カノン・サバイヴ
第54話「空のトリコロール」


「川澄先輩、観鈴さん……そして、名雪。この三人は特別なのよ……」
『選ばれし者』とでも呼べばいいだろうか?
『世界』を倒せる『可能性』を有する者達……。
「美汐さんや佐祐理さんや栞では駄目なのよ……」
彼女達では絶対に『世界』に勝てない。
例え、『世界を倒せる可能性を有する者』には勝てたとしても、彼女達では絶対に『世界』には勝てないのだ。
「そして、このあたしもね……」
今のあたしなら名雪は勿論、川澄先輩にも、そして観鈴さんにも絶対に負けない自信がある。
けれど、あたしでは絶対に『世界』にだけは勝てないのだ。
『力』の強弱の問題ではない。
これはもっと根本的で絶対的な……それでいて恐ろしく単純な理由が存在するのだ。
あたしには勝てる『可能性』が……勝てる未来が存在しない。
だから、こんなまどろっこしいことをするのだ。
「可能性はもっとも強いものが一つあればいい……」
観鈴さんの切り札か、名雪の未知数の潜在能力か。
どちらが勝つのか?
その結果の未来はまだ定まってはいない
「楽しみね……どちらが勝っても不思議がない勝負というのは……」
あたしは『視界』を遙か彼方の二人に移した。



「がおサイクロン!」
「メテオケロピー!」
ケロピー火焔弾が竜巻を破壊した。
「ソードベント! 天空剣!」
「ソードベント! ケロピーブレイカー!」
観鈴の剣と名雪の剣が交錯する。
「……観鈴さん……本当に戦わなければいけないの……?」
「…………」
観鈴は無言で何度も剣を名雪に叩きつけた。
名雪は辛うじてその剣撃を防ぎ続ける。
「シュートベント! フェザーアロー!」
観鈴は一度間合いを取ると、光の矢を撃ちだした。
「ガードベント! セーフィティケロピー!」
カイザーケロピーが名雪の周りを取り巻き、光の矢から名雪を守る。
「……互角?」
名雪はこんなに強かっただろうか?
それとも、名雪を倒すことにまだ自分は迷いが……。
「……次で終わりだよ、名雪さん!」
観鈴は迷いを振り切るように、ファイナルベントを発動した。
名雪もファイナルベントを装填する。
「ファイナルベント! 翼人特攻!」
「……ファイナルベント! バーニングヴァージンロード!」
観鈴の乗った神奈備命と名雪のカイザーケロピーが正面から激突した。



「……だぉ」
「…………」
二人はふらつきながらも立ち上がる。
「……やっぱり、わたしには迷いが……あるみたい……」
「観鈴さん!? それじゃ……」
戦いをやめてくれるの?
名雪がそう口に出するよりも早く、観鈴は名雪の想いを察し、苦笑を浮かべた。
「……だから、わたしは……迷いのある『わたし』を捨てる!」
「観鈴さん!?」
観鈴の姿が第一段階に戻る。
観鈴の右手にはAIR(空)のカードが握られていた。
『三枚』のAIR(空)のカードが……。
「記憶のAIR(空)、知識のAIR(空)、魔力のAIR(空)……今三枚のAIR(空)のカードがこの場に揃った! 三枚のカードの『力』を生け贄に捧げ、今、天空を司る『神』を召喚する!」
「観鈴さん、何を!?」
空が暗雲に染まり、雷鳴がとどろき、嵐が吹き荒れる。
「美凪さん!?」
観鈴の右隣には遠野美凪が、左隣には霧島佳乃が立っていた。
「三人が一つとなり、一神に戻る!」
半透明な美凪と佳乃の姿が観鈴と重なり、一つになっていく。
観鈴を中心に急激に激しさを増した嵐と、落雷が彼女『達』の姿を覆い隠した。
「……観鈴さん?」
暗雲がゆっくりと晴れていく。
嵐も雷も完全に消え去るとそこには『神奈備命』が立っていた。



「……やっぱり、それがあなたの……あなた達の切り札だったのね、観鈴さん」
元は一枚のカード、一つの『力』が三つに分かれたのがAIR(空)のカードだった。
三枚を連続使用したのではない。
一つ、一枚に戻し、三倍……いや、三乗の『力』を起こした。
その結果が……。
「……そう……やっぱり、そういうことだったのね」
一人納得したように香里は呟く。
これで名雪の勝ち目は殆どなくなった。
奇跡でも起こらない限り……名雪の絶命は決定されたようなものである。
「……名雪……あたしを失望させないでね……」
香里は視界を戻す、全てを見届けるために……。



