カノン・サバイヴ
第30話「妖狐、氷月に死す」




「くっ……」
閃光が美汐の視界を奪い、衝撃が美汐の体を吹き飛ばそうとする。
少し離れた所に降り注いだ白い光の柱。
「真琴……」
光の爆発の中心点はおそらく、真琴と栞。
真琴にあんな光を起こす技はない……だとしたら……。
「急がないと……つっ!……冷たい?」
風が異常に冷たい。
以前見たあゆのダブルダイヤキバスターカノンを遙かに上回る高出力でありながら、この光は熱量を持っていない?
熱とは逆の……冷気? 凍気!?
「この場でこの温度ということは……中心地の温度は……」
美汐は足を速めた。



「えぅえぅえぅえぅ♪ その氷の棺の中で永遠に眠ると良いです♪ さて、次は美汐さんですね」
栞が飛び去った後には、一つの巨大な氷塊だけが残される。
氷塊の中には真琴。
この氷を内側から砕くことは絶対に不可能。
この世の終わりまで永遠にこのまま存在し続けるのか、それとも氷漬けの状態でもエターナルワールド滞在の時間切れが訪れ消滅するのか、真琴に残された未来二つに一つに思われた。
だが……。
氷塊が徐々に小さくなっていく。
『内側』から徐々に氷塊が溶けていくのだ。
数分後、ついには氷塊は完全に消滅する。
「…………ふう……危なかった」
自分が『神火』、燃やせぬ物の無い神の炎の使い手でなかったら、絶対にこの氷の中から逃れることはできなかっただろう。
それにしても、栞は呆れたしぶとさだ。
ファイナルベントを三発もくらっていながら、こんな奥の手を使う余力が残っているとは……。
栞に使った三種類のファイナルベントを上回る技は今の真琴には無い。
どうすれば栞に完全にトドメをさせる?
やはり、こうなったら美汐に禁止されている最後の力を使うしか……。
『無用な心配よ』
声と共に、チャイナ服を着た少女がゆっくりと近づいて来た。
「栞も頑張ったわね。あたしの予想した未来では、サテライトバニラキャノンを放つもあなたのゴットフォックスフレイムスクリューで防がれ、絶体絶命ってなるはずだったんだけどね……」
そうだ、この女の言うとおり、狐月祭のさいに起きる炎の渦を防御として起こせばあの冷気の光線も防ぎきることできたはずである。
そういう技が自分には存在する……しかし、なぜこの女が知っている? まだその技は誰にも見せたことがない、美汐にさえ……。
「まあ、あたしが予測した未来と変わった最大の理由は、あなたが使ったファイナルベントの順番のせいね……狐月祭ではなく、妖狐乱舞か、天狐火焔祭だったらサテライトバニラキャノンを撃つチャンスはなかったでしょうに……自らの頭上、絶好の射撃ポイントに相手を放り出してしまうなんて……間抜けな技だったわね……」
「あぅ……」
確かに女の言うとおり、相手が意識を失っていなかった場合、絶好のチャンスを与えてしまうのかもしれない。
だが、引きずり回された後、あの炎の渦で責め上げられ意識を手放さない者など居るはずがないと真琴は思っていた。
それが居たのだ……真琴の想像を超える執念を持つ者……。
「耐えられない肉の痛みなど……苦痛など……この世に無いのよ。あたしも栞もあんたなんかに想像もできない痛みや苦しみをすでに味わっているのよ……だから、あの程度の炎の嵐なんて子供の火遊びよ」
クスリと見下すように女が……美坂香里が笑う。
「子供の火遊びですって!」
真琴は香里に向かって飛びかかった。
「じゃあ、あんたにも味わわせてあげるわよ! ファイナルベン……」
「最初の掴みを潰されたら終わり……それが天狐火焔祭と狐月際共通の致命的な欠点よ」
香里はチャイナ服の胸のつなぎ目に手をかける。
「飛び道具は好きじゃないんだけどね……シュートベント……」
香里のチャイナ服の胸部がベリッと綺麗にめくられた。
そこには……。
「トリプルメガバニラ砲!」
栞のサイトバニラキャノンをと同じ、いや、それ以上の白い閃光が放たれた。




「真琴……真琴おおぉぉっ!?」
美汐の目に飛び込んできたのは、体の半分以上を失った真琴の姿と、それを冷たく見下ろすチャイナ服の女だった。
頭と左胸と左腕、真琴に残っているのはそれだけである。
無残すぎる……だが、真琴はまだ生きていた。
「……み……み……美汐……」
「真琴おっ!」
美汐は真琴の傍に駆け寄ると、跪く。
「栞もまだまだ未熟ね、相手を氷漬けにするだけなんて……『死気』にはまだその先があるのよ。究極にまで高まった死気……冷気や凍気と言った方が解りやすいわね……は一瞬にしてあらゆる物質を凍らせるだけではなく崩壊させるのよ。原子レベルで崩壊された相手は爪一つ、髪の毛一つ残さず消滅する……まあ、今回はあなた達が最後の別れをかわせるように手加減しておいてあげたけどね」
見下すような冷たい目をしながら、香里が淡々と語った。
「か……香里さん、あなた……」
「あたしに恨み言なんて言っている暇があるの? その狐、いくら手加減したとはいえ、あと数分の命よ、普通の人間なら充分すぎるほど即死のダメージだしね」
「くっ!……」
確かに今はこの女を相手にしている暇はない。
「真琴、しっかりして! すぐに治してあげるから、あたしの血と命で……」
真琴はフルフルと首を横に振った。
「もう駄目だよ、美汐……もういいよ、美汐……」
「……真琴……」
「真琴のために……美汐がこれ以上……命を削らなくて……いいよ……」
「何を言っているんですか、真琴……私は真琴のためならいくらでも……」
真琴は再び顔を横に振るう。
「美汐が……真琴のために……真琴を生かすために……これ以上、手を血で汚すのが……闇に堕ちていくのが……あたしには……真琴には……もう……あうっ!」
「真琴ぉ!」
「……み……美汐……コレ……」
真琴は震える手で雪のカードを差し出した。
「……真琴の代わりに……美汐が使って……美汐ならもっと上手く……使える……」
「真琴……」
「……ホントは……もう戦いなんて辞めて……美汐には幸せになって欲しいけど……この戦いは途中で抜けることは……できない……だから……だから、美汐だけでも生き抜いて……そして……」
真琴の言葉が静かに途切れる。
「真琴?」
返事はない。
身動き一つしない。
「真琴おおおおおおおおおおおおっ!」



香里は、真琴の亡骸を抱いたまま身動きしない美汐の足下に一枚のカードを投げ捨てる。
「そのカードを使うか、使わないか、それはあなたの自由よ。もう戦いを辞めるのも、続けるのも、あなたの自由。もっとも辞めれば長くは生きていられないでしょうし、勝ち残ればその狐を生き返らせることもできるかもしれなけどね」
全ては自由、自分で決めなさい。
そう言うと、香里は立ち去っていった。
今の美汐の心を占めていたのは香里への憎しみではなかった。
喪失感。
憎しみも、怒りも、悲しみも何もない。
真琴が居ないなら全てがどうでもいい。
生きていたとも思えない。
戦う目的が、生きる目的が、理由が今の自分にはない……。
『生き返らせられるかもしれないけどね』
香里の言葉が心に響く。
嘘臭い。
この戦いの最後にあるものの正体を薄々だが美汐は気づき初めていた。
例え最後まで勝ち抜いても、真琴を生き返らせることはおそらく……。
『美汐だけでも生き抜いて……そして……』
真琴の最後の言葉。
「そうですね……私は死ぬことを許されてはいません……」
美汐は栞の投げ捨てたカードを拾った。
このカードと、真琴の雪のカード……この二枚のカードできることは一つしかない。
美汐は決断した。
もしかしたら、その決断は真琴の望みと違うのかもしれない、真琴は自分を恨むかもしれない、それでも、私は……。





香里がエターナルワールドを一人歩いていると背後から声をかけられる。
「お姉ちゃん!」
「……あら、栞どうしたの?」
いきり立っている栞に、香里は町中でたまたま妹に会った姉のように普通に応じた。
「どうしたの?じゃありません! よくも余計なことをしてくれましたね!」
「余計なこと? 未熟な妹の後始末をするのは姉としての当然の役目よ、気にすることはないわ」
「いまさら、姉面しないでください!」
「あねづら……ね」
香里はクスリと笑う。
「私のこと無視しおいて……殺そうとしておいて……いまさら、私を助ける?……私を馬鹿にするのもいい加減にしてください!」
「仕方ないのよ、栞。無視したのはあなたを見たくなかったから、殺そうとしたのはあなたが憎かったから、助けたのはあなたが愛おしかったから……あたしは感情のままに生きているだけよ」
「お姉ちゃんは……矛盾してます……狂ってます!」
「そうね、そうかもね……でも狂っているは酷いわね、せめて気まぐれと言って欲しいわ」
「気まぐれ……気まぐれで殺されちゃたまらないです……」
「それもそうね……」
香里はゆっくりと栞に手を伸ばした。
栞はビクッと警戒する。
姉の手が自分の首に伸びるイメージが浮かんだ。
しかし、香里の手は栞の背中に回される。
「お姉ちゃん……?」
「今は酷いことしないわよ」
香里は栞をそっと抱きしめた。
「今は……」
「いつか、あたしも発病する病におかされたあなたを見ていたくなかった……見るのが辛かった……そして、あなたの存在を見ないことに、見えないことにしたのよ」
「……お姉ちゃん……」
「蘇生した直後はあらゆる負の感情が増幅され、暴走していたわ。不完全な、分不相応な異能力を得た代償ね……力が心を凌駕していたのよ。でも、今は違うわ……」
香里はそっと栞を解放する。
「お姉ちゃん?」
「栞、あたし以外に殺されちゃ駄目よ」
そう言うと、香里は宙に飛び上がった。
「お姉ちゃん!?」
「栞、悪魔はあたし一人でいいわ……あんまり悪いことしちゃ駄目よ」
香里の姿がエターナルワールドから完全に消え去る。
「お姉ちゃん……」
栞には、香里が何を考えているのか理解できなかった。




「……んっ」
「あははーっ♪ やっとお目覚めですか♪」
意識を取り戻した舞が初めに見たのは、見知らぬ少女の笑顔だった。



「名雪さん……観鈴ちんと戦って欲しいがお!」
「観鈴さん……」



「佳乃……やっとお前の仇が討てる……そして、お前を……」



運命の車輪の回る速度が加速していく。
ゲームの仕掛け人の手と思惑すら離れて……。


























次回予告(美汐&香里)
「というわけで第30話をお送りしました。カノサバ最終章完! 長い間応援有り難うございました……といっても違和感ない終わり方してますね」
「打ち切りって言うのよ、そう言うのは……」
「最後の部分は最近存在すら忘れられている方々の今後の展開ということで……名雪さん対観鈴さんとかは省略されたりするかもしれませんね」
「それはあんまりよ……」
「確かに、この作品、香里さんが主役に見えるかもしれませんね、特に最終章になってからは……」
「というか、最終章……この調子だととんでもない話数になりそうなんだけど……」
「そうですね……」
「まあ、なるようになるわよ……きっと……多分……」
「…では、今回はこの辺で……」
「良ければ次回もまた見てね」
「戦わなければ生き残れません」



「ミもフタもないアドヴェント解説」

『シャドゥフォックス』
別名、分身殺法ゴットフォックスシャドウ。
瞬間的になら何百人だろうと分身できるが、長時間維持するためには五人分身までが限界。
残像ではなく、実体のある分身である。


『天狐火焔祭』真琴ファイナベントA
無理に横文字にするとゴットフォックスファイヤー(フレイム)フェスティバルとかファイヤーダンスとかだが……なんとなくファイナルは漢字である。
クリタルブレイク(タイガのファイナル)をなんとか派手にできないか考えた末のバージョンの一つ。


『狐月祭』真琴ファイナベントB
クリスタルブレイクを派手に(以下略)。
最初は天狐火焔祭とまったく同じ入り方で、最後が火球ではなく突き刺しなだけの差異だったが、差別化のためにああった。



『ダブルサテライトバニラキャノン』
月は出ていますか?(GXX)
大宇宙からバニラを愛する心(毒電波)を受信し、高出力のバニラ粒子(冷気、凍気)を撃ち出す。



『トリプルメガバニラ砲』
悪いことするんですね、お姉ちゃん(Gヴァサーゴチェストブレイク)
設定上、栞のダブルサテライトバニラキャノンを上回るバニラ粒子を撃ち出す。




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