カノン・グレイド
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「この肉片みたいな物を取り返せばいいのね?」 「ええ、私はマテリアルと呼んでいます。まあ、マトリックスと呼んでも良かったんですが、それだとどっかの駄目映画を思い出して鳥肌が立っちゃいますから~」 魔女は目標物の写真を見せながら言った。 「なるほどね……どういう物なのかは名前から大方の察しがついたわ……」 「香里、マテリアルってどういう意味~?」 隣に座っていた名雪が尋ねる。 「辞書引きなさい……(1)材料。原料。(2)生地。素材……てなっているはずよ」 「流石、香里だよ~歩く人間辞書だね~便利だよ~」 「誉められている気がしないのはなぜかしらね……」 香里は苦笑を浮かべていた。 「それにしても、あの肉片……なんか見た覚えがあるような……気がするのよね……」 香里は壁を叩き壊すと、その向こう側の通路に足を踏み入れる。 香里は迷路のような通路を無視して、ひたすら『一直線』に進んでいた。 深い意味は無い。 なんとなく、この方が『歩かされる』可能性が少ないと思ったからだ。 「姉様~!」 後方から真琴が駈けてくる。 「あぅ~、やっと見つけた!」 真琴は香里に無邪気に抱きついた。 「真琴、匂いであたしを見つけたの?」 香里は真琴の頭を撫でてあげながら、尋ねる。 「うん、でも、苦労したのよ……ここちっとも匂いがしないから……」 「匂いがしない?」 「うん、誰の匂いも何の匂いも不自然なまでにないの。まあ、だから逆にさっき姉様の匂いが微かに匂ってきた時にすぐに解ったんだけど……」 「……なるほどね、あたしがさっき壁をぶち破るまで、この通路には何の匂いもなかったわけね……」 香里は考え込むように顎に右手をやった。 「……当然、匂いで名雪達を見つけるのは……」 「うん、無理だよ、姉様」 真琴は自信ありげにきっぱりと答える。 「……まあ、とにかく突き進むわよ。どこかに行き着くまでね……」 「はい、姉様!」 香里と真琴は再び『直進』を始めた。 「あははーっ♪ あゆさんの言うとおり来ましたね♪」 「なるほど、どうやら『歩かされていた』ようですね、其方の思惑通りに……」 シオンが扉を開けると、そこは体育館のような広い部屋で、一人の少女が待ち構えていた。 「あははーっ♪ 名雪さん達に注意を引き付けておいて、こっそり侵入しようなんて考えが甘いですよ♪」 「私はマテリアルや貴方達にはあまり用はありません。もっと『上』に行きたいだけなのですが……通してくれないのでしょうね?」 「当然ですよ♪ 佐祐理達を無視して、勝手に『上』にバンバン挑戦されたら、『下』を仕切っている者として立場がないですからね♪」 「予測通りです。では……」 シオンは右手のリングに左手を添える。 「力ずく障害を排除させていただきます!」 シオンはリングからエーテライトを引き出すと、少女に襲いかかった。 「あははーっ♪ 名前ぐらい名乗らせてくださいよ♪」 「その必要はありませんよ、倉田佐祐理。あなたのデータはすでに得ていますので」 「ふぇ? そうなんですか?」 エーテライトが佐祐理の直前で何かに弾かれる。 「はぇ~……じゃあ、佐祐理の『能力』も解っているんですか?」 「いいえ、それを解明するのはこれからです!」 シオンは左手で銃を構えると迷わず発砲した。 「はぇ~♪」 シオンは連射するが、弾丸は全て見えない何かに阻まれてしまう。 「なるほど……」 全弾撃ち尽くしたシオンは、弾倉を再装填した。 「あははーっ♪ じゃあ、今度は佐祐理の攻撃ですよ♪」 佐祐理は右手を振り上げる。 「マジカルウィップ♪」 佐祐理は勢いよく右手を振り下ろした。 シオンは反射的に右に跳ぶ。 次の瞬間、シオンが立っていた後方の壁が何かに切り裂かれた。 「あははーっ♪ どんどん行きますよ♪」 佐祐理は笑いながら、右手をでたらめに振り回す。 「くっ!」 シオンは立ち止まっていては拙いと判断し、走り出した。 壁や床が見えない何かによって次々に切り裂かれていく。 「あははーっ♪ どうですか、佐祐理のマジカルウィップは? 見えない鞭はかわしようがないですよね♪」 「…………」 シオンは走りながら、考えていた。 佐祐理が自分に行っている攻撃の正体を。 自分のエーテライトと同じような見えにくい鞭? いや、佐祐理が本当のことを言っているとは限らない。 本当は鞭などではなくまったく別の手段なのかも知れないのだ。 最初にエーテライトや弾丸を弾いた何かの正体も気にかかる。 その謎を解けば、謎の攻撃手段の正体も同時に解ける可能性も……。 「あははーっ♪ 佐祐理の腕は二本あるんですよ♪」 佐祐理は唐突に左手を横に振った。 次の瞬間、右足首が何かに切り裂かれる。 「ぐっ……」 「あははははーっ♪」 痛みでシオンの動きが止まった瞬間、佐祐理は両手を縦に振り下ろした。 シオンは自分に迫り来る何かに対して、右手のエーテライトを振るう。 何かを切り裂いた歯応えを確かに感じた。 だが、そのまま何かがシオンに直撃する。 「ああっ!」 シオンの両肩が切り裂かれ血が噴き出した。 「……どうやら……物質ではないようですね……」 「あははーっ♪ いまさら、そんなことが解ってもどうだと言うんですか? その足で次の攻撃から逃れられるんですか? その肩で佐祐理に攻撃できるんですか? そっちのが問題だと佐祐理は思いますよ♪」 そう言うと、佐祐理は両手を振り上げる。 「さよならです♪」 佐祐理は勢いよく両手を振り下ろした。 「ふぇ?」 突然、佐祐理の両肩に重圧がかかった。 「一度跳ぶだけなら片足で十分です」 シオンの両膝が佐祐理の頭部を挟み込んでいる。 「例え正体は解らなくても、あなたの手の動きと連動しているのなら、軌道の計算はそれ程難しいものではありません…………貴方の負けだ!」 「ふえっ!?」 シオンはそのまま回転して、フランケンシュタイナーを極めた。 「飛べ!」 地面との激突の勢いを利用してもう一度回転を、フランケンシュタイナーを放つ。 「寝てろ」 「甘いっ」 「これで」 「無駄だと分からないのですか?」 シオンは計五回のフランケンシュタイナーを極めた。 「戦闘終了。進行を再開します」 シオンは、頭部を床に突き刺している佐祐理を無視して、歩き出す。 だが、 「あははははははーっ♪ あはははははははーっ♪ あははははははーっ♪」 狂ったような笑い声がシオンの足を止めた。 「ふん……あれ以来何の歓迎も無いとは……つまらないな」 聖は目の前の扉を開ける。 「ようこそ、ドクター・セイント」 聖を出迎えたのはUGOOこと月宮あゆだった。 「……期待はずれだった詫びは、君自らが払ってくれるのだろうな、月宮あゆ君」 「さて、どうしようかな……とりあえず、約束を果たしてくれないかな?」 「フフフッ……そうだったな」 聖は懐から薬瓶を取り出すと、あゆに向けて放る。 「もっと慎重に扱ってよ」 あゆは薬瓶を受け取った。 「そんな特殊な溶解液を何に使う気か知らないが、注文通りの品のはずだ」 「流石、ドクター・セイント、ここではこの薬品が手に入らなくて困っていたんだよ。料理にどうしてもこれが必要なんだ」 「料理? そんな物騒な物を使ってか?」 「…………」 あゆは大事そうに薬瓶をコートの中にしまう。 「まあいいだろう、料金は前金で振り込んでもらっているしな。さて、ではもう一つの仕事にかからせてもらうとしようか」 聖の両手にそれぞれ四本のメスが出現した。 「あははーっ♪ それで勝ったつもりですか?」 頭部から地面に突き刺さっていた佐祐理の体が独りでに宙に浮かび上がった。 「流石にさっきのはちょっと痛かったですよ♪」 「…………」 佐祐理はくるりと回転すると、床に着地する。 「さて、今度はかわせますか?」 佐祐理は両手を交差させた。 「クロスマジカルウ……ふぇ?」 佐祐理の動きが止まる。 「あなたの攻撃、防御、全ての謎は解けました」 「はぇ~……体が動か……勝手に動い……」 「気づきませんでしたか? 首筋にエーテライトを付けられていたことに……頭部を膝で捕獲した時の違和感……その理由がエーテライトを通してあなたの知識を吸い出すことでやっと解りました。私の膝は直接、あなたの体に触れていなかったのですね」 シオンはゆっくりとした足取りで、硬直している佐祐理の前まで近づいた。 「目に見えない魔力の『気流』で体全体を覆う『鎧』、魔力の『気流』をそのまま相手に叩きつける『鞭』……種が解れば対処の仕方はいくらでもあります」 「あは……は……確かしに身動きは取れませんが、体を常に魔力の気流で守られている佐祐理をどうやって倒……」 佐祐理の言葉はそこで止まる。 口の中に銃身を突っ込まれたからだ。 「口の中までは『気流』でコーティングできませんよね?」 シオンは迷わず引き金を引く。 銃声が部屋に響き渡った。 次回予告(美汐&香里) 「というわけで、第8話ですね」 「奪還屋さんとは全然違ってしまってるわね……まあ、初めから当て嵌める気はないんだけど……」 「それはともかく、いいんでしょうか、ここまでシオンさん『だけ』目立って? 他の月姫キャラはまだちょい役というか、シルエット状態というか……差が激しくありませんか?」 「気のせいよ」 「後、佐祐理さんのことですが……」 「半端に強かったから、あんな倒され方しかなかったのよ……栞が相手だったらゼロ距離で全弾発射されるぐらいで済んだのに……」 「それはそれで酷い気がしますが……」 「もし、あたしが相手だったら本当に楽に倒してあげたわよ」 「楽にですか?」 「ええ、楽にね……」 「では、今回はこの辺で……」 「良ければ次回もまた見てね」 「じゃあ、香里さん、またです」 「……ネタが尽きたわね? 決めセリフの……」 「蛇足的な能力説明」 『マジカルストリーム』 佐祐理は自分の体や大気中に存在する魔力の流れを自在自在に操ることができる。 鞭のように相手に気流を叩きつけるのが「マジカルウィップ」。 体全体を気流で鎧のようにコーティングするのが「マジカルコーティング」。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |