カノン・グレイド
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「まあ、そう焦らなくてもいいんじゃないかな?」 あゆがパチンと指を鳴らすと、背後の壁に『映像』が浮かび上がる。 映っているのは、何もない広い空間で向き合っている栞と美凪だった。 「栞ちゃんとは結構つき合いが長いんだよね? 仕事にかかるのは、この勝負を見届けてからでも遅くないんじゃないかな?」 「…………ふん、いいだろう」 聖は八本のメスを消し去る。 「実はね、栞ちゃんにもボクはちょっと興味があるんだよ。彼女も『上』にも『下』にも資料が揃っていない人間の一人だからね……あ、適当な椅子に座っていいよ」 「立ち見で結構だ。私の資料は『上』に綺麗に揃っていたのだろう?」 「うん、君が知らない君のことまで全てね」 「ふん、どうでもいいことだな。それより、資料が揃わない人間は美坂姉妹と水瀬名雪君……の三人か?」 「正解だよ……と始まったみたいだね」 あゆと聖は会話をやめると、映像に視線を集中した。 「えぅ〜っ!」 栞は両手の拳銃を連射した。 「…………」 美凪の両手が不思議な踊りでも踊るかのように奇妙に、それでいて優雅に動く。 やがて、二丁の拳銃が弾切れを訴える音を出した。 美凪はいつの間にかグーの形に握っていた両手を開く。 「…13×2……合計26発ですね」 美凪の掌から26発の弾丸がこぼれ落ちた。 「…異能者に通常兵器は通用しない……あなたのお姉さんにもそんなことを言われていませんでしたか?」 「えぅ……今のは小手調べですよ……」 相手も異能者である以上、拳銃を乱射するだけであっさり勝てるなどとは最初から思っていない。 だが、弾丸を全て、素手で掴み取られるなどという防ぎ方をされるとは思わなかった。 普通の異能者なら、かわすか、バリアのようなものを作って防ぐものである。 『素手』で防ぐなんて手段を行ったのは美坂香里と今向き合っている銀髪の美女だけだった。 なぜなら、素手で掴み取る、拳で打ち落とすなどという行為を成功させるには、弾丸を完璧に見切る瞳と、弾丸に対応できるだけの腕の速さ、そして弾丸に耐えられる手や拳が必要だからである。 完璧に見切れなくてもおおかまにかわすことならできる、体全体をバリアで守れば耐えることができる、だが、素手で受けるには完璧な見切りと対応が必須だった。 早い話、栞には真似できない行為なのである。 栞は、拳銃を投げ捨てると、ポケットからガドリング砲を二門取り出した。 「ファ……」 「…同じ結果になることはやめましょう」 栞が『ファイア』と掛け声と共に引き金を引くよりも早く、二門のガドリング砲が真ん中から両断され、崩れ落ちる。 「えぅ!?」 栞は手に持っていたガドリング砲の残りを投げ捨てると同時に後方に跳んだ。 ガドリング砲だった物達が爆発する。 「…的確な判断です、ぱちぱちぱちっ」 美凪の右手にはいつのまにか一枚の紙切れ『お米券(剣)』が握られていた。 「えぅ……そんな紙切れで両断するなん……いえ、それよりも私の腕を切断しようと思えばできたのに……しませんでしたね!」 栞は美凪を睨みつける。 「…腕だけではなく、あなたを十七分割ぐらいできましたが何か?」 「えうぅ! できたのにしない? 馬鹿にしてるんですか!? 私達は殺し合っているんですよ!」 「…本当の能力を見せてもらう前に死なれては困りますから……」 そう答える美凪の瞳が微かに細くなった。 「……なんのことを言っているんだか……解りませんね……」 栞はポケットの中に両手を突っ込む。 「……ウェポンレディに用はありません。私が観察したいのはあなたの原初の姿です」 「えううぅっ!?」 栞の動きが驚愕の表情で固まった。 ポケットが跡形もなく切り裂かれ、栞の両手があらわになる。 「……私が観察したいのはウェポンレディなどと『外街』で呼ばれている少女ではありません……『上』すら手に余る絶対なる存……」 突然、美凪の口が誰かの手で塞がれた。 「…んっ」 「お喋りがすぎますよ」 一瞬で美凪との間合いを詰めた栞の右手が美凪の口を塞いでいる。 「カラミティパーム!」 栞の叫びと同時に、美凪の頭部が一瞬で『消滅』した。 「…それが見たかったんです」 栞の背後にもう一人美凪が立っていた。 それと同時に、首無しの美凪の体がシャボン玉と化して消えていく。 「…………」 「…では、もっと見せてください……シャボンイリュージョンバースト」 美凪が左手の人差し指と中指を口元に持っていくと、指の間から無数のシャボン玉が吹き出された。 栞は普通のポケットからカプセル状の薬を一つ取り出すと、シャボン玉に向けて指で弾き飛ばす。 カプセルがシャボン玉に当たると、シャボン玉は派手な爆音と共に爆弾か何かのように爆発した。 「……なるほど、名前通りのシャボン玉ですか」 栞はそう呟くと、あっさりとシャボン玉に包囲されるに任せる。 「……今度はあなたの方が馬鹿にしていないですか? 私の正体を知っていながら、こんな玩具で攻めるなんて……カラミティパーム」 栞は無造作に複数のシャボン玉に掌を叩きつけた。 しかし、シャボン玉は破裂し爆発はするのではなく、全て『消えて』いく。 