カノン・グレイド
第18話「終わりの始まり




パチン!という指を鳴らす音が響いた瞬間、全てが一変していた。
黒穴もあゆも初めから存在していなかったかのように消滅し、部屋の外観すら別物になっている。
瓦礫が転がっているだけの殺風景な部屋は、ダイニングーキッチンになっており、エプロン姿のあゆが立っていた。
「だおっ!?」
「流石だよ、名雪さん。アレの吸収速度を超えた勢いと量の一撃を放つなんてね……」
あゆはテーブルの上に腰かけると、拍手を送る。
「どっから幻だったんだか……」
香里は呆れたような表情で紫煙を吐き出した。
「アレを作り出すまでは幻覚じゃなかったよ。もっとも部屋の景色は初めから偽りだったけどね」
あゆが左手でフライパンを持つと、フライパンはあゆの黒く輝く掌に吸い込まれるように消えていく。
「名雪さんが戦っていたのは、コレだよ」
『うぐぅ〜♪』
あゆの右手の掌から、手乗りサイズの『あゆ』が飛び出した。
「闇はあらゆるエネルギーを吸収する能力。物質を吸収した場合、その物質をエネルギーに変換することで吸収する。それに対して、光はエネルギーを物質化する能力」
あゆの右手の掌に光でできた矢が生まれる。
「こういう光を固めた武器や光線みたいなエネルギーと物質の中間みたいなものなら、ボクが元から持っている生命力や魔力なんかだけでも充分なんだけど、明らかな物質を作るためには、その物質と同等以上の物質を予めエネルギーとして吸収していなければならないんだよ」
あゆが右手首を振ると、光の矢はミニチュアのあゆに向かって飛んでいった。
『うぐぅ〜!?』
激突したミニチュアあゆと光の矢は互いに、光の粒子に戻り消滅していく。
「まあ、なんでも創り出せる程万能じゃない。武器と自分の分身ぐらいしか創れない……その程度の能力だよ」
「嘘……真琴の知っている、あゆあゆの能力は光を操るだけだったはずよ……」
「あの頃のボクは自分の能力を半分しか引き出せていなかった、知らなかった、それだけの話だよ、真琴ちゃん」
あゆは誇るわけでもなく、ただ淡々と答えた。
「……でも、流石にあんなブラックホールもどきをこの部屋で生み出すわけにはいかなった。そんなことをしたら、キッチンが滅茶苦茶になって料理が台無しになるものね」
「その通りだよ、香里さん」
「そこで、部屋の外観を間違って認識させたのと同じ、『精神支配』を使って、あたし達にブラックホールが生み出されたように誤認、錯覚させた……意外に芸の細かいことするじゃないの」
「香里さんとドクター・セイントには殆ど効かなかったみたいだけどね……」
あゆは苦笑を浮かべる。
「あたしは名雪や栞みたいに、単純な精神をしていないんでね。視覚的には騙されたけど、触覚的には騙されなかった……つまり、吸い込まれる感覚を感じなかったわけよ」
「精神がひねくれて腐り果ててるだけですよ、お姉ちゃんは……」
「栞君……それは私もそうだと言いたいのかい?」
栞の首筋に再びメスが突きつけられていた。
「えぅ! 霧島先生は違いますよ! 落ち着いてるというか、大人というか、老成しているというか……」
「老成は基本的に誉め言葉ではないな」
メスが少し栞の首筋の皮膚にめり込む。
「えぅ!?」
「疑似、仮想……全ては夢、幻に過ぎない。悪いけど、そっちの方面については、あたしはあなたより強いし、詳しいのよ」
香里は栞と聖のやりとりを無視して、冷徹な瞳であゆを睨みつけた。
「あゆちゃん、もう終わりだよ……マテリアルを返して」
「あゆあゆ、あんたの負けだよ、認めようよ」
「いいや、ボクの勝ちだよ。だって……」
あゆはエプロンのポケットから一個のジャム瓶を取り出す。
「料理は完成したから!」
「やっぱり、アレかっ! 名雪! 真琴! その瓶を……」
「もう遅いよ!」
香里が言葉を言い切るよりも早く、あゆはジャム瓶を床に叩きつけた。
瓶が砕け散ると、不可思議な色のジャムは一瞬にして床に染み込むように消える。
「あうぅ!? 姉様!?」
「香里!?」
突然床から染み出すように飛び出したゲル状の物体が真琴と名雪を包み込んだ。
「えぅ! なんですか、これは!?」
栞は突然眼前に出現したゲルに湾刀を斬りつけて抵抗するが、ゲルは斬り裂かれようが気にもせず、湾刀ごと栞を丸ごと呑み込む。
「ほう……」
ゲルは聖に細切れにされても、瞬時に結集し再生すると聖を呑み込んだ。
「邪夢……」
ゲル達は最後に残った香里を四方から取り込み一気に飲み尽くす。
全員を飲み尽くしたゲルは、あゆに向かって飛翔し、あゆの体を包み込んだ。
しかし、あゆはゲルに吸収されることなく、逆にゲルがあゆの体に染み込むように吸収されて消えていく。
「うっぐっぐっぐっぐっ! 水瀬名雪、沢渡真琴、美坂栞、霧島聖、そして美坂香里……全員の『力』を一滴残らず手に入れた! これで証明ができた! これでボクはもう『上』にも、何者にも、怯えることもなく、生きることができるんだよっ!」
あゆの笑い声だけがリビングーキッチンに響き渡った。



