カノン・グレイド
第6話「新生KANON四天王



鍵城周辺の無法地帯。
そこは常に誰かの悲鳴や断末魔が響き渡っている。
「あははーっ♪ あははーっ♪ あははーっ♪」
少女の笑い声と協奏するように、男達の悲鳴と断末魔が休むことなく奏でられていた。
少女の両手が振るわれる度に、男達は次々に切り裂かれていく。
直接、少女の手は男達に触れてはいなかったのにだ。
「あはははーっ!!!」
最後に一際大きな笑い声が響く。
そして、この場で息のある者は、少女と、少女の凶行を眺めていた天野美汐だけになった。
「はぇ〜、少しだけスッキリしました♪ 後始末はお願いしますね、美汐さん♪」
少女はそう言うと、美汐の返事も待たずに鍵城の方へ去っていく。
「……狂人が」
美汐は少女の背中を無表情に見つめながら、ぼそりと呟いた。
彼女と自分に一つだけ共通することがある。
それは一日たりとも、人を殺さずには生きていられないということだ。
そんな危険人物が外街(一般社会)に住めるわけがない。
それゆえに、自分達の居場所はここしか、この無法地帯しかなかった。
だが、自分と彼女は違う。
彼女が人を殺すのは、他者を傷つける、他者の命を奪う快楽を味わうためだけだ。
「私は喰らうために殺す……」
快楽ではなく、食事のための殺人。
これを罪だと責められる資格がある人間などいないと美汐は思っている。
なぜなら、何も食べずに生きていられる人間はいないからだ。
自分はたまたま、牛や豚や鳥ではなく、人間を好む……ただそれだけのことである。
「さて……いい加減、醜い男には食傷ぎみなのですが……贅沢は言っていられませんね」
美汐は、少女の残した肉塊の『後始末』を始めた。



「あぅ〜、いらっしゃいませ」
時が経つと共に、真琴はかなり喋れるようになった。
丁度良いので、本人の社会復帰のためなどという理由をつけて、ウェイトレスをやらせていりする。
ウェイトレスは名雪と真琴に任せ、香里は自らはマスターということでカウンターの中に引っ込んでいた。
実は、ウェイトレスの制服を着ないで済むようになったのはかなり嬉しかったりする。
ああいった可愛い衣装も、客に愛嬌を振りまくのも本来好きではないのだ。
香里がいつものように、タバコを吸いながら新聞を読んでいると……。
「コーヒーをブラックで、後カツサンドを頼む」
「私はバニラアイスをお願いします」
聞き覚えのある声の注文が聞こえてきた。
香里は空耳と思いたかったが、視線を新聞から声の聞こえた方に移す。
「えぅ、バニラアイスを置いてないんですか!? なんて店ですか!」
「あぅ〜!」
「その耳、本物なのか? どうだ、一度私に解剖されてみないか?」
ストールの少女と白衣の女性が狐耳ウェイトレスの少女にからんでいた。
「……何しに来たのよ、あなた達……」
「ふむ、客に対して無礼だぞ、店主」
「別にお姉ちゃんに用があるわけじゃないです。それより、バニラアイスを用意してないなんてそれでも喫茶店ですか!」
「あぅ〜、姉様助けて〜」
質の悪い二人組の客の注意が香里に向いたスキに、真琴は逃げだし、香里の居るカウンターの中に逃げ込んだ。
「姉様? そんな風に呼ばせているなんて……やっぱり、そんな趣味が……」
「ふむ、性同一性障害か? そういうのは専門外なのだがな……」
「……言いたい放題言ってくれるわね……」
香里は頭を抱える。
真琴は香里の背後に隠れるように張り付いていた。
「……で、あなた達、本当の所何しに来たのよ? 本当にただ単にお茶をしに来たってわけじゃないんでしょ?」
「えぅ、当たり前です。本当にお茶する目的ならこんな寂れた店に来ませんよ」
「寂れてて悪かったわね……」
「ただ単に『客』と待ち合わせだ。ここを指定されたのでな」
「客?」
病院の外で医者が患者と待ち合わせたりするものだろうか?
その時、店のドアを開ける鈴の音が響く。
「あは〜、皆さん、お揃いですね」
「…………」
入ってきたのは見覚えのある魔女と、特徴的な帽子と服を着た紫髪の三つ編みの女性だった。