栞が自らを取り囲むシャボン玉を全て消し去るのにたいして時間はかからなかった。 「カラミティパーム……惨禍の掌……私の掌が触れた物は粒子レベルで『分解』され無に還ります……一切の例外なく……」 栞は自らの力を誇るわけでもなく、香里によく似た冷たく醒めきった瞳で美凪を見つめている。 「……あなた程度の相手ならこれだけで十分ですね」 栞はそう言うとゆっくりと美凪に近づいていった。 「…シャボンイリュージョンブレット」 美凪の口元から今度はシャボン玉が弾丸のように撃ちだされる。 「馬鹿にするなと言ったはずですよ!」 栞は弾丸と化したシャボン玉の雨を全てカラミティパームで掻き消した。 「…なるほど……シャボン玉……お米券……玩具に頼るのは終わりにします」 「ええ、そうしてください」 「…では」 美凪の姿が唐突に栞の視界から消える。 「そこっ!」 栞は横に右手を突き出した。 「……えぅ!?」 突き出した栞の右手の『上』に美凪が乗っている。 重さは一切感じなかった。 「…では、どちらの『引き出し』が多いか、勝負を始めましょう」 そう言うと、再び美凪の姿が消え去る。 次の瞬間、栞は頭部に衝撃を感じて、吹き飛んだ。 「栞ちゃんにあんな能力があるなんて、君は知っていたかな、ドクター・セイント?」 「いや、私が知っている栞君はあくまで『ウェポンレディ』だ」 「なるほどね……」 「それにしても栞君も人が悪いな、あんな能力があるなら言ってくれれば……」 「楽しく殺し合えたのに?」 「フフフッ……」 「まだまだ、これからだよ、『超越者』達の本領は……」 「えぅ〜、痛いですよ」 栞は頭部をさすりながら、立ち上がった。 無論、間違ってもカラミティパームで自分の頭部を消してしまうなんて間抜けなことはしない。 「霧島先生並みのスピード……それでまだ60%……いえ、40%ぐらいのスピードですよね? これだから『上』の人達は嫌いなんですよ」 「…能力を出し惜しみしたまま死なないでくださいね……」 「その言葉そっくりお返ししますよ。体術なんかじゃなくて、本当の武器を出したらどうですか?」 「…あなたがアレを見せてくれるなら……考えます」 「……あなた、ただ『上』から来ただけの人じゃないみたいですね……」 「…私は遠野美凪……それ以上でもそれ以下でもありません……」 美凪の姿が再び消え去った。 「…………」 栞の首に巻かれていたストールが独りで動くと、背後の空間を突き刺す 背後に、ストールを右手で掴んだ、美凪の姿が浮かび上がった。 「体術……肉体的な戦闘力では、私は霧島先生にも劣ります。だから、能力を使わせてもらいます……卑怯とか言わないでくださいね?」 そう宣言すると、栞は美凪と向き合う。 「…それこそ私の望みです……御存分にどうぞ」 「………では、私の40%を見せてあげます……もっとも見えるならですけどね!」 栞は言い切ると同時に、美凪を激しく睨みつけた。 「ぐっっ……あの馬鹿……」 香里は突然、右手で顔を覆うと、床にうずくまった。 「姉様!?」 「……掌だけならまだしも……瞳を使うなんて何考えてるのよ……この調子じゃ……アレまで出しかねないわね……」 「……姉様、大丈夫?」 「……真琴、悪いけど、あたし、先に行くわ。あなたは後からゆっくり付いてきて……」 「姉様?」 香里は立ち上がると、真琴に自分から離れさせる。 「アブソリュートフィスト!」 香里は右手を引き絞ると、壁を思いっきり殴りつけた。 壁が粉々に砕け散る。 殴りつけた壁だけでなく、その向こうの通路の壁も、そのまた向こうの通路の壁も……果てが見えないぐらい穴が繋がっていた。 「……姉様、すごい……」 真琴は呆然と果てしなく繋がる『穴』を見つめる。 「一枚一枚割っている暇は無くなったからね……じゃあ、真琴、あなたも気を付けて」 「うん……姉様も……あんまり無理しないでね」 「それは……あたしじゃなくて栞に言って欲しいわね……」 「あぅ?」 「なんでもないわ、じゃあね」 香里は真琴の頭を一度撫でた後、『穴』の向こうに消えていった。 次回予告(美汐&香里) 「というわけで、第9話ですね。無理に当て嵌める気がないので、どんどん進んでしまいますね」 「問題は次回ね。といっても、すでに次回も書き上がっているんだけどね」 「では、引き続き第10話もお楽しみいただければ光栄です」 「蛇足的な能力説明」 『シャボンイリュージョン「バースト」&「ブレット」』 バーストは触れれば爆発する爆弾の性質、ブレットは相手を貫く弾丸のような性質を持つシャボン玉である。 『カラミティパーム』 触れた物を全て粒子レベルで分解し消滅させる惨禍の掌。 基本的に分解できないものはないが、香里のアブソリュートフィストだけは分解できない。 『アブソリュートフィスト』 有象無象の区別なくあらゆる存在を跡形もなく粉砕する絶対の拳。 同時にそれは絶対に破壊されることもない拳でもある。 衝撃波や闘気をプラスすることで遠距離を破壊することも可能(ただし、その場合は正確にはアブソリュートフィストではなくなっている)。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |