カノン・サバイヴ
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栞には何が起こったのか理解できなかった。 なぜ、自分は体中を無数の包丁で貫かれて地面にうつ伏せに倒れ込んでいる? 雪玉4ガドリングの引き金を引いたと思った次の瞬間にはこうなっていた。 「前にも言ったと思うけど、一呼吸遅いのよ」 かすり傷一つ負っていない郁未が栞を見下している。 「『これで終わりです!』とか『覚悟!」とかこれから攻撃しますって宣言してからの攻撃なら、わたしは余裕で対処できる。わたしを倒したかったら、攻撃されたことを『認識』させずにすることね……」 「……ぇ……ぅ……どういう……意味……」 「つまりね……こういうことよ!」 郁未の言葉が終わると同時に、栞の背中が裂かれ、血が噴き出した。 「えぅっっ!」 「攻撃を受け終わるまで、攻撃されたことに気づけない。『認識』不能、ゆえに回避も防御も不可能……」 郁未が語っている間も、次々に栞の体が浅く切り裂かれていく。 その度に、栞が苦痛の呻き声を上げた。 「斬ると宣言してから斬るのではなく、斬ろうと思った時にはもう相手を斬り終わっているのが理想よ」 郁未の攻撃は明らかに力を抜いている上に、急所を全て外している。 栞を殺すためではなく、栞に『痛み』を与えて苦しめることだけが目的の攻撃だった。 「……フッ」 郁未が微笑を浮かべた瞬間、栞に突き刺さっていた全ての包丁が消える。 「ところで、栞さんどうやって、エターナルスノーが破られたか『認識』できたかしら?」 「……え……ぇ……ぇ……ぅ……時間を……止めたとか……言わないですよね……」 「まさか。時間というのは絶対的なもの、止めることなど何者にもできないわ」 「…………」 「まあ、巻き戻すぐらいならできるけど」 郁未はぼそりと小声でそう付け加えた。 「えぅ……」 たかが一瞬『時』を止めるよりも、時間を巻き戻すことの方がとんでもないことのような気がするがどうやら違うようである。 「でも、いい線いっているわね。わたしは攻撃的な能力のほかに、三つほど特殊な能力……支配する『力』とでも言うべきものを持っているのよ」 「……三つの……特殊能力……?」 「一つ目の能力が『ドッペルゲンガー』。自分の分身を無限に作り出せる能力。分身といっても、残像や幻覚じゃなくて、僅かに時間軸のズレた自分というか、心の一部というか、全部ちゃんと本物の『わたし』なんだけどね……」 「…………」 栞には郁未の言っていることの半分も理解できなかった。 解っているのは、全ての分身が『実在』しており、本物とまったく同じ能力で攻撃してくるという身をもって体験した事実だけである。 「そして、二つ目の能力が『不可視の世界』!」 「えぅ!?」 いつのまにか、栞は郁未を肩車するような形で空に浮かんでいた。 さっきまで自分は床にうずくまっていたはずなのに……。 「ファイナルベント! アークデーモンストラトムーン!」 郁未はその恰好のまま栞と共に後方宙返りを開始する。 何度も何度も宙返りを繰り返し加速しながら、地面(塔の屋上)に急降下した。 重力や回転の勢いを全て乗せられて栞は脳天から地面に激突する。 しかし、それで終わりではなかった。 栞の脳天を叩きつけた勢いを利用して、さらに後方宙返りをして再び栞の脳天を床に叩きつける。 それを何度も繰り返しながら、屋上の端にまで移動していく。 「ここからがストラト(成層圏)のムーン(月)落としよ」 屋上の端で栞の脳天を叩きつけると、さらなる後方回転で郁未と栞は塔の屋上から飛び降りた。 屋上の真ん中に突然、郁未が出現する。 「地上20kmからの飛び降り自殺……なかなか味わえるものじゃないわよ」 郁未は、屋上から飛び降りる最後の後方宙返りの直前に、ドッペルゲンガーと入れ替わっていた。 「……思った以上につまらなかったわね」 郁未はホントにつまらなそうに呟く。 美坂栞ではやはり駄目だった。 弱すぎる。 力の差がありすぎて、『自分が倒されるかもしれない』というスリルを欠片も味わうことができなかった。 「さて、これからどう…………んっ?」 郁未は屋上の一点を凝視する。 「……来る」 郁未の凝視する空間に『入り口』生まれていた。 『入り口』から一人の少女が姿を現す。 「……決着……」 「ええ、決着をつけましょうか、魔王狩人川澄舞さん」 魔王と勇者の二度目の、そして最後の戦いが始まった。 細かい部分の『予測』は常に少しずつズレ続けていく。 