「……ここは?……私は死んだのでは……?」
「あははーっ、気がつきましたか?」
目覚めた美汐が最初に見たのは、慈愛に満ちた穏やかな女性の笑顔。
「……佐祐理!?……さん?」
美汐は信じられないものを、ある意味もっとも恐ろしいものを見た気がした。
佐祐理からいつもの殺気というか狂気が欠片も感じられないのである。
佐祐理は笑顔の通りの、穏やかさと安らぎを体中から感じさせていた。
しかも、自分はその佐祐理に膝枕されていたりする。
美汐はハッとすると、自らの左胸に手を添え、そして見つめた。
佐祐理の異質さに気を取られて忘れるところだったが、自分は心臓を貫いて死んだはずなのである。
だが、左胸には疵痕一つ残っていなかった。
「そんな馬鹿なことが……」
「信じられないかもしれないが、それが現実だ、あっさりと受け入れることをお勧めする」
聞き覚えのない女性の声がそう告げる。
自分と佐祐理しか居ないと思っていた場所に、黒いリボンとマフラーとスパッツが特徴的な少女が立っていた。
「あなたは……?」
「ホラ吹き十兵衛」
「はい?」
「まあ、君の命の恩人といったところだ。感謝して奉るといい」
「…………」
「『なんなんだ、こいつは?』といった目をしているな……命の恩人に向ける目ではないぞ」
「状況を説明して貰えませんか? 私は心臓を貫いて死んだはずだし、確か、佐祐理さんもまた……」
「ああ、脳髄をまき散らして死んでたな」
少女はそれがどうかしたか?と表情で事も無げに言う。
「……それがなぜ生きているのか、詳しく説明していただけると助かります……」
「まあ、簡単に言うと、君も倉田佐祐理も一度死んだが、ある女の血の力で生き返ったのだよ」
「生き返った?」
美汐は不審げな表情で少女を見つめた。
「そこを信じて貰えないと話にならない。というか、私には信じて貰わなければいけない理由もないんだが……説明やめようか?」
「……すいません、信じますから、説明を続けてください」
少女はうむと頷くと説明を再開する。
「その女の血には常に大量のナノマシンが含まれていた。いや、ナノマシンが集まって血液ができていたと言った方が正確かもしれない。それゆえに、その女は己の血液で何かを作り出したり、傷を負っても瞬時に再生することができた」
「……霧島聖? ドクター・セイント?」
「正解だ。私が霧島聖からちょっとだけ強引に提供してもらった貴重な血液を君の心臓の大穴にぶっかけたら、君は奇跡的に生き返った……まあ、そういうことで納得しおけ」
「…………」
美汐は反論はしなかった。
納得できないこと、信じられないことが多かったが、今はそれで納得するしかないようだからである。
「……では、この佐祐理さんはなんなんですか?」
「あははーっ」
佐祐理は邪気の欠片もない笑顔で美汐の膝枕を続けていた。
「うむ、彼女にも霧島聖の血液を試してみたのだが……いや、散らばっていたものも全部集めて押し込んだはずではあるのだが……」
「はあ?」
美汐は少女が何のことを言ってるのかよく解らない。
「どうも、集めた脳味噌が少し足りなかったのか、決定的な損傷があって修復できなかったのか、性格が変わってしまったのだよ……まあ、時間が経てば元に戻るんじゃないか?」
「……そんないい加減な……」
「それにもしかすると、こちらの方が彼女の元々の性格、人格かもしれないぞ」
「……なぜ、そう思うのですか?」
「なんとなくだ」
「…………」
「さて、では私はもう行くとしよう。サラバッ!」
「あ、ちょっと、ま……」
美汐が制止するよりも早く、少女は姿を消し去っていた。



