カノン・サバイヴ
第20話「正しい不死身の倒し方」



「…………」
カタカタッといったキーボードを叩く音が響く。
香里は無言で作業を進めていた。
場所は某施設の一室。
美凪や祐一が突き止めた秋子達の隠れ家でもある某施設。
七年前の事故以来、外観は廃墟のようになっているが、実際は地下にこそこの施設の本拠はあり、そこで香里や葉子などは何不自由なく暮らしていた。
もっとも、この施設は広すぎて、香里はこの施設が地下何階まであるのかすら知らない。
天沢郁未の留守を選んで探索しているのだが、マッピングの完成はまだまだ先になりそうだった。
今居る場所もさっきやっと見つけたばかりの場所。
部屋というには広すぎる、体育館ぐらいの広さにぎっしりと機械が詰まっている場所。
スーパーコンピュータ? いかにも研究所といった感じだ。
漫画なんかのマットサイエンティストの研究所そのもの……実際の科学者の研究所がこんなのだろうか?とか疑問も沸くが、この施設の今の所有者が所有者だ、彼女なら『冗談』でこんな設備を揃えても不思議はない。
「………………ふぅ」
とにかく、香里は目的を終えた。
香里は苦笑を浮かべる。
なぜ、こんな作業をしたのか自分でもよくわからない。
ここを見つけた時点で、本来の目的であった『知的好奇心の満足』は完了している。
まあ、暇つぶしにはなったし、何かの役に立つこともあるだろう……。
「それにしても……あの人もかなりえぐいことをするわね……」
前から解っていたことだが、改めて実感した。
あの人の犠牲になったアレに対して憐憫の情が沸かなくもない。
「憐憫? そんな感情、あたしに残っていたのね……」
いや、きっと錯覚だ。
自分がアレに対して行ったことを考えれば。
「…………ん」
近づいてくる人の気配。
「よくこの場所が解ったものね……」
そもそも、地下施設の存在自体によく気づいたものだ。
美凪と祐一はまったく気づかなかったというのに。
もっとも、二人の時は郁未が表(一階)に出向いて出迎えたため、地下施設を探す機会も、探す気すら二人に与えなかったというだけの話だが。
「……さてと」
香里は侵入者を出迎える。
「………………」
侵入者は剣を持ったバニーガールだった……。



あゆは『狐狩り』をしていた。
「狐狩り、貴族の遊び……メインヒロインのボクに相応しい遊びだよ」
「あぅ〜」
アンミラ姿の真琴は逃げ回りながら、改造モデルガンを上空のあゆに発砲するが、あゆに到達する前に弾丸の威力は消えてしまう。
遙かな上空からあゆはバスターカノンを連射した。
「あぅ!? あうっ!?」
わざと真琴に直撃させず、いたぶるように……。
「うっぐっぐっぐっ、そんな玩具の銃じゃ話にならないよ、真琴ちゃん。栞ちゃんのほうがまだ歯ごたえがあったよ」
あゆと真琴の圧倒的な火力の差。
どう見てもこれは勝負ではなく、一方的な狩りにしか見えなかった。
「シュートベント! 閃光の翼(ライトニングフェザー)!!!」
無数の光の羽が真琴に向かって降り注ぐ。
「あぅ! ガードベント! コンニャク!」
無数のコンニャクが真琴を護る障壁となった。
「コンニャクは斬鉄剣だって跳ね返すのよっ!」
「真琴ちゃん、それは漫画の話だよ」

ドバシャアアアアアアアアアアアン!

