カノン・サバイヴ
第19話「怨嗟の血」



永遠、奇蹟、そんなあやふやのものでは彼女を繋ぎ止めることはできない。
もっと現実的な力が必要だ。
人を呪う術。
禍々しき、怨嗟の力。
『呪術』という現実的な力を私は選んだ。


「私や香里さんは……んっ……デッキという媒体が無ければ力を引き出すことができない彼女達……うっ……とは違います……」
美汐は布団の上で横になっていた。
「デッキはあくまで効率よく安全に力を行使するためのものに……すっ……過ぎません……んっ……」
美汐の上に真琴が乗っている。
真琴は美汐の左胸の上に口を付けていた。
「…んっ!……」
「……あぅ」
真琴は美汐の胸から口をはなす。
真琴の唇の周りは赤く濡れていた。
「……もういいの、真琴?」
「うん、美味しかった」
「そう」
美汐は真琴の頭を優しく撫でる。
真琴は気持ちよさそうな表情でそれを受け入れた後、美汐の左胸の傷口を舐め始めた。
「……美汐、痛い?」
「……ん……平気ですよ」
美汐は真琴に微笑みかける。
真琴のための傷なら、真琴につけられた傷ならどんなに深い傷でも構わない。
傷の深さが、絆の深さのようにも思えるから。
「それにしても……」
美汐はカードデッキを取り出した。
少し気になることがある。
エターナルワールドで変身してる時の傷とダメージ……。
「美汐の肌、白くて綺麗……」
美汐の血を舐めていた真琴が呟いた。
そう問題はそこだ。
自分の体は本来ならもっと傷だらけのはずなのだ。
傷の治りが早すぎる。
先日の香里との戦いで受けた傷がもう一つも残っていない。
今、美汐の体にある傷は、真琴が血を吸うためにつけた左胸の傷だけだ。
「…………まさか」
「……んっ……美汐?」
「……いえ、なんでもありませんよ、真琴」
一応自分なりの仮説の答えを導き出した美汐は思索をやめる。
そして、すぐにまた別のことを考え出した。
「……正しい不死身の倒し方……」
「あぅ?」
「斬っても殴っても死なない者をどうすれば倒せると真琴なら思いますか?」
「あぅ? えっと……えっとね……あぅ〜」
真琴は困ったような顔で唸る。
必死に考えたが答えはでなかったようだ。
それを見て、美汐はクスクスと笑う。
最初から真琴が答えられるなどとは思っていなかった。
この困ったような真琴の表情が見たくて尋ねただけである。
「二つほど方法を考えついたのですが……どちらも真琴に負担がかかってしまいます……」
「あう、真琴は平気よ! 美汐のためなら何でもする」
「ありがとう、真琴……真琴はホントに良い子ですね」
「あぅ〜」
美汐が頭を撫でると、真琴は甘えるように頬をすり寄せきた。
真琴を可愛がりたい、美汐。
美汐に甘えたい、真琴。
二人の利害は完全に一致していた。
いや、利害という言い方は正しくない気がするが……。
「もっとも、アレの正体が私の考えている通りなら、どちらの方法でも完全には滅せないかもしれませんが……」
「あぅ?」
だが、問題はない。
難しいのは滅ぼすことであり、倒すことだけなら、
「至極簡単です。一眠りしたら『うぐぅ狩り』開始しますよ、真琴」



香里はタロットカードをシャッフルしていた。
一枚のカードを引き抜くと、それを壁に向かって放る。

カッ!

新たに引いたもう一枚のカードで最初のカードを壁に貼り付けた。
『運命の車輪』に突き刺さる『悪魔』。
さらにもう一枚『節制』のカードを引くと、『運命の車輪』に投げ刺す。
「……何をしているんですか、いったい……」
いつのまにか背後に立っていた鹿沼葉子が香里に声をかけた。
葉子には香里が何をしているのか理解できない。
奇行にも見える行動だった。
「占いに決まっているでしょ。見て解らないの?」
なんで見て解らないの? あなた馬鹿なの?といった感じの表情で香里は答える。
「そんな占いがありますか!」
「まあ、ここまでは未来じゃなくて過去を再現しているわけだから、的中率100%は当たり前よね」
香里は葉子を無視して占いを続けた。
さらに二枚のカード、『女教皇』と『恋人』が『運命の車輪』に突き刺さる。
「……あきれたしぶとさね……」
「その占いで一体何が解ったというのですか?」
「そうね、あなたに解るように言うなら……対戦表ってところかしら?」
「対戦表?」
「『運命の車輪』はあのタイヤキ娘を現すカード、『悪魔』はあたし、『節制』は霧島聖、『女教皇』は美汐さん、『恋人』は美汐さんのペット……」
「……なるほど、つまりあなた達は四人がかりでも月宮あゆを倒しきれないということですね」
「勘違いしないで欲しいわね。あたし達は誰一人、月宮あゆに劣ってはいない。ただ、月宮あゆが『不死身』というインチキをしているだけの話よ……でも……」
香里はさらにもう一枚カードを引くと、微笑した。
「それももう終わりよ」
カードは、『運命の車輪』を切り裂いて壁に突き刺さる。
「よいのですか、カードを破いてしまって?」
「平気よ、もう必要の無いカードだから、この二枚と同じようにね」
香里は『塔』と『隠者』のカードを引くと破り捨てた。
『塔』は霧島佳乃、『隠者』は遠野美凪、すでに消えたヒロイン達を象徴するカード。
香里の今使っているタロットカードも元々は遠野美凪の物だった。
「さてと……」
香里はタロットカードを片づけると部屋から出ていく。
「どこへ行くのですか?」
「別に……当分あたしの出番はないみたいだから、寝に行くだけよ」
「戦闘、食事、睡眠、他にすることはないのですか……」
「何? 名雪と仲良く学校にでも通えとでもいうの? この状況で?」
香里は苦笑を浮かべた。
「そうは言いませんが……」
「まあ、それはそれで面白いかもしれないわね、名雪がどんな顔するか……」
「悪趣味な……」
「やっぱり素直に寝ることにするわ……なんなら一緒に寝る? 今、郁未さん居なくて寂しい独り寝なのよね」
「さっさと一人で寝てください!」
ムキになって怒鳴る葉子の反応に満足すると、香里は笑いながら消えていった。



