カノン・サバイヴ
第50話「六神通」




「はあっ!」
「う……」
美汐の振り下ろす天野神剣を、名雪はケロピーブレイカーで辛うじて受け止めた。
「天野神剣をただの祭事用の古い剣だと思わないでください。この神剣は私の霊力を吸収することでどこまでも破壊力を増すことができるのです!」
神剣に青白い光、目に見えるほどの霊力が注がれていく。
「はあああっ!」
美汐が気合いを込めた瞬間、ケロピーブレイカーが真っ二つに両断された。
「だお……!」
ケロピーブレイカーが両断される瞬間、後方に身を引いていた名雪は、さらに後方に跳んで、一度間合いを取ろうとする。
「逃がしません! シュートベント! メビウスクリスタル数珠ビット!」
美汐の左手に握られていた数珠が一粒ずつに分かれると、名雪を追尾していった。
剣で薙ぎ払おうにも、ケロピーブレイカーは使えない。
「ガードベント! セーフティケロピー!」
飛来したカイザーケロピーが、名雪を庇うように取り巻いた。
その直後、数珠達が直撃し、爆発が名雪とカイザーケロピーを呑み込む。
「…………」
『ケロピーキック!』
爆煙の中から名雪がキックの体勢で飛び出してきた。
かなり不意打ちのようなタイミングだったが、美汐は予め予想していたかのように、最小限の動きであっさりとかわす。
「だおっ!?」
「……爆!」
美汐が両手で何かの印を作った瞬間、名雪が唐突に爆発した。
「……だお……今のはいったい……」
先ほど、モンスター達がまとめて爆発したのと同じような感じである。
「別に、技の名前を叫ばなくても、カードをセットさえすればいい。それに武器を出現させる最初の一回だけで、使う度にセットする必要もない……」
美汐は口元に微笑を浮かべながら答えた。
「あなたには見えないようですね、私の武器が」
「……見えない武器?……そんなものが……」
「安心してください。コレで嬲るなどという卑怯な真似はしませんから……私が追いつめられでもしない限りは……」
「……追いつめられたら使うんだね……」
名雪のツッコミには答えず、美汐は再度神剣で斬りかかってくる。
「くっ……!」
剣が無い以上かわすしかない。
名雪は後方に跳んで回避しようとした。
「逃がさないと言っているでしょっ!」
美汐は、名雪が後方に跳ぶのも気にせずに、勢いよく神剣を振り下ろす。
すると、神剣の刃が伸びて、名雪の左肩を切り裂いた。
「だおっ!?」
「手品などではないですよ。我が神剣に間合いは無用! 例え本体はかわせても、霊気の刃から逃れきることはできません!」
美汐はそう宣言すると、間合いを気にせずに、神剣を振り回す。
(縦では駄目……横にかわさないと!)
名雪はサイドステップで辛うじて、伸びる神剣をかわし続けた。
「それならば……スイングベント! 九尾の鞭!」
美汐は右手で神剣を振り回しながら、左手に九つに枝分かれしている鞭を召喚する。
「元々は『真琴』の使うはずだった武器です……」
九つの鞭がそれぞれ、生きている蛇のようなに蠢き、名雪に襲いかかった。
「かわしきれない!?」
しかし、鞭は名雪を叩くのではなく、蛇のように名雪の体中に絡みつき動きを奪う。
「うっ……」
「捕らえました。さあ、どうやって殺されたいですか? 斬殺、刺殺、それとも灼き殺されたいですか?」
「うぅ……どれもごめんだお……」
「そうですか……では!」
美汐は名雪を捕らえたまま、鞭を振り上げ、名雪を持ち上げると壁に叩きつけた。
「だお……」
「こうやって、振り回して殺してあげましょう」
美汐は、先端に名雪の繋がっている鞭をモーニングスターか何かのように振り回す。
名雪は地面や壁に何度も叩きつけられた。
「やっぱり……私は強いじゃないですか……」
まだ全能力を使っていないというのに、ここまで名雪を圧倒している。
七瀬、香里と今までの敗北が嘘のようだ。
そうだ、今まではあくまで相手が悪すぎただけ。
それに、温存していた能力を使うことさえできていれば、七瀬や香里にだって負けなかったはずだ。
そうに違いない!
「……ぅ……ぉ……ぇ……」
名雪はもはや悲鳴を上げることもできない程グッタリとしていた。
「ありがとうございます、おかげで自信がつきました。では、最後は……」
美汐は新しいカードを装填する。
美汐は両手で印を結んだ。
「これで終わりにしてあげましょう。最後ですから……わざと『視せて』てあげますね」
名雪を取り囲むように、空間に無数の『呪紙』が浮かび上がる。
「ぅ……!?」
「爆弾です」
美汐が印に力を込めると、全ての呪紙が同時に爆発し、名雪は爆発の中に消えた。



