カノン・サバイヴ
第36話「疑似(オルタナティヴ)ヒロイン」


「貴方は間違っている、この世界は僕の物なんですよ」
モンスターの襲来音を音楽かなにかのように平然と聞きながら、男は呟く。
「貴方の創り出したエターナルワールドは僕達が閉じる」
男の背後には、斉藤と、青い髪の少女が控えるように立っていた。



晴子が目を覚ましたことを知り、急ぎ病院に到着した観鈴は、病室の扉の前でためらいを感じていた。
回想されるエターナルワールドでの戦い。
今の自分は晴子の目にどんなふうに映るのだろうか。
不安を隠し、ようやく扉を開けた観鈴の目に、以前と変わらない晴子の優しい微笑が飛び込んでくる。
「どうないしたん、観鈴ちん?」
「お母さん……観鈴ちん変わったかな」
「そうやな、変わったな……前よりちょっと幸せそうな顔しとる」
「お母さん……」
「堪忍な、心配かけて……」
それ以上の言葉はなく、観鈴と晴子はただお互いを抱きしめ合った。



名雪と祐一は車に寄りかかって話していた。
「良かったな、観鈴さん」
「うん」
祐一の呟きに、名雪は笑顔で同意する。
その時、突然モンスターの襲来音が響いてきた。
「祐一!?」
名雪の目の前で、祐一が車の窓の『中』に吸い込まれていく。
「名雪!」
名雪は咄嗟に祐一に手を伸ばした。
しかし、祐一は完全に窓の中へ吸い込まれてしまう。
「変身だお!」
名雪は変身すると、祐一を助けるために、窓の中に飛び込んでいった。



「祐一〜! 祐一〜! どこお〜!?」
名雪はエターナルワールドの中を探し回る。
「うわ、うわあああああっ!」
名雪の視界に、何者かに襲われている祐一の姿が映った。
祐一に向かって刃物らしき物が振り下ろされる。
名雪は咄嗟に、祐一を突き飛ばし、庇った。
襲撃者の姿がはっきりと見えてくる。
剣道の胴当てや面のような鎧で全身を覆った存在。
「あなたもヒロインなの?」


謎の剣道着は問答無用で名雪達に襲いかかってきた。
「ガードベント! ケロピーシールド!」
名雪はなんとか盾を召喚すると、祐一を庇いながら後退していく。
「あなた、なんで、祐一を……」
剣道着は答えずに攻撃の強さを増していった。
「早く、祐一をここから出さないと……」
名雪はデッキにカードをセットする。
「ストライクベント! ケロピーフィンガーだよ!」
ケロピー型の籠手が吐きだした爆炎が、剣道着に炸裂した。
爆炎が晴れると、そこには名雪と祐一の姿はない。
剣道着だけが唯一人取り残されていた。



「祐一さん、お母さんをお願いします」
「えっ?」
「お母さん、感がいいから、傍に居ると、観鈴ちんが何をしているのか気づかれちゃうだろうから……」
「なんで、観鈴さんはもう戦う必要は……」
「忘れたの、名雪さん、ヒロインになった以上戦わなければ死ぬしかないんだよ。それになかったことにするには、観鈴ちんの手はもう血で汚れすぎたから……」
そう言うと、観鈴は去っていった。
「そんな、やっと晴子さんの意識が戻ったってのに!」
「……大丈夫だよ、祐一。まだ戦いを止める方法はあるから……」



「しつこいぞ、水瀬!」
「お願いします! 教えてください! エターナルワールドを閉じる方法って何なんですか!?」
押しとどめようとする斉藤を押し返して、名雪は生徒会室に入っていく。
「簡単に言うな、お前には無理だ、水瀬!」
「どうしてそんなことが解るの!?」
椅子に座っていた眼鏡の男が立ち上がると、名雪に近づいてきた。
「水瀬名雪君、君が信用できたら話すと言ったはずだよ」
「信用して欲しいお、今すぐ!」
「僕達が君を使用したとして、君は僕達が信用できるのかい?」
「それは……この前、助けてもらったし……」
「誰にかね?」
「え、あなたに?」
男はポケットからデッキを取り出しかざす。
「ほら……え?」
男の隣に立っていた青髪の少女も同じデッキをかざしていた。
そして、斉藤も……。
「真実というのはなかなか見えないものなのだよ」
「多分、あなたには無理よ」
青い髪の少女がボソリと呟く。
「……どういう意味……?」
「ほら、水瀬、もう出ろ!」
名雪は斉藤に無理矢理、生徒会室から追い出された。



観鈴は晴子に変身する所を見られながらも、晴子を護るために、晴子を襲おうとしたモンスターを追って、エターナルワールドに突入していた。
そこに名雪も駆けつける。
二人は同時に第2段階に変身した。
翼人の装束と純白の花嫁衣装。
『ファイナルベントだお(がお)!』
二人はファイナルベントのカードを装填する。
空の彼方から神奈備命とカイザーケロピーが飛来した。
二人はそれぞれの契約モンスターに飛び乗る。
バイクに変形する神奈備命、そして同じようにカイザーケロピーもバイクに変形した。
神奈備命は光線をモンスターに向けて放射する。
光線を浴びて、固定されたモンスターを神奈備命(バイク形態)に乗った観鈴が貫いた。
残った一体のモンスターは逃げ出す。
しかし、カイザーケロピー(バイク形態)が口からケロピー火焔弾(燃えてるケロピー)を連続で吐き出し、動きを牽制した。
「バーンニングヴァージンロード!」
吐き出され続けるケロピー火焔弾によって、モンスターと名雪の間に、炎のロードが生み出される。
名雪はそのまま、炎のロードをウィリーしながら疾走し、モンスターを轢き潰した。



名雪と祐一は百花屋にやってきていた。
「いらっしゃいませ」
「わたし、イチゴ……だおっ!?」
「……あら?」
「どうした、名雪?」
注文をとりに来たウェイトレスの少女を見て、名雪が驚きの声を上げる。
見覚えがあった。
少し前に、生徒会室で見た顔である。
「なんで、あなたがここに……?」
「バイトよ。それよりも、あなた……もしかして、あたしのこと生徒会室で初めて会ったとか思っているの?」
青い髪をツインテールにしたウェイトレスの少女は僅かに目を細めた。
「えっ? えっ? だおっ?」
少女は呆れたような表情で嘆息する。
「あたしの名前は七瀬留美。一応、あなた達のクラスメイトなんだけどね……」
「だおっ?」
名雪は必死に自分の記憶を探った。
そして、辿り着く。
そういえば、この顔を教室の背景のように何度か見たことがあったことを……。
「そうか、じゃあ、『初めまして』だな、留美」
「……相沢君、ツッコミたいこといろいろあるけど、とりあえずあたしの名前を呼び捨てにするのは辞めてね」
少女、七瀬留美は笑顔でそう言った。
「……おお……解った、七瀬……」
その見事な笑顔に、なぜか恐怖でも感じたように祐一が訂正する。
「じゃあ、とりあえず注文お願いね」
「わたしは、イチゴサンデー、勿論、祐一のおごりだよ」
名雪は注文をしながら微かな違和感を感じていた。
生徒会室で、それに教室(今まで会っていたことを忘れていたが)での七瀬と、今の七瀬はどこか印象が違う気がする。
何かもっと大人しいというか、控えめな女の子だったような気がした。
七瀬は注文を受け付けると、ホールの奥に消えていく。
「だおっ!」
名雪は何かを思いだしたように、席から立ち上がると、七瀬の後を追った。



「何、水瀬さん? あたし仕事中なんだけど……」
名雪は七瀬をトイレに連れ込んだ。
トイレには丁度、二人以外誰も居ない。
「お願いだよ、七瀬さん! 斉藤君達が考えているエターナルワールドを閉じて戦いを止める方法を教えて欲しいんだよお!」
「……無理ね」
「どうして!?」
「あたしと久瀬会長と斉藤君でやるから」
「協力者は一人でも多い方がいいはずだよ!」
「そうかしら? 一人でも充分かもしれないわよ。勇気さえあれば誰でもヒロインの中のヒロイン『乙女』になれるはずよ」
「……じゃあ、せめてこの前の『仮面』が誰か教えて……」
「そのうち解るんじゃないかしら?」
七瀬はクスリと意地悪く笑った。
「……なんで教えてくれないの。こっちは早く止めないと命を落としかねない人が……」
「それって、神尾観鈴さんのことかしら?」
「なんで、それを……」
「いろいろ調べたから。彼女は乙女とかけ離れたところにいるみたいね。自分のためだけに戦うようじゃまだまだ……」
「あなたに観鈴さんの何が解るの!?」
名雪の反応に七瀬は笑みを深める。
「じゃあ、あたし、仕事があるから」
そう言うと、七瀬は名雪を残して、トイレから出ていった。



