カノン・グレイド
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美凪は、栞の『視線』から逃れるように、右横に跳躍していた。 着地と同時に自分の体の異変に気づく。 左腕の手首から先が無くなっていたのだ。 痛みは欠片も無い。 いや、今頃になって、痛みが遅れてやってきた。 そして、血もようやく切断面から流れ出す。 「下手に動くから狙いがそれちゃったじゃないですか」 栞が困ったものですと言った感じで呟いた。 「…『視線』で『切った』……?」 「えぅ?……初めてですよ、一発で私の能力を見切った人は……もっとも、一発で仕留められなかった人も滅多にいませんけどね」 栞はクスクスと楽しげに笑う。 「『死滅眼』と言って『死線(視線)』で相手を殺す能力です。文字通り、目で相手を殺すって奴ですね」 目で相手を殺すという例えや比喩を現実に行うことができる能力。 かなり質の悪い能力だということが美凪には瞬時に理解できた。 この前、戦った赤毛の女の能力と少し似ているかもしれない。 「…ということは……」 「えぅえぅえぅ♪ 次は外しませんよ」 美凪は栞を凝視した。 栞の周りを無数の白い刃のようなモノが取り巻いてるのが『視え』る。 刃の一つが美凪の首を狙って突き出された。 美凪は一歩横に体をずらし、刃をかわす。 完全にかわし切れなかったのか、美凪の首筋に赤い線が走った。 血が流れ出す。 「えぅ?」 栞はかわされたのが信じられなかったのかキョトンとした表情を浮かべた。 「……確かめさせてもらいます」 白い刃が次々に、美凪を突き刺そうとする。 美凪は全ての刃をギリギリで辛うじてかわしきった。 「……見えるんですか?」 「…白い冷気の刃のことですか?」 美凪の答えを聞いた栞は、しばらしの沈黙の後、派手に笑う。 「……まさか、お姉ちゃん以外にコレが『視える』人が居るとは思いませんでした」 「…私の目も少し特殊ですから……」 「そうでしょうね、普通の人には絶対に視えませんよ。ああ、でも一つだけ訂正しておきます。コレは冷気ではなく『死気』というものなんですよ」 栞が言い終わると同時に、白い刃『死気』が美凪に襲いかかった。 いつもなら、相手の心臓を一睨みするだけで全てが終わっていた。 こんな風に『戦闘』として成り立つのは、香里以外では初めてのことである。 なぜなら、死気は自分達姉妹しか見えないモノ……だったからだ。 他人の『死相』が見えるなどという能力を聞いたことがある。 自分の能力はそういった能力の発展した能力だと栞は思っている。 凝視した相手に強制的に『死』を与えることができる瞳。 それが死滅眼だ。 「ところで、あなたの瞳はなんて能力なんですか?」 答えるわけがないと思いながらも、栞は尋ねてみる。 「…全てを見極める……ただそれだけの何の攻撃力も持たない地味な瞳です」 予想外なことに美凪はあっさりと答えた。 「全てを見極めですか……?」 「…ええ、私に視えないモノ、解明できないモノはありません。主な使い方は相手の技の全てを分析し……改良を加え自分の物にすることです」 「えぅ? それって……」 美凪の周りに、無数の黒い刃が生まれる。 黒い刃は一斉に栞に襲いかかった。 白と黒の刃をお互いをすり抜ける。 栞と美凪は刃から逃れるために、互いに後方に跳んだ。 「…やっぱり、魔力で作った刃では、死気で作った刃を受けられませんか?」 「……脅かしてくれますね……いきなり、他人の能力を盗まないでください! 著作権の侵害ですよ!」 「…安心してください。死気というモノは私には再現できませんから……以前視た佐祐理さんの魔力の気流を参考に……魔力で作ったまがい物です……」 「そういう問題じゃないですよ!」 「…これなら、著作権は大丈夫?」 そんなことを言いながら、美凪は栞の能力について思考する。 闘気、魔力、精神力、意志力というもの強弱や質の違いはあっても人間なら誰でも持っている。 だが、死気などという『力』は本来人間が持っているものではない。 全てを完璧に分析し解明できても、持っていない『力』である以上、美凪にも再現不可能だった。 「……えぅ、それにしても厄介ですね」 美凪の黒い刃では、死気の刃は受け止められない。 だが、それは栞にとって有利なのことなのだろうか? それとも……。 一見、美凪が防げない以上有利なようだが……逆を言えば、美凪の黒い刃を死気の刃で防げないということでもあり……有利とは言い切れなかった。 「……ふぅ……えぅ!?」 栞は右手で口元をおさえる。 吐血。 「……やばいですね……ちょっと……無理をしすぎたみたいですね……」 栞がふらつくと、彼女の背後から死気の刃達が消えた。 「……ですが、あなたを倒すためには……さらに無理をしないといけないみたいですね……見せてあげますよ……あなたがもっとも見たかったモノを……!」 栞は血の付いた右手を床につける。 「…………」 美凪は無言で、栞の一挙手一投足を全て見逃さないように凝視した。 「……我が盟友にして……死の象徴たるモノよ……全てのものの終末にして……新たなる生命の芽生え……」 栞の右手を中心に、床に赤い魔法陣が広がっていく。 「……我が手に来……」 「何やっているのよ、この馬鹿妹っ!」 突然、栞の背後に出現した拳が、栞を地面に叩きつけた。 栞の顔面が床にめり込んでいる。 それと同時に、赤い血の魔法陣は一瞬で初めから存在しなかったように完全に消滅した。 「…………」 流石の美凪も言葉もなく、この成り行きを呆然と見守っている。 栞は勢いよくがばっと立ち上がった。 「いきなりなんてことするんですか、お姉ちゃん!?」 栞は口や鼻から血をたれ流している。 「あなたこそ何やろうとしていたのよ! 死滅眼の多様で消耗した体であんなモノ呼び出したらどうなると思っているのよ!」 「だからって止め方ってものがあります! 私の顔を潰す気ですか!? 女の子は顔が命なんですよ!」 「女の命は顔じゃなくて髪でしょ?」 「髪も大事ですが、顔はもっと大事なんですよ! そんなことも解らないんですか!?」 「いいから、とりあえず血を止めなさいよ」 そう言って、香里はハンカチを差し出した。 「……まったく、さっきのお姉ちゃんの一撃が一番ダメージ受けましたよ」 栞はハンカチを受け取りながら不満げに言う。 「…そろそろいいでしょうか?」 無視される形になった美凪が、美坂姉妹に声をかけた。 「……と、悪かったわね。続きの相手はあたしがしましょうか?」 「お姉ちゃんは引っ込んでてください! これは私の戦いなんです!」 「……そうね、じゃあ二人がかりで殺る?」 「えぅ! なんて卑怯なんですか、お姉ちゃんは!? 私にそんな卑怯者の姉はいません!」 「あたし達は決闘しに来たんじゃなくて、マテリアルの回収に来たんでしょ。卑怯も何もないわよ。プロなんでしょ? プロなら手段は選ばずに結果を絶対に出さなきゃ駄目よ」 「えぅ〜……」 「というわけで、二人がかりでいいかしら?」 香里は視線を、渋々納得したような栞から、美凪に移す。 「…………」 美凪は答える代わりに、無数の黒い刃を美坂姉妹に向けて突きだした。 「アブソリュートフィスト!」 香里は黒い刃達を拳で破壊しながら美凪に迫る。 香里の拳が美凪に当たった瞬間、美凪の体はシャボン玉と化して消滅した。 「…アブソリュートフィスト……ありとあらゆる物質、霊体やエネルギー体といったものすら『粉砕』する絶対の拳……あなたの能力の10%と言ったところですか」 美凪は床に転がっていた自分の左手首を拾いながら呟く。 「そういうあなたもまだ全然本気を出していないみたいね……」 「…手首も『治さない』といけないので……今回のところはこれで失礼します」 「逃がすと思っているんですか!」 死気の刃が美凪に襲いかかる。 しかし、死気の刃は美凪の代わりにその場に舞っていた数枚の紙切れをすり抜けただけだった。 「…やはり、生物以外には一切効果がない刃なのですね……」 「えぅ!?」 「栞、上よ!」 香里と栞の丁度真ん中の上空に美凪が浮いている。 「…では、ごきげんよう」 美凪の姿は無数のシャボン玉と化し、弾けるように消え去った。 「……ふん、確かに興味深い見せ物ではあったな。では……そろそろ始めようか?」 聖は映像からあゆに視線を戻すと、両手にメスを四本ずつ出現させた。 「ホントにせっかちな人だね」 あゆがパチンと指を鳴らすと映し出される映像が変わる。 「ボクと戦うより、こっちの方が君には興味があるんじゃないかな?」 「ほう……」 壁には、荒れ狂う吹雪の中心に立っている名雪の姿が映っていた。 次回予告(美汐&香里) 「というわけで、第10話ですね」 「当て嵌めうんぬんどころか、能力が強くなりすぎているように見えるのは気にしちゃ駄目よ」 「どんどんオリジナル色が強くなっていきますね」 「元々オリジナル戦闘物のつもりだしね。聖さんのメスしか被る要素ないんじゃないかしら?」 「ところで、真琴の性格というか口調がかなり違うような気がするのですが……」 「素直すぎるというか、『わよ』とか乱暴に話す相手が居ないのが原因ね……まあ、この辺は逆に正しい口調にしたらしたで違和感出ると思うわよ」 「では、そんなわけで、次回は久しぶりに名雪さん、そして私の出番ですね」 「……多分ね……」 「多分ってなんですか……」 「実際に書くまでどうなるか解ったものじゃないのよ……」 「まあいいです……では、今回はこの辺で……」 「良ければ次回もまた見てね」 「じゃあ、香里さん、またです」 「蛇足的な能力説明」 『死滅眼』 死気(生気を奪い滅びをもたらす気)で作られた刃で相手を突き刺す……というのは、極一部の特殊な者にだけ見える光景であり、実際は睨まれた次の瞬間に、心臓から血が噴き出したり、首が独りで胴体から刎ねられたようにしか見えない。 「死線(視線)」で相手を斬殺あるいは刺殺するというのが一番的確な表現かもしれない。 目で殺す、突き刺さるような視線……そういった比喩を現実に起こす能力と言ったところ。 栞の生命力を著しく消耗させるため、多用や長時間の使用はできない。 ただ切断しているわけではなく、相手の生命力を吸い取り、栞の生命力を快復させる効果がある。 その性質上、使用しておきながら、相手の生気を奪えなかったりすると、かなり危険な(瀕死)状態に陥ってしまうという欠点も存在する。 一言で言うなら、自らの命を削り相手の命を奪う刃を生み出す……といった能力である。 死気の結界、死神の瞳などとも呼ばれる。 『天才(の瞳)』 あらゆる技や特殊能力の本質、全て分析し、より進化させて自分の能力にすることができる。 ただ模写するだけでなく、相手の技の欠点を修正するなどの改良を加えるところが、猿真似ではなく美凪の天才な所である。 不可視(瘴気、闘気、魔力、精神力、意志力、生命力、超能力、霊的存在、エネルギー)な存在を視ることもできる。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |