カノン・サバイヴ
|
立派にお姉さんをつとめて、弟といっしょに『正しい子』になるのだ。 一弥とふたりきりでいるときは、わたしはきびしくした。 甘やかさない、ということは、きびしい、ということだ。 きびしい、ということは、一弥にとっては、苦しいことだ。 泣き出すと、『めっ』としかった。 なきやむまで、ミルクはあげなかった。 それでも泣きやまないので、わたしはつらかった。 ほんとうは、すぐにでもミルクをあげて、頭をなでて、あやしてあげたかった。 「ほら、水鉄砲もあるんだよ」 紙袋から、色違いの水鉄砲をふたつ取り出すと、その片方を一弥に握らせた。 「水は入ってないけどね。元気になったらふたりで遊ぼうね」 しゅこしゅこと引き金を引いて、わたしは空気だけがでる水鉄砲で、一弥を撃った。 「お姉さんはね、こう見えても本当は運動神経いいんだよ」 一弥が頷いた。 「楽しいこと、本当はね、いっぱい知ってるんだよ」 一弥が頷いた。 「一弥のこと、本当はね、大好きなんだよ」 一弥が頷いた。 わたしは俯いた。 しゅこしゅこ…。 一弥が、伏せるわたしの顔に向け、水鉄砲を撃っていた。 顔をあげると、一弥は、楽しそうに、無邪気に笑っていた。 そしてくぐもった、呻きに似た声がその喉から漏れ出た。 「たのしいね…」 そのとき、わたしたち姉弟は、初めて二人で遊んだのだと思う。 そして、それが最初で最後だった。 「あああああああああああああああああああああっ!」 佐祐理は目覚めると同時に、拳を壁に叩きつけた。 呼吸が荒い、寝汗もびっしょりとかいている。 悪夢……いや、過去の記憶にすぎないが、それはどんな悪夢よりも質が悪かった。 「……何が立派な姉ですか……威厳がなんですか……正しい子?」 くだらない、なんてくだらない。 その結果が弟の死。 弟に苦しみを、辛い思いばかりさせて、幸せなど一度も感じさせてやれずに。 「いつまで……佐祐理につきまとうんですか、一弥……」 最後は笑っていたじゃないですか? なのにどうしていつまでも佐祐理の夢に出てくるんですか? そんなに佐祐理を苦しめたいんですか? そんなに佐祐理を恨んでるんですか? だったらいっそのこと佐祐理を殴ってください。 佐祐理を殺してください。 その方がよっぽどすっきりする。 でも、死者は殴っても、殺してもくれない、ただ佐祐理を苛み続けるだけ……。 永遠に……。 佐祐理が一弥のことを忘れられる日まで……。 美凪を失った衝撃から立ち直れない名雪は、いつもと変わらない観鈴の態度を冷徹に感じ、衝突を繰り返していた。 「まだ落ち込んでるがお?」 「わたしは、観鈴さんみたいな冷血漢と違うんだよ……」 そこへ、突如響き出すモンスターの接近音。 観鈴は、立ち上がる名雪を押さえ、 「観鈴ちんが行く!」 と、エターナルワールドへ渡っていく。 「観鈴さん……」 戦う観鈴とモンスター。 さらにもう一体モンスターが現れ観鈴に襲い掛かる。 「がお……AIR」 両者の攻撃に、観鈴はみすずちんAIRに変身。 「ファイナルベント! 翼人特攻!」 観鈴と同じ恰好をした翼の生えた少女が出現。 超低空を飛行する翼人の少女に飛び乗る観鈴。 翼人の少女は段々とバイクに変化していき、バイクに変化完了すると、観鈴を乗せたまま凄まじいスピードでモンスターに激突した。 見事にモンスターを倒し帰還した観鈴を出迎えた名雪は、観鈴の傷の手当てをしながら、美凪のことで頭が一杯で観鈴に八つ当たりしていたことを詫びる。 同時に、自分に気を遣ってくれた観鈴の変化が、名雪には嬉しかった。 他のヒロイン達も観鈴のように変われれば、何か新しい道が開けるのではと期待する 「もし弟が生きているとしたらどうですか?」 