カノン・サバイヴ
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運命は絶対でありながら不変ではない。 美汐は舌打ちした。 美汐の未来予知ではここで栞が現れるなどという事実はなかった。 そもそも、栞が生存していたこと自体、その可能性を美汐が考えていただけであって、予知にそのような事実が浮かび上がったことも一度もなかった。 そう言った意味では、栞の、死神の出現を予知していた香里の方が未来視としては上かもしれない。 もっとも、香里の予知もまた少し歪みを出していたが。 「ほら、いつまで寝てるんですか、あゆさん? まさか指一本動かせないなんて言わないですよね?」 栞はいまだに倒れているあゆに、カードバイザーでもある愛銃スノーバイザーデュオを突き付ける。 「う……うぐぅ……」 「あゆさんに復讐するために冥府の底から帰ってきたんですよ。これで引き金を引くだけでもう終わりなんて……それじゃ、私の気が晴れないんですよ!」 栞はスノーバイザーデュオであゆの頬を殴りつけた。 ちなみにスノーバイザーデュオの重さは約25キロ、鈍器としても立派すぎる凶器である。 「う……う……うぐ……」 美汐はその栞とあゆのやりとりを静かに見つめていた。 今、あゆの注意は完全に栞だけに向けられている。 自分と真琴の存在は完全に忘れているようだ。 逃げるにしろ、攻撃するにしろ、今しかない。 だが、栞の能力が未知数なことが美汐の決断を妨げていた。 その時、真琴が動いた。 (駄目、真琴っ!) 真琴は一瞬にして栞の背後に移動すると、迷うことなく折れていない左手の爪を振り下ろそうとする。 ガゴオオオン! 真琴の左手の爪が吹き飛んだ。 栞が振り向きもせずに銃を発砲したのである。 「あぅ……」 「右手だけじゃ足りなかったんですか、狐さん」 振り向いた栞は、無表情で銃身を真琴に向けた。 先ほどあゆに向けていたような憎しみと復讐できることの喜びの入り交じった表情とは違う。 ただ邪魔なゴミを払うといった感じで、銃を向け、そして引き金を……。 「あぅっ!」 無論、真琴も大人しく撃たれる気などない。 瞬時に栞の前から逃げ去る。 そして、栞の照準が定まらないように常に動き続ける。 その人間離れした動きの速さは複数の残像すら作り出していた。 「えぅ〜、流石獣です、私にはそんな動きできないです」 栞は恐怖や焦りといったものが欠片もないお気楽な口調で言う。 「神火爪斬!」 折られた爪を一瞬で再生させ、さらに爪に炎を宿らせた真琴は栞に向かって跳躍した。 しかも、5人の真琴がである。 「分身の破り方は昔から決まっています。シュートベント! 雪玉4ガドリング!」 栞の両手に二門ずつ、合計四門のガドリング砲が出現した。 ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ! 火薬入りの雪玉の雨が全ての真琴を撃ち抜く。 そして巻きおこる大爆発。 「全て倒せばいいんですよ」 栞はとても素敵な笑顔を浮かべて言い切った。 「あぅ……」 爆煙が晴れると、そこには元の人間の姿に戻った真琴が蹲っている。 「流石第二段階です。今のも前のファイナルベントぐらいの威力はあったんですよ、丈夫ですね……でも、次は耐えれませんよ」 栞は再びガドリング砲の標準を真琴に合わせた。 アンミラ(第一段階)の真琴は反射的にコンニャク(ガードベント)を召喚しようとする。 それで防ぎきれるとは思えないが、僅かでも生存の確率を高めるために。 「ファイナルベント! アカッシクミシオバスター!」 まったく予想外の方向から狐の形をしたエネルギー体が栞に襲いかかってくる。 いつの間にか栞の死角に移動した美汐がファイナルベントを放ったのだ。 