カノン・サバイヴ
第35話「心の壊れる音」




「がおおおっ!」
「だおおおっ!」
観鈴と名雪の戦いは続いていた。
「ソードベント、ケロピーブレイカー!」
名雪の『ケロピーバイザーフレイム』が変形し、巨大で分厚いナイフ『ケロピーブレイカー』と化し、観鈴の胸を切り裂く。
「ぐぅ!?……シュートベント、フェザーアロー!」
今度は、観鈴の投げつけた羽が光の矢と化し、名雪の左肩を貫いた。
一進一退の攻防が続く。
「だおっ!……え? 何このカード」
名雪がデッキから引き抜いたカードは、今まで見たことのない種類のカードだった。
とりあず名雪はケロピーバイザーフレイムにカードを装填する。
しかし、カードはすぐに勝手に吐き出された。
「絵柄が変わっている?」
名雪はもう一度カードを装填する。
『トリックベント』
次の瞬間、雪で名雪の分身が二体作り出された。
「がおっ!?」
三体の名雪の攻撃に追いつめられた観鈴は、自分もトリックベント『ゲルルンイリュージョン』を発動し、応戦する。
三組の名雪と観鈴の激しい攻防が続いた。
エターナルワールドの滞在限界時間が訪れる時まで……。


「名雪っ!」
時間切れで、エターナルワールドから帰還すると共に倒れ込んだ名雪に祐一が駆け寄る。
その横を、観鈴はふらつきながらも無言で立ち去っていった。



「……まあ、こんなものね……ん?」
二人の戦いを見届け終えて、立ち去ろうとしていた香里は、自分以外にも観戦者が居たことに気づいた。
洋風の喪服を着た女性。
黒い帽子と、顔を隠すような薄い布のせいで、この距離からでは容姿は解らなかったが、女性の髪が銀色だということは解った。
「…………」
香里は女性の隣に瞬間移動する。
「誰のお葬式かしら……遠野美凪さん」
容姿を確認するまでもなく、香里にはこの人物の正体が解っていた。
気配、魂の色とでもいうべきものが自分の知っている遠野美凪とまったく同じなのだから。
酷く気配が、存在感が薄い気はしたが……。
「…私のお葬式です、美坂香里さん」
銀髪の美女、遠野美凪はクルリと舞うように身を翻した。
「…ぢゃん、今日は洋風です」
「……今日はって何よ……」
このどこか別の世界の住人のようなズレた言動、間違いなく遠野美凪だと香里は確信する。
「…美坂違い?」
「何がよっ!?」
「…和服で会っていたのは妹さんの方でした……ニアミス?」
「……栞?」
なぜここで栞の名前が出てくるのだろう?
そういえば、最近栞の行動をチェックしていなかった。
他の者の監視や干渉に忙しかったのもあるが、栞の居場所を見失うことが多かったからである。
地上からもエターナルワールドからも、栞の気配が完全に消滅することが毎日のようにあった。
本来なら、血を分けた姉妹であり、もっとも気配を探りやすい栞がである。
余裕ができたら調べてみようと思ってはいたが、その余裕がなく完全に忘れていた。
「…では、ごきげんよう」
美凪は上品にお辞儀をした後、踵を返す。
「ちょっと待ちなさい! あなたは死んだはずでしょ……それにその恰好……」
「…はい、私は亡くなりました。この姿は自分で自分を供養するためのもの……自分が死者であることを忘れないためのものです」
美凪は振り返らずに、歩みを止めずに答えた。
「じゃあ、なんで死者がこんな所を彷徨っているのよ……」
そもそも、歩く死者だとか、亡霊なんて非科学的な……と非科学的な存在である異能者香里は思う。
「…やり残したことがあります……」
「やり残したこと? この世への未練で亡霊になったとでも言うつもり?」
「…似たようなものです。それに……私の還る場所は……天国でも地獄でもありませんから……」
「還る場所?」
「…命を失って、初めて自分が何者だったのか解りました。何のために、誰のために存在していたのか……」
「誰のためにね……」
随分と哲学的なことを言うと香里は思った。
人は自分のためだけに存在し、自分のためだけに生きている。
それが香里の考えだ。
例え、他者、愛する者のためなどといっても、それは結局自分がその他者の役に立ちたい、護りたいといった自分の欲望のためでしかない。
愛など自己満足のための感情でしかない。
だが、それはそれでいいのだ。
欲望には違いないが、もっとも純粋で綺麗な欲望の感情だと思う。
「…私は還えさなければいけません……本来あるべき場所に……私の全てを……それこそが私の存在理由……」
美凪の姿が掻き消えた。
エターナルワールドから出ていったのだろう。
「……まあいいわ、あなたはあなたの好きにすればいい」
死者に、亡霊に用などない。
自分の邪魔をしない限りは……。
亡霊なのは間違いなかった。。
なぜなら、美凪が立ち去る直前、香里は確かめていたのである。
彼女に触れることができない、自分の手が彼女の体をすり抜けたことをだ。
「さてと次は……」
美凪のことは完全に思考から捨て去り、次の自分の行動を思案する。
香里は知らなかった。
美凪と栞の関係を。
もし、美凪と栞の関係を香里が知っていたら、もっと美凪のことに思考を割いただろう。
亡霊である美凪が、栞に物理的に接触できることに疑問を持ち、その解明に思考を費やすことになったはずだ。
けれで、香里は知らない。
知らないことに思考を割けるわけがなかった。


「晴子さん……観鈴さんの母親の病院に行って来た。晴子さん、後数日しか保たないそうだ……だから、観鈴さんは名雪と戦った……晴子さんを助けるために……最後の一人になるしかないから……」
名雪の治療を終えると、祐一はそう言った。
「…………」
「……だが、無理だ。間に合うわけがない……まだヒロインは何人も居る……」
「……観鈴さんだって解ってるよ……」
「だったら……だったら、止めないと駄目だ! このまま戦い続けたって……」
「……彼女は……観鈴さんは止められないよ。観鈴さんはきっと最後の瞬間まで戦いを辞めない……例え無駄でも、自分が死ぬとしても……」
「……名雪……このまま黙って見ているしかないのか……」
「……何か別の方法を見つけるよ。観鈴さんを止められなくても、ヒロインの戦いさえ止められれば……祐一、観鈴さんの代わりに、晴子さんの傍に居てあげて」
「名雪……」



名雪はモンスターの接近音を聞き取り、その場所に向けて走っていた。
「えっ? 学校?」
名雪が毎日通っていた学校。
音は学校の中の一つの教室から響いてきいる。
名雪はその教室に飛び込んだ。
「なんだね、君は?」
教室に入った瞬間、音が消え去る。
その教室には三人の人間が居た。
一人は眼鏡をかけた男。
もう一人は青い髪をツインテールにした少女。
最後の一人はたいして特徴のない平凡な男。
「水瀬?」
見覚えのないはずの平凡で何の特徴もない男に名前を呼ばれる。
「……えっと……どなたですか?」
なぜか敬語になっていた。
もしかして、知っている人なのだろうか、だったら忘れているのはかなり失礼なことに……。
「……同じクラスの齋藤だ……」
「……えっ? 斉藤……君?」
(斉藤君……斉藤君……そんな人居たかな……あっ!)
名雪は思い出した。
「……うん! そうだよね、斉藤君だよねっ!」
「……もしかして、俺のこと忘れてたんじゃ……」
「そ、そんなわけないよぉ! クラスメイトの顔や名前を忘れるわけないよ!」
ホントは綺麗にすっかりと忘れていたのである。
「……まあいいさあ……それで、水瀬は生徒会室に何の用なんだ?」
「えっ? 生徒会室?」
何の教室なのかも確認せずに飛び込んでいたが、まさか生徒会室だとは思わなかった。
「えっと……あのね……」
「まあとにかく、出ていってくれ、今、会議中なんだ」
「あ、うん、ごめんね、それじゃあ……だおっ!?」
「きゃあっ!」
踵を返して立ち去ろうとした名雪は、青い髪のツインテールの少女にぶつかってしまう。
「あ、ごめんなさい……」
ぶつかった表紙に少女が落とした書類を拾おうとした名雪は信じられないものを見た。
『エターナルワールドについての考察』
確かに書類にはそう書かれている。
「なんだお、これは!? 斉藤君達いったい何を……」
少女は慌てて名雪から書類を奪い返した。
「ほら、水瀬、用がないなら出ろ!」
名雪は斉藤に部屋から押し出されていく。
「ちょっと斉藤君……」
「水瀬には関係ないことだから!」
名雪を教室から押し出すと、ドアは硬く閉ざされた。
名雪はなんとか再度教室に入ろうとしたが、その時、再びモンスターの襲来音が聞こえてくる。
名雪は音の聞こえる先に向かって走りだした。
「変身だおっ! とうだお!」
名雪は変身すると、窓ガラスの中に消える。
「やはり、彼女は……」
その一部始終を生徒会室の三人に見られていたことに、名雪はまったく気づいていなかった。



「はあ……はあはあ……お母さん……」
観鈴は公園の噴水に突っ伏していた。
「……がおっ!?」
気配を感じて、観鈴は振り向く。
そこには美坂香里が立っていた。
「……また催促に来たのかな? 観鈴ちんはちゃんと戦ってるよ……」
「いいえ、あなた達に死に急いでもらう必要はなくなったわ。先に片づけなければいけないことができたから……」
「なっ……ふざけないでよ! 観鈴ちんをなんだと思っているの!? やっと戦うと決めたのに……観鈴ちんはあなたの都合で戦ってるんじゃないよ!」
観鈴は香里を怒鳴りつける。
「望みを叶えるために、ヒロインとは別に戦ってもらいたい相手ができたのよ……」
「戦う相手? だったらそれはあなただよ! あなたもヒロインの一人のはずだよ!」
「まだ無理よ。今のあなたじゃあたしの相手にならないわ」
「戦えと言っているんだよ!!!」
観鈴はデッキをかざして叫んだ。
「…………解ったわ」
香里は呆れたような諦めたような表情で同意すると、姿を消す。
「変身がおっ!」



エターナルワールドでは、チャイナ服姿に変身した香里が待ちかまえていた。
「あなたみたいな甘い人間が、このあたしを倒せると本気で思っているの?」
香里は観鈴に見下した眼差しを向ける。
「倒す! 絶対に倒さければいけないんだよ!」
観鈴は空(AIR)のカードをかざし、翼人☆観鈴へと転じた。



名雪は二体のモンスター相手に苦戦していた。
カードを装填する間も満足にとれない。
二体のモンスターが同時に飛び道具を放った。
片方はケロピーソードで撃ち落としたが、もう一つは間に合わない。
その時、どこからともなく飛来した竹刀が、モンスターの飛び道具を撃ち落とした。
竹刀はそのまま回転し、持ち主の手元に戻る。
「……誰っ?」
そこには名雪が初めて見る人物が立っていた。



「がおっ!」
観鈴の剣は全て、あっさりと香里にかわされてしまう。
いや、かわされるというより、瞬間移動で消えられてしまうのだ。
「今までこんな能力使わなかったくせに……」
「あら、別に普通にかわしてもいいわよ。どちらも当たらないことには変わりないしね」
そう言うと、香里は今度は消えずに、最小限の動きで剣をかわす。
「がおっ!? がおがおがおっ!」
観鈴は闇雲に剣を振り回した。
しかし、剣は香里にかすりもしない。
「問題はかわし方じゃないのよ。あなたの剣が遅くて、単調なのがいけないのよ。冗談抜きに、目を瞑っててもかわせそうね……ハンデとして瞑ってあげようかしら?」
「ふざけないでよ!」
「ふざけてないわよ」
香里は裏拳で観鈴を殴り飛ばした。
さらに、瞬間移動で、観鈴の吹き飛んでいく方向に先回りし、今度は蹴り飛ばす。
「これはただの余裕ってやつよ」
香里はさらにもう一度先回りし、観鈴をさっきより勢いよく蹴飛ばした。
観鈴は柱に激突する。
「……くぅ……がお……」
観鈴は立ち上がると、ファイナルベントを装填した。
観鈴は出現した神奈備命に飛び乗る。
観鈴を乗せた神奈備命は、香里に向かい疾走していった。
「……フィストベント……」
香里の両手にクィーンバグナグが装着される。
香里は空高く飛翔した。
空中には香里そっくりな容姿をした女性、香里の契約モンスターである名倉友里が待ちかまえている。
友里が両膝を曲げた。
香里は回転し、頭を地上に、足を友里に向ける。
香里と友里の足の裏が接触した。
「ラストドライバー!!!」
友里が足を伸ばし、地上に向けて香里を押し出す。
香里はクィーンバグナグを突き出し、回転を開始した。
巨大なドリルと化した香里が地上に向けて降下する。
丁度、香里がさっきまで存在していた場所に、今は目標をロストした観鈴が通過しようとしている位置に、香里が激突した。
「がおおおおおおおおおおおおおっ!?」
爆発と共に観鈴が吹き飛ぶ。
第1段階の姿に戻された観鈴が無様に地面を転がった。
爆心地にはクレーターができており、その中心に、香里が無傷で立っている。
「どう? 第1段階の時のファイナルベントを改良した技なんだけど」
「が……が……がお……」
観鈴は満足に喋ることもできなかった。



見たこともない「学校の制服」を着た青い髪の少女。
顔にアイマスク(仮面舞踏会などで使うような)を付けていた。
その謎の少女がモンスター一体を殴り飛ばす。
少女は殴り飛ばしたモンスターを追っていった。
そのチャンスを逃さず、第二段階のウェディングドレス姿に転じた名雪はカードをデッキに装填する。
「シュートベントだよ」
カイザーケロピー(龍のように巨大なケロピー)が名雪の上空に出現した。
「メテオケロピー!」
名雪がケロピーバイザーフレイムの引き金を引くと同時に、カイザーケロピーの口から、燃えているケロピー(普通サイズ)が弾丸のように撃ちだされる。
ケロピー火焔弾(燃えてるケロピー)が激突し、モンスターは跡形もなく消し飛んだ。


名雪がファイナルベントを発動する瞬間、同時に、謎の少女もまた……。
『ファイナルベントだよもん』
謎の少女が竹刀の鍔のスリットにカードをスラッシュさせると、どこからともなく女の子の声が響く。
「はああっ!!!」
少女が右手で正拳を放つと、無数の光の球……いや、光の拳が流星のようにモンスターに降り注いだ。
そして、モンスターが爆発すると、いつのまにか少女が、モンスターが居た場所の前方から後方に移動を完了している。
もし、今のを香里が見ていたら、この技をこう説明しただろう。
99発の闘気の拳を叩き込んだ後、本物の拳でモンスターを貫いた……と。



「ちょっと、ちょっと待ってよ〜っ」
モンスターを倒すと無言で去っていこうとする謎の少女の後を名雪は追った。
「そんな、わたしより足が速いなんて……」
少女が消えた角を曲がると、そこは生徒会室だった。
生徒会室の前には謎の少女の姿はなく、代わりに三人の人物立っている。
「えっ……」
三人のリーダーらしき眼鏡の男の手にピンク色のデッキが握られていた。
「じゃあ、斉藤君達が……」
「一緒にモンスターを倒してくれて助かりましたたよ、水瀬名雪君。あれは僕達を狙って、天沢郁未が送り込んできた化け物ものなのだよ」
「お母……郁未さんがなんで?」
「あたし達が邪魔なのよ」
「それと言うのも、僕達がエターナルワールドを閉じる方法を知っているからなのだよ」
「だお!?」
「実行すればこんな低俗な争いはなくなるだろう。もっとも君達、ヒロインにとっては望ましくないことかもしれないが」
「そんなことないです! 協力させてください!」
相手が上級生のようなので敬語である。
「いずれ、君が信用できると解ったら、お願いすることにするよ」
それだけ言うと、彼らは生徒会室に入っていった。
「……エターナルワールドが無くなる……それが本当なら、もう戦う必要もなくなる……そうなれば、観鈴さんも……」



「だから、言ったのよ。まだ勝負にならなないって……」
香里はゆっくりと、倒れている観鈴に近づいた。
「……でも死にたいなら死なせてあげるわ」
そして、足下の観鈴に向けて拳をうち下ろ……。
「がおっ!」
一瞬だった。
突然出現したどろり濃厚剣が香里の銅を貫いたのだ。
「……フ……フフフッ……」
香里がゆっくりと後退していく。
どろり濃厚剣に体を貫かれたまま。
「……アハハハハッ……いい感じよ……そのまま迷わず戦いづけなさい……」
香里の体が弾け飛んだ。
無数の黒い羽と化して……。
「が……がおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
観鈴が絶叫した。
勝利の喜びなどない。
ついに人をその手で殺してしまったという衝撃、恐怖、後悔……そういった全ての感情がいり混じった観鈴の心の悲鳴だった。

















次回予告(美汐&香里)
「といわけで、久しぶりのカノサバ連続更新でした。というか……」
「というか、第3部最終回よ」
「長い間このような稚拙な作品を読んでいただきありがとうございました」
「機会があればまたいつか……て、あくまで第3部の最終回よ!」
「第3部が最終章だったはずですが……」
「仕方ないじゃない。だいたい、第3部だけ話数多いし……内容的に丁度良いしこの辺で区切らないとね。というか、まだこの作品が延びる原因が今回登場したわ」
「原作の方が終わってしまいそうなので、次回からの第4部「疑似ヒロイン編」をやっぱりなかったことにして、今度こそ本当の最終章を始めた方が良かったのでは? 展開的に可能でしたよ」
「でも、今回の話に至る伏線をいままで細々と入れてたし……矛盾がね……」
「シルエットのまま登場せずに終わるキャラなどよくあることです」
「それは流石にあんまりってものよ……そんな酷なことはないわよ」
「……それは私の決めセリフです……」
「まあ、そんなわけで次回からの「疑似の乙女編」をよろしくね」
「疑似乙女と書いてオルタナティヴヒロインと読んでください。作品名がサバイブではなくサバイヴという旧式だから、オルタナティブもオルタナティヴでお願いします。では、今回はこの辺で……」
「良ければ次回もまた見てね」
「戦わなければ生き残れません」





「ミもフタもないアドヴェント解説」

『ラストドライバー』
ヘビープレッシャー間違えてました。モンスターじゃなくて、ライダーの方の角(武器)を突き出すんですね。というかけで、北川プレッシャーは間違い……。

そんなわけで、生まれ直した技。
空中からスカイラブハリケーンの要領で撃ちだしてもらい、スクリュードライバーを相手に叩き込む技。




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