「野望(ゆめ)は見れたかしら?」
「うぐぅ!?」
あゆが一度瞬きした次の瞬間、全てが一変していた。
ゲルを使って吸収したはずの名雪、真琴、聖、栞、そして香里が何事もなかったように立っている。
タバコを吹かしている香里の左手にはゲルの詰まったままのジャム瓶が握られていた。
「そんな、どうして……まさか!?」
「『疑視眼』……お姉ちゃんの『全能眼』の能力の一欠片ですよ」
栞がなぜか不機嫌そうな、悔しそうな表情で言う。
「あなたがさっき行っていた『精神支配』と似たようなものよ。もっとも、電磁波……光により相手の脳を支配するあなたの能力と違って、視線を介して暗示をかけるだけのせこい能力だけどね」
香里は自嘲するような笑みを浮かべながら紫煙を吐き出した。
「馬鹿な!? 確かに僅かばかり手に入った香里さんの設定資料にはそのような能力があるようなことが書かれてはいたけど……だったら、なぜ、名雪さんとドクター・セイントの戦闘に割り込む際に使わなかったんだよ!?」
「無論、あなたにこの能力を知られないためよ。目さえ合わせなければいい、警戒していればいくらでも簡単に回避できる能力だもの」
「切り札の存在を知られないために、わざと死ぬかもしれない深手を負った?……そんな馬鹿なことが……」
「あ、お姉ちゃんが馬鹿だという意見は大賛成ですよ。後、殺しても死なな……えぅっ!?」
「栞、あんたはしばらく黙っていなさい……」
香里は栞の首に、タバコの火の粉を落として黙らせる。
栞は黙るどころか、罵詈雑言を香里に放つが、香里はそれを全て黙殺した。
「あなたは『上』から『シナリオ』、『設定資料』、そして『レシピ』をパクッた……それが今回の一件の始まり、元凶、全て……そんなところかしら?」
「何もかもお見通しみたいだね、それも全能眼とかの能力?」
あゆは観念したような神妙な表情で尋ねる。
「設定資料には鍵城に生きる全ての人間の全てのデータが、シナリオには鍵城で起きた全ての歴史、記録が……未来の歴史まで書かれていた……違う?」
香里はあゆの問いには答えず、逆に問い返す、いや、確認を行った。
「まったくその通りだよ。残念ながら、香里さんと名雪さんと栞ちゃんのデータだけは不完全も良いところだったけどね。香里さん達の資料はここ最近のそれも表面的なことだけで……とてもジェネテックフィギュアを作るにはデータが足りなかった」
「えぅ? 私の人形はありましたよ、確か?」
「ああ、栞ちゃんはここ最近だけでも結構あっちこっちで仕事してて有名だったし、鍵城でもかなり手の内見せてくれたから……とりあえず作ってみただけだよ、死滅眼は再現できなかったから大した性能でもなかったと思うけど」
「う……ねえ、香里、もしかして、わたし達ってあまり有名じゃないのかな?」
不安そうというか、心配そうというか、なんとも言えない微妙な表情で名雪が香里に尋ねる。
「傭兵や殺し屋みたいな仕事をこなしてた栞と違って、あたし達はネゴシエーター、能力や手の内なんて殆どさらさないで仕事をこなしてた……それだけの違いよ」
「えぅ、お姉ちゃん、言葉の端端で遠回しに私を馬鹿にしてませんか?」
「気のせいよ」
香里は、ジト目で睨む栞を、さらりとかわした。
「自分の意志で選んだこと、苦労して、犠牲を払ってまで手に入れた結果が、予め全て『上』に予知……いいえ、はっきり言えば予め決められていたことかもしれない……あなたはそう思ったのね」
「そうだよ! ボク達のやっていることは、ボク達の存在は全て、この設定資料とシナリオで作られたアニメかゲームみたいなものなんだよ! そんな事実を認められる!? 耐えられる!?」
「……耐えられなかったのね。だから、あなたはその二つと一緒に手に入れた『邪夢』のレシピを使うことにした。もう一つの不安を否定……証明するためにも」
香里の最後の言葉にあゆの顔色が変わる。
「……いったい、どこまでお見通しなら気が済むんだよ、香里さんは……」
「『上』の世界で邪夢と呼ばれるものは二つあるわ。一つはあたしの疑視眼のような偽りの夢を見せる能力。もう一つは食した者に無限の力を与える保存食料……融合補食無限進化生物……のことをそう呼ぶわ」
「……それを知っている、香里さんが何者なのかにボクとしては興味があるよ……」
「あたしのことはどうでもいいわ。邪夢の効果は大きく分けて二つ、一つは食した者の潜在能力を引き出す効果、まあ、これは運が悪いというか、体に耐性がない人間が食べると死んだりするけど……問題はもう一つの方の効果……食し方よ」
「他人を補食させた邪夢を食べることで、その他人の全ての能力を自分の物にできる……この効果性質のせいで、邪夢は『上』ですら禁止食品に指定されたわ。まあ、そう簡単に作れる食品じゃないんだけどね……アレの肉片なんて普通手に入らないし……」
「香里、アレって何?」
名雪が会話に口を挟んだ。
「絶滅危惧種……いいえ、すでに公式には全滅していることになっている生物の肉片とでも言ったところかしらね……アレを生物と呼んでいいのならだけど」
香里は自嘲とも自虐とも苦笑ともつかない微妙な笑みを浮かべる。
「だお?」
名雪は、説明されてますます訳が分からなくなったが、それ以上は尋ねなかった。
「邪夢を使った目的は、『上』からの不可視の絶対支配から逃れることの他にもう一つあった。それは……あたしの口から言って良いのかしら?」
「自分で言うよ。ボクは記憶がおかしいんだよ。数年前、名雪さん達と出会った前の記憶がまるで存在しない。まるでその日にいきなり生まれたかのように……」
「…………」
香里は無言で、あゆが話の続きを口にするのを待つ。
「記憶喪失……それならまだいいんだよ。ただ、もしかしたら喪失したんじゃなくて、ボクは初めから記憶なんて持っていなかったんじゃないのか? その日突然生まれたんじゃないのか?……そう思ってしまったんだよ!」
「それって……」
「自分が、ジェネテックフィギュアのような誰かに創られた人形じゃないかって思っちゃったわけね……」
香里の言葉に、あゆは自虐的な笑みを浮かべて頷いた。
「でも、それなら、自分の体に傷を付けてみれば、血を流してみれば解るんじゃ……」
「いいえ、名雪。ここに来るまでに倒したフィギュアと違って、『上』の最新の技術ならあんな機械機械した人形じゃなくて、限りなく人に等しい、人と区別のつかない人形が創れるわ」
「香里さんの言うとおりだけど……名雪さんの言うことも外れてないよ。ボクは自分の体を傷つけて確かめることすら、怖くてできなかった意気地なしだからね……」
「そこで邪夢ってわけね。邪夢は生物にしか効果を発しない。例え、限りなく生別に似せて創れていても、生物でない物には無効なのが邪夢の最大の性質……」
「まったく、本当に何もかもがお見通しなんだね、香里さんは……」
あゆは背後の壁に向かって光線を放つ。
壁に大穴が空き、外の景色……空が姿を見せた。
「完全に……全てにおいてボクの負けだよ……」
「あゆちゃん!?」
「人形ならこの高さから落ちても平気かな?」
あゆは迷うことなく、背後の大穴に向かって跳び退る。
「駄目っ! あゆちゃん!」
名雪もまた迷うことなく、あゆの消えていった大穴に飛び込んだ。



