カノン・サバイヴ
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「香里さん……今の技見えましたか?」 香里と同じく、栞と真琴の戦いを『視ていた』鹿沼葉子が問う。 「ええ、流石は野生の獣だけあってまあまあ速かったわね」 「まあまあですか……」 香里は苦笑を浮かべた。 どうやら、葉子にも完全には見切れていなかったようだ。 超高熱の爪で栞を99回引っ掻いた後、トドメの一撃として手刀で鳩尾を貫く。 おそらく、栞には99回の引っ掻きどころか、最後の一撃すら貫かれるまで認識できなかっただろう。 えげつない技だ。 最初の99回の引っ掻きの段階で常人なら細切れになっている。 さらに、手刀による貫き、そして爆破。 「栞の弱点の一つがはっきりと出たわね」 「弱点? スピードのことですか?」 「そんなところよ。変身することによって高まる腕力や体力や瞬発力といった身体機能の倍増はみんな大差が無い。だからこそ、元々の身体機能や運動神経が最終的には物を言うのよ」 衣装による効果の差はなく、それぞれのパワーやスピードは元々本人が持っているものが強く反映される。 衣装によってどれだけ倍加されても、元々が病弱な病人で運動神経が鈍い栞と、人間の限界を遙かに超えた獣……妖狐(妖怪)である真琴とでは勝負になるわけがなかった。 「……けど、圧倒的なパワーと絶対的なスピード、それだけで勝てるほど戦いは甘くはないのよ、狐さん」 駆け引き、戦術、特殊能力……戦いは常に単純に強い者が、速い者が勝つとは限らない。 特に勝敗を大きく左右するのが、相手の能力をどれだけ知っているか? 相手の知らない能力を持っているか? 相手の能力を予め知っていれば対策が取れる、弱点をつくことできる。 相手の知らない特殊な能力があれば、不意をつき一撃で倒すことができる。 だから、相手のことを調べ、自分の手の内を明かさないようにするのが一番利口なやり方だ。 そのやり方を徹底していた一番の例が天野美汐。 彼女は極力戦いに参加せずに、端から戦いを眺めることで他者の能力を研究していった。 ただそのやり方にも欠点があった。 戦わなければ強くなれないということだ。 戦えば戦うほど急激に強くなっていく、第2段階の覚醒などがそのもっとも具体的な結果である。 手の内をさらさないこと優先するあまり、美汐は戦いを避けすぎていた。 それとは逆に天沢郁未はわざと手の内をさらしたり、手加減をしていたりする。 全ては少しでも戦いを楽しむために。 戦いを楽しむために、わざと自分に不利な要素を増やしていた。 「それで不覚をとっていたら間抜けだけどね……いえ、それこそが望みかしら」 強くなりすぎた者は、互角以上の相手を、自分を倒してくれるかもしれない相手を望むのかもしれない。 「さてと……」 香里は椅子から立ち上がった。 「どちらへ?」 「ライブで観戦しにいくのよ」 「ライブ?」 「間近で視たいのよ。栞がどこまであがけるのか……をね」 「……ん、ストール?」 真琴は自分の右手を見つめる。 栞が突き刺さっていたはずの右手にはボロボロになったかってストールだった物が巻き付いてるだけだ。 「爆破までのタイムラグの間に逃れたわね……」 認識できない速度で細切れになるまで切り刻むのではなく、串刺しにし爆破で葬るのは、相手に最後の瞬間に自分が敗れたことを認識させるためだ。 敗れたことに、殺されたことを気づかせずに、あの世に送るのでは面白くない。 そんな『優しい』殺し方はしたくない。 相手に屈辱を、敗北を、絶望を味わせてやらないと……。 「だったら最後までちゃんと逃げれば……いいのにねっ!」 真琴は右前方の建物に向けて火球を撃ちだした。 建物が吹き飛ぶと同時に、何かの影が飛び出す。 それと同時に銃声。 「銃声は一つだけど弾は……二つ……いや、三つ!」 真琴は飛来してきた弾丸を左右の手で一つずつ叩き落とし、最後の一つは跳躍してかわした。 跳躍する真琴の視界に栞が確認される。 栞は素早く弾丸のカードを装填すると、発砲した。 銃声は一つ、しかし、撃ちだされた弾丸は四発、全弾発射である。 「早撃ちなんて、あたしの前では無意味よ!」 真琴はカードを装填すると右手をつきだした。 「シュートベント! ゴットフレイム(神火)!」 真琴の右手から撃ちだされた巨大な火球が全ての弾丸を呑み込みつつ、栞に向かう。 「ソードベント! デスサイズ!」 栞は大鎌を出現させると、あっさりと火球を切り裂いた。 だが、栞はこの火球が目潰しが目的でしかないことを解っている。 今までのパターンだと火球を切り裂き、炎に視界を奪われている間に、真琴が背後や上空に移動を完了し、直接攻撃をしかけてくるのだ。 背後か? 上か? それとも下からか? 今は空に浮いているため、下からという可能性も……。 『ファイナルベント!』 「正面!?」 火球の残骸とでも言うべき炎の中から真琴の右腕が突き出され、栞の顔面を鷲掴みにする。 そのまま背後の壁に栞を押しつけると、栞を引きずりながら、地上めがけて壁を駆け下りていった。 「えうううううぅぅぅぅぅぅっ……」 地面に到達しても、そのまま栞を引きずりながら疾走し、今度は栞を押しつけ引きずりながらビルの壁を駆け上っていく。 ビルの頂点近くに達した真琴は、地上に向けて栞を投げつけた。 さらに、落下していく栞を追撃するように、無数の火球を地上に向けて撃ちだす。 「天狐火焔祭(てんこかえんさい)!」 栞が地上に激突した直後、全ての火球が地上に到達し爆発した。 「今の技を破る方法は二つね」 香里は二人の遥か上空から戦いを観戦していた。 「最初の一撃、掴みをかわせば、あの技は不発に終わる……」 それがもっとも理想的であり、同時に現実的な技の破り方。 一見、引きずられてる最中に逃れるという方法もあるように見えるが、それはもっとも難しく、限りなく不可能に近い破り方だろう。 真琴の握力、爪は並みではない。 一度捕らえた獲物は決して、自らの意志以外では離すことはないはずだ。 それにただ捕らえているだけではない。 超高温の熱と炎が掌から常に放たれ、握り潰すと同時に相手を焼き尽くそうとしている。 何より、引きずられている間中意識を保ち続けること自体不可能に近い。 「もう一つの方法は……地上に投げつけられてから、地上に激突するまでの間に体勢を整え、火球を回避するか、反撃を行う……」 しかし、それも、引きずられている間に意識を失わないという前提が必須だった。 限りなく不可能な前提条件が存在する。 「要するに捕まったら終わりってわけね」 最初の掴みをかわすなり、潰すなりされて不発に終わる欠点は存在するが、一度捕らえれば成功率、相手を仕留められる可能性はかなり高い。 「悪くはない技ね……でも……」 まだ終わりではない。 「…………ぇぅ……」 地上に降り立った真琴は信じられないものを目撃した。 栞が立ち上がったのだ。 最後が不発だったとはいえ『妖狐乱舞』と『天狐火焔祭』という二つのファイナルベントをくらって生きていた者など今まで唯一人も存在しない。 「……私は……こんなところで……終わるわけには……いかないんですよ……」 栞は震える右手でスノーバイザーデュオを真琴に向けて構えた。 左腕の方が最初のゴットフォックスネイルのダメージもあり、もう動かすこともできないようだ。 「……あんたのしぶとさには呆れたわよ。いいわ、あんたのその執念に敬意を払って、あたしの持つ三つのファイナルベント全てをあんたに味わわせてあげる」 「ぇぅ……」 「まあ、その前に……トリックベント! シャドウフォックス(影狐)!」 真琴の姿が五人に分かれる。 「ぶ……分身は無駄だと……証明したはずです! シュートベント! 雪玉4ガドリング!」 栞の右手に装着された二門のガドリング砲が無数の雪球を発射した。 「この前とは違うと言ったでしょう!」 真琴の分身がさらに増える。 五人が十人、十人が二十人、二十人が三十人……。 「えぅ!?」 百人近い人数に増えた真琴が、一人一発ずつ雪球をあっさりと受け止めた。 「あんたが百発の弾丸を撃つなら、あたしは百人になってその全てを受け止める。まして、片手が使えず、二門のガドリング砲しか装備できない今のあんたでは……」 「うるさいです!」 栞は再度、ガドリング砲を発砲する。 真琴『達』は、発射された雪球に、先ほど受け止めた雪球をぶつけて迎撃した。 「今度こそ終わりよ! ファイナルベント! 狐月祭(こげつさい)」 栞に向かって駆け寄っていく真琴が一人に戻っていく。 「えぅっ!?」 真琴は右手で栞の頭を掴むと、栞の顔面を地面に叩きつけた。 そしてそのまま栞を地面に押さえつけながら走り回っていく。 巨大な円を、渦を地面に描くかのように。 炎を宿らせた渦巻き、竜巻が生まれた。 真琴は炎の竜巻の流れに乗せるようにして、栞を空高く放り上げる。 竜巻の中心である無風地点で真琴は右手を頭上にかざした。 その手が炎の剣に変化する。 地面を引きずり回され、竜巻の渦に弄ばれ、栞は最後、この天高くかざした炎の剣に向かって落下してくる、意識を失い、無防備に……そして狐月祭は完成するのだ。 「バイバイ、栞」 炎の竜巻から栞が吐き出される。 真琴の丁度真上に。 しかし……。 「えぅえぅえぅえぅっ! この時を待っていました!」 しかし、栞は意識を失っていなかった。 地面を引きずり回され、炎の竜巻に灼かれながら弄ばれようと……執念で意識だけは手放さなかったのである。 「シュートベント!」 デススノーマンが巨大な二門のキャノン砲と四枚の黒いコウモリの翼に変化し、栞の背中に装着された。 空の彼方から一筋の光が栞の胸に向かって降り注ぎ、四枚の羽が高熱を放出する。 「ダブルサテライトバニラキャノン!」 キャノン砲から白い閃光が撃ち出され、真琴を呑み込んだ。 次回予告(美汐&香里) 「というわけで第29話をお送りしました。連日更新したかったのですが、後少し書き上がるというところで邪魔が入ったのです」 「まあそれはともかく、ここまでの部分で次回予告を入れずにさらに書いてみたんだけど……丁度二話分ぐらいの長さになってしまったわ。この話(栞vs真琴)の完結部分なんで繋げても良かったんだけど……一応区切ることにするわね」 「では、引き続き第30話をお楽しみいただければ幸いです」 「深夜アニメの二話連続放送みたいね……」 「Kanonだけにぴったりですね……」 「カノサバ最終回は三話連続放送かしら?」 「……では、今回はこの辺で……」 「良ければ次回もまた見てね」 「戦わなければ生き残れません」 |