「観鈴さんの契約モンスター……?」
確かに、目の前に観鈴の代わりに立っている存在の見た目は、それ以外の何者でもなかった。
だが……何かが違う。
「ふむぅ……観鈴(わたし)の甘さにも困ったものだ……こんな童女(わらわめ)一人始末するのに余の手をわずらわせるとは……」
「モンスターが喋った!?」
今まで出会ったモンスターは例外なく(北川は元人間なので特別)人の言葉など話さなかった。
「……モンスター?……モンスターとは確か化け物のことであったな……余は化け物などではない!」
神奈備命は名雪を睨みつける。
その次の瞬間、風が、たけり狂っていた。
名雪が、カイザーケロピーと共に空中に吹きあげられる。
名雪とカイザーケロピーは切り刻まれ、そして地面に叩きつけられた。
はぎ取られた衣装と肉片と血が、ぐるぐると渦巻いている。
中心には神奈備命がいた。
怒りを力と変え、荒れ狂わせるかのように。
「……がおサイクロン?」
確かに『現象』は同じようなものだった。
ただ威力があまりにも違いすぎる。
「ほお、まだ生きておるのか? 只人(ただびと)ではないということか……」
神奈備命が名雪を指さした。
それだけで突風が生まれ、名雪を後方に吹き飛ばす。
「だおっ!?」
名雪は背後の建物の壁にめり込んで止まった。
「むっ? まだ楽になれぬのか? 手間のかかる奴だのう」
「……だ……だお……」
名雪はまだ生きてはいるが、すでに虫の息である。
「そのままじっとしておれ。今、楽にしてやろう」
神奈備命は横に左手を伸ばした。
すると、気配もなく女官が神奈備命の左側三歩後ろに現れ、手に持った『弓』を神奈備命に差し出してくる。
神奈備命は献上された弓を左手で受け取ると、矢なき弓を構え、弦を引き絞った。
「そなたには、見えぬか? この鳴弦(めいげん)の矢が」
「う……」
名雪が目をこらして弓を見つめる。
微かに、淡い青い光の『矢』が見えた。
「美汐さんを射抜いた矢!?」
「ほう、この程度の具現化率でも見えたか? それなりの『力』はあるようだの……だが、我が裁きの矢、見えたとしてもそなたごときにかわせるものではないわ!」
神奈備命の『力』の高まりと共に、矢の姿がよりはっきりと浮かび上がっていく。
「郷に入れては郷に従い……あえてこう叫ぶことにする。ファイナルベント! ライトニングアロー!」
青い光の矢が名雪に向かって放たれた。



名雪は無意識に跳んでいた。
青い閃光の矢が自らの僅かに横を通過するのを感じる。
かわせた!?
そう思った瞬間、高音が響くと同時に名雪が吹き飛ばされた。
「だおっ!?」
名雪はビルの壁に叩きつけられる。
「鳴弦とは本来、実際に矢を射るのではなく、弓の弦を打ち鳴らす音で妖魔降伏するもの。矢本体はかわせても、音の衝撃からは逃れられぬ」
「……だ……ぉ……」
虫の息の名雪を見つめていた神奈備命が怪訝な表情を浮かべた。
「むぅ? かわせたとしても?……かわせただと!?」
先ほどの自らの言葉の違和感に気づく。
なぜ、かわされた!? 自分の光の速さの矢をこやつ程度の者がかわせるはずがない!
「そんな莫迦なことがあろうはずが……」
「……わたしもよく解らないよ。気づいたら跳んでかわしてたんだよ……」
名雪がふらつきながらもなんとか立ち上がった。
「むむーむむっ!?」
矢の直撃はかわしたとはいえ、衝撃波は受けたはずである。
それなのに、名雪はライトニングアローをくらう前よりダメージが回復しているように、神奈備命には見えた。
「……おぬしはいったい……?」
「だお?」
名雪には、神奈備命が何に驚いてるのかわからないようである。
「……まあよい。そう、先ほど余は少し正確ではないことを申した。あらかじめそれを詫びておこう」
「詫び?」
「ファイナル……最後と申したが、ライトニングアローは正確には余の最大にして最後の技ではない。ただ必ず一矢で相手に最後を与えるということでそう呼んでいたにすぎぬ。この意味がそなたには解るか?」
「……全然言っている意味が解らないよ……」
「つまり、ライトニングアローなど余にとっては初歩の技にすぎぬということよ。単純でありながら絶大な効果を発する技ゆえ気に入ってはおるが」
名雪にもようやく神奈備命が何を言いたいのか解ってきた。
「今見せてやろう! もっと威力のある余の技を……柳也!」
長太刀(ながだち)を持った侍のような男が神奈備命の右隣に現れる。
「アドベント!? モンスターなの?」
男は長太刀を抜くと同時に名雪に斬りかかってきた。
「くっ!」
名雪をケロピーブレイカーを召喚し、長太刀を辛うじて受け止める。
「むっ……やはり、回復しておるな」
何かを確信したかのように神奈備命が呟いた。
「先ほどまで立っているのもやっとといった有様であったのに……柳也の太刀を受け止めるとは……もうよい、下がっておれ、柳也」
神奈備命の声と同時に、男は神奈備命の背後に下がり、そして姿を消す。
「さて……そなたはどうも得体が知れぬ……これは早々に決着をつけた方がよさそうだの」
「……シュートベント、メテオケロピー!」
カイザーケロピーが神奈備命に向かってケロピー火焔弾を吐き出した。
「裏葉!」
先ほど、神奈備命に弓を献上した女官が姿を現すと、神奈備命を庇うかのように前に出る。
裏葉と呼ばれた女官は、着物の袖でさらりとケロピー火焔弾を受け流した。
「だおっ!?」
裏葉は何か呪文のようなものを詠唱しだす。
『呪詛』のうねりが名雪の体の動きを封じ込めた。
「だ……ぉ……体が……」
「では、参るぞ」
神奈備命は衣を脱ぎ捨て、地面に落とす。
裸身が微風をまとい、光と共に、翼が広がった。
神奈備命を中心に、風が渦が巻く。
天の御使い。
その名にふさわしい輝き。
人知を越えた者として君臨するかのような、あでやかな翼。
次第に強くなる風に、名雪は目を開けているのさえ辛かった。
風は舞い、荒れ狂い、周囲を圧する。
建物も大地も、耐えきれずに悲鳴をあげていた。
名雪とカイザーケロピーが中空に巻きあげられる。
呪詛と風で身動きのとれない名雪に、突風で持ち上げられた瓦礫などが容赦なく叩きつけられた。
神奈備命は地上を離れ、ふわりと舞いあがる。
「永遠の夏の空に消えるがよい!」
神奈備命は青い光の鳥と化すと名雪に向かって飛翔した。
「うぅ……ぐっ……」
名雪はなんとか呪詛から逃れようと足掻くが、指一つ満足に動かせない。
光の鳥と化した神奈備命と無防備の名雪が激突した。

























次回予告(美汐&香里)
「というわけで、カノサバ第54話をお送りしました」
「ちょっと説明なんかを次回に持ち越しちゃったわね」
「まあ、三枚(三人)を生け贄に神は降臨(復活)するというのは……どこかのカードゲーム漫画みたいですね」
「そんなわけで、神奈さん登場なわけよ。詳しいことは次回よ。それはそうと、神奈さんといえば……某格闘ゲームやってみたいわね……いったいいつになったらショップで青いディスクが出るのかしらね……」
「確かに、あれがやれていれば神奈さんの技を考える時参考になったでしょうからね……」
「まあ、結局ゴットバードチェンジなのよ。もっと、二体のの随身(モンスター)を生かせる技にしたいって気もしたのだけど……」
「某オーディンさんのよく解らなかったファイナルベントもやっぱりこれだったんでしょうか?」
「さあね、永遠の謎の一つよ、それは……」
「では、今回はこの辺で」
「良ければ次回もまた見てね」
「戦わなければ生き残れません」




「ミもフタもないアドヴェント解説」


『ライトニングアロー』
神奈備命の神力によって生み出された光の矢。
具現化率の調整で、霊力(魔力、闘気など)の低いものには見えなくすることもできる。
破壊力とスピードは美凪のライトニングライスと同じぐらい……つまり光速剣ならぬ光速矢といったところである。


戻る
カノン・サバイヴ第54話