名雪は鍵城の外壁を駈けるようにして、落下していくあゆを追いかける。
「あゆちゃん!」
名雪は右手であゆの右手を掴むと、左手を壁に凍らせて貼り付けようとした。
だが、名雪の左手は僅かな氷の粒を吐き出しただけで沈黙する。
「あれ?……冷気切れ!?」
名雪とあゆは地上目指して落下していった。
「馬鹿だよ……名雪さん、なんでボクなんかを助けようと……」
「人を助けるのに理由なんてないよ、あゆちゃん。今だって、あゆちゃんが飛び降りた瞬間、反射的に飛び出しちゃったし……あ、でも助けられないかもしれない……その時はごめんね」
名雪はあゆを庇うように抱きしめる。
「名雪さん……」
名雪は自分がクッションになるつもりのようだが、この高さから落ちたら二人とも助からないだろうとあゆは確信していた。
その時、見えない何かが、名雪とあゆの体を押し上げる。
「えっ?」
「あははーっ、翼のある人間が飛び降り自殺してどうするんですか?」
「同感です。もしかして、飛べることを忘れていましたか?」
名雪とあゆのすぐ下の鍵城の外壁を貫くようにして、石の壁が突き出された。
名雪とあゆは見えない気流から何かに運ばれるようにゆっくりと石壁の上に着地する。
石壁の上には先客が二人居た。
「うぐぅ、美汐ちゃんに佐祐理さん……」
「あははーっ、勝手に自分一人だけ楽になろうなんて狡いですよ」
「まったくです、ここでしか生きられないのはあなただけじゃないんですから」
「佐祐理さん……美汐ちゃん……」
「人間でも人形でもどっちでもいいじゃない。あゆちゃんはあゆちゃんだよ。あゆちゃんは自分の意志で生きている、誰も操られたりしていないよ」
名雪は優しくあゆに微笑む。
「名雪さん……」
「それに、あゆちゃんは一人じゃないよ」
「あははーっ」
「全て終わったのでしょ? 戻りましょう、あゆさん」
美汐はあゆに手を差しだした。
「……うん、そうだね、美汐ちゃん」
あゆは美汐の差し伸べた手を掴む。
あゆの顔にはいつの間にか、自嘲でも自虐でも苦笑でもない、自然な笑顔が浮かんでいた。



「聖先生、何か欲求不満そうですね」
「ふん、いささか期待はずれな結末だったからな。そういう栞君も機嫌が悪そうだな?」
「ええ、まったくお姉ちゃんを見ているとムカムカするんですよ。特にお姉ちゃんの能力、疑視眼なんてお遊びみたいなもんなんですよ、本当はですね……」
愚痴というか、姉への文句を口にする栞達のすぐ側で、名雪とあゆと美汐と佐祐理が話し込んでいる。
「やはり、再び外街へ帰られるのですか?」
「うん、今はそこが……香里の居る所が……わたしの帰る場所だから……」
「そうですか」
「今度は普通に遊びに来るよ。あゆちゃん、鍵城を……」
「うん、解っているよ」
「あははーっ、また遊びにきてくださいね」
名雪とあゆ達が別れの挨拶をしているのを、香里は少し離れた場所でタバコを吸いながら眺めていた。
「姉様、姉様、名雪なんて置いてさっさと帰っちゃいましょう」
真琴は香里の腕に抱きついてる。
記憶が完全に戻っても、香里に懐いているのは変わらないようだった。
「真琴、あなたはここに残らなくてホントにいいの?」
香里はチラリと、あゆの横に立っている美汐に目をやる。
「心配しないで、姉様。美汐とはもう話をつけたから大丈夫よ」
真琴は視線を美汐に送る、美汐もそれに気づき目で応えた。
真琴は美汐としばらく目で会話した後、視線を香里に戻す。
「……まあ、それなら別にいいけどね」
香里は名雪とあゆ達の会話が途切れたタイミングを見計らって、声をかけた。
「……帰るわよ、名雪」
「さっさと来ないと、ホントに置いていくわよ」
香里はタバコを吐き捨てると、踵を返し歩き出す。
「あ、待ってよ、香里! じゃあね、あゆちゃん、みんな」
名雪は慌てて、香里の後を追っていった。



「あは〜、ご苦労様でした、皆さん」
鍵城の入り口では、魔女が待ち構えていた。
「皆さんなら必ずやってくれると信じていましたよ〜」
「その割にはここまで出向いてきたのね……というか」
香里は辺りをチラリと見回す。
真琴や佐祐理などを模した無数のジェネテックフィギュアの残骸が転がっていた。
「自力で取り返すことができたんじゃないの?」
「あは〜、買い被りですよ」
「まあいいわ、仕事だからね」
香里はジャム瓶を投げ渡す。
「マテリアルはそれになっちゃってたけど構わないでしょ?」
「ええ、いいですよ、調合する手間が省けたって感じですね〜」
「やっぱり、コレを作るつもりだったのね……」
「ええ、せっかく異能生物の肉片が手に入ったのですから作らないわけにはいきませんよ。というわけで、本当にご苦労様でした〜」
魔女はローブを翻して、右手を頭上にかかげた。
「では、用済みな皆さんには消えて貰いますね。カモン、メカ翡翠ちゃん達〜」
魔女がパチンと指を鳴らすと、魔女の背後から四人のメイド服の少女が姿を現す。
魔女の赤い髪より少し紫がかった髪、何より全員無表情で、顔に繋ぎ目のような傷があるのが特徴的だった。
「ロボット?」
誰もが思ったことを名雪が口に出す。
「やっちゃってください、メカ翡翠ち……」
その瞬間だった全てのメカ翡翠の上半身と下半身が突然両断されたのは……。
「ひ、翡翠ちゃん!? 私の翡翠ちゃん達が……」
「茶番はもういい……」
魔女の背後に、剣を持った黒髪の少女が立っていた。
「くっ!」
魔女のローブが真っ二つに両断される。
「あは〜、剣の刃で斬るのではなく、空間ごと断ち切れるんですか……怖い人ですね」
舞の上空に、竹箒にまたがって宙に浮かぶ割烹着の赤毛の少女が居た。
「舞さん? なんでこここに……」
名雪が黒髪の少女の名を口にする。
「まあいいです。目的の物は手に入ったことですし、今回はこれで失礼し……」
「来るっ!」
舞が叫んだ瞬間、凄まじい衝撃が鍵城を、いや、カノンシティ全域を襲った。



