の光が天を貫くように立ち上がった。
「断魔剣……やっぱり最後はそれで来るのね」
「……小細工が通じるとは思っていない……ファイナルベント!」
「でも、どれだけ威力がある技でも当てられなければ何の意味もないのよ」
不可視の世界を使うまでもない。
空間をショートカット(近道)するだけで余裕でかわせるだろう。
「……断!」
郁未は、断魔剣をギリギリまで引き付けて、回避と同時にトドメを刺すことにした。
「……魔!」
舞は天を貫き剣先の見えないほど巨大な剣を迷わず振り下ろす
「今……えっ!?」
郁未が回避を開始しようとした瞬間だった。
郁未の右手が空間にえぐり取られるかのように消滅したのは……。
「えぅえぅえぅ♪」
テラストールが空間に渦を描いている。
その渦の中心から大鎌を持った栞の上半身が飛び出していた。
「あれくらいで私がくたばったと思ったんですか? 甘いですよ」
栞の体は再び、テラストールの生み出す渦の中に引っ込んでいく。
あの渦が『異次元』への入り口になっているようだった。
「……剣!!!」
栞に気を取られた郁未は回避のタイミングを外す。
「しまっ……」
断魔剣の黄金の光の刃が郁未を呑み込んだ。



舞は『下』に向かって空を駈けていく。
中間圏から成層圏へ。
地上20km、本来塔の屋上があったはずの場所には何もなかった。
舞はさらに『下』へ駈けていく。
地上10km、対流圏と成層圏の境が新しい『屋上』になっていた。
アブソリュートフルムーン(完全無欠の満月)は塔を丁度半分程吹き飛ばしたようである。
「遅かったわね、舞さん♪」
屋上には天沢郁未が待ち構えていた。
戦闘を開始した時より、『力』と生気を体中から満ち溢れさせて……。
「……なぜ……?」
「実に見事な一撃だったわ。前にくらった時以上に、わたしの体は無惨に消し飛ばされた……頭と左腕ぐらいしか残っていないかったのよ」
「……それがなぜ……」
「『彼女』のおかげよ」
郁未は自分の足下に視線を送る。
そこには一人の少女がうつ伏せに倒れていた。
「……美坂……栞?」
「断魔剣で消し飛ばされて、地上に落下していくわたしにトドメの追撃をかけようとしたのよ、彼女は……そのおかげでわたしは助かったのよ」
郁未は栞を舞の方に蹴り飛ばす。
「とても美味しかったわ、彼女の『命』……」
郁未は口元に妖艶な笑みを浮かべていた。




頭部から左胸、そして左腕だけが残っていた。
他の部分は全て断魔剣の光の刃で消し飛んでいる。
「これは流石にやばいわね……」
今すぐに治療用のカプセルにでも入らなければ……流石にこのままだと数分ともたない。
もっとも、普通の人間だったら即死してない段階でおかしいのだろうが。
「えぇえぅえぅ♪ 惨めな姿ですね♪」
声が聞こえた瞬間、郁未の左手首が何かにえぐり取られるかのように消滅した。
「なるほど……異次元に潜っている間は無敵なわけね。触れた部分は異次元に持って行かれると……」
「そのとおりですよ」
空間にテラストールが渦を描くように出現する。
その渦の中から栞が顔を出した。
「ところで、どうやってストラトムーンから脱出したのかしら?」
「たいしたことじゃないですよ。翼になっていたデススノーマンを分離させて、あなたの分身を攻撃させただけです。その後はもう一度融合して飛んで戻ってきたんですよ」
「なるほどね……落下時間が長すぎたことが裏目に出たみたいね……」
落下時間の長さ=脱出するチャンスの長さ。
「納得いったなら、トドメを刺させてもらいますよ〜」
栞の顔が再び渦の中に戻……るよりも速く、突然出現した『掌』が栞の顔面を鷲掴みにした。
「えぅ〜!?」
「『力』さえあれば肉体の再生はそれほど難しいことじゃない、たかが手首一つならなおさらね」
掌で視覚を塞がれているが、郁未がゆっくりと自分に近づいてくるのを栞は感じる。
「長い間休んでいたのは、肉体の再生よりも、再生のために消費した『力』の回復が目的だったのよ」
声が近い、郁未はもう自分の目前まで近づき終わったようだ。
突然掌が離れ、視覚が回復する。
「え……んんっ!?」
栞が声を出すよりも速く、郁未の唇が栞の唇を塞いだ。



「まあ、そんな感じで濃厚で深い口づけで栞さんの『力』を全ていただいたのよ。口移しより性交の方が効率いんだけど……下半身どころか、上半身も殆どない状態では……ねえ?」
「……下品」
「あはははははっ! 品性うんぬんよりも、化け物って貶すべきだと思うわよ、こういう場合は」
「……化け物なのはとっくに解っているから……」
「それもそうね」
郁未はクスリと笑うと同時に右手を突き出した。
「シュートベント! 不可視の核撃!」
舞の居た空間に凄まじい爆発が起こる。
「『力』は完全に回復したみたいね」
「…………」
直前で爆発から逃れた舞は、地面に左手をついた。
「……ホールドベント! 封魔鎖!」
舞の声と同時に、郁未の足下から無数の鎖が飛び出し、郁未を束縛する。
「ふむ……『力』を封じる鎖だったわね……」
舞はファイナルベントを装填した。
舞のアークデーモンスレイヤーの刀身から黄金の光が天を貫くように立ち上る。
「二発目!? 無理するわね……」
「私の全てを……『力』に変換する……ファイナルベント……」
「…………」
「断魔剣!」
光の刃が鎖の束ごと郁未を切り裂いた。



倒せてしまった?
こんなにあっさりと……いくら命を、魂を全てを込めた一撃とはいえ、全回復していた郁未が何の抵抗もなく光の刃で跡形もなく消し飛ぶなんて……。
舞には信じられなかった。
「……上手く……行き過ぎ……」
『永遠なる刹那、勝利の邪夢(ジャム)は楽しんでもらえたかしら?』
声が脳裏に直接響いた瞬間、『世界』が一変する。
赤い、赤い光の降り注ぐ世界。
「…………幻覚?」
「実際に起きたことよ。ただし夢の中でね。いいえ、時を戻され、抹消された未来が夢になったと言うべきかしら?」
「……よく解らない……」
「理解する必要はないわ。さようなら、魔王狩人さん」
世界を赤く照らす光の正体、とてつもなく巨大な赤い月が地上に降下した。



香里の持っていた『力』と『死神』のカードが唐突に砕け散った。
「……栞……」
かなり前の段階で、栞と一緒に郁未に挑むという選択肢……未来の可能性が自分には存在していた。
だが、香里はそれを選ばなかった。
その未来では、自分も栞も郁未に殺される。
殺されるのが、負けるのが……嫌だったのか?
「……最愛の妹すらあっさりと見殺しにできる……嫌になるわね」
自らの冷徹さが……。
勝てない敵に共に挑んで死ぬなど自己満足でしかない。
そう冷静に判断できる自分が嫌だ。
「でも……これで未来はたったの三つに絞られた」
香里は空中に三枚のカードを浮かべる。
世界、戦車、星。
「……いや、戦車というよりもこっちのカードの方が似合いそうね」
香里が指を鳴らすと、戦車のカードが皇帝のカードに入れ替わった。
「『月』の『世界』の『女帝』……『戦車』であり『隠者』であり『塔』である『皇帝』……そして、弱くてささやかなる希望の『星』……」
香里は懐に右手を入れる。
「余っているカードが、『吊された男』、『法王』、『太陽』、『審判』、『愚者』か。愚者が相沢君よね……法王は別に女教皇の代わりに美汐さんに当てはめても良かったし……吊られた男は久瀬?……いや、七瀬さんと解釈するべきか……太陽はおそらく星の別面……問題は審判……七瀬さんのことでないとすると……悪魔であるあたしに審判をしろとでもいうの?」
香里は自嘲的な笑みを浮かべた。
「最後まで運任せですか?」
いつのまにか、背後にセリオが立っている。
「……ああ、完全なる部外者であるあなたのことかもね?」
「……何の話でしょうか?」
「深い意味は無いわよ。ところでこれは、運任せじゃなくて、運命を決めているのよ、あたしの意志……あたしの気まぐれでね……確率は三分の一……これで全てが決まるのよ、あたしの運命……そして、この世界の結末がね!」
香里は三枚の中の一枚のタロットカードに手を伸ばした。



























次回予告(美汐&香里)
「というわけで、カノサバ第59話「舞い散る桜のように(舞中心な没タイトル)」をお送りしました」
「第59話「月の快楽! 死の接吻(栞中心な没タイトル)」終了ね。ついにここまで来たわね。ここから進める結末は三つ、その最後の選択肢が出たところよ」
「やっと終わりが見えましたね」
「ええ、最後の24時間がいよいよ始まるのよ」
「では、今回はこの辺で」
「良ければ次回もまた見てね」
「戦わなければ生き残れません」









「ミもフタもないアドヴェント解説」

『邪夢(ジャム)』
一秒の間に相手に永遠に等しい夢を見させる能力。
夢は相手にとっては現実に体感したことにしか思えず、精神に影響(夢の中で消耗したり、傷つけば現実にもそうなる)を与える。
『ジャスト1秒よ、邪夢(ジャム)は楽しめたかしら?』が決めセリフ。


『ストールゲート』
テラストールで空間をねじ曲げて『異次元』への入り口を作り出す。
どこにつながっているのかは栞自身にもよく解っていない。

『月の快楽』
相手と交わる(キスから性交まで)ことで、相手の全て(力、生気、精気、命、魂)を略奪し自らのものとできる。
反転させて、逆に相手に自分の全てを与えることも可能である。


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カノン・サバイヴ第59話