カノン・サバイヴ
第34話「友情バトル」






空の彼方、何もない空間から人間の手が突き出る。
手は自らが突き出されている穴を内側から掻き広げていった。
やがて、人一人が通れるぐらいの大きさになった穴から美坂香里が姿を現す。
「……ふう、超重力ってのは身体に良くないわね……」
とりあえず目的の一つは果たしてきた。
だが、ついでに行った川澄舞の捜索には成果無し。
まあ常識的に考えれば、重圧で極限まで圧縮され消滅したと考えるべきだろう。
香里自身も常に不可視の障壁を身体全体に展開していなかったら、一瞬で圧縮され消滅していた。
『不可視の障壁』『空間転移』、疑似ブラックホールに耐えるための、脱出するための能力は川澄舞には無い……はずだ。
そもそもブラックホールは宇宙空間での重力崩壊により……。
香里は佐祐理のさゆりん☆ブラックホールキックの理論……いや、屁理屈を考える。
問題なのはホワイトホール……出口が存在するのか否かだ。
香里が別の場所からブラックホールを作っても、舞の吸い込まれた場所に繋がるとは思えない。
そもそも、舞の吸い込まれたブラックホールの『中』はブラックホールが閉じられた瞬間、消滅したのでないだろうか、舞と共に……。
本来宇宙に存在するブラックホールにおいても、ホワイトホールの存在は実証はされていなかったはず……。
「……まあいいわ」
あの程度でホントに死ぬような弱者なら川澄舞に用はない。
もう一つの『希望』の方を急かすことにするべきだろう。
「主役にいつまでも眠ってもらってちゃ困るのよ、名雪……」



母親の晴子を見舞っていた観鈴に過酷な現実が突き付けられる。
体力の低下が著しく、晴子の命もあとわずかだというのだ。
「がお……観鈴ちんの呪いのせいで……お母さんが……」
母親を救う方法、この呪いを断ち切る唯一の方法それは……。



街を歩いていた名雪の目の前に突然、一枚のカードが投げつけられた。
カードを受け止めた名雪はカードの飛来先である上空を見上げる。
「……香里!?」
そこには、名雪の級友で親友の美坂香里が浮いていた。
「久しぶりね、名雪……なにか、ホントとんでもなく久しぶりな気がするわ……」
香里はなぜか一瞬物凄く疲れたような顔をしたが、すぐに表情を微笑に切り替える。
「時は全ての者に平等でありながら、平等じゃないのよ。あなたが何もしない……何もできないでいる間にも時は流れ続け、ゲームは進んでいくのよ」
「香里……このカードは……?」
名雪はカードに目を向けた。
白紙のカードに絵柄が浮かび上がっていく。
「光の雪のカード……あなたがずっとデッキの中で眠らせていたカードよ。その存在すら知らずに……そのカードが戦いの後押しをしてくれるわ……」
カードには雪の絵柄が浮かび上がっていた。
「光の雪……」
「みんなより強い力を求め、その力で戦い、そして消えていく……あなたも例外じゃないわ、名雪。いいえ、寧ろ、あなたは本来中心でなければならない者……」
「香里、戦いなんてやめようよ〜! 意味無いよ〜!」
名雪の言葉に、香里は冷笑を浮かべて答える。
「名雪、いつの話をしているの? すでに何人消えていったか解っているの? 戦いを中止するということは、すでに消えた者の犠牲を無駄にすることに、戦いを否定することは、戦い消えていった者達の人生を否定することになるのよ」
「う……でも、でも……」
名雪には香里の言葉を否定する言葉が、理屈が思い浮かばなかった。
「戦いを早く終わらせたいなら、あなたも戦いなさい。そのカードで、その力で……」
香里の体がゆっくりと薄れていく。
「か、香里……?」
そういえば、今頃になって気づいたが、宙に浮いている香里に、自分以外の誰も注目していない。
「ああ、そうそう、このあたしの姿はあなたにしか見えていないただの虚像だから、端から見たら、何もない空に話しかけてる変な人に見られるかもね」
「だおっ!?」
「じゃあ、渡す物も渡したし、言いたいことも言ったから消えるわね。これでもあたしは忙しいのよ、あなた以外に焚きつけなきゃいけない人も居るし、ゲームの調節や進行といった裏方仕事で……と、あなたに愚痴っても仕方ないわね。じゃあね、名雪、久しぶりにあなたの平和ボケした顔が見れて楽しかったわよ」
「か、香里!」
香里の姿はすでに掻き消えており、名雪の声だけが空に響いた。



「…時が来たみたいです……やっと……神尾……観鈴さん」
長かった。
優しすぎる彼女は自分のためだけなら戦いはしない。
呪いを解くためとはいえ、他者の命を奪うなど……口ではできると言いながらも、実際に彼女はできはしなかった。
だが、母親のためならば……話は別かも知れない。
やっと彼女は決心したようだ。
これで、自分の役目がやっと……。
「えぅ〜! 戦闘中に考え事なんて私を馬鹿にしています!」
雪玉4ガドリングから無数の雪玉が発射され、銀髪の喪服の美女に襲いかかる。
「……っ!」
銀髪の美女は息を小さく吐くと同時に日本刀を抜刀した。
それだけで、全ての雪玉が切り落とされる。
「えぅ!? そんなのインチキです!」
銀髪の美女はゆっくりと日本刀を鞘に収めると、栞に視線を向けた。
「……栞さん。これは戦闘ではなく訓練です。私と栞さんでは……実力差がありすぎて……戦闘になりません……」
銀髪の美女は、自らの力を誇るのでも、栞を侮辱するのでもなく、ただ淡々と言う。
「えぅぅ……」
「…さて、私の時間もそろそろなくなってきたようです……後何回、あなたをコーチできるのか解りません」
「えぅ?」
「…そろそろ、結果を……成果を見せてください」
「えぅ……」
そんなことを言われても栞は困るしかなかった。
相手が圧倒的に強すぎて、自分が強くなっているのか、まったく成長していないのか、解りにくい。
「…では、今日はもう終わりにします」
銀髪の少女はぺこりと頭を下げた。
「……えぅ、ありがとうございました」
栞も少し不満そうな顔をしながらも頭を下げる。
「…では、また明日同じ時間同じ場所で」
「はい」
銀髪の美女は栞を一瞬見つめた後、踵を返した。
この少女につき合うのも後僅かもしれない。
そもそも、ここまでこの少女に付き合わなければいけない理由もないのだ。
ちょっとしたきまぐれ、少女に対する興味。
暇潰しを兼ねたアフターサービス。
それももう終わるだろう。
時が来たのだから。
神尾観鈴の覚醒……それが自分にとっての終わりの時……。
終わりの始まり……その時が迫っていた。



「名雪さん……観鈴ちんと戦って欲しいがお!」
「観鈴さん……」

祐一の制止の声は意味をなさず、二人の戦いが始まっていた。
『ソードベントがお(だお)っ!)』
大空を舞うケロピーと空(カラス)がそろぞれ、「ケロピーセイバー」と「どろり濃厚剣」を吐き出す。
「がおおおおおおおおおっ!」
どろり濃厚剣を受け取った観鈴が名雪に斬りかかった。
それを名雪がケロピーセイバーで応戦する。
激しい剣戟が続いた。


「そうよ、戦いなさい……あなた達ができることはそれだけなのよ」
遠くから戦いを見守る香里が呟く。


観鈴とと名雪の互角の斬り合いが続いていた。
「……確かに、わたしは戦うと言った……だおおおおおおっ!」
防戦主体だった名雪が強打を連打する。
「……が、がおっ!」
観鈴は名雪を弾き飛ばすと、デッキに手を伸ばした。
空(AIR)のカードを手にした観鈴の周囲に、風が渦を巻き始めている。
荒れ狂う大気の中で、観鈴の姿が変化していった。
翼人☆観鈴。
漆黒のカラスの翼を背中に生やし、巫女服のような十二単のような不思議な衣装を身に纏った長い金髪を風に流す少女。
黒き罪の翼が、汚れなき白き翼へと転じる。
「ソードベント、天空剣」
「だおっ!?」
天空剣が名雪を斬り飛ばした。
「……だ……だお……」
「……戦え……戦えがおっ!」
観鈴は倒れ伏す名雪にゆっくりと近づいていく。
「……でも……わたし……わたしは!……」
名雪は勢いよく立ち上がると、一枚のカードを引き抜いた。
雪(KANON)のカード。
名雪がそのカードをかざした瞬間、辺りを光り輝く無数の雪の結晶が降り注ぐ。
名雪が左手を突き出すと、ケロピーをかたどった銃が出現した。
名雪はその銃に雪のカードを呑み込ませる。
光の雪の結晶達が弾け飛ぶと同時に名雪の姿が変化した。
光り輝く純白のウェディングドレス。
「わたしは死ねない……一つでも命を奪ったら、観鈴さんはもう後戻りできなくなる!」
「……にはは、それが観鈴ちんの望みなんだよ!」
生まればかりの友情を引き裂く哀しい戦いの第二幕が上がった。




















次回予告(美汐&香里)
「新年あけましておめでとうございます」
「正月もう終わってるけどね……というか、これを読むのいつか解ったものじゃないけど……2003年最初のカノサバをお送りしたわ。今年もよろしくね」
「というわけで第34話をお送りしました。期間が一ヶ月以上空いてしまいましたね」
「仕方ないのよ、冒頭のあたしの話まではすぐにすらすら書けたのに、観鈴さんや名雪を出そうとしたら、ピタリと止まっちゃったのよ……ノリや勢いといったものが……」
「ええ、原作(ついでに過去のカノサバ……名雪や観鈴が出ていた頃の)でも見直さなければ書けそうになくて……でも、見直す暇がなくて……こんなに時間かかってしまったんです」
「名雪と観鈴さん、この二人だけいまだに原作から逸脱してなかったから、逆に書きにくかったのよ……能力や行動理由もいまだに原作に近いし……そのせいで逆に今の展開から浮いてるかもしれないわ……」
「久しぶりにかなり原作と近いですしね……」
「ええ、だってこの辺のシーンは、原作忠実な頃からこうするって決めてたから……オリジナル展開な話で遠回りしたってことよ……」
「第2部と第3部分の遠回りですか……」
「まあ、さっさとこの辺は済ませて、原作には戻れようもない人達の話の続きに持っていかなきゃいけないわね……」
「名雪さんがウェディングドレスというのは?」
「第1部が終わるぐらいからすでに決めていたことよ。いまだに使ってない「ああいった衣装」で残っているのは、ウェディングドレスぐらいしかないでしょ」
「戦闘しにくそうですね……お色直し(レオタード)とかしないですよね?」
「……いくらなんでも……それは無い……と思うわよ……」
「では、今回はこの辺で……」
「良ければ次回もまた見てね」
「戦わなければ生き残れません」



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