「馬鹿な、予測より早すぎます!」
資料室に居たシオンは突然の大地震に立っていることもできなかった。
「いや、全て予定通りだ」
マフラーにスパッツの少女が地震などないかのように平然と資料室の入り口に立っている。
「ところで、目的の物は見つかったのかな?」
「……見つかることは見つかりましたが……何の冗談ですか、これは?」
シオンの手には紙テープの輪が握られていた。
「ふむ、紙テープとは随分と懐古趣味な……」
「この世界は私の世界より遙かに科学力が進んでいるのではなかったのですか! いったいいつの時代ですか、この穴空き紙テープは!」
「パソコンとかが普及する前の時代だな……読めないのか?」
「馬鹿ですか、貴方は! 人間にこんな物が読めますか!」
「そうだな、どこかでスパコンを見つけるか、ロボットにでも読んでもらうといい。月宮あゆがその資料を読めたという以上、ここにはスパコンがあるのだろう……多分」
「多分! そんな不確定な……はああっ!?」
急激に地震の激しさが増し、シオンは危うく舌を噛みそうになった。
そして、一瞬目を離した隙に、マフラーの少女は姿を消している。
「まったく、ここは得体の知れないモノの多い……とりあえず、資料を持てるだけもって退散させてもらうとしますか。巻き添えにあう前に……」
シオンは凄まじい揺れの中、作業を再開した。



「…閉ざされた世界の終わり、茶番は終わり、本当の戦いが始まる。誰もが戦い滅び去る……その運命から逃れることはできない……」
美凪は鍵城の下層階の最上部からカノンシティ全域を見渡していた。
カノンシティに今何が起きているのか、もっとも理解することができていたのは、恐らく美凪であろう。
巨大な、本当に巨大すぎる水の龍が、街を包み込む壁の一つを破壊し、外街を薙ぎ倒しながら、この鍵城にまでを貫いていた。
「…さて、どうしますか、香里さん? そして、名雪さん……」
美凪の口元に微かに笑みが浮かぶ。
「…私の期待を裏切らないでくださいね、『外界』からの侵略者さん……」
美凪は水の龍の頭の部分、鍵城の入り口付近に向かって飛び降りた。





































次回予告(美汐&香里)
「というわけで、第18話こと鍵城編最終回ですね」
「ずっと前から決まっていたラストがやっと書けてすっきりしたわ。少なくとも鍵城編だけでも完結させてからでないと、安心して打ち切りもできないわよ」
「フードの方や水龍の辺りの設定はカノサバ(前作)の時から考えていたことですしね」
「まあ、まだ続くとしても、奪還な感じはここまで終わりよ、基本的に」
「外界から敵が攻めてきた、戦え、僕らのネゴシエーター!……まさに第一部完な終わり方ですね」
「鍵城編って実は『彼女』達が出てくるまでの前座というか前奏曲のつもりだったんだけど、随分時間かかっちゃったものよね……」
「ええ、手間取りしたね。完全オリジナルに徹しきれなかったのが良かったのか、悪かったのか微妙なところでしたね」
「じゃあ、今回はこの辺で……次回があればまた会いましょう」
「次回があれば、また見てくださいね」
「籠から解き放たれた小鳥達は世界の広さを知る……」
















『闇の左手と光の右手』
あゆの左手はあらゆるエネルギーと物質(エネルギーに変換して)を吸収する闇(黒い光)を生み出す。
右手はエネルギーを光として撃ちだす、または光を物資化し武器や分身を創りだすことができる。


『スヴァルト(闇)』
闇の左手の能力を全開にすることによって生み出される、疑似マイクロブラックホール。
本物のブラックホールのように重圧で圧縮消滅させるのではなく、吸い込んだ物をエネルギーに変換し、あゆに吸収させて力を与える。


『精神支配(マインドコントロール)』
電磁波レベルの『光』で相手の脳に直接干渉する能力。
相手の精神を支配するといっても、相手を自由自在に操れるわけではなく、錯覚、誤認などいった形で、相手の無意識の部分に強く干渉する。


『擬視眼(ぎしがん)』
香里の瞳(全能眼)の持つ能力の一つ。
視線を介し相手に暗示をかけることができる。


『モノディメション・ソード』
別名、一次元の剣。
剣の刃の前面に、線(単一次元)を発生させ、空間を切断する。
空間ごと切断するため、理論や理屈上では切断できない物体は存在しない。
メカ翡翠四体を一瞬で一撃で両断する際に使用。













一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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カノン・グレイド第18話