カノン・サバイヴ
第12話「佐祐理の秘密」




立派にお姉さんをつとめて、弟といっしょに『正しい子』になるのだ。
一弥とふたりきりでいるときは、わたしはきびしくした。
甘やかさない、ということは、きびしい、ということだ。
きびしい、ということは、一弥にとっては、苦しいことだ。
泣き出すと、『めっ』としかった。
なきやむまで、ミルクはあげなかった。
それでも泣きやまないので、わたしはつらかった。
ほんとうは、すぐにでもミルクをあげて、頭をなでて、あやしてあげたかった。


「ほら、水鉄砲もあるんだよ」
紙袋から、色違いの水鉄砲をふたつ取り出すと、その片方を一弥に握らせた。
「水は入ってないけどね。元気になったらふたりで遊ぼうね」
しゅこしゅこと引き金を引いて、わたしは空気だけがでる水鉄砲で、一弥を撃った。
「お姉さんはね、こう見えても本当は運動神経いいんだよ」
一弥が頷いた。
「楽しいこと、本当はね、いっぱい知ってるんだよ」
一弥が頷いた。
「一弥のこと、本当はね、大好きなんだよ」
一弥が頷いた。
わたしは俯いた。
しゅこしゅこ…。
一弥が、伏せるわたしの顔に向け、水鉄砲を撃っていた。
顔をあげると、一弥は、楽しそうに、無邪気に笑っていた。
そしてくぐもった、呻きに似た声がその喉から漏れ出た。
「たのしいね…」
そのとき、わたしたち姉弟は、初めて二人で遊んだのだと思う。
そして、それが最初で最後だった。




「あああああああああああああああああああああっ!」
佐祐理は目覚めると同時に、拳を壁に叩きつけた。
呼吸が荒い、寝汗もびっしょりとかいている。
悪夢……いや、過去の記憶にすぎないが、それはどんな悪夢よりも質が悪かった。
「……何が立派な姉ですか……威厳がなんですか……正しい子?」
くだらない、なんてくだらない。
その結果が弟の死。
弟に苦しみを、辛い思いばかりさせて、幸せなど一度も感じさせてやれずに。
「いつまで……佐祐理につきまとうんですか、一弥……」

最後は笑っていたじゃないですか?

なのにどうしていつまでも佐祐理の夢に出てくるんですか?

そんなに佐祐理を苦しめたいんですか?

そんなに佐祐理を恨んでるんですか?

だったらいっそのこと佐祐理を殴ってください。

佐祐理を殺してください。

その方がよっぽどすっきりする。

でも、死者は殴っても、殺してもくれない、ただ佐祐理を苛み続けるだけ……。

永遠に……。

佐祐理が一弥のことを忘れられる日まで……。




美凪を失った衝撃から立ち直れない名雪は、いつもと変わらない観鈴の態度を冷徹に感じ、衝突を繰り返していた。
「まだ落ち込んでるがお?」
「わたしは、観鈴さんみたいな冷血漢と違うんだよ……」
そこへ、突如響き出すモンスターの接近音。
観鈴は、立ち上がる名雪を押さえ、
「観鈴ちんが行く!」
と、エターナルワールドへ渡っていく。
「観鈴さん……」



戦う観鈴とモンスター。
さらにもう一体モンスターが現れ観鈴に襲い掛かる。
「がお……AIR」
両者の攻撃に、観鈴はみすずちんAIRに変身。
「ファイナルベント! 翼人特攻!」
観鈴と同じ恰好をした翼の生えた少女が出現。
超低空を飛行する翼人の少女に飛び乗る観鈴。
翼人の少女は段々とバイクに変化していき、バイクに変化完了すると、観鈴を乗せたまま凄まじいスピードでモンスターに激突した。


見事にモンスターを倒し帰還した観鈴を出迎えた名雪は、観鈴の傷の手当てをしながら、美凪のことで頭が一杯で観鈴に八つ当たりしていたことを詫びる。
同時に、自分に気を遣ってくれた観鈴の変化が、名雪には嬉しかった。
他のヒロイン達も観鈴のように変われれば、何か新しい道が開けるのではと期待する



「もし弟が生きているとしたらどうですか?」
「ふぇ? そんなことあるわけないじゃないですか……でも、もしそうなら……」
「そうなら?」
「もしそうなら佐祐理は変われるかもしれません♪」
「では、会わせてあげましょう」
金髪の少女は事も無げに言った。



名雪と観鈴の見守る中、対面する姉と妹。
「お姉ちゃん……ごめん」
だが佐祐理は不気味に笑うだけだ。
「なんとか言ってあげなよ」
名雪に促された佐祐理は、やがて身も凍るような恐ろしい言葉を口にしはじめる。
「一弥、あの火事はね……お姉ちゃんがお父様とお母様を焼き殺したんですよ♪ だって、佐祐理が一弥に優しくできなかったのはお父様達のせいなんだよ♪ 悪いのはお父様達……お父様、悪い人だから殺してもいいんだよね♪」
「……お姉ちゃん……」
「でも、一弥も悪い子だよね♪ お姉ちゃんをいつまでも責めるんだもん♪ お姉ちゃんはホントは一弥が大好きだったのに……一弥に優しくしてあげたかったのに……それなのに、お姉ちゃんを恨んで、呪って、毎日夢に出てくるなんて非道いよね♪」
「……お……姉ちゃん……」
「ホント、会いたかったですよ、一弥♪ 今度こそちゃんと消えてね♪」
佐祐理がそう言うと同時に、一弥の背後に現れたファンシーアリクイが一弥を瞬時にエターナルワールドへ引きずり込む。
「あははーっ♪ これで安心して眠れます♪」
心の底から安堵したような表情で笑う、佐祐理。
「信じられないよ……あなたみたいな人間がいることが……」
「あははーっ♪ だったらどうします? 戦いますか♪」
「…………」
呆然とする名雪に、観鈴が叫ぶ。
「この人は人間じゃないよ! モンスターだよ!」
そしてカードを取り出し、変身する観鈴。
受けて立つ佐祐理。
名雪も憤りに震えながら、エターナルワールドへと渡っていく。
戦う佐祐理と観鈴。
やがて栞も現れる。、
「あははーっ♪ 2対1ですか♪」
「すみませんが、あなたにはウンザリしてるんですよ」
2対1の戦闘が始まる。
名雪もまた、やりきれない思いのまま、現れたモンスターを相手に戦いへと巻き込まれていく。
「だおおおおおおおっ! ファイナルベント! ケロピーキック!!!」
ファイナルベントを使いモンスターを粉砕する名雪。
一方、観鈴と栞を相手に苦闘する佐祐理には、さらにみちるダイバーが襲い掛かる。
「にょわあああああああああっ! 美凪の仇!」
「あははーっ♪ 死んだヒロインの亡霊ですか♪」
そう呟いた佐祐理は、メタル北川の時と同じく契約カードを取り出すと、なんとみちるダイバーとも契約を交わしてしまった。
3体のモンスターが合体し、現れる新たなモンスター
モンスターの口から放たれた光に、名雪、観鈴、栞はなぎ飛ばされる……。




そこには、三人の少女が居た。
青い髪の少女、金髪の少女、そして、茶髪の少女。
「あははははははっ! 気に入ったわ、とても気に入ったわ、佐祐理さん」
茶髪の少女が楽しげに笑う。
「なぜ、あんなお膳立てをしたの?」
青い髪の少女が冷静に金髪の少女に尋ねた。
「どこまで救いようのない人間か確かめたかったんです」
「……で、結果は?」
「口にするまでもないないでしょう」
金髪の少女が落胆しているのは明らかだった。
茶髪の少女が気に入った部分、弟を殺す冷酷さ……いや、狂気が金髪の少女には信じられなかった。いや、信じたくないのだろう。
「なぜ……たやすく肉親を殺せるのです……」
「必要だからに決まってるじゃない」
ヒロイン達の戦いを眺めていて、会話に参加していなかった茶髪の少女が口を挟む。
「……必要?……あれが正当な理由だというのですか?」
「邪魔だから、力を得るために必要だから……いえ、気に入らないってだけでも充分よ、人が人を殺す理由なんて」
「……肉親でもですか?」
「……肉親ね……確かに特別よね……さすがに拘りは感じるわよ。ゴミみたいなただの人間と違って、戦ったり、殺したりする時の快感は比べ物にならないわね」
茶髪の少女はクックックッと笑う。
心底楽しげに……。
(狂っている……いや、壊れているのか)
この少女も佐祐理と同類なのだ。
前はもう少しまともな人間だったのに。
いや、彼女自身は前より今の方が幸せなのかもしれない。
細かいことに悩んだり、苦しんだりしないで済むようになったのだから……。
(でも、それは人間でなくなったということなのでは?)
決して悩まず、自分だけの価値と正義を押し通す存在。
「…………」
「何? あたしの考えが気に入らないの? ご立派な方は慈悲の心に溢れているのね?」
「くっ……」
「はいはい、ケンカしないの」
青い髪の髪の少女が仲裁に入る。
もっとも、彼女の仲裁は事実上命令だった。
金髪の少女も、茶髪の少女も、青い髪の少女にだけは逆らわない。
とてもシンプルな二つの理由があるからだ。
少女が好きだから、少女が強いから、といったあまりにも単純すぎる、理由。
飾った言葉で言うなら忠誠心と恐怖心だろうか?
愛情と恐怖かもしれない。
「まあいいじゃないの。あの弟くんは力で作ったただの幻でしょ?」
「え、ええ……」
「それで、佐祐理さんの本性や本質がよく解ったし、戦いも進展した。なんの問題もないじゃない」
「そうですね……」
「あなたの気分がスッキリしないのが問題なのよね? 人間の醜さを見せつけられて」
茶髪の少女が小馬鹿にするように言う。
金髪の少女に、佐祐理や茶髪の少女の狂気が理解できないように、茶髪の少女には金髪の少女の感じているものが理解できなかった。
察しはつかないことはない。甘さや優しさとかいった、他人に、人間に対する期待や希望……茶髪の少女が持っていない感情だ。
「ホント、人間って奴はくだらないことをごちゃごちゃ悩むわね」
そう言うと、茶髪の少女はヒロイン達の戦いを観戦することに注意を戻した。
「あなただって人……」
金髪の少女は言葉を飲み込む。
せっかく、茶髪の少女が自分からむのをやめたのに、こちらから茶髪の少女に話しかけて蒸し返すこともない。
「相性悪いわね、あなた達」
青い髪の少女は苦笑する。
欲望のままに生きる者と、理性を重んじる者。
対極な二人なのだから、衝突するのは無理もない。
なんとなく、心の中の天使(理性)と悪魔(欲望)がケンカするという漫画なんかでよくある絵が脳裏に浮かんだ。
「二人ともホントに可愛いわね」























次回予告(美汐&香里)
「というわけで第12話をお送りしました」
「なんとか少しはマシになったかしら?」
「佐祐理さんが相変わらず……ですね。今回見事に佐祐理さんの話です。結構原作忠実というか……」
「弟を飲み込むシーンがどうしても書きたかったのよ。最初、弟の設定をカノンの方のにしたら、どうしてもそのシーンに持っていけなくて、かといって完全に元ネタの設定したら変になるし、で、ああなったのよ」
「その結果……元ネタ以上にヤバイ性格になってませんか……」
「気のせいよ……」
「ところで、オリジナル要素の方々がかなり目立ってませんか?」
「そこであたしを見ないでよ。いいじゃないの、オリジナル展開って宣言してあるんだし……」
「私とその他の方がまたいきなり出番無いのに……」
「そうした方が話がまとまるのよ」
「そうしないと話がまとまらないわけですね……」
「はっきり言っちゃえばそうよ」
「では、今回はこの辺で……またお会いしましょう」
「良ければ次回もまた見てね」
「戦わなければ生き残れません」




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