カノン・サバイヴ
第56話「成層圏の魔王」



スノーバイザーデュオの発砲音、それが決闘開始の合図だった。
「かわすのも、受けるのも、容易いんだけど……あえて」
郁未は指で鉄砲の形を作る。
「バアン!」
郁未に向かっていたスノーバイザーデュオの弾丸が途中で破裂した。
シュートベント、不可視の弾丸。
見えない弾丸が、スノーバイザーデュオの弾丸を撃ち落としたのである。
「そんなふざけたやり方で、これが全部受けられますか? シュートベント! 雪玉4ガドリング!」
郁未が迎撃を行っている一瞬の間に、郁未の頭上に移動完了していた栞は、四門のガドリング砲を郁未に向けて容赦なく発砲した。
「一呼吸遅いわね」
郁未は突き出した左手を巧みに動かし、全ての雪玉を受けきる。
「不可視の盾!?」
「『壁』だと耐えられるか少し不安だからね。ピンポイントバリアが普通のバリアより強固なのは太古の昔からのお約束よ」
そう言うと、郁未は今度は右手を突き出した。
「シュートベント! 不可視の核撃!」
「えぅ!?」
栞の浮いてた上空が突然大爆発する。
「まったく、いきなり『核』は酷いです!」
声と共に、背後から出現した大鎌が郁未を横に両断した。



真っ二つにされた郁未の上半身と下半身が、光の粒子になり消え去る。
「手応えはありましたが、当然……」
栞は背後を振り向くと同時にスノーバイザーデュオを発砲した。
「偽者なんですね!」
弾丸が『二人目』の郁未の心臓を撃ち抜く。
心臓を撃ち抜かれた郁未の姿が、『一人目』と同じように崩壊していった。
「これも偽者……」
「偽者とは心外ね。どれもちゃんと『わたし』よ」
「えぅ!」
頭上から声が聞こえた瞬間、反射的に栞はスノーバイザーデュオを発砲する。
二発の弾丸がそれぞれ、『三人目』の額と心臓を貫いた。
「弾切れね」
「えぅ!?」
目の前に出現した『四人目』の郁未が右手を逆袈裟に振り上げる。
次の瞬間、栞の胸が裂け、血が噴き出した。
郁未の右手にはいつのまにか万能包丁が握られている。
「えぅ……不可視の剣ですか……」
包丁の刃は、反射的に背中を反らすことでかわせていた。
だが、不可視の刃の分の長さを回避しきれなかったようである。
「あんまりバンバン殺さないで欲しいわね。どれも『わたし』には違いないんだから……」
「なら、本物が素直に殺られてください!」
栞は大鎌を郁未の首に向けて振り下ろした。
郁未は『不可視の剣』で受け止める。
「解ったわよ、この戦法は自分でもあんまり気分良くないから、今からは、ちゃんと受けたり、かわしたりしてあげるわ」
そう言うと、郁未は右手首を僅かに動かした。
大鎌を受け止めていた負荷が消えたと思った瞬間、栞の胸が再び裂け、血が噴き出す。
「えぅ!」
「地味だけど、かなり質が悪いでしょ? 『刃』が見えない剣というのは」
栞は痛みを堪えながら、後方に跳んだ。
その直後、大鎌に再び負荷がかかる。
どうやら、追撃として郁未が振るった不可視の剣が大鎌に当たったようだった。
「じゃあ、地味に斬り合いましょうか」
「えぅ〜!」
栞は勘に任せて、大鎌を振り回しながら、後退する。
何度も大鎌に衝撃が走ったり、衝撃が走らなかった時は栞の腕や肩が浅く切り裂かれ血が噴き出した。
「えぅ〜、なんてせこい攻撃するんですか……いやらしいですよ……」
「そうね、わたしはいやらしい女よ」
郁未は妖艶な笑みを浮かべながらあっさりと肯定する。
次の瞬間、栞は右の脇腹を不可視の剣で貫かれていた。
「えぅ……」
「痛い? 痛いわよね」
郁未は剣をひねり、さらにねじ込んでいく。
栞の口から血が吐き出された。
「素敵よ、苦痛に喘ぐその表情……もっと見せて」
郁未は剣を横に引く。
「えぐっ!?」
「駄目よ、もっと綺麗に鳴いてくれなきゃっ!」
郁未は乱暴に剣を引き抜くと、今度は栞の右胸に剣を突き刺した。
「えぅ!?」
「どう? 痛みというのも結構クセになるでしょ? 気持ちいい? 変身しているおかげで、少しぐらい切られたり、刺されたぐらいじゃ死ねないから……たっぷりと楽しめるわよ」
「……え……ぅ……私はあなたみたいな変態じゃないです!」
栞は不可視の剣で刺されたまま、雪玉4ガドリングを出現させると、迷わず発砲する。
雪玉達の爆発が、郁未と栞を呑み込んだ。



