カノン・グレイド
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狐。 妖狐をその身に飼い、自由自在に使役する邪術師の一族、それが天野一族。 だが、本当に自分達は妖狐を使役しているのか? 逆に妖狐達に使われているのではないか? いや、どちらでも大差はないのかもしれない。 天野と妖狐の『共生』関係……それには変わりはないのだから……。 私の名は天野美汐。 天野一族の最後の生き残り。 一族を滅ぼした仇を討つまでは、この呪われた生を終える気はない。 人を殺し、人を喰らい続けようとも、私は生き続ける……。 「私は天野一族の最後の一人、あなたはものみの丘の最後の妖狐……できることなら、子供の頃定められていた通り、共に歩みたかったです」 美汐は金剛石の矛に突き刺さっていた真琴を、そのまま力任せに投げつけた。 真琴は壁に叩きつけられた後、床に落ちる。 「…………」 真琴はゆらりと立ち上がった。 「あうああああああああっ!」 咆哮と共に真琴は両手から次々に火球を撃ちだす。 「やはり、この程度では終わりませんか」 美汐は矛を前面で回転させて全ての火球を打ち落とした。 「があぅぁっ!」 真琴の追撃の爪刃もまたあっさりと美汐の矛に受け止められる。 「あなたの自慢の爪も流石にダイヤは斬れませんか?」 美汐は矛を回転させて、真琴を巻き込むようにして地面に叩きつけた。 「今度こそ終わりです、真琴」 美汐は、倒れている真琴に、さらに矛を突き下ろす。 しかし、美汐の矛は真琴をすり抜けて地面に突き刺さった。 真琴の姿が消失する。 同時に真琴の姿が美汐の背後に出現した。 真琴の両手の爪刃が美汐をバツの字に切り裂こうとする。 だが、真琴の爪刃が交差するよりも速く、美汐の姿は消えていた。 さらに、真琴の足元が沼と化し、真琴の足を吸い込む。 「あぅっ!?」 「いい加減終わりにしましょう……グランドギムレット!」 いつの間にか、真琴の正面に出現していた美汐は、金剛石の矛を高速で回転させながら真琴の心臓を狙って突き出した。 「…………あうぅ」 「しぶとい……」 美汐の矛は、防御のために真琴が突き出した両手を弾き飛ばし、美汐の右肩をえぐり取っていた。 「美汐……」 「…………」 美汐は瞬時に真琴の変化に気づく。 姿は妖狐のままだが、『中身』は元の真琴に戻っていた。 真琴は左手で沼になっていない床を叩き、跳ね上がるようにして沼から抜け出す。 「美汐……本当に戦わなければいけないの……?」 「無論です。私はここでしか生きられない。そして、今のここの支配者であるあゆさんは、あなた達を倒すことを……あなた達に邪魔されないことを望んでいる……それだけで殺し合う理由は充分ではありませんか?」 「あぅ〜っ……あゆさんなら真琴が説得するから、それに美汐も外へ……」 「あゆさんはあなたごときに説得できません。それに、今も言ったばかりのはずです、私はここでしか生きられないと……あなたとは違ってっ!」 美汐は左手を突き出して、矛を持った右手を引き絞り、グランドギムレットを放つ体勢をとった。 「……戦うしかないんだ……」 「グランドギムレット!」 高速回転する美汐の矛が真琴に迫る。 「……神火爪斬!」 刃と化した真琴の両手の爪に炎が宿った。 自ら矛に飛び込むように突進してきた真琴の姿が矛をすり抜けるようにして消失する。 「天狐乱舞っ!」 次の瞬間、無数の閃光が美汐の体中を切り刻んだ。 「美汐……ごめん……」 悲しげな真琴の呟きを掻き消すように、何かが床に突き刺さる音が響いた。 「謝る……のは……早いですよ、真琴……」 床に突き刺さった矛を支えにして美汐が立っている。 床から吹き出すような黄色の光が美汐の体中を取り巻いていた。 「美汐……」 美汐の体中の切り傷がじょじょに塞がっていく。 「大地に精気がある限り、私は不死身です……私を倒したいなら、一撃で倒すことですね……」 傷の完全に治癒した美汐は、矛を床から引き抜くと、その鋒先を真琴に向けた。 美汐は矛を持った右手を引き絞る。 「……また、グランドギムレット?」 それなら、真琴には対処法があった。 どれだけの威力があろうと、矛での突き、一点への攻撃である以上、妖狐化している真琴の身体能力の前ではかわすのはそれ程難しいことではない。 真琴と美汐の間には絶対的な身体能力の差があるのだ。 「確かに、身体能力、特にスピードにおいては、今の私はあなたに劣ります……そう『今』の私では……それならば、解っていてもかわせない攻撃をすればいいだけのことです」 大地から吹き出す黄色の光が、矛の鋒先に集まっていく。 「グランドサイクロン!」 渦巻く膨大な黄色の光が矛の鋒先から撃ちだされた。 「あぅっ!」 かわせないスピードではない、だが、かわせるスペースが存在しない。 それ程、光の台風は強大だった。 