カノン・グレイド
第16話「集結! 美坂チーム




「フォックスネイルっ!」
真琴の右手の爪が男の胸を浅く切り裂く。
「あぅ〜、なんなのよ、このアンテナは!?」
真琴が相手をしているのは北川の偽者、ジェネテックフィギュアだった。
偽者のアンテナのような寝癖が伸びると、槍のように真琴に襲いかかってくる。
「しつこいっ!」
真琴は跳躍して、鋭利な寝癖をかわすと、右手で偽者の後頭部を掴み、顔面を地面に叩きつけた。
「そのまま寝てろっ!」
真琴の言葉と共に偽者が燃え上がる。
「まったく、なんなのよ、こいつ! 馬鹿みたいに硬いし、真琴の爪がおかしくなっちゃうわよ!」
真琴は苛立ちを隠そうともせずにそう言うと、燃えている偽者には目もくれず、歩き出そうとした。
しかし、一歩も歩かないうちに背後に気配。
「あぅっ!? まだ……」
真琴は振り向くと同時に、燃えながらも襲いかかってくる偽者にフォックスネイルを放とうとした。
だが、それよりも早く偽者の体が横に吹き飛ぶ。
偽者が真琴の視界から消え、代わりに剣を構えた一人の少女の姿を捕らえた。
おそらく、この少女が剣で偽者を殴り飛ばしたのだろう。
「…………」
少女は無言で自らの剣を見つめていた。
無骨な西洋風の剣。
「あう、あん……あなた……あれ?」
真琴は、最初『あんた、誰』と聞こうとして、途中で一応助けて貰ったのにあんた呼ばわりは失礼と気づき『あなた、誰』と言い直そうとしたのだが、その段階で聞く必要がないことに気づく。
「……斬れない……」
真琴の視界に再び、北川の偽者が姿を現した。
偽者の狙いは真琴ではなく、自分を吹き飛ばした黒髪の少女。
ピッという微かな音が真琴の耳が聞こえた。
いつのまにか黒髪の少女の剣の位置が僅かにずれている。
そして、北川の偽者が縦に真っ二つに裂かれ、床に倒れていた。
「……な、なんで、あんたがここに居るのよ……?」
「…………」
黒髪の少女は答える代わりに、通路の奥を剣で指し示す。
「なに……あううっ!?」
通路の奥から幾人もの真琴がこちらに向かって行進してきていた。
「もう……真琴は、真琴を攻撃したりなんてしたくないわよ!」
「……ただの機械、偽者、気にするな」
「気にするわよ! 自分の姿をしたものを傷つけたり、壊すなんて……なんとなく嫌な気分になるわよ、普通っ!」
「……そう?」
「そうよっ!」
「……解った」」
黒髪の少女は真琴の前に出ると、そのまま、真琴の集団に向かって無防備に歩いていく。
「ちょ、ちょっと?」
少女は真琴の集団に5メートルぐらいの所で立ち止まると、デタラメに剣を振り回し始めた。
剣が空気を切り裂く微かな音だけが響く。
全ての真琴が一斉に黒髪の少女に跳びかかった。
真琴達の両手の爪が煌めく。
「フォックスネイル!? あれじゃかわしきれ……」
「……問題ない……」
小声だがよく通る声で黒髪の少女は答えた。
黒髪の少女の剣の届く間合いの直前で、真琴達が縦に、横に、両断されて、バラバラの残骸になっていく。
そして、真琴達の残骸はそのまま黒髪の少女の上に降り注いだ。


「あんた、何やってるのよ!?」
真琴は、黒髪の少女を呑み込んだ残骸の山に駆け寄る。
「…………」
残骸の山が独りでに崩れだし、中から黒髪の少女が姿を現した。
「……かわすスペースがなかった……」
黒髪の少女は体の埃を払う。
特にダメージらしいダメージは負っていないようだった。
「……というか、切り裂いても、残骸はそのまま降ってくるに決まってるじゃないの!」
額を狙って飛んでくる弾丸を例え真っ二つにできたとしても、そのまま二つに分かれた弾丸が額を撃ちぬく。
それと同じような理屈だった。
「……使う技を間違えた……」
「さっきのモノなんとかって技よね?」
「……モノディメション・ソードフィールド……」
「そう、それよ! あたしの爪でも満足に切り裂けなかったのに、やけにあっさりスパスパ切ってたわね」
「……空間に作った切れ目で……斬ったから……物体の硬度は関係ない……」
「空間の切れ目?…………まあ、難しいことはいいわ。それより、なんであんたがここに居るのよ?」
「…………」
黒髪の少女は真琴の問いには答えず、偽真琴達が姿を現した方向を見つめている。
「……刻が近いからここに居る……」
「あう? 今、なんて言ったの?」
真琴には、黒髪の少女の微かな呟きは聞き取れなかった。
「……行かなくていいの?」
黒髪の少女は偽真琴達の来た方向を指さす。
「……あんたは、一緒に行かないわけ?」
「…………」
「あゆに加勢に来たわけでも、名雪に加勢に来たわけでもないわけ?」
「……興味ない」
相変わらず小声だが、黒髪の少女はきっぱりとそう答えた。
「じゃあ、あんたホントに何しに来たわけ?」
「……待つために……」
「あぅ?」
「……茶番はどうでもい……ただ、私は私の使命を果たすためだけに……ここに居る……それだけ……」
「茶番ね……あんたから見たら今回のこと全て茶番なわけだ? 自分には関係ないレベルの低い争い?」
「…………」
黒髪の少女は肯定も否定もしない。
実は真琴自身も、自分が何のために、なぜ、急いで奥へと向かっているのかよく解っていなかった。
全ての記憶を取り戻した今、名雪やあゆに対する感情は複雑である。
あゆは共に鍵城で生きた仲間だ……それ以上でもそれ以下でもなかった。
名雪に対しては、慕う感情よりも、恨みの感情の方が強いかも知れない。
では、なぜ自分は急いでいるのか?
名雪のためではない。
今、より正確に言うなら記憶を失っていた間、慕っていた香里のため、香里が心配だからだ。
真琴はそう自分に言い聞かせる。
「……まあいいわ。あんたはいつまでもそこに突っ立てなさいよ」
「……そうする」
黒髪の少女は真琴の皮肉に気づかなかったのか、気にしなかったのか、素直に同意した。
「助けてもらったことには礼を言っておくわよ。結構手こずりそうだったし……」
「……急いだ方がいい……アレはすぐに沸いてくる……」
「そうするわよ。じゃあ、また後でね」
真琴は通路の奥へと駈けていく。
黒髪の少女は無言で真琴の背中が見えなくなるまで見守った後、視線を逆の通路、鍵城の出口のある方向に向けた。
「……また後で……」
黒髪の少女は微かに一瞬笑みを浮かべる。
少女のことを良く知る者ではなければ、それが笑みだと解らないほどの微かでぎこちない笑み。
「……刻は近い……」
黒髪の少女の呟きは誰の耳にも届くことなく静寂に溶け込むように消えていった。



