カノン・グレイド
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鍵城。 その周辺と下層階、それが外街(一般人の生きる場所)に暮らせない者達が集う場所だ。 そして、中層階と上層階。 そこから降りてくる者は居ても、そこへ辿り着けた者はいない。 上層階に至っては、神が居る、神々の世界だとすら言われていた。 現実的に関わり合いがあるのは、時折中層階から殺人鬼、殺戮者、狂人達が降りてきて、意味もなく人を狩るということである。 下層階と周辺は無法、無秩序そのものだが、一時期、下層階と周辺の全ての異能者を束ねていた者達がいた。 華音都市(カノンシティ)の中心である鍵城を統治する者として、彼女達は自らをKANONと名乗る。 彼女達五人が統治していた頃がこの無法地帯がもっとも統制されていた時代だった。 名雪の寝室。 「…………」 狐耳の少女、真琴は、名雪と一緒に寝ていたベットから抜け出す。 名雪が起き出す気配はまったくなかった。 真琴は無言で名雪の寝顔を見つめる。 どこまでも安らかな、幸せそうな寝顔だった。 「……あなただけは……」 真琴の口から初めて『あぅ〜』以外の言葉が紡がれる。 真琴が右手を引き絞ると、右手の爪が鋭利な刃物のように伸びた。 「……許さないんだから!」 真琴は、爪刃(そうじん)と化した右手を名雪に向けて迷わず突き出す。 しかし、爪刃が名雪に突き刺さることはなかった。 真琴の視界から名雪が消えている。 いや、視界が天井に切り替わっている……つまり、転ばされたのだ。 「真琴ちゃん……」 言いようのない寒気を感じさせる声。 美坂香里が無表情で真琴を見下していた。 「名雪を起こしちゃ可哀想だから、今夜はあたしと一緒に寝ましょうね……」 香里はそう言うと、真琴の返事も待たずに……というか、真琴の口を塞ぎ、力ずくで名雪の寝室から自分の寝室に引きずっていった。 部屋に着くなり、真琴をベットの上に放ると、自らは椅子に座り込む。 「じゃあ、尋問……いえ、お話をしましょうか、真琴ちゃん?」 香里は、醒めきった瞳のまま、笑って言った。 怖い。目だけ笑っていない笑顔というのはこんなにも怖いものだろうか? 真琴は完全に香里に威圧され、震えていた。 「あなたが眠っている間に、真琴ちゃんは居なくなっちゃった……て言ったら、名雪は悲しむでしょうね」 「……あぅ〜……」 真琴は情けない声を上げる。 「……真琴を……始末する……の……?」 「あら、ちゃんと言葉に含んだ『意味』が解るぐらいには賢いのね……昼間の姿は演技?」 「違う……月のない昼間は……ホントに喋れないし、頭があまり働かないの……よ……」 「ふむ? 昼間は頭が獣になっているってところかしら? まあ、別にあなたの事情や都合はどうでもいわ」 香里は本当にどうでもよさそうに言った。 「あぅ〜……」 「ところで、あなた、『沢渡真琴』よね?」 「あぅ!?……ち、違う……」 「嘘をついたと判断した瞬間殺すわよ」 刃物のように香里の言葉が真琴に突き刺さる。 「ち、違わないです!」 真琴は反射的にそう言い直していた。 しかもなぜか敬語になっている。 「やっぱりね、縮んでるみたいだから別人かもと思ったんだけどね……ああ、なんで縮んでるかとかはどうでもいいわよ。あなたのことに興味はないから」 「あぅ〜」 話したい事情ではなかったが、そんな言い方をされると傷つくものだ。 「問題は、名雪の命を狙った……それが全てにして唯一の問題なのよ」 香里の瞳に殺気が宿る。 「あぅ〜! 事情ぐらい聞いてくれても……」 「問答無用よ」 「あうううううううううううううううっ!?」 香里の部屋から真琴の悲鳴が響いた。 「あうあう……あぅ……」 真琴はベットの上でぐったりとしている。 「なるほど、そういうわけなのね」 香里はそんな真琴を見下ろしながら、タバコの煙を吐いた。 「あたしも結構優しいわよね、問答無用と言いながら、ちゃんと話を……言い訳や事情を聞いてあげたんだから」 本当に優しい人間は話を聞く前に、とりあえず『おしおき』したりしないわよ!……と真琴は言いたかったが、口にはできない。 口にしたらさらにどんな目にあわされるのか解らないのと、そもそも口を開く余力も残っていなかったからだ。 「まあ、どうでもいいけど、名雪を恨むのは筋違いだからやめなさいね」 「あ……ぅ……でも……」 「捨てる、放棄する権利は当たり前のものよ。それに、名雪には正当な理由があった。さらに、今の名雪には記憶がない……それでも、名雪を責める、命を狙うというなら……」 香里はタバコを真琴の掌に押しつける。 「あうううううううっ〜!?」 「……永遠の苦痛をあなたにあげるわ」 タバコの熱の痛みよりも、香里の醒めきった瞳と声が真琴は恐ろしかった。 「解ってくれるわよね、真琴ちゃん?」 