「ふぇ? そんなことあるわけないじゃないですか……でも、もしそうなら……」 「そうなら?」 「もしそうなら佐祐理は変われるかもしれません♪」 「では、会わせてあげましょう」 金髪の少女は事も無げに言った。 名雪と観鈴の見守る中、対面する姉と妹。 「お姉ちゃん……ごめん」 だが佐祐理は不気味に笑うだけだ。 「なんとか言ってあげなよ」 名雪に促された佐祐理は、やがて身も凍るような恐ろしい言葉を口にしはじめる。 「一弥、あの火事はね……お姉ちゃんがお父様とお母様を焼き殺したんですよ♪ だって、佐祐理が一弥に優しくできなかったのはお父様達のせいなんだよ♪ 悪いのはお父様達……お父様、悪い人だから殺してもいいんだよね♪」 「……お姉ちゃん……」 「でも、一弥も悪い子だよね♪ お姉ちゃんをいつまでも責めるんだもん♪ お姉ちゃんはホントは一弥が大好きだったのに……一弥に優しくしてあげたかったのに……それなのに、お姉ちゃんを恨んで、呪って、毎日夢に出てくるなんて非道いよね♪」 「……お……姉ちゃん……」 「ホント、会いたかったですよ、一弥♪ 今度こそちゃんと消えてね♪」 佐祐理がそう言うと同時に、一弥の背後に現れたファンシーアリクイが一弥を瞬時にエターナルワールドへ引きずり込む。 「あははーっ♪ これで安心して眠れます♪」 心の底から安堵したような表情で笑う、佐祐理。 「信じられないよ……あなたみたいな人間がいることが……」 「あははーっ♪ だったらどうします? 戦いますか♪」 「…………」 呆然とする名雪に、観鈴が叫ぶ。 「この人は人間じゃないよ! モンスターだよ!」 そしてカードを取り出し、変身する観鈴。 受けて立つ佐祐理。 名雪も憤りに震えながら、エターナルワールドへと渡っていく。 戦う佐祐理と観鈴。 やがて栞も現れる。、 「あははーっ♪ 2対1ですか♪」 「すみませんが、あなたにはウンザリしてるんですよ」 2対1の戦闘が始まる。 名雪もまた、やりきれない思いのまま、現れたモンスターを相手に戦いへと巻き込まれていく。 「だおおおおおおおっ! ファイナルベント! ケロピーキック!!!」 ファイナルベントを使いモンスターを粉砕する名雪。 一方、観鈴と栞を相手に苦闘する佐祐理には、さらにみちるダイバーが襲い掛かる。 「にょわあああああああああっ! 美凪の仇!」 「あははーっ♪ 死んだヒロインの亡霊ですか♪」 そう呟いた佐祐理は、メタル北川の時と同じく契約カードを取り出すと、なんとみちるダイバーとも契約を交わしてしまった。 3体のモンスターが合体し、現れる新たなモンスター モンスターの口から放たれた光に、名雪、観鈴、栞はなぎ飛ばされる……。 そこには、三人の少女が居た。 青い髪の少女、金髪の少女、そして、茶髪の少女。 「あははははははっ! 気に入ったわ、とても気に入ったわ、佐祐理さん」 茶髪の少女が楽しげに笑う。 「なぜ、あんなお膳立てをしたの?」 青い髪の少女が冷静に金髪の少女に尋ねた。 「どこまで救いようのない人間か確かめたかったんです」 「……で、結果は?」 「口にするまでもないないでしょう」 金髪の少女が落胆しているのは明らかだった。 茶髪の少女が気に入った部分、弟を殺す冷酷さ……いや、狂気が金髪の少女には信じられなかった。いや、信じたくないのだろう。 「なぜ……たやすく肉親を殺せるのです……」 「必要だからに決まってるじゃない」 ヒロイン達の戦いを眺めていて、会話に参加していなかった茶髪の少女が口を挟む。 「……必要?……あれが正当な理由だというのですか?」 「邪魔だから、力を得るために必要だから……いえ、気に入らないってだけでも充分よ、人が人を殺す理由なんて」 「……肉親でもですか?」 「……肉親ね……確かに特別よね……さすがに拘りは感じるわよ。ゴミみたいなただの人間と違って、戦ったり、殺したりする時の快感は比べ物にならないわね」 茶髪の少女はクックックッと笑う。 心底楽しげに……。 (狂っている……いや、壊れているのか) この少女も佐祐理と同類なのだ。 前はもう少しまともな人間だったのに。 いや、彼女自身は前より今の方が幸せなのかもしれない。 細かいことに悩んだり、苦しんだりしないで済むようになったのだから……。 (でも、それは人間でなくなったということなのでは?) 決して悩まず、自分だけの価値と正義を押し通す存在。 「…………」 「何? あたしの考えが気に入らないの? ご立派な方は慈悲の心に溢れているのね?」 「くっ……」 「はいはい、ケンカしないの」 青い髪の髪の少女が仲裁に入る。 もっとも、彼女の仲裁は事実上命令だった。 金髪の少女も、茶髪の少女も、青い髪の少女にだけは逆らわない。 とてもシンプルな二つの理由があるからだ。 少女が好きだから、少女が強いから、といったあまりにも単純すぎる、理由。 飾った言葉で言うなら忠誠心と恐怖心だろうか? 愛情と恐怖かもしれない。 「まあいいじゃないの。あの弟くんは力で作ったただの幻でしょ?」 「え、ええ……」 「それで、佐祐理さんの本性や本質がよく解ったし、戦いも進展した。なんの問題もないじゃない」 「そうですね……」 「あなたの気分がスッキリしないのが問題なのよね? 人間の醜さを見せつけられて」 茶髪の少女が小馬鹿にするように言う。 金髪の少女に、佐祐理や茶髪の少女の狂気が理解できないように、茶髪の少女には金髪の少女の感じているものが理解できなかった。 察しはつかないことはない。甘さや優しさとかいった、他人に、人間に対する期待や希望……茶髪の少女が持っていない感情だ。 「ホント、人間って奴はくだらないことをごちゃごちゃ悩むわね」 そう言うと、茶髪の少女はヒロイン達の戦いを観戦することに注意を戻した。 「あなただって人……」 金髪の少女は言葉を飲み込む。 せっかく、茶髪の少女が自分からむのをやめたのに、こちらから茶髪の少女に話しかけて蒸し返すこともない。 「相性悪いわね、あなた達」 青い髪の少女は苦笑する。 欲望のままに生きる者と、理性を重んじる者。 対極な二人なのだから、衝突するのは無理もない。 なんとなく、心の中の天使(理性)と悪魔(欲望)がケンカするという漫画なんかでよくある絵が脳裏に浮かんだ。 「二人ともホントに可愛いわね」 次回予告(美汐&香里) 「というわけで第12話をお送りしました」 「なんとか少しはマシになったかしら?」 「佐祐理さんが相変わらず……ですね。今回見事に佐祐理さんの話です。結構原作忠実というか……」 「弟を飲み込むシーンがどうしても書きたかったのよ。最初、弟の設定をカノンの方のにしたら、どうしてもそのシーンに持っていけなくて、かといって完全に元ネタの設定したら変になるし、で、ああなったのよ」 「その結果……元ネタ以上にヤバイ性格になってませんか……」 「気のせいよ……」 「ところで、オリジナル要素の方々がかなり目立ってませんか?」 「そこであたしを見ないでよ。いいじゃないの、オリジナル展開って宣言してあるんだし……」 「私とその他の方がまたいきなり出番無いのに……」 「そうした方が話がまとまるのよ」 「そうしないと話がまとまらないわけですね……」 「はっきり言っちゃえばそうよ」 「では、今回はこの辺で……またお会いしましょう」 「良ければ次回もまた見てね」 「戦わなければ生き残れません」 |