「…………うぐぅ……」
何度死んでも慣れない、この蘇生する時の感覚の気持ち悪さは……。
体が再構築される度に、何かが欠落していくような気がする。
実際は再構築される度に、以前より優れた肉体に強化されており、欠落など間違ってもないはずなのだが……。
「まったく、いくらボクが不死身だからって気安く殺しすぎだよ」
完全に体の再構築を完了したあゆは、飛んだり跳ねたりして体の調子を確認する。
「よし、完璧だよ」
明らかに以前より『強くなっている』のも間違いなかった。
「でも、これじゃまだ駄目だよね……」
「そうね、あたしや霧島聖と互角に戦うのはまだ無理ね」
「うぐぅ!?」
あゆは独り言に答えがかえってきたことに動揺する。
いつのまにか自分の隣に美坂香里が居た。
「体で覚えるという言葉を実践しているんだったわね、あなたのシステムは。あたしの拳や霧島聖のメスに、今度は耐えられるだけの強度で肉体が再構築される……まあ、早い話、倒さて甦れば甦るだけ強くなるのよね? どっかの魔軍司令かどっかの戦闘民族みたいに……あの人もそういう漫画が結構好きなのよね」
「うぐぅ……ボクをまた殺しに来たの?」
あゆはゆっくりと後ずさり、香里との間合いを取る。
「別に今はあなたの相手をする気分じゃないわ……まあ、あなたが挑んでくるなら話は別だけど……この前ので力の差は理解したでしょ? それとも実際に戦っても理解できないほどお馬鹿さんなのかしら?」
「うぐぅ……」
香里の言うとおり、今はまだ駄目だ。
倒され蘇生することで『この前』の香里のパワーとスピードは『覚えた』が、あれはまだ香里の全力じゃない。
今戦えばまたすぐに殺されるだけだ。
そうすればさらに強くなれるのだが……。
甦ったばかりで、またあの絶命する瞬間の痛みと恐怖、蘇生する際の不快感を味わうのはかなり嫌だった。
「もっと格段に能力を上げないと駄目ね……例えばヒロインを誰か一人倒してその魂を取り込むとか……」
「うぐぅ」
倒したヒロインの魂を取り込み強くなる。
それがこのバトルロイヤルに勝ち残るためのもっとも有効な手段だ。
本人達もあまり自覚ないようだが、観鈴は佳乃の魂を、佐祐理は美凪の魂を取り込み力を上げている。
自分は戦闘に参加せず、他のヒロイン達が潰し合うのを待つのも有効な手段ではあるが、それは生き残ったヒロインとの能力差が広がる危険性があった。
「もうすぐ美汐さんとそのペットがあなたを狩りにやってくるわ。二人とも第1段階……あたしの言いたいことが解るわよね?」
「二人を返り討ちにして取り込んで強くなれってことだよね……でも、なんで香里さんがボクに有利になるようなことを……」
「そうね……あなたが弱すぎて戦う気がしないから……なんて理由はどうかしら?」
「うぐぅっ!」
あゆの顔が屈辱と怒りに歪む。
「まあせいぜい頑張るのね……」
あゆの反応を確認すると、香里は無防備に背中を向けて歩み去っていく。
攻撃するつもりならいつでも攻撃すればいい、と無防備な背中が語っていた。
「うぐぅ……まあいいよ……その余裕をいずれ後悔することになるんだからね、香里さん……」
あゆは笑みを浮かべると香里が消え去るまで見送る。
そして、美汐達の到着を静かに待つことにした。
エターナルワールドのどこに現れようと、エターナルワールドに来た瞬間瞬時に察することができる。
元々、エターナルワールドには距離も時間も無いに等しいのだ。
ヒロイン達にのみ現実世界の時間で9分55秒しか滞在できないという制約が存在するが、制約やルールというより、それはただの法則、タイムオーバーを超えて滞在すれば…………となってしまうというだけの話だ。
「ボクには関係ないけどね……」
そう、ボクにだけは関係ない……。












次回予告(美汐&香里)
「というわけで第19話をお送りしました。少し久しぶりですね」
「そうね、どうもなかなか上手く書けなかったというか、書く気が沸かなかったというか……実際書き上がった今でもこれでいいのか悩むところだったりするのよ」
「オリジナル展開になってからの雰囲気が、ダークというか生々しいというか壊れているというか、殺し合いになってるのが嫌な感じ……という意見がありましたので、このまま進んでいいのか悩みました。だって、おそらくこれからますますその要素が増していくことになるはずですから……」
「今まで書いてきたSSとは明らかに色が違うものね……まあそれでも放置(打ち切り)というのはよくないと思うから……この作品はこういう作品だと割り切って突っ走ってしまうことにしたわ」
「話数的に丁度良いので、次の20話で第2部ラストにして、問答無用の最終章(第3部)とすることに今決定しました」
「読んでくれる(楽しんでくれる)人がいるか不安だけど……とにかく最終話までGOってわけね……」
「ええ、反応なくても途中放棄はしないつもりです。反応ないと悲しいですが……」
「とにかく、終わらせないといけないわね……あとも控えていることだし……」
「そうですね。では、今回はこの辺で……」
「良ければ次回もまた見てね」
「戦わなければ生き残れません」



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