まあいい。 そのために、不確定要素を、保険をいくつも用意してあるのだ。 「川澄先輩は言うなればサイキックソルジャーとでもいった存在……あたし達『異能者』とは限りなく同質なようでありながら異質な存在……」 舞の『力』は『異能力』とは違う。 自らの内側から引き出した『人間』の持つ潜在能力。 対して、郁未や香里の『力』は人外の存在と融合することで得た後付けの能力。 例えまったく同じような効果や威力を持っていたとしても間違いなく異質の『力』である。 「でも、だからこそ、郁未さんを倒せる可能性を持つ……」 香里の『力』は郁未から分け与えられたまったく同質の『力』。 同質の『力』ゆえに、『力』の絶対量の少ない香里が、郁未に勝てる可能性は皆無に等しい。 だが、種類の違う『力』なら、『力』の『量』だけが勝敗を決めるわけではないのだ。 「頑張ってね、川澄先輩。あなたに戦わせてあげるために、神奈さんに『遠回り』してもらっているんだから……」 今頃、神奈は地下何回まで攻略しただろうか? エターナルダンジョンには罠とモンスターを大量に配置してあった。 神奈にとってはたいした障害にはならないだろうが、時間稼ぎさえできればそれでいい。 「さて……いよいよ最後の運命の分岐点ね」 香里は自嘲するよう笑みを浮かべると、『視界』を魔王と勇者の戦いに移した。 「ソードベント! 紅蓮剣!」 「まずはパワーね」 炎をまとった舞の六芒剣を、郁未は不可視の盾で受け止める。 「ふん……あの時よりは上がっているようね」 郁未は左手の不可視の盾で受け止めながら、右手を突き出し不可視の爆撃を放った。 しかし、爆発が発生した時にはすでに舞の姿は消えている。 「ソードベント! 光速剣!」 「今度はスピードね」 背後からの舞の光速の剣が郁未を切り刻んだ瞬間、舞の背後にもう一人郁未が出現した。 「ソードベント! 微塵切り!」 「くっ!」 舞は反射的に振り返ると剣を盾代わりにかざす。 次の瞬間、舞は体中を浅く切り刻まれると同時に派手に吹き飛ばされた。 「光輝結界を使えば無傷で済んだでしょうに……慎重ね」 「……まだ先は長いから……」 舞は空中で回転し器用に着地すると呟く。 「そうね、まだ小手調べでだものね、お互いに」 郁未は楽しげな笑みを口元に浮かべていた。 「でも、わたしはもう栞さんのおかげでウォーミングアップはいらないし、あなたも長期戦ができるほど回復していないでしょ?」 「…………」 「人外の能力で傷はあっさり癒せても、一度消費し尽くした『力』はそうすぐには回復しない……『力』の絶対量……器が大きければ大きいほど全回復には時間がかかる……わたしがあなたにやられてから今まで動けなかったようにね」 「…………」 舞は否定しない。 図星だし、隠せるとは最初から思っていなかったからだ。 「だから、小技での削りあいではなく、一気に決着をつけましょう」 「……解った」 舞は六芒剣にファイナルベントを装填する。 赤い宝石(ルビー)が美しく輝いた。 「やっぱり、その技で来るのね」 「赤のファイナルベント!」 舞は六芒剣を自らの足下に突き刺す。 次の瞬間、郁未の足下から火柱が立ち上り、郁未を空に押し上げた。 さらに、全身に炎をまとい、火の鳥と化した舞が郁未に向かって飛翔する。 「紅蓮天衝斬!」 魔を灼き尽くす赤き不死鳥が郁未に襲いかかった。 次回予告(美汐&香里) 「というわけで、カノサバ第57話をお送りしました」 「小手調べとかしていたせいで、当初の予定とサブタイトルが変わってしまったわね……栞がどうやってエターナルスノーを破られたのかは次回で説明できると思うわ……多分……」 「このバトルはそう長くはならない……予定です」 「なんか、多分や予定ばかりね……」 「言い切ってしまうと、変更してしまった時に嘘つきになってしまいますから」 「まあ、書いてるうちにどんどん『予定』はズレるしね……最初、栞がトドメを刺されそうになった瞬間、颯爽と川澄先輩が登場……てなるはずだったのに……こうなっちゃったし……」 「では、今回はこの辺で」 「良ければ次回もまた見てね」 「戦わなければ生き残れません」 「ミもフタもないアドヴェント解説」 『アークデーモンストラトムーン』 成層圏の月(落とし)。『の』の部分の英語がなかったり、『落とし』が名前に入っていないとか、細かいことは気にしないでください。 技の名前は格好良さと響きが全てです。 ストラト・タワー(成層圏の魔塔)でしか真価を発揮できない技。 |