カノン・グレイド
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赤い……赤い雨? 大量の赤い液体がわたしの全身に降りかかった。 わたしとドクター・セイントの間に割り込んだモノから吹き出した赤い雨。 ドクター・セイントのブラッドブレードと、わたしの冷気の刃に切り裂かれたモノの名前を……わたしは知っていた。 「か……香里?」 美坂香里。 わたしの親友、パートナー、保護者……どの言葉でも語り尽くせない程わたしと深い、深すぎる繋がりを持つ存在。 わたしよりもわたしを知る者。 わたしの知らないわたしの正体、過去、全てを知るたった一人の女。 その美坂香里が、ブラッドブレードと、わたしの冷気の刃で切り裂かれていた……。 「…………香里ぃっ!?」 冷気の嵐を解いた名雪の目の前の床に、香里の体は叩きつけられた。 「……邪魔をしてくれる」 不快感を隠そうともしない聖の手の中から、ブラッドブレードが液体に戻り崩れ落ちる。 「香里! 香里! 香里っっ!」 名雪は抱きかかえた香里の体を揺さぶりながら、錯乱したように香里の名を呼んだ。 「……お、落ち着きなさい……名雪……」 名雪の腕の中の香里がかすれるような声を出す。 「……血が……止まらない……でしょ」 「あ、ごめん……大丈夫なの、香里?」 名雪は揺さぶるのをやめると、改めて香里を見つめた。 右肩から左腰にかけて斜め一文字に真っ二つに切り裂かれている上に、背中を無数に切り刻まれていた。 「……香里、よく生きているよね……?」 名雪はつい素直な感想を口にしてしまう。 「……あなたね……背中の方はあなたが……ぐぅっ!」 「痛い!? 痛いよね、香里……ごめん、ごめんね、香里……」 「……やっと正気に……戻ったみたいね……泣かなくていいわよ……このくらいで死にはしないから……」 香里は、名雪の頬に力無い手を伸ばすと、彼女の涙をそっと拭った。 「『このくらい』とは言ってくれるな。普通なら即死、そうでなくてもとっくに出血死だ」 聖が口を挟む。 「……まだやる気?」 名雪は香里を庇うよう抱きかかえ、聖を睨みつけた。 聖は睨み返すわけでもなく、ただ名雪と香里をしばらく観察するように眺める。 聖は苦笑を浮かべると、視線を名雪達からそらした。 「……いや、またの機会にしておこう」 そう言ったきり、聖は遠くを見つめるような表情で黙り込む。 「……な、名雪……」 「何、香里? 苦しいの?」 「……『どこ』まで思い出したの? 『どこ』まで覚えている?」 「えっ?」 名雪は最初、香里が何を聞きたいのか解らなかったが、しばらくして質問の意味に気づき、答えた。 「……鍵城での生活ほぼ全てかな?」 「……それ以前は? なぜ、鍵城に居たのか……」 「わからないよ。思い出したのはKANON時代のことだけだよ」 「そう……それならいいわ……よいっしょ」 よいしょという年寄り臭い掛け声と共に香里は立ち上がろうとする。 「わっ、駄目だよ、香里、無理しちゃ……」 「大丈夫よ、血は止まったから……ちょっと足りなくはなっちゃったけどね……」 香里は立ち上がると、苦しげな表情のまま笑みを浮かべた。 「心配するな。体の血液の三分の一出血で死ぬのは男だけだ。女は三分の二出血してやっと死ぬ。女性ホルモンの働きのおかげでな、男より死ににくい体をしているのだよ、女は」 聖は名雪達からそっぽを向いたまま、独り言のように呟く。 「そういえば、あなた『医者』だったわよね『殺人鬼』じゃなくて……忘れるところだったわ……名雪、肩を貸してくれる?」 香里は皮肉げに聖にそう言うと、名雪に肩を借りて歩き出した。 「そうそう、女性ホルモンはセックスをしないと減るし、歳と共に減っていく」 聖の呟きに、香里は足を止める。 「……何が言いたいのかしら?」 「深い意味などない。ただ……もし、何百年も生きている女性が居たとしたら、その女性のホルモンのバランスはどうなっているのか……とふと思っただけだ。医学的興味だよ」 「だお?」 「……何百年も生きている人間が居ると考えること自体、医学的じゃないわよ」 香里はそう答えると、再び歩き出した。 「これで、ハッキリしたよ。香里さんには、ボクの危惧していたような能力はないということが」 あゆは満足げな笑みを浮かべると、料理を再開した。 「さて、ここまではシナリオ通りですね」 「あぅ〜っ!?」 突然、真琴の目の前に天野美汐が出現した。 床の中から花の芽か何かのように生えてきたのである。 真琴は、一瞬、この床から生えてきた女への対処に悩んだ。 敵? 味方でないのなら敵だ、味方にこんな女は居ないだから敵。 敵ならどうする? 香里に任された栞を守らなければいけない、戦う? 逃げる? 真琴が行動を決定するよりも早く、美汐の右手が真琴の顔面を掴んだ。 「とりあえず、全てを思い出していただかないと話になりません」 「あうっ!?」 美汐の右手の周りに赤い無数の文字が浮かび上がる。 「なるほどここの部分に障害が……一番の問題はキャパシティの不足ですか……」 「あぅ〜っ! 離してっ!」 「すぐに済みますから、大人しくしててください……データエディティング!」 「あううううううううううううぅっ!?」 真琴の絶叫が部屋中に響き渡った。 赤い……赤い髪の女。 血よりも朱く、炎よりも紅き者。 