カノン・サバイヴ
第22話「最後の約束」




あれ、いつもと感じが違うよ?
真っ暗な暗闇の世界。
エターナルワールドで誰かに倒された後はこの場所に来る。
そしてしばらくすると、またエターナルワールドにボクは誕生する。
新しい、より強くなった肉体を纏って。
七年間、ずっとその繰り返しだった。
もっとも、ここ最近までは倒されるなんてことはなかったけど。
名雪さん達はこの世界、エターナルワールドの住人じゃないから、僅かな時間しかエターナルワールドに存在することができないけど、ボクは違う。
ボクにとってはこの世界が自分の世界、名雪さん達の居る現実世界がボクにとっては異世界、僅かな時間しか存在できない。
だから、成長してあの街に帰ってきた祐一君とも少ししか会えなかった。
でも、これからは違う。
ボクはこの戦いを勝ち抜いて、現実世界の肉体を手に入れるんだ。
祐一君とずっと一緒に居られる、本当の体を……。


「無理よ」
「うぐぅ?」
驚いた。
エターナルワールドならまだしも、今居るこの空間にボク以外の存在が現れたのは初めてだったから。
美坂香里さん。
以前ボクを殺した乱暴で危ないお姉さんだよ。
「実はあたしの方が年下なのよ、数ヶ月だけど……あゆさん?」
「うぐぅ? じゃあ、香里ちゃんって呼んでいい?」
「好きに呼んでいいわ、あなたがその呼び方で違和感を感じないなら……」
「…………やっぱり、香里さんと呼ぶよ」
「そう……」
年下、年上関係なく、目の前の彼女は『ちゃん』なんて呼ぶのが似合わない気がした。
「で、香里さん何しに来た?」
というか、どうやって来たの?
「そうね……死の宣告かしら」
香里さんはなんとも言えない複雑な表情でそう言った。
「うぐぅ? 宣告?」
「あなたはもうエターナルワールドで甦ることはないのよ……」
「えっ……?」
何言ってるんだろう?
ボクは今まで何度だってここから、エターナルワールドへ……。
「そうもそもあなたここがどこだかも知らないわよね?」
「え……うん……」
確かに、ボクは今居る場所がどこなのかも、エターナルワールドで倒されるとなぜここに来るのかも知らない。
「あなたの記憶の始まりはどこ? 七年前より……エターナルワールドに来るより前の記憶があなたに残っている?」
「うぐぅ……」
ボクは必死に記憶を手繰る。
解らない……解らないよ。
ボクは気が付いたら、エターナルワールドに居た。
ボク以外誰もいないエターナルワールドで祐一君が帰ってくるまでの七年間を独りで過ごした。
「どうして、こんな孤独な世界に居たのか? 何一つ覚えていないわよね……覚えているのは相沢君のことだけ……違う?」
「う、うぐぅ……その通りだよ……」
どうやら、香里さんはボクよりボクのことを知っているみたいだ。
「教えて欲しい?」
「うん……」
「そう……」
香里さんは沈黙した。
もったいぶらずにさっさと教えてよ!
ボクは妙な焦りを感じていた。
そして、これ以上聞いちゃいけないと心の中で誰かが叫んでいる気がする。
「いいわ、教えてあげる、あなたは七年前……」
「ボクは……?」
「七年前死んだのよ」



しばらく、ボクは呆然としていたけど、我に返ると叫んだ。
「……う、嘘だよ!!!」
「本当よ」
香里さんは冷徹に言い放つ。
「相沢くんの目の前で、大きな木の上から落ちて……」
香里の言葉通りの光景が一瞬脳裏に浮かび上がった。
「可哀想なのは相沢君、そのことで自分を責めて責めて……」
迫る地面、叫ぶ祐一君、そしてボクは……。
ボクは……。
「聞いている? いえ、聞こえている?」
沈黙したボクに香里さんが尋ねる。
もういいよ、もういいよ、香里さん。
思い出したから、ボクはあの時、木から落ちて死んだ。
「でも……じゃあ……今のボクは何なの!?」
「霊体よ」
「レイタイ? 霊? 幽霊ってこと……?」
「そうよ、霊体、つまり魂だけの存在よ」
嘘だよ? だってボクは物に触れるし、痛みだってあるし……。
「幽霊かどうかは少し問題よね……少し前まであなたの体生きてたから……生霊の方が正確かしら?」
「えっ?」
ボクの体が生きていた?
でも、さっき死んだって……。
「ある人がね、あなたの体を元通り治してしまったのよ。でも、魂であるあなたが体に戻れなかったから、体は『生きているだけ』で意志のない肉塊に過ぎなかったのよ」
「ど、どうしってそんなことに……」
「さあ……どうして、あなたが体に戻れなかったのまでは知らないわ。非科学的に言うなら、肉体と魂を結ぶ糸でも切れてしまっていたのかもね……」
「…………」
「あなたの肉体を『生かす』ことはできたのに、あなたを本当の意味で『生き返らせる』ことができなかった……その人は悩んだわ……そして、閃いてしまったのよ……常識から外れたあなたの甦らせ方を……どんな方法か解る?」
「…………」
香里さんはしばらくボクが答えるのを待っていたけど、ボクが黙っていると話を続けた。
「肉体という物質に魂を入れられないなら、魂自体を物質化して肉体にしてしまえばいい……実体を持った霊体(魂)……それがあなたよ、あゆさん」
「うぐぅ……ボクは魂だけの存在……?」
「そうよ。だからこそ、切り刻まれようと、殴り潰されようと、一度霊体に戻って、再び実体化(物質化)しなおせば何度でも甦ることができたのよ、霊体は元々物資的な攻撃では決して破壊しきることはできないものだから……」
それがボクが不死身だった秘密……。
「で、ここから本題よ。いくら、戻ることができない肉体でも、肉体無しで物質化している魂でも、無関係ではないのよ」
「うぐぅ?」
なんか少し難しい話になってきた気がするよ。
「だから、例えばあたしがあなたの現実世界の肉体を破壊してしまえば、魂であるあなたも消滅するのよ」
「うぐぅ!? まさか、香里さん、ボクの体を……」
「あなたの肉体にトドメを刺したのはあたしじゃないわ、川澄舞という人よ……もっとも、彼女がやらないならあたしがやったでしょうけどね……」
香里さんは責めるなら責めていいわよ、っと言った表情をしている。
「どうして、香里さんはボクにトドメを刺そうとしたの?」
愚問かもしれない。
香里さんとボクは敵同士なんだから倒そうとするのは当たり前といえば当たり前だ。
「……あなたが哀れに、惨めに見えたのかもしれないわね……」
香里さんの答えはボクの想像と違っていた。
「あなたは例え最後まで生き残ったとしても、現実世界で相沢君と一緒になんてなれないのよ。あなたはエターナルワールドでしか生きられない存在なのだから……」
「でも、最後まで生き残れば願いを叶える力が……」
「無理なのよ……だって、願いを叶えてくれる存在が、あなたをそんな形で甦らせたのだから……」
「うぐぅ!?」
そんな、そんなことって……。
「これ以上詳しい説明はできないわ。でも、あなたはあの人の実験体であり失敗作にしかすぎないのよ……」
あの人……それが誰のことなのか解る。
この戦いが始まる以前に唯一、ボク以外でこの世界に何度も来ることができた人。
とても優しい人だった。
独りで寂しかったボクを何度も慰めてくれたり、いろんなことを教えてくれもした。
この戦いで勝ち残れば願いが叶うと教えてくれたのも彼女だった。
いろんな意味で怖い人だということも解っていたが、ボクを騙しているなんて思ったことは一度もなかった。
お母さんみたいな人だと思っていたのに……。
「…………ねえ、香里さん、ボクはこれからどうなるのかな……?」
「肉体はさっき破壊されたばかり、つまりあなたさっきやっと正式に亡くなったのよ。だから、この後は消滅するか、幽霊になるか……どちらにしろやっと普通に死ねるのよ」
「幽霊になる? その方がいいかな……今までだってボクは幽霊みたいなものだったんだから……」
幽霊でもいいから、祐一君の傍にずっと居られたら……。
「でも、幽霊ってのも怪しいわね、あなたは弄られた魂だし、普通に幽霊になったり、死後の世界に逝けるかどうかも怪しいわね……やっぱ、消滅かしら?」
うぐぅ、そんな不安になること言わなくても……。
「ねえ、あゆさん、あたしに一つ提案があるんだけど……乗ってるみる気はないかしら?」
香里さんの提案は、ボクを今の状態にしたあの人と同じぐらい常識から外れてるものだった。
でも、ボクはその話に乗ることにした。
幽霊になって、あるいは生まれ変わって、祐一君の傍に……なんて願うかどうかも解らない奇蹟に賭けるよりも、香里さんの提案に乗った方が確実な気がしたから……。
あの人と同じように、香里さんもボクを騙す気なのかとも思ったけど……これから香里さんがボクに行うことで香里さんに利益があるようには思えなかったから……信じてみることにしたんだ。
ううん、ホントはただ香里さんの目がとても優しくて、そして悲しそうだったのが信じることにした理由なのかもしれない……。
そして、ボクという存在は現実世界だけではなく、エターナルワールドからも、この暗闇の世界からも消え去った。
香里さんとの約束だけを信じて……。




「安心していいわよ、あゆさん、あなたを騙す気なんてないから……」
約束の90%はすでに完了しいる。
後はもっとも肝心な残り10%を終了させるだけだ。
「それにしても……なんでこんなあたしには何の得もない約束しちゃったのかしらね……」
惨めなあゆに同情した? 健気な乙女心に感動した? それとも……。
「ただの気まぐれ、暇つぶしよ」
そう言うことにしておこうと香里は自分に言い聞かせた。
「香里さん」
郁未が部屋に入ってくる。
郁未は、香里が勝手にあの部屋を見つけだして入室したこと、そして、あゆの肉体を破壊したことを知っても怒りはしなかった。
郁未にとってあゆはもはやただの七年前の実験の失敗作に過ぎなかったのだろう。
この戦いに参加させるという以外に使い道もなく、あゆが完全に破壊されても、他のヒロインが独りリタイヤしたのと何ら変わらない、些細なことに過ぎない。
(そういえば川澄先輩のこと郁未さんに教えてなかったわね……)
別に意識して隠した覚えはないが、元々あゆは香里が自分で破壊するつもりだったので、舞の名前を出すと舞にあゆを破壊した責任や罪を押しつけて責任転換するみたいで少し嫌だったのだ。
もっとも、郁未のことだから、報告しなくても、侵入者のことなどすでに知っているかもしれない。
香里はわざわざ報告するのを辞めた。
報告を辞めた理由の中には、舞が郁未を見つけだし、二人が戦いになったら面白ろそうだというのもあったりする。
「香里さん……もうすぐ祐一さんがここに来ます……」
「なっ!?」
香里は物凄く驚いてしまった。
よりよって、あゆが死んだばかりのこのタイミングで?
運命の悪戯?……いや、郁未が作為的に仕組んだのかもしれない。
だが、その考えは郁未の表情を見た瞬間否定された。
動揺している? 焦っている? あの郁未が?
つまり、祐一が来ることは彼女にとっても予定外だということだろう。
全てが演技出ない限り。
「祐一さんに、あゆちゃんのことを説明する役目……引き受けてもらえませんか」
「……一切隠さずに全て教えてしまっていいんですか?」
「はい……」
郁未は弱々しい顔で頷いた。
「……相沢君の叔母であり、あゆさんのことの張本人であり、全ての元凶であるあなたが説明しないでいいんですか?」
「虐めないでください、香里さん……」
郁未は弱々しく笑う。
香里も笑い返した。
「ごめんなさい、こんなチャンス……弱っている郁未さんを見る機会なんて二度となさそうでしたから……解りました、引き受けます」
「ありがとうございます、香里さん」
郁未は深々と香里に頭を下げると、部屋から出ていく。
「でも、あんまりあたしを信用しない方がいいかもしれないですよ。相沢君を取っちゃうかも……」
郁未は立ち止まり振り返ると、微笑を浮かべて尋ねた。
「香里さんは誰が好きなんですか? 私? 祐一さん? 名雪? それとも、栞ちゃん?」
「名雪は最愛の親友、栞は最愛の妹、相沢君はもっとも好きな男の子って言ったところかしらね?」
その最愛の親友と妹と殺し合っていたりするが。
「浮気性ですね、香里さんは」
「自分に素直と言って欲しいですね」
「フフフッ……ではよろしくお願いしますね、私は他に出迎えなければいけないお客様が居るので……」
「他に?」
「娘に会うのも少し久しぶりです」
「ああ、そういうことですか……」
香里は納得した。
だから、祐一の方は自分に任せたのだろう。
郁未が見えなくなるまで見送ると、香里は改めて部屋を見回した。
「……流石にこのままの部屋で相沢君を迎えるのはヤバイわよね……」
部屋にはあゆだった『物』の残骸が散らばっている。
郁未はまったく気にしていなかったが、相沢君が見たら……。
香里がそんなことを考えていると、足音が近づいてきた。
「え、ちょっと……」
「……香里?」
「早すぎるわよ、相沢君……」
この後の展開を考えると、香里はため息を吐くしかなかった。
















次回予告(美汐&香里)
「というわけで第22話をお送りしました。別名「あゆ」編ですね」
「そうね、あたしや栞の話も本来こうなるはずだったのよ。でも、やっぱり最初だけ一人称というのはどうもいまいちよね?」
「ですが、番外編として本編から離してしまうと、あゆさんの最後(種明かし)及び伏線などが本編に入ってないということになってしまいますから……番外編や外伝までは読まないという方も居るでしょうし……」
「そうね。まあ、この話のあゆさんの一人称部分全て抜いても話は繋がらないことはないんだけどね……」
「そんなわけで、久しぶりに戦闘のない……一話丸々あゆさんの愚痴?な話をお送りしました」
「愚痴というより遺言かしら?」
「ところで、またしばらく、私と真琴は出番なそうですね……お久しぶりの名雪さんと祐一さんの出番ですか?」
「ええ、名雪は元ネタの第2段階さえはっきりすれば動かしやすくなるんだけど……問題は相沢君よね……役割がヒロインなんだもの……それも、どっかのテニスか囲碁並みに出番の薄い……」
「扱いに困るキャラですね……」
「存在的に重要ではあるんだけど、活躍させようはないという……ホント困ったキャラよ」
「では、今回はこの辺で……」
「良ければ次回もまた見てね」
「戦わなければ生き残れません」




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