「アブソリュートフィストっ!」
香里は真琴の偽者を容赦なく粉砕した。
「今のでラストね」
「うん。でも、知り合いと同じ姿のモノを攻撃するのって気持ちのいいものじゃないよ〜」
「そう? あたしは別に気にしないけど」
香里は障害のなくなった通路をどんどん歩いていく。
「それにしても、なんでわたしと香里の偽者だけいないんだろうね? 一番多かったのは北川君かな? 聖さんは少なかった気がするよ」
「弱いモノというか、単純なモノの方が量産は楽だからよ。弱いモノを大量生産するのと、強いモノを少数作る……どちらが有効かは微妙なところね」
「雑魚はどれだけ集まっても雑魚だから、やっぱり自分と互角か、それ以上が一体居る方が怖いと思うよ〜」
「そうね……この人形も本当に聖さんや栞の能力を100%再現できていたら、ここまで楽には倒せなかったでしょうね。でも、所詮紛い物は紛い物なのよ、本物には遠く及ばないわ」
『…それだけ、あなた方が特殊ということです』
香里は足を止めた。
通路の最奥、部屋の入り口の前に、一人の女性が立っている。
「……またあなたなのね、遠野美凪さん」
「…パワーやスピードは再現できても、その者だけが持つ特殊なもの……例えば死滅眼などは機械では決して再現できません」
「だから、あなたの人形もないの、美凪さん?」
「…作ろうと思えば作れます、私の人形も、そしてあなたの人形も……ただ……」
「ただ、何?」
「…10%……いえ、5%の力も再現できていない人形など作っても仕方ないと思いませんか?」
「…………」
「えっと、どういう意味なのかな?」
名雪は美凪と香里の会話についていけないでいた。
「……あなた、どこまで……何を知っているの?」
「…いずれ解ります。それはそうと、やはり『シナリオ』どおり、ここまで来られたのはあなた方二人だけ……」
「えぅえぅえぅ♪」
奇妙な笑い声が美凪の声を遮る。
「栞、その笑い方やめないっていつも言ってるでしょ……」
「勝手にひとをリタイヤさせないで欲しいですね」
通路の向こうから、美坂栞と霧島聖が姿を現していた。
「あうううぅ〜っ!」
さらに二人の後方から凄まじいスピードで何かが近づいてくる。
「真琴も居るわよ!」
「…なるほど、シナリオに若干の加筆訂正が必要なようです……観察しがいのあります」
「だったら、特等席で好きなだけ観察していなさい……茶番の結末をね」
「…では、そうさてもらいます」
美凪は微笑を浮かべると、入り口の側から離れ、壁際に移動した。
「行くわよ、名雪……と愉快な仲間達」
「誰が愉快な仲間達ですかっ!」
栞の反論は無視して、香里は入り口に向かう。
「…終わりの後にまた会えることを祈っています……御武運を……」
美凪は香里が通り過ぎる際に、彼女にだけ聞こえるように呟いた。
香里はそれには何も答えず、歩みを進める。
香里達は入り口の中へ消えていった。






























次回予告(美汐&香里)
「というわけで、第16話ですね」
「冒頭の某人物の部分を書きすぎてしまったり、やっぱり丸ごと削除してしまうかと悩んだり……」
「まあ、名前伏せている意味がまったくないと思いますが、フードやスパッツと違って、誰だか解らないということはまずないでしょうから」
「スパッツ様の場合、解らないんじゃなくて、知らないって可能性が高いわね……フードさんの方はこの前ヒント一発で瞬時に解って貰えたわ」
「ヒントですか?」
「ええ、『使い回し』……これで解る人は一発で解るはずよ」
「なるほど……」
「まあ、彼女達二人は今のところあまり気にしないでいいわよ」
「そうですね、解らなくても話には問題はありませんし……」
「じゃあ、今回はこの辺で」
「良ければ次回もまた見てください」
「天使が踊るは喜劇か悲劇か……」





『モノディメション・ソードフィールド』
別名、剣制界(単一次元の剣領域)。
自らの周囲の空間に無数の切れ目(一次元の刃)を作り結界となす技。
空間の切れ目に触れたモノはその硬度(強度)に関係なく『切断』される。









一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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カノン・グレイド第16話