カノン・サバイヴ
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主人を失ったジェノサイダー北川の号泣がエターナルワールドに響き渡っていた。 そんなジェノサイダー北川の上に、黒い鳥の羽が降り注ぐ。 『ググ……ミ……美……坂?』 それはジェノサイダー北川の知る美坂香里とは少し違った姿をしていた。 だが、美坂香里以外の者にも見えない。 「あなたに送る言葉は特にないわ……ただ、これで永遠にお別れよ……さよなら、北川君」 香里が胸の前で両手の掌を近づけていくと、掌と掌の間に青い光球がいくつも生まれ、消えていった。 いや、正確には消えたのではなく光球達は香里の掌の間で『爆縮』されて高密度な塊になっていく。 「シュートベント! ムーンプロビデンス(不可視の水爆)!」 青い光球がジェノサイダー北川に向けて撃ちだされた。 「あなたが不死身だったのは契約者の魔力と生命力に『寄生』していたから……フリーのモンスターに戻った今、一度倒されれば二度とと甦ることはないわ……」 いつものゴスロリ姿に戻った香里が呟く。 ジェノサイダー北川が存在していた証は何一つその場には残っていなかった。 「もっとも、契約者が居て不死身な時でもこの技なら滅ぼし尽くせたかもね……」 ムーンプロビデンス……別名『不可視の水爆』。 原爆と同等の破壊力と熱量を持つ『不可視の核撃』を掌の間で複数爆発させ、それを驚異的な重力で圧縮……つまり、爆縮させて撃ちだす技である。 早い話、水爆の破壊力と熱量を不可視の爆発で再現する技だ。 「あなたとの因縁もこれで終わりね……」 ムーンプロビデンスの惨状を眺めながら香里は呟く。 因縁というほど大したものではなかったかもしれないが、香里は何か鬱陶しいものから解放されたような、どこかスッキリとした気分だった。 「お願いだから天国に逝ってね……あなた馬……良い人だからきっと逝けるわよ」 自分は地獄に逝く予定だから……もう二度と会わずに済むだろう。 北川は性格や調子の良い人、要するに特別な価値や魅力の何もない普通の人だった。 だからこそ、香里は北川が大嫌いだった。 『普通』に『適当』に生きられる彼が妬ましかった。 それなのに、香里が望んでも得られない平凡な幸せ……生活を捨てて、自分のモンスターになったのが気にくわなかった。 「あたしに関わらなければ……普通に平凡に生きられたのにね」 こんな非常識な世界で、悲惨な最期を迎えずに済んだだろうに。 「……普通……平凡な生活の中の幸せね……」 香里は苦笑を浮かべた。 そんな生活を送っている自分の姿など想像もつかない。 自分の手は既に血で汚れすぎ、心は黒く荒みきっているのだから……。 そんな生活を望むことすら許されないだろう。 「さて……無駄な時間を過ごしたわね」 別に野良モンスターとして放置しておいてもたいして問題なかった。 わざわざ始末に来たのは、香里がなぜかそうしないと気がすまない気分だったからにすぎない。 「残り後二日……もうすぐ全てが終わるわ」 香里はゆっくりとした足取りでエターナルワールドから去っていった。 「今度は香里さんが観鈴ちんの相手をしてくれるのかな?」 現実世界で『探索』を行っていた観鈴の前に、香里が姿を現した。 「いいえ、あなたの相手はあたしじゃないわ」 香里は微笑を浮かべる。 「じゃあ、誰と戦えと言うのかな?」 「名雪よ」 「!?……名雪さん……とね」 観鈴が刹那の一瞬だったが明らかに動揺したのを香里は見逃さなかった。 いつものように『がお』とするら言わない……言えないほどの動揺。 「もう、残っているのはあなたと名雪だけと言ってもいい……時間も無いしね。あなた達の勝った方に郁未さんの居場所を教えてあげるわ」 「……それは願ったり叶ったりだけど……香里さんはどういう扱いなのかな? 数に入ってないの?」 「……あたしはただのスペア……いや、オマケね。郁未さんを倒せば、ついでに消えるわよ。わざわざあたしと戦う必要なんてないのよ」 「がお?」 「……じゃあ、あなた『達』でよく相談して決めてちょうだい。名雪と戦うか、戦わないかをね」 香里は言いたいことを全て告げると、観鈴に背中を向けた。 「……今、香里さんから力ずくで郁未さんの居場所を聞き出すって方法もあるんだけど……」 観鈴は香里の背中に向けて言う。 「そうすることに何の利益があるのかしら? あたしを倒すより、名雪を倒す方が遥かに楽なはずよ。まあ、名雪は倒したくない、戦いたくないっていうなら話は別だけど?」 香里は背中を向けたまま応じた。 どこか、からかうような、面白がるような口調で。 「……がおっ! 観鈴ちんは名雪さんを倒すことに何の迷いないよ!」 「……そう。じゃあ、何の問題もないわね」 「……無問題……だよ……」 香里は口元の笑みを深めると、歩き出した。 