カノン・サバイヴ
第27話「運命を弄ぶ悪魔」



父はあたしが幼い頃に、そして、母はあたしが中学生の頃に亡くなった。
そして、妹も去年、同じ病気に倒れた。
遺伝性の病気らしい。
あたしもいつ発病するか解らない……きっと、長くは生きられないだろう。

だから、こんな馬鹿な賭けに、戦いに、茶番に乗ることにした。
願いが叶うならそれに越したことはないし、例え願いが叶わなくても、その過程を楽しんでいる間は全てを忘れることができるのだから……。



『香里さんは……美坂の一族は呪われています』
以前、そう言ったのは天野美汐だった。
『美坂』と同じぐらい古く特殊な一族である『天野』の娘である。
「呪いね……」
香里は苦笑するしかなかった。
『呪い』という存在を否定するつもりはない。
天野美汐をはじめ呪い……『呪術』を自在に操る人間を何人も知っている以上、どれだけ否定したくても否定することは不可能だった。
だが、自分の、美坂の一族のもは少し違うと思う。
父や母だけではなく、美坂の家の者は皆代々短命であり、例外は存在しないと言ってもいい。
『遺伝的なものなのだろうな……遺伝子レベルで何かが決定的に欠けている……いや、余計なも因子が、本来普通にはないはずのない因子の存在が……』
ずっと前にあたしの体を調べた医師はそんなことを言っていた。
科学的に、医学的に説明しきることができない。
完全に結論を出そうとすると『非科学的』な答えになってしまう。
それゆえに、科学者や医者には決して美坂一族の短命の原因を解明することはできないだろう。
美坂がどう『特殊』な一族なのかすら知らないのだから、例え知っても解明どころか認めることもできないだろう……。



食事を済ませた香里は、食器を片づけると、タロットカードをテーブルに並べた。
「久しぶりに占うと……誰がどのカードを象徴していたかも忘れてしまうわね」
まずはそこから占い直す。
香里の22枚のタロットカード(大アルカナ)からはすでに『塔』と『隠者』と『運命の車輪』の3枚のカードが消えていた。
それぞれ、霧島佳乃、遠野美凪、月宮あゆを象徴するカードである。
「……やはり、この分け方がベストかしらね」
テーブルの北側に『力』、『魔術師』、『節制』。
テーブルの東側に『女教皇』、『恋人』、『死神』
テーブルの西側に『星』と『戦車』。
そして、香里の右手には『月』と『悪魔』のカードが握られていた。
『また奇妙な占い方をしていますね……』
唐突に背後から生まれる女性の声。
香里は焦りもせず、背後の女性に声をかける。
「異能者というのは玄関から入ってくる気はないのかしら、葉子さん?」
「それは失礼しました。まさか、本当にこのような所に居るとは思いませんでしたので、あなたがここに居ないことを確認次第、床に足をつけることもなく消えるつもりでした」
香里は振り返り、葉子の姿を確認した。
確かに、葉子は浮遊していて足を床につけていない。
「……まあいいわ。とりあえず、靴を脱いで、その辺に座ってくれないかしら」
葉子は香里に言われたとおり靴を脱ぐと、香里と向かい合うようにテーブルに座った。
「で、何の用かしら、葉子さん?」
「あなたがいつまで経っても『タワー』に来る気配がなかったので探していました。まさか、このような所に居るとは……」
「このような所って……自分の家に居るのがそんなに不思議かしら?」
今、二人が居る場所は美坂家のリビングルームである。
「……普通の方なら自然ですが、あなたの場合……家に帰りたがるようには思えませんでしたから……」
葉子は少し言葉を濁した。
香里の素性や家庭事情を知っている葉子には、香里が家に帰るとは思えなかったのである。
「……そうね。確かに誰も待っている人なんて居ないし、この家にもろくな思い出もないものね……」
そんな場所にわざわざ帰る気は今まで沸かなかった。
だから、この戦いが始まってからはずっと『施設』に住み着いてたのである。
「……ところで、このタロットはいったいどういう意味なのですか?」
葉子が話題を変えるように尋ねた。
「えっ? ああ、ただの対戦表よ。誰と誰を戦わせるか決めていたのよ」
「……『決めて』いた? そんな思い通りになるものなのですか?」
「ええ、他人の運命を操るなんて簡単なことよ」
香里は意地悪げな笑みを浮かべる。
「ほんの僅かに因果を歪めるだけでいいのだから……」
「因果を歪める?」
「運命というのは無数の偶然から成り立っているのよ。偶然という名の必然の糸が織り上げられて一つの世界の運命が生まれるのよ」
「……わざと解りにくく説明していませんか?」
香里はクスクスと意地悪く笑った。
「じゃあ、簡単に説明してあげるわ」
そう言うと、香里はテーブルの東側に配置された3枚のカードを指さす。
「このカードは、美汐さんとその恋人、そして栞を現しているわ。あたしは、美汐+真琴vs栞の戦いを起こさせるために、二人(美汐、栞)が家を出る時間を少しずつズラさせて、偶然鉢合わせするようにしたのよ」
「そんなことが可能なのですか……」
「簡単よ。美汐さんも栞も、弱った川澄先輩を狙ってある場所に必ず行こうとする。あたしは、川澄先輩がその場所に居なくなってから、二人がその場所に到着するように、二人が家を出る時間を数分遅くさせる。さらに、二人が川澄先輩が居たはずの場所で『偶然』鉢合わせするようにすれば……二人は出会い、戦いを始める……」
「…………」
葉子は言葉が出なかった。
他者の運命、『偶然の出会い』を狙って起こさせる。
そんなことが可能なはずがない。
「別にたいしたことじゃないのよ。人と人の繋がりなんて、出会いなんて、天文学的な偶然の上に成り立っているものよ。生涯の伴侶や宿敵なんかとも、たまたま家を出るの1分早かったり遅かっただけで、一生出会うこともなく、お互いまったく別の人生を歩むことになるのよ」
香里の言っている『理屈』は理解できた。
だが、それを意図的に行うなどいうことはできるはずがない。
そんなことができるのは運命を司る女神か何かだけだろう。
「人間の一生は1本の糸のようなもの、太さも長さも人によってまちまち……その糸同士の絡まりこそが、人と人の出会い、繋がりを意味する……これを『縁』と呼ぶ。あたしはそれに少しばかり干渉することができる……ただそれだけのことよ」
「……簡単なことのように言うのですね……」
「ええ、だってとても簡単なことよ。早い話、偶然を自分に都合の良い方向に起こしやすくするってだけだから。難しく言うなら、無数にある未来の中から自分が一番気に入った未来を選び、引き寄せることができるってことね」
「………………」
葉子は完全に理解した。
要するに、香里は運命を自由自在に操れるということだ。
それはすでに異能力の範疇を超えているのではないだろうか?
運命を操る女神、いや、人の運命を弄ぶ悪魔がそこに居た。