「また、依頼に来ちゃいました〜」
「またの御利用ありがとうございますだよ〜」
魔女と名雪はなぜか笑顔で向き合っている。
「……で、何? この殺戮医者とアイスジャンキーと組んで仕事をしろと言うの、アンバーさん?」
「この猫被りイチゴジャンキーとレズ馬鹿姉と組むなんて冗談じゃないですよ!」
対照的に、美坂姉妹は険悪に向き合っていた。
「この前みたいに少しは殊勝な態度を取ったらどうなんですか! お姉ちゃんは自分の罪を忘れたんですか!?」
「それとこれとは話が別よ! だいたい名雪の悪口を言う妹なんてあたしには居ないわ!」
「またその女を庇う……私は事実しか言ってないですよ! それが悪口になるのはその女の自業自得です!」
「じゃあ、あたしも事実しか言ってないわよ、アイスと薬漬けなのは事実でしょ」
「自分こそタバコと酒の中毒じゃないですか! 女らしさの欠片もない……」
「大人の嗜好と言いなさい。酒も飲めない、タバコも吸えないお子様が……」
「このレズ!」
「黙りなさい、発育不全!」
「姉妹喧嘩は狐も食わない……そう思わないか、君?」
聖は何かを見透かしたような瞳で真琴に話しかける。
「あぅ〜!」
真琴は聖の視線から逃れるように、香里の影に隠れた。
「……そろそろ、真面目に仕事の話に入っていただけませんか?」
黙って成り行きを見守っていた紫髪の三つ編みの女性……シオンが口を開く。
「あは〜、そうですね。別に皆さんの実力を疑っているわけじゃないんですよ。ただ、相手が相手だから、戦力的に組んでいただけないと少し苦しいかな?……と思うんですよ」
「ほう……私と栞君だけでは役不足な相手が居ると?」
聖は少し興味を惹かれたようだ。
「カノンシティ1のネゴシエーターであるムーンスノーの手に余るそう言うの?」
「ええ、何しろ相手は、鍵城の下層階の支配者UGOOですから」
「ほう……」
「うぐぅですか?」
「…………」
聖は納得というより興味深げに、栞は疑問顔、そして香里は無言で押し黙る。
「栞君は知らないのか? 少し前に下層階を制圧した者の異名だ。確か本名は……」
「……月宮あゆよ」
「そうそんな名前だったな。流石、香里君はそちらのことに詳しいな」
「……お姉ちゃん?」
栞は、さっきまで自分と激しく口喧嘩していたのに、急に神妙に押し黙っている香里に違和感を覚えた。
「……名雪」
「ん? 何、香里?」
「……名雪はこの仕事受けたい?」
「だお? 別に断りたい理由はないけど? どうしたの、香里?」
「……そう、あなたがそうなら……あたしはいいわ」
「あは〜、引き受けていただけますか?」
「ええ、でも、栞があたし達とは嫌だと駄々をこねるなら話は別だけど……」
香里は挑発するような笑みを浮かべる。
「えぅ! お姉ちゃんは大嫌いですけど、私もプロです! 仕事は引き受けますよ!」
「……プロも何も……あなた、そもそも何屋なのよ?」
「私も依存はない。寧ろ、都合が好都合かな……」
「だお〜!?」
聖は舐めるような眼差しで名雪を見つめていた。
「姉様達が行くなら、真琴も行く……なんか怖いけど……」
「えっ? 真琴ちゃんは危ないから……」
「では、具体的な契約の話に移りますか、琥……アンバー」
シオンは話が横道にそれないように会話を急かす。
「そうですね、シオンさん。それで、UGOOさんから私の薬の材料を取り返して欲しいんですよ」
「また、そのパターンなわけね……」
「いろんな物を取られて大変なんだね、餡婆さん」
「……なんか今発音が変じゃありませんでしたか、名雪さん……まあ、そんなわけで取り返して欲しいのはこれです」
魔女はそう言うと、写真を差し出した。



力ずくで奪うような相手に、口で返してくれと言っても返してくれるわけがない。
だったら、力ずくで『交渉』するしかない。
けれど、相手が化け物だったら? 力では勝負どころか話にもならない。
それなら、こっちも化け物を雇って代わりに交渉をしてもらおう……それが裏のネゴシエーターという存在だった。


「言っておきますか、今回だけ、今だけですからね、お姉ちゃんと一緒に行動なんかするのは……」
「解ってるわよ。あたしや名雪への恨みは休止して、ちゃんと仕事に集中しないさいよ、『プロ』なんでしょ? 何のプロだか知らないけど……」
「えぅ! 解ってますよ! 一々嫌味な言い方しないでください!」
「あぅ〜、もしかして、あなたと姉様、仲がいいの?」
「そんなわけないじゃないですか! どこに目がついてるんですか、この狐耳は!」
「あぅ〜!?」
栞に怒鳴りつけられた真琴は香里の後ろに隠れる。
「だって、姉様が楽しそうに見えたから……」
「……あたしが楽しそう?……まあ、確かにからかいがいはあるけどね、栞は」
「からかっていたんですか、私を!? やっぱり、今殺します、この馬鹿姉はっ!」
「私闘をしている場合じゃないでしょ? 何か屋のプロさん?」
そんなやりとりをしながら、彼女達は街を、外街と内街の境へと向かって進んでいった。




「予定通り来たようだね、名雪さん達が」
UGOOこと月宮あゆは嬉しそうに呟く。
その背後には四人の人物が控えていた。
「いよいよ、君達、新生KANON四天王の出番だよ」
「美坂ぁぁ……」
「あははーっ♪」
「真琴……」
「…………」
四人の外見や雰囲気には何の統一感もない。
とても特徴的、個性的な四人、その四人を支配下に置き、まとめあげていられるのが、UGOOこと月宮あゆの実力を現していた。
「美坂は俺にヤらせろよ! そのためにオレは……」
「心配しなくても解っているよ、北川君」
だから、しばらく大人しくしてろと眼差しで、あゆは命じる。
「あ、ああ……覚えてもらっているならいいんだ……」
触覚の男、北川潤は自分より小さく幼さない少女に明らかに怯えていた。
理由はこれ以上なく単純である。
目の前の少女が自分より何倍も……いや、自分など足下にも及ばないほど強いからだ。
そうでなければ、こんな幼い少女に従うはずもない。
「最初は、美汐ちゃんと美凪さんに行ってもらうよ」
「心得ています」
「…任せてください、えっへん」
美汐は一礼、美凪は胸を張ると、部屋から出ていった。


























次回予告(美汐&香里)
「というわけで、第6話ですね。別にこの作品は奪還屋さんが原作というわけではないので、一部ネタというか、設定を使っていますが、無理に当て嵌めるつもりはありません」
「聖さんとかはまんまというかピッタリになっちゃってるんだけどね……」
「完全に全てがオリジナルにするべきかなと後悔していないこともないんですが……まあ、鍵城編が終われば問題なくなるかと?」
「それまで、この作品が打ち切られないかどうか怪しいけどね……」
「…………」
「…………」
「……では、今回はこの辺で」
「良ければ次回もまた見てね」
「取られた交渉しろ! 交渉成功率100%!」
「……今のところ、それのイメージが一番強いわね、確かに……」







一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。




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