「じゃあね、あなたが名雪に勝てることを祈っているわ」 数歩歩いた後、香里は空間転移で姿を消す。 「……観鈴ちんが……名雪さんに負けるわけ……ないよ……」 観鈴は自らに言い聞かせるかのように呟いていた。 『星』『戦車』『力』『悪魔』『死神』……。 自分を含めてすらカードはもう五枚しか残っていない。 次の『星』と『戦車』の戦いが最後の『絞り込み』といったところだろうか。 ここまで来たら多くの弱い可能性を持つより、一つの可能性だけに絞り込み高めた方が良い。 『力』はこのまま消えるか、消えなければ本人の望み通り『世界』にぶつけてやればいい。 『星』を追いつめるための相手は『戦車』一人で十分だ。 「相手が『悪魔』でも『力』でもなく『戦車』なのは、少し意地が悪すぎたかもしれないわね……名雪にとっては……」 香里は苦笑を浮かべる。 「でも、仕方ないわよね」 舞は死にかけているし、自分ではあっさりと名雪を殺してしまいかねない。 「……あたしもいい加減決断しないとね」 香里は懐からKANON(雪)のカードを取り出した。 「『重力』のKANON(雪)のカード……初期化」 香里が見つめていると薄紫色の雪の絵がじょじょに消えていく。 「そういえば、佐祐理さんは誰にも第2段階への変身シーンを見せずに逝ったわね……」 香里がどうでもいいことを呟いている間に、カードは完全な白紙に戻った。 「『奇蹟』の雪から『重力』の雪へか……」 同じKANON(雪)のカードでも、持つ者の性質によって微妙に絵柄が変わる。 例えば、名雪のカードは光の雪、真琴のカードは炎の雪の絵柄だった。 「……ん? そういえば……」 美汐が真琴から譲り受けた炎のKANON(雪)のカードはどうなったのだろう? 完全にその存在を忘れていた。 「……まあ、今はそれよりも……」 名雪と観鈴がどうするか? どうなるか? それが一番の問題である。 香里は自らの『視界』を遥か彼方の場所に移した。 「えぅ〜……おかしいです……」 もう丸一日ぐらいこの螺旋階段を登っているような気がする。 階段を登る度に横に部屋は見えたが全て無視してひたすら『上』を目指し登り続けてた。 しかし、いつまで立っても最上階が見えてこない。 「時間が……時間がないんですよ……」 全ヒロインを倒してから郁未に挑むなどということをしている時間は栞にはもはや残っていなかった。。 次に眠ったら、もう二度と目覚めないような気がする。 だから、残りのヒロインを無視して、一気にラスボスを倒す手段を選んだ。 なぜ、香里がこの場所を自分に教えたのか、何を考えているのか、そんなことはどうでもいい。 利用するつもりなら利用されてやる……いや、利用してやるだけだ。 「やっぱり、外から『塔』を吹き飛した方が良かったかもしれないです……」 もうこれ以上、こんな所で貴重な時間を浪費しているわけにはいかない。 「サテライトバニラランチャーを天上に向けて一気にぶっ放し……えぅ!?」 そういえば、ここは室内だった。 天井はここから見えないが、天井がないということはないだろう……つまり、宇宙から毒電波は届かない。 「いえ、でも、この前迷宮の中で撃てましたし……」 栞はカードを装填した。 「やるだけやってみます! シュートベント! サテライトバニラランチャー!」 栞の背後に出現したデススノーマンが巨大な砲身に変形する。 栞は自分よりも巨大なその砲身と自らの体を連結させた。 「………………」 栞は、砲身を上空に向け、ひたすら待ち続ける。 「…………来ました!」 空の彼方から一筋の光が栞の胸に向かって降り注ぎ、砲身のファンから高熱が放射されていく。 「サテライトバニラランチャー発射ですぅ!!!」 ダブルサテライトバニラキャノンをも上回る高出力の白い閃光が『見えぬ頂上』に向けて撃ちだされた。 次回予告(美汐&香里) 「というわけで、カノサバ第53話をお送りしました」 「ちょっと間が開いちゃったわね……そのせいで、北川君の最後を書き直しちゃったわよ。最初はすでに何回か使っている『青い閃光』で倒していたんだけどね……」 「水爆まで使うほど……跡形も無く消し去りたかったんですか……?」 「当然でしょ。あの触角生物は髪の毛一本……いえ、細胞の一欠片からでも甦りかねないわよ」 「まあ、そんなところで、今回はあまり話が進みませんでしたね」 「そうね、次回こそ名雪VS観鈴さんラストバトル……かしらね?」 「では、今回はこの辺で」 「良ければ次回もまた見てね」 「戦わなければ生き残れません」 「ミもフタもないアドヴェント解説」 『ムーンプロビデンス』 名前の意味は月の神意、月神の摂理といった所。 複数の不可視の核撃(原爆クラスの威力)を起爆剤にして核融合を起こし水爆クラスの威力の爆発を発生させる技。 不可視にすることより、エネルギーを集めることを優先しているため色が見える。 |