光と風の嵐が部屋中を支配し、その渦が真琴を呑み込もうと迫る。 「言っておきますよが、真琴、渦の中心を貫くなどという……あなたの好きな漫画のような方法ではこの術は破れませんよ」 「……解ったよ、美汐……この術の強さが……美汐の想いの強さそのものなんだね……だったら、正面から受ける! 天狐神炎渦!」 真琴の両手から荒れ狂う炎の渦が撃ちだされ、美汐の光の台風と激突した。 部屋に再び静寂が戻ると、元の人間の姿に戻り壁にめり込んでいる真琴と、全身火傷だらけで立ちつくしている美汐の姿があった。 「相殺、互角……いえ、少し私の負けかもしれませんね……」 美汐は疲れたような表情で微笑を浮かべる。 「……み……美汐?」 真琴は美汐の笑みの意味が解らなかった。 さっきの天狐神炎渦で殆どの『力』を使い尽くしてしまい、しばらくはまともに体が動きそうにもない。 今なら美汐は、簡単に自分にトドメをさせるはずだ。 だが、美汐はトドメを刺すどころか、近づいてくる気配もない。 美汐の方もダメージが深くて動けないのだろうか? 「……あなたには外の世界の方が似合うと思った……それに、ものみの丘という帰るべき場所もあった……」 「……美汐?」 「私と違ってこんな場所に縛られる必要はない、名雪さんももう居ないのだから……だから、帰した、止めなかった……こんな救いのない場所で血に塗れて生きるのは私だけでいい……」 美汐の体がグラリと揺らいだ。 「……美汐っ!」 なんとか立ち上がって美汐に駆け寄ろうとした真琴を、美汐は手で制す。 「……けれど、その結果が……ここに居ること以上の悲劇をあなたに与えてしまった……私は……あの丘の狐達を……あなたの仲間を……あなたを……護れなかった!」 「……そんな……アレは、美汐のせいじゃ……」 「いいえ、妖狐を、あの丘の狐達を護るのは天野である私の役目です……それに、役目や義務ではなく、私はあなたを護りたかった……護るつもりでいた……」 「美汐……」 「…………」 真琴は自嘲するような笑みを浮かべると、右手をかかげた。 金剛石の矛が独りでに飛んできて、美汐の右手に収まる。 「護るべき者……護りたい者に刃を向けても……勝てるわけがないですね……」 「美汐……美汐、何をっ!?」 「ごめんなさい、真琴、そして、さようなら……あなたはあなたの生きたいように生きてください」 美汐は自らの左胸に金剛石の矛を突き刺した。 「ふむ、見事に脳髄が飛び散っているな。というか、頭部がまるごと無くなっているというべきか」 佐祐理の死体を眺めていた少女が呟くように言った。 「医者じゃなくても、誰が見ても一目で解る死にぷっりだが……本職の意見を聞きたいものだな?」 少女はチラリと背後に視線をやって呟く。 少女の背後には霧島聖ことドクター・セイントが立っていた。 「診るまでもあるまい、それはもはやただの肉の塊だ」 聖は佐祐理の死体を一瞥すると、無感情に言う。 「はっはっは、確かにその通りだ」 「……こんな肉塊よりも、私には君の方が興味深いが……こんなところで何をしている? 君は何者だ?」 「気にするな、ただの通りすがりの女優だ」 「……女優?」 「どっからどう見ても、女優だろーが?」 「…………」 どっからどう見ても、女優にだけは見えなかった。 短めのクリーム色の髪に黒い大きなリボン、長いマフラーを首に巻いてはいるが、緑と草色の上着の他に着ているのは黒いスパッツだけという、この雪の街にはどうかと思うファッション。 「まあ、私のことなど気にするな。それよりも……」 少女は首の十字架のチョーカーを弄りながら、聖と向き直った。 聖の右手に四本のメスが出現する。 「貴様もたまには医者らしいことをしてみぬか?」 少女は背後の佐祐理の死体を親指で指差しながら言った。 次回予告(美汐&香里) 「というわけで、第14話ですね」 「基本対戦これで全て終了……といったところね」 「ちなみに、今回の最後の部分はあまり気にしないでください」 「じゃあ、今回は特にネタも話題もないので、この辺で」 「良ければ次回もまた見てください」 「最後の戦いを前に、暗躍者達の思惑が交錯する……」 「蛇足的な能力説明」 『グランドギムレット』 槍の技でよくある、ドリルのように回転させての突き技。 もっとも、ギムレットの言葉の意味はドリルではなく『きり』だが。 『グランドサイクロン』 無限なる大地の精気(生気)を矛の先端(鋒先)に集め、強大な渦(台風)のように撃ちだす技。 『神火爪刃(しんびそうじん)』 刃と化した爪に神火(最高位の狐火)を宿らせた斬撃。 『妖狐乱舞(ようこらんぶ)』 超高速で相手を両手の爪で切り刻む乱舞技。 『天狐神炎渦(てんこしんえんか)』 神火を激しい渦状に撃ちだす炎と風の融合妖術。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |