カノン・サバイヴ
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「ストライクベント! アークデーモンムーンストラッシュ(魔王赤月掌)!」 赤い光をまとった郁未の右掌が、炎をまとった六芒剣をあっさりと受け止めた。 「くっ……」 舞は力を増して、そのまま押し切ろうとする。 「甘い……わたしにはまだ左手が残っているのよ! アークデーモンムーンブラスト(魔王赤月猟掌波)!」 郁未が右手と同じように赤い光をまとった左手を突き出すと、赤い光で作り出された巨大な『掌』が舞を押し飛ばした。 「ぐぅ……!」 赤い光の『掌』は捕らえたまま放さない。 「潰れろ!」 郁未が突き出した左掌を握り締めると、連動するように赤い光の『掌』が一気に舞を握り潰し、爆発した。 郁未は屋上に降り立つ。 郁未の視線の先では、全身に深手を負った舞が倒れていた。 「体中の骨を握り潰され、爆破された……『その程度』でくたばったり……しないわよね?」 郁未は冷徹な眼差しで舞を見つめ続けている。 「…………んっ」 舞は、郁未の『期待』に答えるかのように、六芒剣を杖代わりにして立ち上がった。 「そう、まだまだこれからなんだか……もっと楽しませてよね!」 郁未は右手を天(上空)に向けて突き出す。 郁未の体中からあふれ出す赤い光が集まり、右掌の上に赤い光体を作り出していった。 「赤月掌はわたしの闘気を掌に集中しただけのただの『掌底突き』。猟掌波は集めた闘気をさらに練り上げて撃ちだした『闘気拳』……そして、これが……」 郁未の右掌の上の光球がどんどん巨大化していく。 「シュートベント、アブソリュートフルムーン(完全無欠の満月)……わたしの全闘気を集めて作り出した『闘気弾』よ」 郁未の頭上に一つの巨大な『赤い月』が生まれていた。 「とてもシンプルで解りやすい技でしょ? この『赤い月』をかわすか、耐えきれることができたら……あなたのわたしに勝てる可能性は飛躍的に高まるわね」 「…………」 「じゃあ、いくわね」 郁未は無造作に右手を振り下ろす。 次の瞬間、『赤い月』がストラト・タワーに落下した。 塔の屋上の面積よりも何倍も巨大な赤い闘気の塊。 文字通り、『月』が空から落ちてくるようなものである。 それに対抗できる『可能性』を舞は瞬時に二つ思いついていた。 一つ、断魔剣で月を切り裂くなり、打ち返すなりする。 舞の最強の技である断魔剣とはいえ、それが可能かどうかは微妙だった。 何より、例えそれが成功しても、断魔剣を使ってしまったら、舞の『力』は一気に限りなくゼロになってしまう。 それでは、アブソリュートフルムーンに耐えられても、こちらの方が郁未以上に『力』を消耗してしまい、意味がないのだ。。 「……なら、これしかない」 舞は一枚のカードを六芒剣に装填する。 「ブーストベント! 超加速デッドゾーン!」 次の瞬間、舞の姿は消失した。 そのままその場にぼーっと立っていたら、当然自分も『赤い月』の爆発に巻き込まれる。 郁未は『赤い月』を落とすと同時に、中間圏のぎりぎり(地上80km)まで退避していた。 -80℃の低温も、郁未にとっては大した意味をなさない。 「手加減忘れてたわ……塔が『全壊』しなければいいけど……」 なんとか『半壊』までで済ませたかった。 「んっ!?」 郁未は背後に気配を感じる。 馬鹿な、こんな高空に存在するものなどあるはずがない!? あるとすれば……。 「舞!?」 「白のファイナルベント!」 郁未の目は超音速で移動する舞の姿を捕らえた。 「光輝剣舞!」 郁未以外の者だったら、舞の姿も声も捕らえることもなく、斬られ終わっていただろう。 光速。 文字通り光の刃が郁未を襲った。 「もし、あなたが香里さんみたいに本物の光速の剣技を使えていたら……わたしは負けていたわ……」 郁未の首筋に僅かに六芒剣を斬りつけた状態で舞は『固まって』いた。 「すでに何カ所か斬られているわね……浅いけど」 郁未の制服が数カ所切り裂かれている。 「最初の一太刀が首だったら間に合わないところだった……」 郁未は首筋に斬り込まれいる六芒剣を左手でゆっくりと押し出した。 その間、舞は一切抵抗しない。 「時間を止めることは神でも不可能。けれど、時の速さは平等ではないの」 郁未と舞の居る場所は空ではなかった。 何もない。 ただ歪んでいるだけの空間。 「この疑似時空にはまだ、『時間』も『距離』も生まれていない。だから、わたしが好きに『決められる』のよ。そして、わたしとあなたに『時間差』をつける……」 正確には舞は『止まって』はいなかった。 郁未の数億倍も遅い時間の中でゆっくりと動いている。 「あなたには瞬き一つするだけの時間すらまだ流れていない……ゆえに、あなたには今のわたしの行動は『認識』することもできない」 郁未はソードベント『包丁千本』を発動し、舞の周りを無数の包丁で取り囲んだ。 郁未は舞に斬りつけられた首筋を押さえる。 『今』はまだ血も流れ出してはいない。 「さあ、じゃあ、元の時空に戻りましょうか」 郁未はパチンと指を鳴らした。 舞には何が起きたのか『認識』できなかった。 いつの間にか体中を無数の包丁で突き刺されている。 斬りつけたはずの郁美が少し離れた場所で、首筋から流れる血を押さえていた。 「ふう……やっぱり不可視の世界を使うと疲れるわね。光速剣なんて使ってくれるから、とてつもなく時間差を付けなければならなかったし……」 『不可視の世界』。 まだ生まれてない宇宙、疑似時空に相手を誘い込む。 疑似時空では、時間の流れる速度も距離も郁未の自由に決めることができる。 何もかもが郁未の思いのままになる完全なる世界。 「ぐ……ぅ……十字戒!」 「えっ?」 舞の十字架のアクセサリーが輝いて消え去ると同時に、郁未の背後に巨大な十字架が出現し郁未を張り付けにした。 「……油断したみたいね。でも、こんな十字架何の役にも立たないわよ。空間転移で抜け出せ……ん!? 空間転移ができない!?」 その上、今までは空中に浮遊できていた郁未が、どんどん下に向かって落ちていく。 「……十字戒は全ての『力』を……封じ込める……」 六芒剣の青い宝石(サファイア)が美しく輝いた。 「……そのまま地上に落ちるのを……待つ気はない……」 青のファイナルベントが発動する。 「聖者神水槍!」 巨大な水の槍と化した舞は、張り付けの郁未を目指して突進していった。 「……ぐぅ!?」 舞の背中に六芒剣の剣先が突き刺さっていた。 「まったく……ホントにあなたは最高のスリルをくれるわね……」 舞の突き出す六芒剣は確かに郁未の心臓に突き刺さっている。 ただし、郁未の体を貫いてはいなかった。 刃が郁未の体の中に『解け込んで』いるのである。 「空間転移もできなくて……空間を『一点』歪ませるだけで精一杯だったわよ……」 舞がダメージを受けたことで、拘束力が弱まった十字架から郁未は脱出した。 「もし、あなたの狙いが正確に心臓じゃなかったらあたしの負けだったわ」 郁未は最高のスリルを味わえた喜びの笑みを浮かべている。 もしも、不可視の世界を使うのが『一瞬』遅かったら、舞の狙いが心臓から僅かでもズレていたら……。 ここまで負ける可能性が常につきまとう際どい勝負が楽しめるとは正直思ってはいなかった。 郁未が離れたことで、六芒剣がどうなっているのかはっきりと舞にも解る。 六芒剣の根本から先が空間に溶け込むように消失していた。 そして、後方の何もない空間から六芒剣の剣先が突き出ている。 「わたしは香里さんみたいに『運命』は操れないし、スピードも香里さんより僅かに遅いわ……そう、実はわたしはそんなに強くないのよ」 「……なんの話?」 「命……『力』を半分近く香里さんにあげちゃったのよ。香里さんを生き返らせるにはそれしかなかったから……わたしは迷わなかった。だって、香里さんは大切な『友人』だもの」 楽しげだった郁未の笑顔が、複雑な表情に変わった。 慈愛、自嘲、自虐、苦笑、どれともつかない不可思議な笑み。 「でも、香里さんより『遅い』わたしは、香里さんより『速く』動けるの。なぜだか解る?」 「…………」 舞は答えなかった。 答えが解らなかったし、そもそもなぜそんな質問を今自分にするのかも理解できない。 「それは……」 郁未の右手に赤い光が集まった。 「……アークデーモンムーンストラッシュ?」 突然、郁未の右手の先が消失する。 「空間を自由自在に支配できるからよ!」 舞の腹部を赤く輝く掌が貫いていた。 次回予告(美汐&香里) 「というわけで、カノサバ第58話をお送りしました」 「なんとか『不可視の世界』の説明まで入ったわね。戦いの決着までは書けなかったけど」 「そうですね」 「誤解しないで欲しいのが、郁未さんの不可視の世界は、最新のジョジ○(ちゃんと読んでない最近)の加速する時間だかではなくて、某永遠の時を生きる半神(超人)の負の世界の方を元にしているということよ」 「微妙に違うものですし、どちらが古いかといえば圧倒的に超人の方ですね……知名度では圧倒的に負けるかもしれませんが……」 「まあ、遙か昔に潰れた雑誌に載ってた漫画だしね……」 「その後、単行本で書き下ろされたり、雑誌形態の単行本で続編が出たりしましたけどね」 「昔から、『超人秋子〜邪夢の涙〜』とか、考えたり、イメージしてたりしてたから、凄く違和感が無いのよ」 「実際にそれ書きかけましたからね。ちなみに、この能力考えた時は、まだジョジ○の方は始まってもいませんでしたね」 「まあ、そんなわけで、次回で決着……がつけばいいわね」 「では、今回はこの辺で」 「良ければ次回もまた見てね」 「戦わなければ生き残れません」 「ミもフタもないアドヴェント解説」 『アークデーモンムーンストラッシュ(魔王赤月掌)』 まおうせきげつしょう。掌は『パーム』だけど、響きが悪いのでストラッシュ(必殺技)に。 赤い光(闘気)をまとい強化した掌底付き。手刀や拳の形で使うことも可能である。 『アークデーモンムーンブラスト(魔王赤月猟掌波)』 まおうせきげつりょうしょうは。了承と猟掌をかけています。 炎を使うニワトリ頭の超能力者のバーストエンドをイメージしてください。 炎ではなく赤い光で作られた『手』ですが。 『アブソリュートフルムーン(完全無欠の満月)』 全闘気を集めて練り上げて圧縮した闘気弾。 赤い月を生み出し、それを地上に降下させる。 メテオ(隕石落とし)ならぬ月落とし。 その威力は、香里のムーンブロビデンスすら凌駕する。 |