カノン・サバイヴ
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これは『最後の三日間』が始まる少し前の出来事。 「…天沢郁未、そして悪音(ONE)一族との三つ巴の戦いの末、神奈備命は体を魂ごと三つに引き裂かれ消滅しました」 何も無い不思議な空間で遠野美凪は語る。 「…しかし、神奈備命は完全に滅んではいませんでした。引き裂かれた三つの魂……神奈備命という『力』は……三人の人間の女性に転生しました。『知恵と知識』は遠野美凪に、『魔力と方術』は霧島佳乃に……そして、『記憶と遺志』は神尾観鈴……つまり、あなたに生まれ変わったのです」 「わたし!?」 「…そうです。言うなれば、私達は同じ魂を持つ『姉妹』……いえ、同一人物といってもいいかもしれません……同じ人物の生まれ変わり、同じ魂を持つ身である以上……」 「……姉妹……わたしと美凪さんが……」 「…あなたはもう一人ではありません……私と佳乃さんが居ます……観鈴……姉さん」 美凪は微かに微笑んだ。 観鈴を愛おしむような、優しい笑顔。 「……美凪……さん……」 「…私と佳乃姉さんにはもう肉体はありません。カードの『力』を源として一時的に実体化することぐらいならできていましたが……いえ、カードの『力』が遠野美凪という存在の姿見と人格を使っている……といった方が正しいのかもしれません……今の私という『存在』は……」 「……カードの力?」 答える代わりに、美凪は三枚のAIR(空)のカードを、自分と観鈴の間の空間に出現させた。 「AIR(空)のカードが三枚も……」 「…中心があなたの、左が佳乃姉さん、右が私を『司る』カードです……この三枚を合わせると……」 三枚のカードが横並びに繋がる。 横長になったカードに一羽の鳥の絵が浮かび上がった。 「…これがAIR(空)のカードの本当の姿……三枚のカードを同時に……一つに合わせて使うことで……私達は元の姿に戻ることができます」 「……元?……神奈備命とかいう存在に?」 美凪は頷く。 「…遠野美凪であり、霧島佳乃であり、神尾観鈴であり、それでいて三人の誰でもない存在……それが神奈備命……私達の本当の姿……」 「…………」 「…出会い、再び一つに戻るために、私達は生まれたのです。少なくとも、私は……そう思います……私の『生』はあなたに逢うためだけにあったと……」 美凪の表情はどこか哀しげで苦しげだった。 「…ですが、全てはあなたが決めて下さい……あなたが私達を受け入れてくれなくても……恨みはしません。神奈備命の一部であることを否定して、『神尾美鈴』としてだけ生きることに拘るのも……それは今、この瞬間を生きる者であるあなたの自由……生者には未来という無限の可能性があります……死者である私達と違って……」 「……美凪……」 美凪は瞳を閉ざし、静かに観鈴の答えを待つ。 「……にはは、三人なら……もう寂しくないよね……?」 観鈴は美凪をそっと抱き寄せた。 「…もう、姉さんにそんな寂しげな『笑い』は決してさせません」 「そうだよぉ、三人ならきっと楽しいよぉ」 左のAIR(空)のカードが佳乃の姿に変わる。 「ずっと一緒に居てくれるよね?」 「…我ら三人誕生日は違っても、死すべき時は同じです」 「あ、かのりん、それ知っているよぉ。義兄弟の契りだよねぇ? 梅だか松だかの……」 「…桃です」 「……そもそも、兄弟ではないと思う……観鈴ちん達みんな女の子だし……」 今ここに、同じ魂を持つ三人の少女による『姉妹』の契りが結ばれた。 「……久しぶりと言うべきなのかしらね、神奈備命様? それとも観鈴さんでいいのかしら?」 階段を下りてやってきた少し変わった巫女装束の女性に香里はそう話しかけた。 「神尾観鈴、遠野美凪、霧島佳乃、そんなものあやつらの目を欺き時を待つための仮の姿にすぎぬ……我が名は神奈備命、空を統べる者なり」 「そう……」 「……さて、おぬしが観鈴(わたし)とした約束を果たしてもらえるかのう? あの女の眷属よ」 神奈備命(以下、神奈)は見下すような態度で香里に尋ねる。 「……その前に聞いておくわ、名雪はちゃんと『殺した』の?」 「愚問をするでない。どうせ、覗いておったのだろう?」 「…………」 香里は無表情で神奈を見つめる。 「…………」 神奈も香里を見つめ……いや、睨み返していた。 「……解ったわ。それで、約束は郁未さんの居場所を教えることだったわね?」 「うむ。別に嫌だと言うなら、力ずくで聞き出すだけだがの……その方がお互いに楽しめそうだしのう」 神奈は不敵な笑みを口元に浮かべる。 「………………」 香里は何かを思案するかのような表情で沈黙していた。 