「くっ……」 違う武器を召喚している間はない。 栞は迫り来る狐のエネルギー体に向けて、ガドリング砲を乱射した。 破壊しきれない。 狐のエネルギー体は、雪玉の雨の爆発を突き抜けて、栞に激突しようとする。 「えぅ〜!!! 栞はガドリング砲が装備されたままの両手を組むと、狐のエネルギー体に叩きつけた。 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン! 「真琴! 今のうちに引き上げますよ!」 栞の姿を覆い隠す爆煙には目もくれず、美汐は叫ぶ。 「え、でも、美汐……」 「真琴っ!!!」 「あぅ……」 美汐の剣幕に押され、真琴は逃走を開始した。 美汐は確信していたのだ。 今の攻撃で栞は倒せていない。 それどころか、さらにどれだけの追加攻撃を加えても、今の栞は『絶対』に倒せない。 今の自分たちの戦力では。 ここは、まだ目的を果たせていないが、逃走するしかない。 逃走すら成功できる確率は少ないのだ。 今の機会を逃すわけにはいかない 美汐と真琴はひたすら走った。 現実世界へ逃げ戻るために……。 「えぅ」 栞は使い物にならないほど壊れたガドリング砲を外すと投げ捨てた。 栞の体から離れた雪玉4ガドリングは粒子と化し消滅する。 たいしたダメージは受けてはいなかった。 雪玉4ガドリングで殆ど威力を削っていたし、最後も体に直撃されることを避けることができたので、実質ダメージは両手の先を少し火傷したぐらいである。 「えぅ〜、これではしばらく引き金も引けないです」 「うっぐっぐっぐっぐっぐっ! ボクはこの時を待っていたんだよ!」 いつのまにか完全に回復を完了したあゆが宙に浮いていた。 「あれ、あゆさん、どうやって回復したんですか?」 「甘く見てもらっちゃ困るよ。ボクには自己修復機能もあるんだよ、わざと死んで再構築しなくても、時間と手間さえかければ破損個所を修復していくことが可能なんだよ」 「自己修復機能? 再構築? なんか人間じゃないみたいですね」 「う……ボ、ボクは人間だよっ!」 あゆはダブルタイヤキバスターカノンを召喚する。 「もう一度天国に送り返してあげるよ、栞ちゃん! ファ……」 あゆは『ファイア』という掛け声と共に発砲したかったのだろう。 だが、それよりも速く栞のスノーバイザーデュオが火を吐いた。 二発の雪玉が、バスターカノンのそれぞれの銃口に炸裂する。 「うぐぅ!?」 爆発する、バスターカノン。 「これで丁度弾切れです」 スノーバイザーデュオの装弾数は4発。 栞は一発たりとも無駄にはしなかった。 「うぐぅっ! なら、シュートベント! 閃光の翼(ライトニングフェザー)!」 あゆは無数の光の羽を撃ちだす。 栞はゆっくりとバイザーにカードを装填した。 栞の目の前に現れたストールが回転して全ての光の羽を打ち落とす。 「ガードベント、テラストールです」 「うぐぐぅ……なら、ファイナ……」 「ファイナルベントです!」 栞の方が速くファイナルベントの装填を完了した。 「バニラストーム!」 あゆの背後に出現したデススノーマンが口から吹雪きを吐き出す。 竜巻と化した吹雪があゆを呑み込み、動きを封じながら空へと押し上げていった。 「うぐううううううううっ……でも、この程度の竜巻なら……」 「ちなみに、あゆさん、竜巻はトルネード、台風はハリケーン、ストームは嵐です」 「うぐぅ、それくらい知って……」 「バニラストームMAXです!」 激しさと、そして冷たさを増したバニラストームが、あゆを氷漬けにして空高く打ち上げる。 栞は跳躍した。 飛来したデススノーマンが栞の背中に翼と化し融合する。 氷漬けのあゆより遙かに高空に到達すると、栞は大鎌を振りかぶった。 「ファイナルベント! 冥土散(メイドさん)!!!」 縦に回転し、巨大なスクリューと化した栞が凍り漬けのあゆと激突する。 爆発と共に氷漬けのあゆは粉々に砕け散った。 「結局、最終的な運命までは変わらなかったみたいね」 香里は紅茶を口に運びながら呟いた。 未来をただ覗き見るだけの美汐の未来視と違って、香里のタロットカード占いは『情報』が多ければ多いほど的中率が増す。 真琴の情報、強さを計り間違えた結果、真琴があゆを追いつめすぎてしまい、栞と真琴と美汐が戦うという香里の占いではなかった現象が発生することとなった。 もっとも、それでも最終的に栞があゆを倒すという運命自体は代わりはしなかったが……。 「運命が星の軌道だとしたら、人の気まぐれや足掻きは、その軌道を僅かにズラし、歪める飛礫のようなもの……結局大きな運命を変えることなんてできはしないのよ」 香里は視線をこの部屋でもっとも異質で目を引くアレに向けた。 巨大な丁度人一人入るような水槽。 実際にその水槽には人が一人入っていた。 茶色の髪の小学生ぐらいの裸の女の子。 水槽から生えた無数の管は機械に繋がっている。 「……何度も何度も死んで生き返るなんて辛いわよね……」 目の前の少女は生きている。 そうただ『生きている』だけだ。 意識もなく、成長することすらない。 七年前から中身の抜けたままのただの抜け殻に過ぎない。 「だからもう終わりにしてあげるわ」 香里は水槽に右手を向けた。 その掌に『力』が集まっていく。 そして、掌から『力』が解き放たれるより速く、一本の剣が水槽ごと少女の心臓を貫いた。 「……川澄先輩……」 「……魔は滅ぼさなければならない……」 舞が剣を引き抜くと同時に、少女の肉体は水槽ごと四散する。 「……そうね、魔は……人でなくなった者は滅びないといけないわね……」 「……紅茶美味しかった……」 舞はそう言うと、香里に背中を向けて歩き出した。 「あたしは……狩らなくていいの、魔物狩人さん?」 舞の背中に香里が声をかける。 「……私の獲物は……あの魔物の王……魔物にも人にもなりきれない雑魚に用はない……」 舞は振り返りもせずに去っていった。 「雑魚か……言ってくれるわね」 どうやら舞は知っているようだ。 香里と郁未の関係を……郁未を倒せば、香里がどうなるのか……。 そして、香里があらゆる意味で『不完全』だということまで。 「……さてと、後片付けをしないといけないわね」 香里はため息を一つ吐くと、イスから立ち上がった。 次回予告(美汐&香里) 「というわけで第21話をお送りしました」 「ストームといいながら、竜巻と描写されてるのは、竜巻がもっとも渦巻きといったイメージがわきやすいからよ」 「素直にバニラトルネードとすれば問題なかったのでは?」 「ゴロが悪いわよ。まあバニラじゃなくて、アイスストームとかアイスブリザードとかいう一見普通な名前も考えたんだけど、栞らしさということでバニラよ」 「まあ、世の中ファイアブリザードとかいう訳の分からない竜巻もありますから……」 「名前はともかく、栞のアレは冷やして熱して正拳付きっていうどっかの巨大ロボの技でもイメージしてくれれば近いわね。あと飛翔斬(ナイト)ね……ドリルじょうの横回転じゃなくて、縦回転のスライサー?だけど……」 「ちなみに、栞さんのファイナルベントはまだバリエーションや隠しバージョンがあったりします」 「なんでここで言うのよ?」 「いえ、本編では使う前に栞さんがやられるかもしれないので……」 「火力アップした全武器発射の方をファイナルにしようかとも思ったんだけど……元ネタの新ファイナル(あるの?)がどんなのか解らないから……」 「では、今回はこの辺で……」 「良ければ次回もまた見てね」 「戦わなければ生き残れません」 |