そう、別に天野美汐は弱くはない。
ただ、大きな勘違いをしているのだ。
「美汐さん、名雪は弱くないわよ……」
美汐は常に切り札を、余力を残そうとする。
その美汐の戦闘スタイルは間違っているわけではないが、ある危険性を持っていることに美汐は気づいていないのだ。
「能力を隠したまま倒されちゃ意味ないでしょう……」
だから、あっさりと自分にも七瀬にも負けたのである。
今だ温存しているアレを使えばもう少し七瀬とも互角に戦えただろうに。
「三度同じ過ちを繰り返したらただの馬鹿よ……」



「……なっ!?」
「だお〜」
美汐は、爆煙の中から姿を現した名雪の姿を、信じられないといった表情で見つめていた。
なぜ、あの爆発で生きていられる?
「もう……やめようよ、美汐ちゃん……」
「くっ……」
しかも、爆発前よりダメージが回復していないか?
そんな馬鹿な話があるのだろうか!?
「……いいでしょう。あなたごときに不用と思っていましたが、『神』の力を……なぜ、私が『姫神』☆ミシオンと呼ばれているか教えてあげましょう!」
「どうしても……戦わないと……いけないの?」
「ここまできて……まだそのような世迷い言を言われるのですか? 戦うのがどうしても嫌なら、素直に私に殺されてください」
殺しをしたくないから、大人しく殺されるというのも一つの考え方だろう。
そういった甘い考えを別に否定も軽蔑もする気はない。
他者の命を奪うことに躊躇しない自分の方が人間的には間違っているのかもしれない。
「見せて差し上げましょう、我が六神通を!」
言葉と同時に美汐の姿が掻き消えた。
名雪は背後から寒気を感じ、反射的に前方に転がる。
次の瞬間、名雪が先ほどまで立っていた場所に、神剣が叩きつけられていた。
「まずは神足通……私の速度についてこれますか?」
宙に浮いていた美汐の姿が再び掻き消える。
「これでも陸上部の部長さんだよ〜足の速さには……だお!?」
突然、名雪を取り囲むように、六人の美汐が姿を現した。
「ただの残像です」
新たに名雪の目の前に現れた七人目の美汐が名雪を殴り飛ばす。
「だぉ……」
美汐の体が再び宙に浮かび上がった。
「空を、水の上を駈け、空間すら飛び越える神の足。これが神足通です」
「……だお……シュートベント! メテオ……」
「遅すぎですよ」
名雪が引き金を引くよりも速く、美汐の右手が名雪の銃を握った腕を掴み上げている。
「ストライクベント! ケロピーガンドレット」
名雪は左手に鉄甲を装備させると、美汐に殴りかかった。
しかし、あっさりと美汐にかわされてしまう。
「天眼通に他心通……漫画などでよくある数秒先の未来を視る眼に、他人の心を読む能力です」
「だお! だお! だお!」
鉄甲による名雪のラッシュを美汐は余裕でかわし続けた。
「即ち、未来視と読心のできる私に攻撃を当てることは絶対に不可能です!」
美汐は名雪の鉄甲をかわすと同時に掴み、投げ飛ばす。
「では、今楽にしてあげましょう。ファイナルベント! 天野神剣乱舞!」
名雪にトドメを刺すために、美汐のファイナルベントが発動した。



あの手の能力を破る方法はすごく単純だ。
予想されても、回避できない攻撃をすればいいだけだ。
すなわち、圧倒的なパワーか、絶対的なスピード。
それさえあればいい。
「六神通……その能力に対する絶対の自信があなたの最大の勘違いよ、美汐さん……なぜなら……」
もし、自分と戦っていれば、あっさりとその能力を破られ、美汐は倒されていだろう。
自らの勘違いに気づかない限り……。



(なんですか、この違和感は……不安? 何を?)
このまま神剣で名雪を切り刻めば、それでもう終わるのだ。
「天野神剣乱舞!」
高速移動した美汐の神剣が名雪に向かって振り下ろされる。
しかし、神剣は空を斬った。
(!?)
剣を切り返す。
また空を斬った。
何度も何度もその動作が繰り返される。
「……そんな馬鹿な……」
何百、何千という剣撃が全てかわされてしまった。
「今、何をしたんですか、名雪さん!?」
「だお〜?」
名雪自身もよく解っていないようである。
「ちぃ! ならばナスティベント! 爆裂呪紙結界!」
名雪の周りを無数の呪紙が取り囲んだ。
だが、名雪には見えていないはず。
見えなければ避けようがないはずだ。
「今度こそ永遠にお別れです……爆!」
美汐は印を結ぶ。
全ての呪紙が爆発し、名雪の姿は爆発の中に消えた。



爆煙が晴れると、仰向けに倒れている名雪の姿が美汐の目に映った。
あの爆発で消し飛ばなかったのは少し納得いかないが、今度こそ『倒せた』ようである。
「……手こずらせてくれましたね……念のため、体を切り刻んでおきますか……」
間違っても甦ったりしないように……。
ありえないと理性では解っているのだが、今にも名雪が甦ってくるような気がして……美汐は不安だった。
美汐はゆっくりと名雪近づいていく。
突然、名雪の姿が美汐の視界から消えた。
「なっ!?」
次の瞬間、美汐は衝撃を受けて吹き飛ぶ。
名雪が拳を突き出して立っていた。
「……殴り飛ばされた? いつのまに? どうやって?」
考える間もなく、再び名雪の姿が掻き消える。
いや、今度は見えた。
高速で近づいてくる名雪の姿が。
美汐はすかさず自らも高速移動する。
(互角の速度!? だが、心を読……読めない!?)
名雪の心の中は完全な『無』だった。
(……そうか……意識を失ったまま……無意識に攻撃を!?)
自己防衛本能、それとも戦闘本能というものだろうか?
意識のある時の何倍も今の名雪は強かった。
天眼通……未来視の能力を使って辛うじて名雪の猛攻をかわすのがやっとである。
いや、それすらじょじょに難しくなってきた。
(どんどん動きが速くなって……!?)
名雪の拳や蹴りが美汐にかすりだす。
(予測が間に合わない!?)
「ぐぅ!?」
ついに、名雪の拳が美汐を殴り飛ばした。
「……か、香里さんを倒すための糧にすぎないあなたごときに……私が負けるはずがないんですよ!」
美汐は爆裂呪紙結界を再び名雪の周りに展開させようとする。
しかし、それより速く全ての呪紙が名雪の拳で打ち落とされた。
「視えて!?」
実際には名雪には視えてなどいなかった。
ただ、感じた『力の気配』を本能的、反射的に打ち落としただけである。
「こんな……馬鹿なことが……これは悪い夢……です……」
名雪は無言でファイナルベントを装填した。
カイザーケロピーの変形したバイクに乗った名雪が美汐を目指して疾走してくる。
「私が負けるわけが……負けるわけがないんですよ!」
美汐はダブルフォックスに飛び乗ると、名雪に向かって突進した。
カイザーケロピーとダブルフォックスが正面から激突する。
「くっ!」
消し飛んだのはダブルフォックスの方だった。
「……真琴……」
美汐は目を閉じ死を覚悟する。
それもいいかもしれない。
死んで真琴と同じ所に逝けるなら……。
勝ち抜いたとしても、真琴を望む形で甦らせることができるとは思えない。
一度はその僅かな可能性に賭けて、戦いに再度身をとじたが……。
「…………?」
だが、いつまで待っても、美汐に最後の時はやってこなかった。
名雪がトドメを刺しにこないのである。
美汐は名雪の方を見た。
「……わたし……わたしは何を……」
名雪は頭を押さえてうずくまっている。
意識を、正気を取り戻したようだ。
「……まだ……死ぬなということですか……」
美汐は迷わず、この場を離脱することを決断する。
正気を取り戻し、自分が何をしたのか解らず混乱している今の名雪なら倒せるかもしれないが、下手に攻撃してまたさっきのようになられたら今度こそ自分は殺されるだろう。
それ以前に、美汐にはもはや満足に戦う力は残されていなかった。
美汐はふらつきながらもなんとか立ち上がると、名雪に気づかれないようにゆっくりと後退していく。
後一歩下がったら、最後の力を振り絞って神足通……空間転移でこの場から逃れようと美汐は決めていた。
「……敗れて学ぶことも多い……最後に生き残るのはこの私ですよ……」
美汐は空間転移を行おうと力を集中する。
『ファイナルベント! ライトニング・アロー!』
その瞬間、青い光の矢が美汐の体を貫いた。






























次回予告(美汐&香里)
「というわけで、カノサバ第50話をお送りしました」
「美汐さんVS名雪編で一話使っちゃったわね。まあ、一話で済んで良かったというべきかしら?」
「最初の予定では、半話ぐらいで名雪さんは私に敗れ、別の方が出てくる予定になっていましたから……予想外に粘りましたね、名雪さん」
「……ていうか、あなた実質的に名雪に負けてるじゃない」
「……本人が敗北を認めなければ……命を奪われない限りは負けではないのですよ」
「…………」
「…………」
「……まあいいわ。とりあえず次回は今回の話の補足部分から始まるでしょうね」
「では、今回はこの辺で」
「良ければ次回もまた見てね」
「戦わなければ生き残れません」




「ミもフタもないアドヴェント解説」

『ケロピーガンドレット』
ケロピーの絵が描かれた無敵鉄甲。
両手に装備可能、かなりの破壊力を持つ。

『九尾の鞭』
ダブルフォックスの尻尾が変化した武器。
九つの鞭の一本一本が意志を持つかのように蠢き、相手に襲いかかる。

『爆裂呪紙結界』
霊力(魔力、異能力などの力)の低い者には視ることすらできない特殊呪紙による結界。
美汐が念を込める(印に力を込める)ことで呪紙は爆発する。
元ネタというかイメージは、『爆弾だ(どっかの鴉妖怪)』がやりたかっただけだったり……。

『六神通』
美汐の身につけた六種類の神通力(超能力)。仏教用語。
神足通 空中及び水中歩行、瞬間移動。
天耳通 遠くの音を聞き取る、早い話が地獄耳。
他心通 読心術、相手の心を映像として視ることもできる。
宿命通 過去世(昔、前世)を知ることができる。
天眼通 千里眼、未来や遠くの場所を視ることができる。
漏尽通 煩悩を滅して神の領域に達する。


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カノン・サバイヴ第50話