川澄舞は死んではいない。
川澄舞が天沢郁未との激突によって弾き出される場所も解っている。
だから、美汐はそこにおもむき、川澄舞にトドメを刺すことにした。
弱い奴(舞の場合は弱いのではなく、弱っただが)から倒して、いや、食らっていかなければ、自分達の立場がどんどん苦しくなっていく。
美汐の当初の予定と違い、他のヒロイン達が次々に第2段階という自分が決して敵わない領域の力を手に入れていくという事実が、美汐を焦らせていた。
今の『現在』は、美汐が『過去』で見た『未来』とはあまりに違いすぎる。
美汐にはその理由が解らなかったが、もし香里にその理由を尋ねたら彼女はこう答えただろう。
『あなたが覗き見している未来は、現時点でもっとも可能性の高い一つの未来に過ぎないのよ』と……。
「一足遅かったようですね……」
美汐が予知した舞の出現場所である港の倉庫には舞の姿はなかった。
ただここに居たの間違いない。
血が残っている。大量の血の跡が。
「あと少しだけ早く家を出るべきでしたね、真琴」
「あぅ〜」
真琴が同意の声を上げる。
家を出るのが遅くなったのは、少し真琴と『遊び』過ぎたせいだった。
『えううううううぅぅぅぅ〜』
「あぅ!?」
唐突に聞こえてきた正体不明な不気味な声に、真琴が警戒するような声を上げる。
『えうえうううううううううううぅ〜』
地獄の底から響いてくるような不気味な声が段々と近づいてくる。
「えうぅっ!」

ズドオン!

倉庫の天上を貫いて、何かが飛来した。
背中にコウモリのような羽を生やし、大鎌を持ったメイドさん。
「えぅ、どうやら取り逃がしたみたいです」
デスメイド☆しおりんは、血の跡を見つけるなり、そう呟いた。









次回予告(美汐&香里)
「というわけで第27話をお送りしました。やはり、予想通り、バトルの始まる前までで一話分使ってしまいましたね」
「なんでそこで、あたしを責めるように見るのよ?」
「香里さんがごちゃごちゃとくっちゃべってるからです」
「くっちゃべるって……どういう日本語よ?」
「まあそれはともかく、今回の話は軽く流していただいても結構です。香里さんのバックボーンや能力の説明や思惑なんかどうでもいいということは遠慮なくメッセージスッキップしてください」
「メッセージスキップなんて機能ないわよ……」
「ところで、久しぶりにタロットカード占いを香里さんが始めたのですが……期間が開きすぎて、誰がどのカードを象徴していることにしたのかど忘れしてしまいました」
「あはは……どっかに書いて置いたはずなんだけどね……」
「見つからなかったというか、どこに書いたのか自体忘れていたんですよね」
「ええ……」
「というわけで、一応いままでの話でそういった会話していた所を探してチェックしてみましたが、前と矛盾(違うカードがヒロインに対応)していたら申し訳ありません」
「間違っていたら遠慮なく指摘していいわよ。ただのミスだから……」
「名雪さんや観鈴さんのカードが何なのかはまだ語ってないですよね?」
「そのはずよ……多分……」
「…………」
「………………」
「では、今回はこの辺で……」
「良ければ次回もまた見てね」
「戦わなければ生き残れません」



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