カノン・サバイヴ
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「……香里? なんで香里がこんな所に……あ?」 祐一の視線が香里の足下にある『物』で止まる。 かって、月宮あゆと呼ばれていた存在の頭部。 頭部だけしか存在しない月宮あゆに……。 「あ、あ……あああああああああああああああああああああああああっ!」 祐一の意味をなさない絶叫が部屋に響いた。 「川澄先輩もどうせなら元がなんだったのか解らないぐらいに切り刻んでくれたら良かったのに……」 「な……あゆ? あゆかっ!? あゆがなんでっ!? あゆうううううううっ!」 祐一に香里の言葉は聞こえていない。 祐一は完全に錯乱しているようだった。 香里はとりあえず、祐一は無視して、足下に転がっていたあゆの生首を持ち上げる。 あゆの目は閉ざされている。 安らかに眠っているような表情だ。 首から下がなく、首の切断面から血が滴っていることを除けば……。 「こんな姿、相沢君に見られたくないわよね……お墓もいらないわよね? だって、あなたは……」 あゆの頭を挟んでいた香里の両手から白い輝きが放たれていく。 次の瞬間、あゆの生首は髪の毛一つ、いや、細胞一つ残さず綺麗に消え去った。 香里は部屋中に視線を送る。 次の瞬間、部屋に転がっていたあゆだった物の肉片は全て完全に消え去った。 あゆという存在がこの世に存在していた証は何一つ残らない。 「さてと、問題は……」 香里は祐一に視線を戻した。 完全に正気を失っている。 無理もない。いきなり幼なじみの少女の生首なんて見せられれば……。 生首や肉片の転がっている部屋で平然としている自分の方が人間として異常なのかもしれない。 「…………」 香里はゆっくりと祐一に近づいていった。 そして、祐一の目の前まで来ると、 「あゆっ! あゆうううううううっ! あ……」 バチィィンッ! 祐一の頬を思いっきり平手打ちした。 「正気に戻りなさい」 返す手で再度逆の頬を叩く。 「……う……あ、香里……」 バシイイイイイイイイイイイイイン! 「……か……香里……」 「……あ、ごめんなさい。もしかして、もう正気に戻っていた?」 「……ああ」 どうやら、最後のもっとも強烈な平手打ちは余計だったようだ。 「だけどね、相沢君、現実を認めることを拒絶してたりしても何の意味もないのよ」 自分のことは完全に棚に上げて言う。 香里も以前、栞の存在を拒絶し、存在しないものように暑かったことがあった。 拒絶、逃避……それらが何ももたらさないことを香里は誰よりもよく知っていたのである。 「……なあ、香里、さっきのは……」 「ええ、あなたの幼なじみ、月宮あゆさんの生首よ」 無表情無感情に香里は言った。 「何から話せばいいかしら?」 「……全部だ……」 「……解ったわ……長い話になるからそこのイスに座って」 祐一がイスに座るのを確認すると、香里はゆっくりと語り始める。 自分の知る全てのことを……。 同じ頃、天沢郁未、いや、水瀬秋子は、施設の一階で水瀬名雪と神尾観鈴を出迎えていた。 「お母さん……祐一から聞いたよ、何もかもお母さんのせいだって……」 「全ての元凶がお……」 「なんでもかんでも私のせいにされたらたまらないわね」 「…………あの、お母さん」 「何かしら、名雪?」 「……とりあえず、その姿と喋り方なんとかしてもらえないかな……違和感が……」 「……そうですね、少し待ってください」 口調の変化と共に、天沢郁未の姿が水瀬秋子の姿に変化していく。 数秒後、そこに立っていたのはどこから誰が見ても水瀬秋子だった。 ただ一カ所を除けば……。 「……お母さん、その服のままなのはちょっと……」 「歳を考えて欲しいがお……」 秋子は天沢郁未の一張羅である制服のままである。 「まだまだ充分イけると思っていたのですが……」 秋子が指を鳴らすと、制服がピンクのカーディガンに変化した。 「名雪、予め言っておきますが、さっきの姿もまた私の本当の姿なのよ。あなたを育てるのに、いつまでも若いままの姿では不都合だったから、この姿を取るようになっただけで……」 「今の姿だって充分異常な若作りだがお……」 「……観鈴さん、せっかく歳を取らない体なのに、中年や老婆の姿になりたいですか、あなたなら?」 「それは……なりたくないかな?」 「そういうことです」 「……て、問題はそんなことじゃないんだよ、お母さんっ! デッキを作ったのも、戦いを起こさせたのもホントにお母さんなのっ!?」 「了承」 「了承って……」 「肯定」 秋子は言い直した。 「素直に、はいって言えばいいのに……」 「却下」 秋子は観鈴のツッコミを却下する。 「お母さん、ふざけてる?」 「ふざけてなんていないわ、ただ楽しんでいるけどね」 「お母さんっ!」 「そんな怒らないで、名雪。で、結局、あなたは何を聞きたいの?」 「全部だよっ!」 「そう……全部……長くなるわよ」 「うん、構わないよ……」 「解ったわ、名雪。でも、全てを知れば、あなたは……いいえ、なんでもないわ」 秋子はイスに座って姿勢を正した。 そして毅然としながらも、いつも通りの優しい声で言葉を紡ぎ始めた。 祐一さんがあゆちゃんと知り合ったのは、小学校四年生の冬休みのことでした。 その年の冬休みも祐一さんはこの街へ遊びに来ていました。 そして、私が知らないうちに、あゆちゃんと知り合って仲良くなっていたようです。 二人は毎日のようにこの街のどこかで遊んでいたようですが、年が明けて祐一さんが自分の街へ帰る日が近付いた頃は、町外れにある森が二人の遊び場になっていたそうです。 その日は晴れていました。 この街の冬のことですからそこかしこに雪は積もっていましたが、とても天気の良い日だったことは私も覚えています。 その日も二人は森へ出掛けていたそうです。 そしてそこにある大きな木に、あゆちゃんは一人で登ったのだそうです。 そして……。 「そして、木から落ちてグシャってわけね。ここまでは思い出せたかしら、相沢君?」 香里が語ったのは、祐一とあゆの過去。 本来、祐一が覚えていなければならない記憶だ。 「そ……そうだ……そして、あゆは……」 「ここまでは普通の悲劇よ。そして、ここから非常識な物語が始まるのよ……相沢君、あなたのせいでね……」 「俺のせい?」 「そうよ。相沢君、あなたが真っ先に病院に連絡していれば、ただあゆさんが助からなかった、または、ただあゆさんが植物人間になった、といった悲劇で物語は終わったのよ」 「悲劇の一言で簡単に済ませてくれるな……」 祐一は不快感をあらわにする。 「ただの死亡や寝たきりの方が幸せだと思うからよ、その後のあゆさんの運命を考えるとね……七年間の孤独、利用され弄ばれた末の最後……全ての原因はあの時の相沢君の選択ミスから始まっているのよ……」 「俺が……何をしたと……」 「確かに、相沢君はあの時動揺していたのかもしれない。寧ろ、冷静だった方が不自然よ。それに、相沢君の選択も別に不自然でも間違いでもないかもしれない」 「俺は……あの時……」 祐一はあの時の記憶を思い出そうとした。 脳裏に浮かび上がってきたのは、あゆが地面に激突する瞬間。 「うっ!」 「腕も脚も骨折し、脊髄や内臓にも損傷が見られた……出血は凄かったそうね……生きてるのが不思議なぐらい……」 香里の言葉と共に、墜落後のあゆの姿が脳裏に浮かび上がる。 祐一が立ちすくんで、泣き叫んでいる間にどんどん弱っていくあゆの姿が……。 「別に相沢君の精神的な古傷を剔りたいわけじゃないわ……問題はその後の相沢君の行動……」 「…………」 「病院ではなく、叔母に連絡した。それが全ての始まりだったのよ……」 祐一さんは私に、あゆちゃんを助けてと言いました。 私が祐一さんの頼みを断るわけがありません。 可能な願いならなんでも叶えてあげたい。 そして、私には可能な願いでした。 祐一さんの願った形と微妙に違っていたかもしれませんが……。 「それに私にとってもとても都合が良かったんです」 秋子はいつものおっとりとした笑顔を浮かべて言った。 「都合が良かった?」 「あゆさんを助けるためという理由で、祐一さんに全面的に研究に協力して貰えたからですよ」 「研究?」 「『永遠の世界』……エターナルワールドの研究です」 次回予告(美汐&香里) 「というわけで第23話をお送りしました。かなり半端でいまいちな話ですね、今回は……」 「書いてる途中で時間があいたとか、後半急いで書いたとこっちの事情は置いておくとして……扱い的にはあゆ補足と作品の根本ネタばらしの前編って言ったところかしら?」 「あと一話でなんとかまとめたいですね。これ以上戦闘が無いのはなんですから」 「今回の話の問題的は一部分、秋子さんの一人称もどき?になっているところね」 「ええ、セリフ内は改行しないと決めてますので、地の文ではなく、セリフで秋子さんに過去を語らせると、読みにくいかと思いまして……」 「心情も書けるしね……」 「では、今回はこの辺で……」 「良ければ次回もまた見てね」 「戦わなければ生き残れません」 |