全ての光の羽はコンニャクの壁を貫き、大爆発を起こした。
「うっぐっぐっぐっ! もっといたぶりたかったけど、うっかり殺しちゃったかな?」
「ストライクベント! フォックスネイル!!!」
「うぐぅっ!?」
炎を纏った真琴の爪があゆ片翼を切り裂く。
炎は残ったあゆの羽を伝いあゆの服に燃え広がった。
「うぐぅ!? そんな……」
あゆは燃えながら地面に向かって落下していく。
信じられなかった。
自分は絶対に安全な高空に居たはずなのに、いつのまにか背後に真琴がいたのだから。
あゆは自分が二つ間違えをしていたことに気づく。
コンニャクの壁は、閃光の翼を防ぐためのものではなく、あゆの視界から自分の姿を隠すためのものだったこと。
飛行能力を持たない真琴が自分に直接攻撃などできないと決めつけていたが、真琴に自分の居る高空にまで到達できる跳躍力があったこと。
「あゆ、あんた弱いわよ。ファイナルベント!!!」
真琴はあゆを追うように落下しながら、ファイナルベント『刹那の本性』を装填する。
真琴の姿が豹変していく。
二つの赤いリボンが自然に外れ、長い髪が風に流れる。
髪の中から新たに狐のような耳が生え……。
両手の爪が刃のように伸び……。
尾にはふわふわの狐の尻尾……。
犬歯は牙のように鋭さを……。
肌は病的なまでに妖しげな白さに……。
そして最大の違いはその表情だった。
真琴の顔から全ての感情が消えている。
赤く変色した瞳がただ鋭く冷たくあゆを見つめていた。
「……失せろ」
真琴の体から放たれる赤い妖気が無数の火球に変化する。
一つ一つがあゆを包み込む程巨大な火球が、全てあゆに向かって叩きつけられた。
「うぐうううううううううううううううううううううううううううううううっ!?」
あゆを呑み込んだ火球の群はそのまま地面に激突する。
真琴はゆっくりと地面に足から着地した。
「オーラエミッション……妖気放出……技でもなんでもありません。真琴は体から溢れ出す余剰の妖気をあなたに向けて叩きつけただけですよ、あゆさん」
「う……うぐぅ……」
あれだけの火球の直撃をくらいながらもあゆは生きている。
もっとも、香里や聖に倒される前のあゆだったら生きていなかっただろう。
進化した体こそ耐えきることができたのだ。
だが、それは不幸だったのかもしれない。
あっさりと絶命した方がこの激痛を感じることもなく楽になれたのだから。
「あなたはホントに弱いですね、あゆさん」
あゆは痛みに耐えながら、声のした方に視線を向ける。
巫女装束の天野美汐が自分を見下ろしていた。
「……ボ……ボクが弱い……?」
「第1段階である真琴は、今生き残っているヒロインの中ではおそらく最弱でしょう。あなたが倒した栞さんの方が遙かに戦闘能力は上だったはず……それなのに、なぜあなたが真琴に敗れたのか解りますか?」
「……あのインチキな……ファイナルベントのせい……」
「違います。真琴の『刹那の本性』は刹那の時間だけ不完全ながら第2段階になれる技、しかし、それはあくまでトドメとして使っただけの話。ファイナルベントがなくても真琴はあなたを倒していました」
「うぐぅ……」
あゆは美汐の発言を認める。
ファイナルベントがなくても、フォックスネイルで翼をもがれ落下した後、威力の低い技で時間をかけてトドメをさされるだけの違いしかなかっただろう。
技の威力や性能は関係ないのだ。
コンニャクは閃光の翼の攻撃力の半分の防御力もなく、フォックスネイルはダブルタイヤキバスターカノンの四分の一の威力もない。
それなのに、自分は負けたのだ……。
「さて、不死身なあなたを倒す方法ですが……真琴」
美汐の傍らに妖狐化したままの真琴が現れた。
真琴がパチンと指を鳴らすと、掌の上に炎が生まれる。
「これが狐炎、この程度の炎ならこの姿にならなくても使えるのよ」
「ただの火の玉、普通の炎にしかすぎませんからね」
「そしてこれが……!」
炎の色が赤から青に変わっていく。
それと同時に、真琴の尻尾が九本に増え、体毛が金色に変化した。
「これが神火、妖狐の中でも天狐しか使えない神の炎よ」
青い炎が真琴を取り巻くように荒れ狂い、激しさを増していく。
「というわけで、選ばせてあげます、あゆさん。相手を焼き尽くすまで決して消えることのない神火で焼かれるとのと、真琴に『喰われる』のとどちらがお好みですか?」
「うぐぅ!?」
「斬っても殴っても再生するなら、バラバラにした後、一つ一つ焼き尽くすか、食べて消化してしまうしかない……それが私の考えた正しい不死身の倒し方です」
美汐は無表情で当然のことのように言った。
「ボクを食べる!?」
あゆは今すぐこの場から逃げたかったが、体はさっきの深手のせいで指一本動かない。
「美汐……こいつ不味そう……真琴できれば食べたくないよ……」
「そうですね、では、焼き鮎(やきあゆ)にしましょう」
「オッケイ、美汐。まずは切り刻むね」
真琴は凶器と化している右腕をゆっくりと振り上げた。
「バイバイ、あゆ」
真琴はゆっくりと右腕を振り下ろす。
その瞬間、