自分の家族を、仲間を、全てを奪い去っていった存在。 その存在への恐怖を忘れるしか、あたしが自己を保つ方法はなかった。 「あぅぅ〜…………み、美汐?」 「やっと思い出していただけましたか、真琴?」 美汐は感情の感じられない冷たい瞳で真琴を見つめていた。 「……思い出した……忘れていたこと、忘れていたかったこと……全て……」 「口では名雪さんを恨み憎んでいるようなことを言っても……結局、あなたは彼女の元へ惹かれ辿りついてしまった……記憶が曖昧だった分本能に忠実だったのかもしれませんね。飼い犬が主人の元に帰るように……」 「ち、違う! 名雪の所に行ったのはあくまで偶然、偶然名雪に拾われただけで、真琴の意志じゃないのよ〜っ!」 美汐は片膝を折ると、右手を床につける。 「だって、今の真琴が好きなのは……」 「ストーンスパイク!」 美汐の声と同時に真琴の足元から鋭利な石柱が吹き出した。 「あぅ〜」 真琴は咄嗟に後ろに跳び退る。 「問答無用です」 美汐が床を軽く押す度に、鋭利な石柱が真琴を足元から襲い続けた。 真琴は辛うじてそれをかわし続ける。 「下からだけとは限りませんよ……ロックレイン!」 美汐は右手で握っていた無数の小石を空高く放り投げた。 小石は全て巨大な岩石と化し、真琴に降り注ぐ。 「あぅ!?」 「波状攻撃です」 美汐は両手で小石を投げ続け岩石を降らしつつ、踵で地面を叩き石柱を真琴の足元に生み出し続けた。 「あぅあぅあ〜っ!」 真琴は石柱の針山と岩石の雨から逃れるように前に、美汐に向かって飛び出す。 「美汐、ごめん!」 真琴はとりあえず、美汐にダメージを与えて動きを止めることにした。 真琴の両手の爪が鋭利な刃物のように伸びる。 真琴は爪刃で美汐に斬りつけようとした。 美汐は交差させた両手を地面に叩きつける。 「ダイヤモンドスプラッシュ!」 「あうぅ〜っ!?」 床を突き破って吹き出した無数の光の針が真琴を貫いた。 「ダイヤモンドスプラッシュ(金剛石の水しぶき)……私の呪術の中でもっとも華麗な術です。せめて最後は美しく……」 美汐は、無数のダイヤモンドに埋もれるように仰向けに倒れている真琴に一瞥をくれると、踵を返した。 「……さよなら、真琴」 美汐は背後を振り返ることなく歩き出した。 「…………」 しかし、美汐は数歩ほど歩くと足を止める。 背後から圧倒的な威圧感を感じたからだ。 「……やはり、楽はできませんか」 ため息を吐くと、美汐は振り返る。 虚ろな目をした真琴が立ってるのが見えた。 「ぁぁぁぁぁぁぁぁあああうううううううううううううううううっ!」 絶叫と共に真琴の姿が変貌していく。 風に流れる長い髪、狐のような耳、獣の牙のような犬歯、刃のような両手の爪、病的なまでに白く美しい肌、そして九つの尻尾。 赤く変色した瞳がただ鋭く冷たく美汐を見つめていた。 「妖狐化現象……やはり、全てあゆさんのシナリオ通りですか」 美汐は気怠げな表情で右手を床につける。 「…………」 無言、無表情のまま、真琴が突然動いた。 一瞬で美汐との間合いを詰めると、爪刃と化している右手を振り上げる。 「……ダイヤモンドスピアっ!」 だが、真琴が右手を振り下ろすよりも速く、美汐は床から引き抜いた光り輝く矛で真琴の左胸を貫いた。 次回予告(美汐&香里) 「というわけで、第13話ですね」 「なんか二ヶ月近く、切り裂かれたままの状態で止まっていた気がするわ……」 「実際、私と真琴の戦闘開始以前はそのくらい前に書かれて放置されていたものですからね……」 「……なんか、あまりに間が開きすぎて、自分の作品やキャラのイメージを忘れていたわよ……」 「まあ、違うものを書いていたという以外にも、冒頭の部分がこれでいいのか(これいくのか)決めかねていたというのが長期ストップの原因でしょうね」 「そういえばそうだったわね……」 「私と真琴の戦闘は書き出したら思ったよりもスラスラと進んだんですけどね」 「なんか、あなたって弱いんだか強いんだか解らない地味な能力ばかりよね……」 「余計なお世話です……」 「まあいいわ、じゃあ、今回はこの辺で」 「良ければ次回もまた見てください」 「狐と狸の化かし合いが終わる……」 「蛇足的な能力説明」 『ストーンスパイク』 鋭利な石柱を相手の足元から吹き出させ、相手を串刺しにする、土の呪術の初歩にして基本の技(術)。 『ロックレイン』 放った小石を岩石変えて相手の頭上から降り注がせる、土の呪術の初歩の技(術)。 『ダイヤモンドスプラッシュ』 地中からダイヤモンドの原石だけを掘り出し(ついでに研磨済み)、相手に無数の光の針(弾丸)のように叩きつける美汐の必殺技(術)。 『ダイヤモンドスピア』 地中からダイヤモンドを集め、それを矛の形で再構成した物。 『土の呪術の補足』 どこの地中にも都合良くダイヤモンドなどが埋まっているわけではなく、正確には美汐はダイヤモンドなどを作り出しているのである。 錬金術のように、石を金や銀、ダイヤ、ルビー、サファイア、エメラルドなどの各種宝石に自由自在に作り替えることが可能。 形も自由に弄ることができ、単一の宝石でできた強固な武器や防具すら創造可能である。 ただし無から有を作り出しているわけではないので、土や石、元となる鉱物を必要とする。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |