カノン・サバイヴ
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「…………どうやら、ようやく私達の出番のようですね」 赤い髪の少女は目を通してた本を閉じると、口元に微笑を浮かべた。 「あぅ?」 少女にしなだれかかって眠っていたオレンジ色の髪の少女が声をあげる。 「なんでもありませんよ、真琴。あなたは何の心配もせずに眠っていなさい」 少女が頭を撫でてあげると、真琴と呼ばれた少女は安心したような表情し、再び眠りについた。 「最後に勝ち残るのは、もっとも能力の高い者ではなく、もっとも賢い者です」 ただ能力という数値がもっとも高い者が勝つというのなら、ゲームというなの実験をする必要はない。 強い者が弱い者に勝つのは当たり前のこと。 だが、弱い者が強い者に勝つ例もいくらでもある。 「……もっとも、私もそれ程弱いつもりはないですけどね」 少女は苦笑を浮かべると、先ほど閉じた本を再び広げた。 「問題はどのタイミングで介入するかですね」 ページをめくる。 数ページめくると、そこから先は全て白紙だった。 「……断月剣!」 月に重なる高さまで上昇した舞は、急降下し、青い髪の少女を真っ二つに切り裂いた。 青い髪の少女の体は分子や原子やいったサイズのものが分解でもするように崩壊し、完全に消滅する。 「…………」 少女の姿が完全に消えても、舞は警戒は解かない。 確かに手応えはあった。 だが……。 「パンパカパ〜ン! 舞はレベルが上がった……なんてとこかしら?」 声と同時に気配が生まれる。 舞は気配に向けて瞬時に剣を振った。 しかし、剣は虚しく空を斬る。 「実に良い一撃だったわ。私以外のヒロインが相手だったら誰でも真っ二つ間違いなしよ」 今度は真後ろに気配が生まれ、舞が反応するよりも早く、その気配は舞に抱きついた。 「……確かに斬った感触があった……」 「ええ、斬ったわ、一部をね」 「……一部?」 「舞ちゃんに、位相だとか、分身だとか難しいこと言っても解らないよね。髪の毛一本斬られたってところかしらね?」 「くっ!」 舞は再び剣を振る。 前と同じように斬りさかれた少女が分解し消滅する。 「はい、また当たりだけど外れね」 また新たに少女が現る。 舞が少女を切り裂く。 少女が消滅し、また新しい少女が……。 「きりがない……」 「フフフッ……楽しかったわ、舞ちゃん。じゃあ、また会いましょう」 少女の姿が消えていく。 舞に切り裂かれたからではなく、少女自身の意志で、この場から去るために。 「…待てっ!」 舞の剣が空を斬るのと、少女の姿が完全に消え去るのは殆ど同時だった。 「ただいま♪」 上機嫌で青い髪の少女は帰ってきた。 「……上機嫌ね」 元からこの場所にいた少女が不機嫌そうに出迎える。 「ええ、舞ちゃんと遊ぶと楽しいわね」 「…なんで、あんなことしてるの?」 「だって、舞ちゃ……舞さん、全然戦おうとしないから、腕が鈍ると困るでしょ」 「じゃあ、あたしが……」 「あなたは駄目ですよ」 「……あたしが負けるとでも言うのっ!」 少女は唐突に感情を荒立てた。 「逆です。あなたは手加減できないから……第1段階の舞さんではひとたまりもないでしょう」 「……じゃあ、さっさと第2段階に引き上げて。トリックベント1枚しか使わないで、攻撃も防御もしないなんてまどろっこしいことしないで……」 「フフフッ……今の彼女にはあれで充分ですよ。切れない剣と防げない盾しか持ってない相手と戦っても何の楽しみもないでしょ? 自分の攻撃を防がれる可能性も、相手の攻撃でダメージを受ける可能性もない……つまらない無敵モード……そんなデバックみたいなゲームはしたくありません」 「じゃあ、あたしとゲームしてみる?」 「…………」 「…………」 二人の少女は無言で見つめ合う。 先に口を開いたのは青い髪の少女だった。 「…やめておきます。せっかくここまで育てたあなたを熟す前に散らせたくありません」 「………………」 「そうそう、これは忠告ですが、力の種類が違う場合は相性次第で弱い力が勝つこともありますが、同質の力の場合は弱い方が勝つことはまずありえません」 「………解ってるわよ。あなたにだけは勝てないことぐらい……」 少女は少しすねたような顔をする。 「でもね、絶対に勝てない相手か、弱すぎて簡単に殺してしまうから手を出していけない相手しかいないんじゃ……あたしは誰と戦えばいいのよ!」 「心配いりませんよ。すぐに皆さんのレベルは引き上げてあげますから。そうすれば好きなだけ戦えますよ」 「ホントに?」 「ええ、私があなたに嘘を付いたことがありますか?」 「……………………ないわね」 「何ですか、今の間は?」 「……嘘はつかなくても、秘密にしてたり、騙してることはいっぱいあるでしょ……」 「………………」 青い髪の少女は押し黙った。 否定はできない。 否定することは嘘をつくことになるから……。 「それから、『口調』と『姿』間違えてるわよ」 「あっ……」 「ふぅ、じゃあ、あたしはもう少し寝かせてもらうわね」 苦笑を浮かべると同時に、彼女から常に放たれていた殺気や不機嫌さ、刺々しい雰囲気が消える。 「どうもまだ感情が不安定みたいだから……これじゃ、佐祐理さんと変わらないわね」 少女は寝室に向かって歩き出した。 「あ、待って、寝るなら一緒に寝ましょう」 「うっぐっぐっ! みんな勘違いしているよ、真のヒロインはボク一人なんだよ」 人気のない公園に不気味な笑い声が響く。 「ボクが登場した瞬間、全ては終わるんだよ。ボクがまとめて雑魚ヒロイン達を薙ぎ倒す……うっぐっぐっ!」 笑い声の元はダッフルコートに羽付きのリュックを背負った子供。 「生まれ持ったヒロインとしての格の違いを教えてあげるよ、うっぐっぐっぐっ!」 とても不気味で不自然な笑い声、おそらくこの子供以外の人間には発音不可能な笑い方だろう。 どれだけシリアスなセリフでも、この笑い声の時点で台無しだった……。 「ここか……」 雪の街に一人の女性が降り立った。 12人目のヒロイン。 「数合わせでもなんでもいい……妹の敵が討てるのならな」 「ピコピコピコピコ!」 足下の物体が同意の声をあげる。 「行くぞ」 「ピコ!」 「……あれ?……」 立ち上がった栞は目眩を感じる。 バタン! 「栞? 栞!?」 倒れた栞に、祐一は慌てて駆け寄った。 「……ゆ……祐一さん……」 栞は意識を失う。 「栞っ!!」 「……祐一さん?」 意識を取り戻した栞が最初に見たのは心配そうな祐一の顔だった。 「栞、やっぱり病院に行った方が……」 「行ったって無駄ですよ……祐一さんだって知っていますよね……」 「……俺のせいだ……俺のせいで栞は……」 「何言ってるんですか……私の病気と祐一さんは関係ないですよ」 「俺に出会わずに、安静にしていたら、もしかしたら……」 「やめてください、祐一さん。元から治る可能性のない病だったんです……偏食もしてきましたし……それより、祐一さん、私ときどき思うんです……もういいです……恋人のフリしてくれなくても……祐一さんには祐一さんの人生があるんですから……」 「栞……同情だけじゃない……俺が栞の傍に居たいんだ……」 「祐一さん……」 「栞……」 「……祐一さん」 「なんだ?」 「今日の夕御飯、さっぱりしたバニラアイスが食べたいです」 「……今日だけだぞ。ちゃんとアイス以外も食わなきゃ」 「はい」 観鈴の姿が制服から、巫女装束によく似た不思議な着物に変化する。 そして、背中の漆黒のカラスの翼が、純白の美しい翼へと変化した。 「ふぇっ!?」 「ソードベント! 天空剣!」 ザンンッ! 「ふぇ……ぇっ……?」 観鈴の新しい剣がさゆりん☆ソードを断ち切り、そのまま佐祐理を切り裂いた。 「シュートベント! フェザーアロー!」 観鈴の投げつけた一枚の羽が光の矢に変化し、佐祐理の右胸を貫く。 「がはっ……」 吐血する、佐祐理。 「あ……はは……調子に乗るんじゃないですよ……マジックベント……さゆりん☆フレア!!!」 「ガードベント! 守護の翼!」 背中の翼が観鈴を守るように包み込む。 「ふぇっ!?」 佐祐理は驚きの声を上げた。。 さゆりん☆フレアが直撃したのに、観鈴がまったくの無傷だったからだ。 「な……ならファイナルベン……」 「シュートベント! がおサイクロン!!!」 ギュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ! 突然発生した嵐が佐祐理を吹き飛ばす。 地面に派手に激突する、佐祐理。 「ふぇ……佐祐理が負ける?……あははー……」 「とどめ……ファイ」 観鈴がファイナルベントを装填しようとした瞬間、突然、横手から現れたモンスターの攻撃が、観鈴をかすめていく。 危うくかわした観鈴はすぐさま反撃を開始するが、一瞬の隙にモンスターは逃走。 振り返ると、佐祐理の姿もいつの間にか消えていた。 「あははーっ……また佐祐理を殴るんですか、お父様? あははーっ……佐祐理は悪い子ですから殴られても仕方ないんですよね……あははーっ……お母様も佐祐理を殴るんですか?」 佐祐理の傷は思ったより深く、激痛が彼女を苦しめる。 荒っぽい治療を行いながら、佐祐理は気を紛らわすかのように過去の出来事を口走る。 「悪い子はお仕置きされないといけないんですよね……だから、佐祐理がお仕置きしてあげるんです……悪いことをしない人間なんてこの世に居ないんです……だから、みんな殴っていいんです! あははーっ!!!」 自分はずっと誰かに殴られて生きてきた。 だから、殴るか、殴られるか、どちらかじゃないと落ち着かない。 「惨めな姿ですね……」 「ふぇ? 誰ですか? あははーっ……誰でもいいです、佐祐理を殴ってください……」 「…………」 女性は佐祐理に侮蔑の眼差しを向ける。 「殴ってください! 佐祐理を! 佐祐理を殴って…… あああっ!」 自分の頭を壁に叩きつけると、ようやく、佐祐理は少しだけ落ち着いた。 佐祐理と女性の目線が合う。 「……佐祐理が珍しいですか?」 「あなたの罪は知っています。あなたは以前、ただイライラするという理由だけで人を襲った。私には信じられません。人間とはそこまで愚かになれる生き物なのですか?」 「……あなたもお父様達と同じですね……もっともらしい理由を付けたがる……理由さえあれば安心して殴れるんですね……」 「…………」 「あなたは……泥を食べたことがありますか?」 「泥ですか?」 「佐祐理はありますよ……お腹空いて仕方なくて……道ばたの泥を啜ったんです……何度も何度も……佐祐理の口の中にはまだ泥の味が残ってます……泥の味が…………」 そして、佐祐理はゆっくりと眠りに落ちていった。 次回予告(美汐&香里) 「というわけで第11話こと、第2部の第1話をお送りしました」 「K・Pの話数に並んだわね……次の話が出れば、今まで書いたSSでもっとも長い話ということに……まあ、それはともかく、今回の話、収拾がまったくついてないんじゃないの?」 「原因の一端の人が言わないでください」 「う……無理して残りヒロイン全員いきなり出すからよ……順番に出していけばいいのに……」 「最初、今回の話は一部と二部の間の転章としてこれから出るヒロインをちらちらと出そうぐらいのつもりだったんですが……書き上がったらこんな具合になってました」 「どうしょうもないわね……いっそのことこの話没にした方が良かったんじゃ……」 「まあ、書いてしまったものは仕方ないです」 「ところで……やっぱり、佐祐理さんまずすぎない?」 「栞さんの小悪魔(な性格)のレベルじゃないですからね……虐待やら泥啜ったやら……でもなんか似合うような気がしませんか?」 「またそんな危険な発言を……まあ、ただ単に忠実に書いた場合もこうなるしかないわよね。変に変えたりするのもおかしいし……ここまで来た以上、佐祐理さんには行き着くところまで逝ってもらうしないわね」 「では、今回はこの辺で……またお会いしましょう」 「良ければ次回もまた見てね」 「戦わなければ生き残れません」 |