ガゴオオオオオン!

銃声と共に真琴の右手の爪が打ち砕かれた。



「お茶でも飲みます、川澄先輩?」
香里は、剣を持ったバニーガールの少女、川澄舞と対峙していた。
「珈琲の方がいいかしら?」
「…………」
「それとも、あたし? あたしを殺しにきたのかしら?」
香里はクスクスと笑う。
「……アレは何?」
舞は香里の背後を見つめながら言った。
舞の言うアレが何を指すか、振り返るまでもなく香里には解っている。
この部屋に入った者が百人居たら、百人中百人がまずアレに注意がいくだろう。
「そうね……抜け殻と言ったところかしら?」
「抜け殻……」
香里はテーブルの上に紅茶を二人分用意した。
そして、舞にイスを勧める。
「……戦わないの?」
「先輩が戦いたいなら戦いますけど、今の先輩の最優先事項はあたしと戦うことじゃないでしょ?」
香里はそう言うと、舞と向き合う形でイスに座った。
「……なぜ解るの……?」
「占いよ。今はまだあたしと先輩が戦う時じゃないわ」
香里は懐からタロットカードを一枚取り出す。
死神のカード。
「今は……天使になり損なった哀れな魂を死神が狩る時間よ」



「真琴っ!」
右手を押さえて蹲っている真琴に美汐が駆け寄った。
「……平気よ、美汐。爪が折られただけだから……手はなんともない……」
真琴の爪の付け根から血が滴り落ちる。
弾丸が当たったのは爪とはいえ、爪が砕け、剥がされた衝撃はかなりのものだった。
『えぅ〜、駄目ですよ、あゆさんは私の獲物なんですから』
この場に相応しくない緊張感の欠片もない声が響いてくる。
「……やっぱり、生きていたんですね……」
真琴の右手の手当をしながら、美汐は呟いた。
巨大なハンドガンを手にした漆黒の衣装を着た少女がゆっくりと近づいてくる。
背後に、大鎌を持った雪だるまを従えて……。
「地獄から迎えに来ましたよ、あゆさん♪」
喪服のようにも見える漆黒のメイド服を着た少女、美坂栞は今まで見せたことのない最高の笑顔で言った。















次回予告(美汐&香里)
「というわけで第20話をお送りしました。一応、この話を第2部最終話とさせていただきます」
「あたしの時と違って、生きてるっぽい伏線は一切入れないようにしてたんだけど……あの子は復活すると大抵の人は思っていたでしょうね?」
「まあ、第2段階にもなっていませんでしたからね」
「というわけで、第3部からはいよいよ最終章、決着編に突入するわ。ここまでの段階でこの作品に耐えられない方は第3部は見ない方がいいわ」
「そんなこと言って、誰一人見てくれなかったらどうするんですか?」
「う…………」
「………………」
「……今のは注意書きみたいなものよ。この作品、ギャグやパロディのつもりだけど、ひとによっては嫌悪感を感じる殺し合いものに思えるみたいだから……」
「あゆさんと違って、私達は不死身ではないですからね……第3部ではどんどん……ということですね」
「反応ないと心配になるのが、どこまでやっていいかよね。自分だとどこからが残酷すぎとか、やりすぎとか解りにくいから」
「そうですね。では、今回はこの辺で……」
「良ければ次回もまた見てね」
「戦わなければ生き残れません」





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