「……あぅ……解りました……香里……様……」 「様付けなんてしなくていいわよ。姉か母だと思って気軽に接してくれていいのよ」 香里はフフフッと笑う。 「あぅ〜…………」 こんな怖い姉や母はいらない。 「……お……お姉ちゃん?」 真琴は恐る恐るといった感じで口にした。 「ん……」 香里が微かに顔をしかめる。 「あぅ、駄目なの? ごめんなさい! 謝るから許……」 香里は怯える真琴の頭を優しく撫でた。 「そうじゃないのよ。ただ、あたしをそう呼んでいいのは一人だけなのよ……」 「あう?」 撫でてくれる掌と同じく、瞳も声も優しく感じられるのは錯覚だろうか? さっきまであんなに怖くて仕方ない相手だったのに……。 「別に名前で呼び捨てにしても怒ったりしないから……それに、名雪にさえ手を出さない、て約束さえしてくれるのなら、何もあなたに酷いことはしないから……」 「……約束するわよ……あ、約束します」 「口調も別に無理して改めなくていいわよ」 そう言って香里は苦笑を浮かべる 目だけが笑っていない、さっきまでの怖い笑顔とは違う本当の笑顔だ。 「さあ、じゃあ、名雪のところに戻って眠るといいわ。名雪のことだから、どうせさっきの悲鳴を聞いたって気にせず寝ているんでしょうから」 香里はクスクスと笑う。 (名雪には、名雪のこと考えている時にはこんな愛おしそうに、優しく笑えるんだ……) 「ん? どうしたの? 戻っていいのよ」 「……あ……あの……あのね……」 「ん?」 「……一緒に寝てもいい?」 「あたしと?」 「うん……駄目?」 真琴は上目遣いで香里の返事を待つ。 香里は真琴の発言が予想外だったのかしばらくキョトンとした表情をしていたが、苦笑を浮かべると、 「別に構わないわよ。いらっしゃい」 真琴を側に招き寄せた。 翌朝。 「だお〜っ!? 酷いよ〜酷すぎるよ、香里……わたしもう笑えないよ……」 「……まったく、オーバーね」 「あぅ〜」 真琴は、ソファーに座る香里の膝の上で丸まっていた。 「それにしても、重いというか……邪魔というか……まあ、いいっか」 「取ったね! わたしから真琴を奪ったんだね、香里! 香里の泥棒猫!」 「泥棒猫って……」 「あぅ?」 「うう〜っ、香里なんて大嫌いだおっ!」 そう叫ぶと、名雪はリビングから出ていってしまう。 「やれやれね……」 香里は呆れ果てたような表情でため息を吐いた。 「それにしても……なんで、あなたいきなりあたしに懐いてるわけ?」 「あぅ〜」 香里がなんとなく頭を撫でてあげると、真琴は幸せそうに鳴く。 「……まあ、いいけどね、別に……ただ単に猫可愛がりする名雪が嫌なだけなのかもしれないし……」 「あぅ〜♪」 真琴はとても幸せそうだった。 「常に上から見下ろされて生きる……ううん、常に上を恐れながら生きるなんて……拷問といってもいいとボクは思うよ」 ダッフルコートを着た茶髪の少女は誰に聞かせるわけでもなく呟いた。 「それでも、あの頃は楽しかったよね……ねえ、美汐ちゃん?」 少女の後ろには天野美汐を始めとした数人の少女が控えている。 「…………」 美汐は肯定も否定もしなかった。 「名雪さんとボク達KANON四天王の前には敵は居なかった……中層階の奴らだって、名雪さんさえいれば……」 「……全ては過ぎ去った過去の話です」 美汐は淡々とそう告げる。 「美汐ちゃんは完璧に過去として割り切っているんだね」 「人は想い出の中では生きていけませんから……」 「相変わらずクールだね、美汐ちゃんは……名雪さんが居なくなってすぐに、真琴ちゃんも舞さんも居なくなって……ボク達だけが残された……」 「…………」 「でも、もうすぐみんなにまた会えるよ……ボクには解るんだよ、未来がね。楽しみだよね、美汐ちゃん」 少女は本当に楽しげに、うぐぐぅと喉を鳴らして笑っていた。 次回予告(美汐&香里) 「というわけで、第5話ですね。予定と違って、真琴で話を取りましたね」 「さすがに、あぅ〜あぅ〜としか言えない知能のままだと、この後の展開で使い道ないからね……というわけで、次回辺りからいよいよ、鍵城編の本番に突入ね」 「それにしても……この作品、ついてきてくれている……いえ、ついてこれている人がいるのか結構不安ですよね」 「まあ、いろんな意味でそうよね……作風や芸風はカノサバの時と同じつもりなんだけど……」 「まあ、なりゆきに身を任せるしかないのかもしれませんね」 「そうね……」 「では、今回はこの辺で……」 「良ければまた見てね」 「じゃあ、香里さん、またです」 「……ん? あ、それ決めセリフなのね……解りにくすぎよ……まあ、裏番組みたなもんだったしね……」 「女(ヒロイン)は無闇に説明するものではありません」 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |