カノン・サバイヴ
第40話「甦る事象達」




これは、倉田佐祐理と霧島聖の戦いの決着がついた直後のできごとである。
「アレとは……顔をも合わせたくないんだけどね……」
香里は奇妙な空間に居た。
常時、不可視の障壁を展開していなければ、重圧で潰されてしまうような超重力空間。
香里はその空間をゆっくりと進んでいた。
「……居るんでしょ、北川君?」
香里は目的のモノ達を発見する。
ジェノサイダー北川、そして北川の足下に転がっている、頭部と右腕といった僅かな上半身しか残っていない『倉田佐祐理』である。
「あの時……霧島聖は佐祐理さんの崩壊を最後まで確認しなかった。霧島聖が佐祐理さんから目をそらした瞬間、あなたはこの超重力空間を作りだし、その中に佐祐理さんを匿った」
香里はゆっくりと、佐祐理の残骸に近づいていった。
「限りなく時の流れの遅くなるこの超重力空間なら、佐祐理さんの完全なる崩壊を引き延ばすことができる……あなたにしては上出来よ、北川君。生まれて初めて、あなたを誉めて、そして、感謝してあげるわ」
『……美……ミサカ……』
「近寄らないで!」
香里が睨みつけた瞬間、ジェノサイダー北川が凍り付いたように動きを止める。
「佐祐理さんを助けてくれたことには感謝するけど、あたしはあなたが大嫌いなの、気安く近づかないで、あなたに名前を呼ばれるのさえ嫌なのよ」
『……ぐ……み……』
「フリーズベント『冷徹なる瞳』……すぐに動けるようになるから心配いらないわ。もっとも、満足に喋れないのはフリーズベントのせいじゃなくて、人から遠ざかった姿になりすぎてしまったせいみたいね』
香里はそれだけ言うと、自分の足下の佐祐理の残骸を見つめた。
「佐祐理さん……まだ満足していないわよね? もっと暴れたい? もっと殺したい?」
返事は期待していない。
この状態では意識がある無い以前に、生きているはずもなかった。
だが、
「……あは……はーっ♪……当たり前のこと……聞かないでくださいよ……」
微かな声で佐祐理が答える。
「……ふん、流石にしぶといわね、その状態でもまだ生きてるなんて」
香里は一瞬の間の後、満足げな笑みを浮かべた。
「じゃあ、戦いなさい。戦って戦って、そしてあらためて死になさい。そのための『力』をあたしがあげるわ」
香里は懐から一枚のカードを取り出す。
「貸してあげるわ、あたしのKANON(雪)のカード……まあ、元々はあゆさんのだけどね」
香里はKANON(雪)のカードを佐祐理の胸の上に放った。
「……あはは……後悔しますよ♪……この力であなたを……殺し……」
「それは楽しみね。じゃあ、健闘を祈るわよ。あたしと戦えるまであなたが生き残っていられたら、また会いましょう」
香里は微笑を浮かべると、踵を返す。
「……北川君、あたしは……あたしを好きなんて言う人間は大嫌いなのよ……あたしがどんな人間か知りもしないで、どんな人生を歩んできたのかも知りもしないで……あなたみたいな平凡で適当に生きてこられた人間が、このあたしを愛している? 笑わせないで!」
『……美……坂……』
「まして、あたしのためにモンスターにまでなった? あたしが望んでも得られない平凡だけど幸せな生活を捨ててまで……吐き気がするわよ。あなたにはそこの殺人鬼のお嬢様の方がお似合いよ……せいぜい可愛がってもらうのね」
香里は言いたいことを全て言うと、超重力空間から出ていった。



美坂香里から渡された『融合(ユナイトベント)』と真琴に託されたKANON(雪)のカード。
私はこの二つのカードの力で、真琴の亡骸が消滅する前に、ファントムファックスと融合させ、新たな契約モンスター『ダブルフォックス』を生み出した。
ファントムフォックス……真琴の前に飼っていたあの子と、真琴の融合体。
どちらでもあり、どちらでもない者。
私は彼女を『真琴』と呼ぶことにした……。
ダブルフォックスは最強の妖狐らしく、全ての妖狐を従えることができるようである。
あたしは再び戦うことを決心した。
ダブルフォックスと共に……。
私の願い……それは……。



「えう〜っ! どういうことですか!? 私弱くなっていませんか!?」
その場所に入って来るなり、栞はいきなりそうまくし立てた。
「…おはこんばちわ」
銀髪の喪服美人「遠野美凪」はマイペースで挨拶を返す。
「あなたが弱くなったんじゃなくて、相手が強いだけよ」
栞の横から唐突に声が聞こえてきた。
「えぅ!? お姉ちゃん!? なんでこんなところに居るんですか!?」
声だけで誰か解った栞が驚きの声を上げながら、横を確認する。
栞の横に当然のように立っていたのは美坂香里だった。
「あたしや七瀬さんがここに居るのはたいして不思議じゃないのよ。不思議なのは……あなたがここに居ること……あなたがここを知っていることよ、ねえ、七瀬さん?」
香里は入り口の方に視線を送る。
「まあ、別にいいんじゃないの?」
入り口から七瀬留美が降りてきた。
ちなみに、香里も栞も七瀬もなぜか学園の制服を着ている。
「そこの門番さんも見逃しているみたいだし……」
七瀬はちらりとフードの女に視線を送ったが、フードの女は無反応だった。
「…特訓するのに丁度良い場所がここしか思い当たりませんでしたので……」
美凪が理由を説明する。
「確かにそうね……」
香里は理由には一応納得した。
現実世界で能力全快で特訓なんて、被害や一般人に目撃されることから問題外だし、エターナルワールドで特訓などしてたら、いつ他のヒロインやモンスターに襲われるか解らない……そういう意味ではここは最適な場所と言えるのかもしれない。
ここの存在を知っているのは郁未、葉子、香里、七瀬、フードの女だけなのだから。
「ん? なんであなたはここの存在知っているのよ?」
香里は美凪に尋ねた。
「…死んで『学びました』……この世界の外の存在となることで、この世界の全てを知ることができました、えっへん」
美凪は胸を張って答える。
「……そう、良かったわね……」
この女は放っておこうと香里は改めて思った。
「さてと、じゃあ、あたしはちょっと『下』で休ませてもらうわよ」
そう言うと、七瀬は階段を下りていく。
彼女は門番であるフードの女以上にここに関係が深い存在だった。
なぜなら、彼女はここに『住んでいる』のだから。
「そういえば、ここってどういう所なんですか?」
栞が今初めて気になったかのように尋ねた。
「……あなた……今まで……一度も気にしていなかったの……?」
香里は妹を呆れた目で見る。
「『ダンジョン』……真なる永遠への扉を封じし迷宮……『エターナルダンジョン』です」
香里の代わりにフードの女が答えた。



「あはは〜っ♪ あはは〜っ♪ あはは〜っ♪ あはは〜っ♪ あはは〜っ♪ 」
佐祐理は獲物を探してエターナルワールドを彷徨っていた。
「ふぇ〜、モンスターなんかじゃいくら戦っても駄目ですね♪ やっぱり人間じゃないと♪」
モンスターならすでにかなりの数を倒し来ている。
だが、一行にイライラが治まらなかった。
雑魚モンスターなんかじゃ何匹倒しても、戦闘と殺戮への飢えと乾きが癒えない。
「はぇ〜……ふぇ♪」
佐祐理は獲物を見つけた。
それもなかなかの獲物である。
自分を切り刻んだ赤く染まった白衣の女だ。
「あははーっ♪ マジカルセブンチェンジャー♪ さゆりん☆ソード♪」
佐祐理は魔法のステッキを剣に変形させる。
「あはははは〜っ♪」
佐祐理は、霧島聖に襲いかかった。



「メラだよぉ」
少女の指先から小さな火球が生まれる。
「ヒャドだよぉ」
氷の飛礫が少女の掌から撃ちだされた。
「これだよぉ……この力が欲しかったんだよぉぉぉっ!!!」
少女が歓喜の声をあげる。
「せっかくの『魔法』……試さないと駄目だよぉねぇ……」
少女はそう言うと、歩き出した。
魔法の『実験台』を求めて……。



美坂姉妹は椅子に座ってお茶を飲みながら会話をしている。
「…………とまあ、だいたいそういうわけよ」
「えぅ〜えぅ〜えぅ〜」
「……てやっぱり聞いていなかったのね……」
「お姉ちゃんの話し方が退屈だからです」
香里は諦めたような表情でため息を吐いた。
知りたがりのくせに、他人の話をちゃんと聞かない。
だから、香里は栞にはいちいち説明してやらないことにしていた。
「ついうっかり、説明しようとしてあげた、あたしが馬鹿だったわ……」
せっかく、エターナルダンジョンや七瀬の正体について話してあげたと言うのに。
間違いなく栞は聞いていなかったに違いなかった。
「さてと……じゃあ、栞、せっかく久しぶりに対峙してるんだし……ヒロインらしく戦い合いましょうか?」
「えぅ!? えぅ〜……急に体の調子が……」
栞は胸を押さえて蹲ってみせる。
「栞、まだあたしに勝てる自信が無いのなら無いって、はっきり言ってくれれば、見逃してあげないこともないわよ」
香里はクスクスと意地悪く笑った。
「えぅ! 何を寝ぼけたこと言っているんですかっ! 解りました、お姉ちゃんなんてコテンパンにしてあげます!」
栞はデッキを突き付ける。
「そう、楽しみね。あなたがどれだけ成長したか……」
香里はデッキを取り出すと椅子から立ち上がった。
栞も椅子から立ち上がる。
その時、七瀬が階段から上がってきた。
「……何やってるの、あの二人?」
七瀬は、日本茶を飲んでいる美凪とフードの女に声をかける。
「姉妹喧嘩ではないのですか? 私には理解できないやりとりでした」
「…二人は仲良し……」
「……なるほど……」
二人の説明が対極なこともあり、正直よく解らなかったが、だいたい解った。
要は姉妹でじゃれているのだろう?
「…日本人は緑茶」
「……そう」
七瀬は、『亡霊』のような存在がお茶を飲んでいることにツッコミを入れたいような気もしたが、自分もあまり他人のことを言えない特殊な存在なので辞めておいた。
美坂姉妹は階段を降りていく。
「じゃあ、あたしは残りのヒロイン達と遊ばせてもらうわよ。少しは歯応えがあればいいんだけどね……」
そう言うと七瀬は『外』へ出ていった。















次回予告(美汐&香里)
「というわけで、カノサバ第40話をお送りしました」
「原作寄り展開はお終い、ついでに主役の出番もお終いって感じね……」
「大丈夫です、名雪さんと観鈴さんは次回登場します!……ちょっとだけ……」
「ちょっとなの?」
「多分そうなるかと次回の展開を考えると……」
「七瀬さんVS残り物のヒロイン達ってところかしら……」
「では、今回はこの辺で……」
「良ければ次回もまた見てね」
「戦わなければ生き残れません」


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