カノン・グレイド
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「…傑作には意外性が必要不可欠……先の読めるシナリオはどれだけ面白くても傑作とはいえない……」 香里達が全員入り口の中に消えると同時に扉は固く閉ざされた。 「…もっとも、意外性とは……行き当たりばったりで収拾のつかなくなる可能性も常に存在しますが……」 美凪は扉に背を向けると、ゆっくりと歩き出す。 「……シナリオを超越したのか、それともこれこそ前のシナリオ以上に『上』の望むシナリオなのか……どんなエンディングに辿り着くのか、ゆっくりと観察させてもらいます」 美凪の姿は通路の向こうに消えていった。 「ようこそ、名雪さんと愉快な仲間達」 無数のガラクタだけが転がっている殺風景な部屋。 月宮あゆはリュックについた翼で宙に浮かんでいた。 「あゆちゃん……」 「やっぱりここまで来たね、名雪さん。こんな形で再会することになるなんて……皮肉だよね」 「わたしだって、こんな形で会いたくは…………あゆちゃん、マテリアルを返して! それを持って帰るのがわたし達の仕事なんだよ」 「うぐぅ? マテリアル?」 「とぼけないでもらえるかしら……あなたが影でこそこそ作っている料理の材料よっ!」 「うぐぅ、それはできない相談だよ」 「……そう、いい度胸しているわね」 香里はゆっくりと拳を握り絞る。 「もうやめようよ、あゆあゆ。『上』に勝てないなら、『上』の見えざる支配から逃れられないのなら、『外』に出ればいいんだよ!」 「『外』の世界なんてないんだよ、真琴ちゃん。ボクにはこの鍵城が全てなんだよ。今までも、そしてこれからも……」 「どうして!? あゆあゆだって『外』に出たがっていたじゃないの! 真琴以上に……」 「あの頃とは違うんだよね、真琴ちゃん……ボクは知ってしまったんだよ、全てを……」 あゆは憂いを帯びた瞳で真琴を見つめる。 「ふん……」 聖があゆに向かって歩き出した。 「どうでもいいことだ。私の仕事はマテリアルを取り返すこと……そろそろ仕事は始めてさせてもらおうか」 聖の両手に四本のメスが出現する。 「待ってよ、聖さん」 「……名雪君? まさか、話し合いで解決させるとか言わないだろうね?」 「……戦うよ……わたしが……」 名雪があゆに向かって歩き出すと同時に、香里が聖の前に立ちはだかった。 「決着をつけてきなさい、名雪。あたしが邪魔はさせないから……」 香里はくわえたタバコに火をつける。 「……まあいいだろう」 聖は苦笑を浮かべると、メスを掻き消した。 「止めるよ……あゆちゃん」 「やれるものならやってみるといいよ、水瀬名雪さん」 「だおっ!」 名雪は空中を駆け上がるかのように一瞬であゆの側に移動する。 「速い!?」 真琴が驚きの声を上げた。 今の名雪のスピードは自分の獣の瞬発力にも劣っていない。 「まあまあね」 香里の評価は厳しかった。 名雪は右拳で殴りかかる。 吹雪を吐き出す右拳を、あゆはあっさりと左掌で受け止めていた。 あゆの左掌が黒い輝きを放つ。 次の瞬間、名雪のかなり後方に居た香里達に吹雪きが降り注いだ。 「名雪っ! あたし達を凍らせる気っ!?」 「う〜、違うよ、香里。わたし、そっちに撃ってないよ〜っ」 香里に怒鳴られた名雪は、慌てて弁解する。 「まぎれもなく名雪さんの冷気だよ。でも、同時に……ボクの冷気でもあるんだよっ!」 あゆが右手を突き出すと、掌が吹雪きが吐き出され、名雪を吹き飛ばした。 「なっ!?……」 体勢を立て直した名雪は、信じられないといった表情であゆを見つめる。 「別にたいしたことじゃないよ。最初のは左手から吸収した冷気を右手から吐き出しただけだし、今のは……」 あゆの姿が一瞬掻き消えたかと思うと、次の瞬間、あゆは名雪の眼前に出現していた。 「スノースパイラル!」 あゆの右手のアッパーが名雪を殴り飛ばすと同時に、吹雪の螺旋が名雪を呑み込み。 「今ので吸収した冷気は全部だよ」 冷気の螺旋から弾き飛ばされた名雪は、空中で回転して辛うじて足から着地した。 「吸収能力?……そんな力、あゆちゃんにはなかったはずだよ……」 「昔から持っていた能力を少し発展応用しただけだよ……ボクはもう名雪さんの知っている月宮あゆじゃないんだよ」 あゆの体が再び宙に浮かび上がっていく。 「いくよ、名雪さん……」 あゆの作り物の小さな翼から、光でできた巨大な翼が生まれた。 「ライトニングフェザー!」 光の翼が羽ばたくと、無数の光の羽が矢の雨のように名雪に降り注ぐ。 「くっ!」 名雪の周りを冷たく鋭い冷気の渦が取り巻き、光の羽を全て呑み込んだ。 「へぇ、『今』の自我を保ったまま、『昔』の力を完全に取り戻したんだね……」 「美汐ちゃんのお陰かな……望んだわけじゃないんだけどね……」 名雪が右手を突き出すと、無数の冷気の刃があゆに襲いかかる。 「なるほど、ただ冷気や吹雪を撃ちだすよりは攻撃的だよね」 あゆの前面に黒い靄のようなものが生まれ、冷気の刃を全て呑み尽くした。 「返すよ、名雪さん」 黒い靄の中から冷気の刃が撃ちだされ、名雪に襲いかかる。 「ちぃっ!」 名雪は己を包み込む冷気の渦の激しさを増し、撃ち返された冷気の刃を呑み込むと、新たな冷気の刃をあゆに向かって放った。 「何度やっても無意味だよ、名……」 冷気の刃よりも、あゆのセリフが言い終わるよりも速く、名雪の姿があゆの目前に出現する。 「だおおおっ!」 冷気の渦を纏ったまま、名雪はあゆに突進した。 「うぐぅっ!」 黒い靄を貫いて名雪が激突する直前、あゆは光の翼で自らの体を護るように包み込む。 あゆは吹き飛ばされ壁に激突した。 「……まったく、無謀なことする人だよ……」 あゆは光の翼を拡げ、優雅に床に着地する。 光の翼で全身を包んでいたせいか、たいしてダメージは負っていないようだった。 「流石にあんな薄靄じゃ……体ごと突っ込まれたら一瞬で消化できな……」 「だおっ!」 名雪はあゆに向かって降下してくると、右足で蹴りを放つ。 あゆは、名雪の蹴りを左手で掴んで受け止めた。 「接近戦を選ぶのは半分正解だよ、ボクに遠距離攻撃は一切無意味だからね。でも……」 名雪の右足を掴んでいるあゆの左手が黒く輝きだす。 「うっ!?」 それと同時に、名雪は体中から力が物凄いスピードで抜けていくのを感じた。 名雪は右足を捕まれたまま、左足であゆの左手を蹴り飛ばし、辛うじて脱出する。 「い、今のって……」 「何も吸収した分の冷気をそのまま放出するだけがボクの能力じゃないんだよ」 あゆは右手の掌を前面に突き出した。 「ピアーズレイ!」 名雪は反射的に横に跳ぶ。 名雪のすぐ横を高速で高出力な光が通過していった。 「こっちなら覚えてるよね? 名雪さんの知っているボクの能力は『光』。高速で高出力で破壊力のある光を自由自在に操れる。流石に、ホントに『光速』……目で見えない速さじゃないけどね」 あゆは再び掌から光を撃ちだす。 「くっ!」 名雪は辛うじて光をかわした。 「だおおおおおおおおおっ!」 名雪は再び鋭利な冷気の渦を身に纏う。 「ピアーズレイ!」 あゆが放った光は名雪の冷気の渦に呑み込まれるように消滅した。 