カノン・サバイヴ
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「えっと、つまり……ここはどこなの?」 ようやくちゃんと起きた名雪が再び尋ねた。 「三界の神の古戦場とでも言ったところでしょうか」 「だお?」 意味がまったく理解できないといった名雪の表情を見て、フードの女は微かに口元に笑みを浮かべる。 「あなたが毎日のように通っていた場所ですよ」 と言い直した。 「ここ……学校なの!?」 「ええ、そうです。正確には学園の遙かな地下ですね」 「……学校にこんな地下室があるなんて知らなかったよ……」 「地下室という表現は間違ってはいませんが、正確ではありませんね。学園の1階から地下数千メートルと離れていますし、『地下室』というより『地下迷宮』と言った方が正しいですね。ああ、それから知らないのは当然です。ここの存在を知っているのは、郁未さんとそれに属する者、空の一族、そして七瀬さんぐらいですから」 フードの女は淀みのない口調で語る。 「どうして学校の地下にそんなモノが作られて……」 「逆ですよ」 「えっ?」 「迷宮が先です。迷宮のために、後から学園が作られたのです」 「だお!?」 「順を追ってお話しましょう。最初は何もない場所だった。そこが戦場となり、古戦場となり『門』だけが残った……」 「もん? 門?」 フードの女は名雪の疑問には答えず話を続けた。 「容易く人が門に近づけぬように迷宮を作った。さらに、迷宮の存在を人に知られぬために、その上に学園を作った……」 フードの女の語りは記録を朗読するように淡々としている。 「誰がそんなことを……?」 質問しながらも、名雪はうすうす察しがついていた。 「この世界の創造主……月の魔王天沢郁未……あなたの母親です」 「…天沢郁未は、隣接する『世界』である空(AIR)の創造主である神奈備命と人知れず幾度も世界の覇権を賭けた戦いを繰り返していました」 意識を取り戻した観鈴は奇妙な場所で、死んだはずの美凪の話を聞かされていた。 奇妙としか言いようのない場所……『何もない空間』に自分と美凪だけが存在している。 「…ただこの戦い自体はある意味二人の『神』にとって習慣、適度な刺激のようにすでになっていたので特に問題はなかったようです」 話が妙にでかいというか、『神話』か何かのようで観鈴にはピンと来なかった。 その話が自分とどう関わりがあるというのだろうか? 「…しかし、このバランスの取れていた二神の……二つの世界のバランスを狂わす存在が現れたのです。それが……」 「……悪音(ONE)一族」 舞はモグモグと牛丼を食べながら、その名を口にした。 「そう、戦(タクティクス)次元最狂最悪の集団……永遠の向こう側……異界からの侵略者……」 からあげ丼を上品に食べながら香里がその名の意味を述べる。 「郁未さんの『記憶』を持つあたし以外は知る者の殆どいないこの世界の黒歴史……どうやって、あなたは知ったの、川澄先輩?」 「……見てきた……過去……異なる歴史……おかわりある?」 「…はい」 香里は舞に新しい牛丼(お持ち帰り弁当)を渡した。 「……佐祐理……親友……だった……」 「……ああ、そういうことね」 香里は、言葉の足りない舞の発言から全てを理解する。 香里が『占い』を通じて垣間見ることしかできない『過去』や『未来』を舞はその目で見てきたのだ。 どういう原理か解らないが、さゆりん☆ブラックホールキックで飛ばされた『先』から戻ってくるまでの間に……。 「まあ、重力というのは唯一『時間』に干渉できる力でもあるし……それにしても……『空間転移』も満足にできないくせに、『時間転移』してきたって言うの? しかも多次元世界まで……無茶苦茶な『力』ね……」 異能者である香里には空間を飛び越えることは容易いことだが、時間を飛び越えることはできない。 時間とは本来絶対的で不変的な存在でなければならないのだ。 「……向こうが正しい歴史なの?」 「この世界、この歴史に存在するあたし達にとってはここが正しい世界で歴史よ! 例え向こうに比べて救いの欠片もない世界だとしてもね……」 舞の言う異なる歴史には心当たりがある。 その世界では誰もこんな超常的な力は持たず、殺し合うこともない。 だがその世界も完全に幸せに溢れているかといえばそうではないのだ。 真琴は衰弱死、舞は自殺、名雪は母親を失い心を閉ざし、あゆは病院で眠り続け、そして、栞は病魔から逃れることができない。 「あたしはこの世界の方が好きよ。足掻くことができる……足掻くための『力』がある……この世界はまだ未来が確定されていない、可能性がある……それだけで十分マシよ」 何もできない世界よりは、どれだけ血塗れになろうと、犠牲を出そうと、望みが敵う可能性がある世界の方が百億倍マシだ。 「……おかわり」 「……もう無いわよ……」 「……足りない」 「……あなたどっかの牛丼好きの超人?」 一個では足りないと思い、五個も買ってきたのだが……舞には五個では足りなかったようである。 「……食べる……怪我治る……『力』戻る……」 「……あきれた体してるわね、あなたって……」 七瀬との戦いで生命力まで削って戦い、死亡寸前にまで弱っていたはずなのに、今の舞は全回復とまではいかないが、かなり回復していた。 「もう動けるみたいじゃない。自分で食べに行って来たら?」 「……そうする」 舞はまだ少しふらつく足通りで居間から出ていく。 「……さてと、あたしの方も『したいこと』をしてしまうとしようかしらね」 香里はそう言うと、まずは食事の後片付けを開始した。 「三つ巴の戦いの末……悪音(ONE)一族を退けた天沢郁未は、彼女達の世界とこの世界を繋ぐ『永遠の世界』への門を封印しました。その場所がここなのです」 「退けた?……倒したんじゃなくて?」 「ええ、悪音(ONE)一族は一人一人が郁未さんや神奈さんと同等の力を持ちますから……永遠の世界に押し戻すことができただけでも奇蹟かもしれませんね……」 「奇蹟……」 あの『お母さん』と同等の存在が何人も居るなど名雪には信じられなかった。 「七瀬さんと私はその際に、この世界に取り残された存在……あ、私は悪音(ONE)一族ではありませんから誤解しないように……郁未さんと不干渉不可侵の約束を交わし、静かに門が開く『刻』をここで待ち続ける者……」 「門が開くの!?」 「ええ、いつかは封印の効力は切れ、彼女達は再びやってくる……それは数百年後かもしれなければ、明日かもしれない。その刻に備えるために……ぐっ!」 突然、フードの女は右胸を抑えて倒れ込む。 「えっ!? あの……大丈夫?」 「……平気です。どうやら喋りすぎたようです。これ以上はあなたにまだ教えるなということのようです」 フードの女は何事もなかったかのように立ち上がった。 「……さて、もうしばらくここでゆっくりと体を休めてください。怪我も体力もまだ回復しきっていないのですから」 「あ、うん……」 「では、失礼します」 フードの女は名雪に背中を向けると部屋を出ていこうとする。 「あの……」 「はい?」 「え、えっと、あなたの名前は?」 「私はこの場所を管理しながら刻を待ち続けるだけの存在……それ以下でもそれ以上でもありません。私の名前など何の意味も持たない……それでも、名称がなければ呼びにくいというのなら……セリオとでもお呼びください」 「セリオ……さん?」 「自らの世界が滅んでなお、生き恥を晒し続けている愚かな人形の名です」 フードの女……セリオは自嘲と自虐の笑みを口元に浮かべていた。 気怠げにベットから起き上がった香里は、学園の制服を身にまとう。 服を着終えた香里は、ベットで眠っている祐一の顔をしばらく無言で見つめ続けた。 「無茶なお願いをしてごめんね、相沢君……それからありがとう」 香里は普段誰にも見せたことのない弱々しい笑みを浮かべる。 「そして……」 香里はゆっくりと自分の顔を祐一の顔に近づけていくと、頬にそっと口づけた。 「さようなら」 囁くように別れを告げると、香里は眠っている祐一に背中を向ける。 「あなただけは大丈夫だから……どの未来が訪れても……あなただけは……でも、それが……」 それがあなたにとって幸せかどうかは解らないけど。 「そのプレゼントはささやかな気休め……誰もあなたの所に帰ってこなかった時……少しでもあなたの心を癒してくれれば……幸いよ」 チョコと一緒に渡したもう一つのプレゼント。 全てが終わった時に開けるように祐一には言ってある。 できれば、それを開封する必要がない未来が訪れることを……祈りながら。 「……あなたのこと……なぜかどうしても嫌いになれなかったわ」 ここまでしておきながら、結局一度も『愛している』という言葉は口にできなかった。 愛や恋などという言葉は嫌いだから、信じていないから……。 自分のような冷めた、荒んだ、貧しい心の人間が誰かを愛するなどということができるはずがない。 自分自身すら愛することのできない人間が、他者を愛せるわけが無い。 あたしは自分が嫌い、他人が嫌い、この救いのない世界が嫌い……何もかもが嫌い。 だから、一度はこの世界を壊そうと、他者の運命を弄んで楽しもうとさえ思った。 でも今は……。 「もう迷いはない……終わらせるわ」 救いはなどない。 待っているのは破滅だけと言ってもいい。 それでも、終わらせる……自らの運命を、この世界の運命を。 「さあ、始めましょうか、最後のゲームを……」 香里はもう祐一の方を振り返ることもなく、水瀬家を後にした。 次回予告(美汐&香里) 「というわけで、カノサバ第48話をお送りしました。第4部これにて終了とさせていただきます」 「ところで49話は欠番にして、次は50話にしょうかしら? 話数の区切りも良くなるし……」 「欠番とは?」 「48話の省略された部分が1話分ということでどう? あたしと相沢君のラヴシーンね」 「どこがラヴですか、ふしだらな……省略されて当たり前です、18禁にするつもりですか?」 「別にいいじゃない。Kanon自体もとは18禁だし……」 「ミもフタも無さすぎなこと言わないでください……」 「じゃあ、まあそういうわけで、次回からいよいよ最終章開始よ」 「では、今回はこの辺で」 「良ければ次回もまた見てね」 「戦わなければ生き残れません」 追伸 「ああ、そうそう。ONE→わん→おね→悪音ということよ、アレは」 「ずっとあの作品「おね」と呼んでましたしね……世間的にもおねと呼ぶこと多いですし……正式名称の方が違和感感じるんですよね」 |