「……魅力的なお誘いだけどやめておくわ。約束は約束だからね、教えてあげるわよ」 「むっ、あっさりと教えるのか? それはそれでちと残念だのう……」 神奈は本当に残念そうな、物足りなそうな表情をする。 「郁未さんの居場所はここよ」 「むっ?」 「だから、ここよ」 「むむーむむっ?」 「ここよ、ここ」 「むむっ! だから、『ここ』とはどこのことを申しておるのだっ!?」 神奈が叫ぶと、香里は己の足下を指さした。 「下だと?」 「そう、ここの最下層に行けば、郁未さんに会えるわよ」 「それならそうとちゃんと言わぬか、このうつけがっ!」 神奈は香里を怒鳴りつけると、もう用は無いといった感じで香里を完全に無視して近場の階段を駆け下りていく。 しばらくして、階段を下る足音が聞こえなくなると、 「そうそう、あたしは郁未さんの居場所を教えるという約束はしたけど、嘘はつかないという約束はしなかったわよ」 誰に聞かせるわけでもなく香里はそう呟いた。 「…………えぅ?」 意識を取り戻した栞は『外』に居た。 サテライトバニラランチャーを撃った直後に起きた爆発と衝撃の中、いつのまにか意識を失っていたのである。 「……そして、目覚めれば……どこですか、ここは?」 目に見えるのは、雲一つ無い『青空』だけ。 「……異常に寒い上に、体の感覚もなんか変です……」 見事な晴天なのに異常に寒く、高空であるはずなのに風もとても穏やかだった。 栞は足下に目をやる。 透明なガラスのようなものでできている床、床の中には『底の見えない』螺旋階段が透けて見えていた。 「……やっぱり、ここが頂上……屋上なのは間違いないみたいですね」 誰もいない、何もない屋上。 「……ここから飛び上がって『下』に向かって撃てば、塔ごと吹き飛ばせ……て、無理ですね」 『ええ、無意味なことはやめておきなさい』 栞以外誰もいないはずの場所に『声』が生まれた。 「えぅえぅえぅ♪ 良かったです、ちゃんとここにラスボスが居たんですね」 透明なカプセルのような棺が屋上の真ん中にポツンと置かれている。 先ほどまでは間違いなくそんなものはなかったはずだ。 突然、棺が『内側』から弾け飛ぶ。 美しい青い髪と瞳、水の滴る白い肌、天沢郁未がそこには立っていた。 「こんな寒い所で、素っ裸でそんな変なカプセルに入って何してたんですか?」 「ただの医療用カプセルよ。川澄舞に吹き飛ばされた体の再生が完全に終わったのは『ついさっき』だったりすのよね、これがまた」 郁未が右手を軽く振るうと、体中から水滴が飛び散る。 「ああ、でも心配は無用よ。全て『知っている』から……私が眠っている間にあったこと全てをね……」 パチンと指を鳴らすと、郁未はいつもの制服姿に戻った。 「あれからずっとのんきに寝ていたんですか? そんなに眠いなら、またすぐ眠らせてあげますよ……今度は二度と目覚めることの無い永久の眠りをあなたにプレゼントです!」 栞はスノーバイザーデュオを郁未に向ける。 「地上20km、-56℃の低温、平均30m/sの風、地上の約1/20の気圧…………成層圏の戦場へようこそ、可愛い死神さん」 天沢郁未は妖艶な笑みを浮かべた。 次回予告(美汐&香里) 「というわけで、カノサバ第55話をお送りしました」 「まあ、いまいちというか、間の話というか、前回の補足というか……そんな感じよね」 「栞さんが『蚊帳の外』なのを嘆いて方&郁未さんの再登場を待っていた方、お待たせしました……といった感じでしょうか」 「そうそう、『透明なカプセルのような棺』というのは『メディカルマシン(治療マシン、再生カプセルなど)』のことよ。バ○ル2世あたりのアレを想像してね」 「……なんて古い例えをするんですか……ドラ○ンボールあたりのアレを想像してくださいと言った方が多くの方が連想できると思います」 「……じゃあ、どっか強殖装甲の怪物達の浸かっている調整槽でいいわよ……」 「それはちょっと違うんじゃないですか? それは、あゆさんが浸かっていた水槽の方ですよ……」 「そういえば、今回、『成層圏』について調べていたら、009に辿り着いてしまって笑えたわよ。未来の戦争は成層圏で行われるそうね」 「郁未さんと栞さんがあんな所で平気でいるのは『変身』しているからですからね」 「……という説明(言い訳)だけで済まそうと思ったんだけど……郁未さんなんか最初素っ裸……」 「まあ、郁未さんですから、すっぽんぽんで『熱圏(スペースシャトルが飛んでいる所)』に居たとしてもたいして違和感ないかもしれないですが……」 「すっぽんぽんって……」 「では、今回はこの辺で」 「良ければ次回もまた見てね」 「戦わなければ生き残れません」 |