水瀬家に帰った名雪は一人で考え事をしていた。
ちなみに、祐一は買い物に出ている。
「何か、気になるお〜……」
ウチからそう遠くない百花屋で七瀬留美が働いているのは偶然だろうか?
「だおっ!?」
なんで気づかなかったんだろう。
彼女が祐一を狙った『剣道着』である可能性もあることに……。
名雪は立ち上がると、家から飛び出していった。



商店街を歩いていた祐一は、モンスターの襲来音を聞いた。
建物の窓に『剣道着』が浮かび上がる。
「祐一、逃げて!」
駆け寄ってきた名雪が、祐一を庇った。
「早く逃げて! いいから早くだよ!」
名雪は祐一を逃がすと、変身する。
「とうだおっ!」
変身完了した名雪は窓の中に飛び込んでいった。



「あなた、七瀬さん!? 祐一を狙うために、近場でバイトを……」
名雪は剣道着と対峙する。
剣道着は無言で襲いかかってきた。
『ソードベントだよもん!』
男が右手の籠手のスリットにカードをスラッシュさせると、どこからともなく女の声が響き、釘バットが出現する。
「うおおおおおおおおおっ!」
「だおっ! だおっ!」
名雪はなんとか釘バットをかわし続けたが、最後は蹴り飛ばされてしまった。
「はあああああああっ! どりゃああっ!」
剣道着が釘バットを振り下ろすと、釘バットから大量の釘が撃ちだされ、名雪に激突する。
「だあおおぉぉ……」
ダメージを受け、地面を転がって苦しむ名雪に、剣道着はゆっくりと近づいていった。
しかし、剣道着の体がブレだす。
エターナルワールドの滞在限界時間が来たようだ。
剣道着はトドメを刺すのを諦めると、後方に大きく跳躍し、そして去っていく。
「……ま、待つお〜っ!」
名雪はなんとか立ち上がると後を追った。



剣道着を追ってエターナルワールドから飛び出した名雪の前に現れたのは七瀬留美だった。
「七瀬さん! どうしてこんなことを!?」
「ヒロイン同士の殺し合いを止めるため……かしら? 相沢祐一が死んでしまえばエターナルワールドは消滅するのよ」
「えっ……」
「本当よ、久瀬会長が調べ上げたの、エターナルワールドの正体と原理をね」
「そんなことが……」
「さっき戦ってたのは、本当のヒロインじゃないわ、オルタナティヴ(疑似)ヒロイン。エターナルワールドを閉じるために、久瀬会長が作ったのよ。彼女が居なくなれば、モンスターに人が襲われることもなくなる。大勢の人が助かるなら小さな犠牲よね」
「でも、でも……そんなこと……」
七瀬は名雪の苦悩を嘲笑うような笑みを浮かべると、黙って去っていく。
「そんな……やっと戦いを終わらせられると思ったのに……そんなことって……」
名雪は茫然と立ち尽くすことしかできなかった。


















次回予告(美汐&香里)
「というわけで、カノサバ第四部突入です。というか……」
「というか、元ネタが終わっちゃったわよ……」
「これは少しやばいですね」
「ええ、更新ペースを急がないといけないわね。別物になっているとはいえ、旬というのは大事よ」
「まあ、それはともかく、今回の話は……まるで名雪さんが主人公のようですね」
「ホントね……何か本来自然なはずなのに……どうしようもない違和感が……」
「まあ、そのうち慣れますよ」
「慣れる前に、いつもの出番率に戻るわよ、多分……」
「では、今回はこの辺で……」
「良ければ次回もまた見てね」
「戦わなければ生き残れません」





「ミもフタもないアドヴェント解説」

『ケロピーブレイカー』
ウェディングケーキをカットするためのナイフ。
ただしとてもでかく、よく切れる上に、炎を纏ったりもする。

『メテオケロピー』
名雪のケロピーバイザーフレイムの引き金と同調して、カイザーケロピーがケロピー火焔弾(燃えている普通サイズケロピー)を撃ち出す。
わざわざ説明することもない技。


『バーニングヴァージンロード』
バイクに変形したカイザーケロピーがケロピー火焔球を吐きながら、炎の花道を疾走し、相手を轢き潰す突進技。



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