あれはもう『水瀬秋子』ではなく完全に『天沢郁未』だ。
良識、慈愛などいった水瀬秋子の時はあったものが完全に無くなっている。
その代わりとでもいうように、とても嗜虐(残虐なことを好む)な性格になっているようだった。
「好色で淫乱でサドでマゾで……本当にとんでもない性格よね……まあ、あたしも不可視の力に目覚めた直後はそんな感じだったけど……」
破壊、殺戮、性的快楽、その三つにしか興味がわかない。
常人から見れば狂ったようにしか見えない状態……。
「相当『力』が有り余っているわね……あの様子じゃ……」
『不可視の力』の増大とあの『性癖』は密接に関係している。
『力』つまり肉体の人外への変質に伴い『心』も変質するのだ。
人間の良識から著しく外れた存在に……。
「『体』も『力』も……そして、『心』も完全な『天沢郁未』に戻ったってわけね……『月』……すなわち『狂気』を司る魔王に……」
香里は瞳を閉ざすと、何かを思案するかのように黙り込んだ。



「フフフッ……無茶をするわね、あの距離でガドリング砲を使うなんて」
郁未は痛みすら快楽なのか楽しげに笑っている。
「……つきあいきれないです、あなたみたいな変態には! バニラストーム!」
郁未の背後に出現したデススノーマンが口から吹雪きを吐き出した。
竜巻と化した吹雪が郁未を呑み込む。
「ファイナルベント!」
栞は跳躍した。
飛来したデススノーマンが栞の背中に翼と化し融合する。
「この技しかないんですよ……」
射撃系の技はどれだけ威力があろうと郁未には『当たる』とは思えなかった。
空間転移やら、訳の分からない分身やら、不可視の壁や盾……郁未には防御手段がありすぎる。
だが、この技なら……郁未を凍漬けにさえできれば……。
「……来ました!」
氷漬けにされた郁未が吹雪の竜巻から空高く打ち上げられた。
栞は大鎌を振りかぶる。
「冥土散!!!」
縦に回転し、巨大なスクリューと化した栞が凍漬けの郁未に向かっていった。



氷漬けの郁未が粉々に砕け散る。
「これで、終わ……」
「つまらないわね」
「えぅ!?」
栞は『声』の聞こえてきた背後を振り返った。
そこには無傷の郁未が立っている。
「あまりにも……」
「脆弱……」
「……すぎるわね」
目の前に居る郁未とは別に、上から、下から、左から、同時に『声』が聞こえてきた。
「郁未さんが四人!? いえ、五、六、七……」
宙に浮かぶ栞を取り囲むように、三六〇度、無数に郁未が増えていく。
『絶対包囲完成』
百人近い人数の郁未の声が重なった。
「えぅ、分身なんてどれだけ居ても……」
『残像でも、幻覚もないわ。全て、紛れもない『天沢郁未』よ』
無数の郁未の声は完全に同調している。
「えぅぅっ! シュートベント! ダブルサテライトバニラキャノン!」
栞の両肩に二門のキャノン砲が生まれ、四枚の黒いコウモリの羽が高熱を発した。
空の彼方から一筋の光が栞の胸に向かって降り注ぐ。
「全てまとめて吹き飛ばし……」
『シュートベント!』
栞のセリフをかき消すように、全ての郁未が一斉に叫び、右手を突き出した。
「えぅ!? まさか……」
ダブルサテライトバニラキャノンはまだ撃てない。
『無限の核撃!』
全ての郁未が同時に、不可視の核撃を放った。





「……跡形もなく消し飛ばしてしまった……みたいね……」
一人を残して、無数の郁未が全て消え去る。
「もっといたぶってからにするべきだったわね……」
失敗したといった表情で郁未が呟いた、その時だった。
背後から現れたストールが郁未の首に巻き付く。
「えぅえぅえぅ♪ やっと捕らえましたよ」
郁未の首と栞の首がストールで繋がれていた。
「……へぇ……どうやって無限の核撃をかわせたのかしら?」
「えぅえぅえぅ♪ 空間転移とか瞬間移動があなた達だけの専売特許だと思わないことですね。爆発の瞬間、とっさにテラストールで作った『異次元』に逃げ込んだんですよ」
「……そう、少しあなたを見くびっていたみたいね」
「さあ、もう逃がしませんよ。テラストールが捕らえている限り、一瞬でお得意の空間転移で逃げたり、分身に入れ替わったりはできませんよ」
「……そうね、一瞬では確かに無理そうね」
「これで終わりです!」
栞の両足、両肩、胸部に雪玉ミサイルポットが出現する。
さらに栞は両手に出現させた雪玉4ガドリングで、郁未の両脇を挟んだ。
「まさか、お互いに繋がったまま、それを全て一斉発射するつもり? さっきのガドリング砲だけの爆発じゃすまないわよ。今度こそ、間違いなくあなたも消し飛ぶわよ……」
「覚悟の上です! ファイナルベント!」
「相打ち狙いなのか、自分は爆発に耐えきる自信があるのか……とにかくいい覚悟ね」
郁未は楽しげな笑みを口元に浮かべる。
「エターナルスノー!!!」
栞の全ての重火器が一斉に発射された。



















次回予告(美汐&香里)
「というわけで、カノサバ第56話をお送りしました」
「当初の予定より頑張っているわね、栞」
「ええ、一番最初の予定なんて、郁未さんの復活と同時に心臓撃ち抜かれて終わりだったり」
「どっかの宇宙の帝王様の最終形態になった瞬間みたいね、それ……」
「それか、あっさりと無限の核撃で跡形もなく吹き飛ぶはずでしたからね」
「それじゃあんまりだからね、どっかのヴァニラアイスみたいな方法で一度回避に成功したのよ」
「バニラではなくヴァニラなところがポイントですか。というか、回避させた後に、どうやって回避したことにすればいいのか悩みましたよね。郁未さんのあの技、ホントに絶対包囲でスキがありませんから……」
「まあ、あたしや神奈さんクラスじゃなきゃ、本来対処不可能の技よね……不可視の核撃×100以上なんて……」
「では、今回はこの辺で」
「良ければ次回もまた見てね」
「戦わなければ生き残れません」









「ミもフタもないアドヴェント解説」

『無限の核撃』
最大で108人にまで増えた郁未が、相手を絶対包囲し、一斉に不可視の核撃を放つ禁断の技。
郁未の分身は幻覚でも残像でもなく『実在』するため、その威力は人数分だけ(以上?)高まっていく。
原爆を一カ所に100個以上落としたぐらいの威力。


『エターナルスノー(完成版)』
両足、両肩、胸部の5つのミサイルポットと4門のガドリング砲による雪玉(火薬入り)の一斉発射。


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