「やっぱりそうなるんだね……でも……」 あゆは両手を胸の前で、そこに何かがあるかのように奇妙に動かす。 あゆの両手の掌と掌の間に黒い小さな球体が形成されていった。 「……でも、これは防げないよ!」 あゆは黒い球体を名雪に向けて撃ちだす。 撃ちだされたというより、押し出されたという方が正確かもしれない、黒い球体はゆっくりと名雪に近づいていった。 黒い球体に本能的に何かを感じた名雪は、後方に跳ぶ。 黒い球体は、あゆと名雪の丁度中間の空間で停止した。 「スヴァルト!」 突然、黒い球体が周囲のあらゆるものを吸い込みだす。 黒い球体は、アッと言うまに、渦巻く巨大な黒い穴へと変貌を遂げていった。 名雪を取り巻いていた冷気も凄まじい勢いで黒い穴に吸い込まれていく。 「そして、こっちが今のボクの持つもう一つの能力『闇』。見ての通り、あらゆるものを吸収するだけの地味な能力だよ」 「どこが地味……だおおおぉおっ!」 名雪は壁に右手を叩きつけると、壁と右手を凍らせて貼り付けた。 「あううぅぅぅ〜っ!」 香里は、黒穴に引き寄せられるように飛んでいこうとする真琴の襟首を掴む。 「あぅ〜、ありがとう、姉様……」 「どっから見ても、小型のブラックホールってところね」 香里の吐き出した紫煙もまた瞬時に黒穴に吸い込まれていった。 「どうして、お姉ちゃんと聖先生だけ平気で立っていられるんですか!?……きっと体重が滅茶苦茶重いからに違いありません!」 栞は床に二本の湾刀を突き刺すことで辛うじて踏みとどまっている。 「キャリアの差よ」 「年増だから?」 「栞君、君も一度死んでみるかい?」 栞の頸動脈にメスが突きつけられていた。 香里は特に栞を相手にすることもなく、名雪とあゆの戦いを見つめている。 「だおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」 名雪は絶叫と共に、冷気の渦を生み出し続けていた。 冷気は生まれたそばから黒穴に吸い込まれていく。 それでも、名雪はどんどん冷気を生み出し、そして激しさを増していった。 「うぐぅ?……名雪さん、何を……」 名雪は壁に貼り付けていた右手の氷を溶かすと、黒穴の吸引力に逆らわず、自ら跳躍し飛び込む。 「うぐぅ!? コレはさっきの霞とは違うんだよ! 髪の毛一つ残さず、全てエネルギーに変換吸収されて消滅する気なの!?」 「スノーインパクト!」 名雪は黒穴に向けて、全ての冷気を込めた右拳を叩きつけた。 次回予告(美汐&香里) 「というわけで、第17話ですね」 「やっとここまで辿り着いたって感じの対あゆ戦ね」 「どうも、あゆさんから闇とか重力って能力は連想しにくいので、いえ、まあ、それを意外性と考える方法もあるのですが……なんとなくあゆさんから連想しやすい悪く言えばありきたりな光の能力とセット販売となりました」 「最初で最後の奪還風味強しかもしれないわね、今回と次回は……」 「さあ、それはどうでしょうか、微妙なところだと思いますよ」 「じゃあ、今回はこの辺で」 「次回『カノン・グレイド〜鍵城編〜』最終回、良ければ見てくださいね」 「悪しき夢は終わりを告げ、本当の地獄が始まる」 『ライトニングフェザー』 光の翼の羽ばたきによって、無数の光の羽を矢の雨のように降り注がせる技。 『ピアーズレイ』 貫通力の強い光を撃ちだすだけの、あゆの基本技。 『スノー・インパクト』 ストレート(パンチ)を放つと同時に、全(放てるだけの)冷気を相手に叩き込む荒技。 消費する冷気の量と出力が=威力となる。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |