カノン・グレイド
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鍵城周辺の無法地帯。 一人の少女を十人以上の男が取り囲んでいた。 しかし、その短い赤毛の少女は恐怖に震えるわけでもなく、醒めきった瞳で男達を見つめている。 男達が一斉に少女に襲いかかった。 次の瞬間、赤い雨が少女に降り注ぐ。 大地から隆起した吹き出した無数の鋭利な杭のような石柱が男達を串刺しにしていた。 赤毛の少女は踵で軽く地面を叩く。 石柱達は地面の中に沈んでいった。 「……下衆は血も不味いですね」 指で拭った返り血を軽く舐め呟く。 「まあ、それでも量だけはありますから、飢えなくて済むのは助かりますけどね」 「…お食事中ですか、美汐さん?」 少女の前にやってきたのは遠野美凪だった。 「お帰りなさい、美凪さん、『外』はどうでした?」 「…ただいまです……少なくともここよりは面白かったです」 「それは何よりです。所詮この辺は一般社会からはみ出しくせに、異能者としては半端な下衆の集まる所……鍵城上層階『天空都市(エアシティ)』から降りてきたあなたから見たらこんな所ただのゴミ捨て場でしょうね」 「…………」 「いえ、あなたから見たら、華音都市(カノンシティ)自体が、そこに生きる者全てが……」 「…美汐さん」 美凪が微かに目を細める。 「うっ……」 特に強く睨まれたわけでもないのに、美汐は蛇に睨まれた蛙のように身動きが、口すら満足に動かせなくなっていた。 「…そう卑下するものではないですよ。少なくとも、殺戮と略奪しか能のない中層階などよりは……ここは楽しい……良くも悪くも人の想いに溢れていて……」 「…………」 「…では、お食事中お邪魔しました」 美凪はペコリと一礼すると、鍵城の方へ歩いてく。 美凪の姿が見えなくなった頃、やっと美汐は戒めから解放された。 「……ば……化け物……」 怖い。 中層階からたまに『狩り』にやってくる者達なら、あそこまでの恐怖は感じなかった。 中層階の者達は確かに、自分と互角や、僅かに自分を上回っていたりするが、怖いなどと感じたことはない。 寧ろ全力で戦えることに喜びすら感じる相手達だった。 だが……美凪は違う。 絶対的な畏怖……本能が目の前の存在にだけは逆らうなと告げるのだ。 「……惨めな気分です……これでは、自分より弱い者を狩って楽しむ中層階の者達と何も変わらない……」 上には上がいる。 強さに果ては無し。 それを象徴するかのように、鍵城の頂上は見えなかった。 「ねこーねこー」 「猫じゃないでしょ……」 「じゃあ、きつねーきつねー」 「…………」 名雪は拾ってきた女の子を狂喜乱舞して可愛がっていた。 猫ではないのでアレルギーは出ないようである。 「……というか、この子、狐でもないと思うんだけど……」 「あぅ〜?」 中学生ぐらいに見える小柄な女の子に狐耳と尻尾が生えていた。 「人間比率70%、獣比率30%ってところかしらね……」 耳や尻尾があるとしても、狐か人間かどちらかと言うのなら、間違いなく人間だと思う。 「……飼うというか……囲うというか……なんか退廃的なイメージが……」 自分も名雪もそういう趣味趣向はないはずだ。 「きつね〜きつね〜」 「あぅ〜」 「ホントに犬猫感覚で可愛がってるわね……なんか、嫌がれているように見えるけど……」 「ねえねえ、香里! この子、可愛いよ……ホントに飼っちゃ駄目?」 「…………」 香里には、狐耳の少女よりも、幸せそうな名雪が可愛く見える。 そんな表情でおねだりされると……。 「……あたしは一切面倒みないからね、全部名雪が面倒見られる?」 「うん!」 「親や飼い主?が見つかったらすぐに手放すこと」 「う……うん!」 「……じゃあ、勝手にしなさい」 「わあ〜い! 香里ありがとうだよ〜」 「あぅ〜?」 「良かったね、狐さん! 今日からここがあなたのお家だよ〜」 「あぅ〜?」 狐耳少女はキョトンとした表情で、名雪に抱きしめられていた。 「まあ、この街では人が人を飼うことすら珍しくもない……」 少し『裏』にまわれば、慰め者、奴隷、そういった者はいくらでも存在する。 人権なんて綺麗事、建前に過ぎないのだ。 ある種の自己満足といっていいのかもしれない。 他人の権利など認めない方が好き勝手できるし、奴隷が居た方が便利だし、『玩具』があった方が楽しい……それだけのことだ。 「人間なんてそんなものよね……どこの世界も、いつの時代もそれだけは変わらない」 香里はタバコをくわえる。 「あ、香里! タバコは駄目だよ! それにこれからはこの子も居るんだし……」 「はいはい、外で吸ってくるわよ。あなたはその子の名前でも考えてあげてなさい」 「あ、そっか、名前決めないと駄目だよね」 悩みだした名雪を後目に、香里は部屋から出ていった。 夜の学校の屋上で二人の人物が向かい合っていた。 「元KANON四天王の一人、ソードマスターの川澄舞ですね?」 紫の髪を三つ編みにした女性は確認するように尋ねる。 黒髪の少女はコクンと頷いた。 「まあ、確認する必要もなかったのですが……」 「……何の用?」 「あなたを確保させていただきます。無論抵抗していただいて結構ですので」 女性はリングを付けた右手を僅かに振るう。 「シオン・エルトナム・アトラシア、それがあなたを拘束する者の名です」 シオンは問答無用で舞に襲いかかった。 舞は左手で手刀を作ると横の空間を薙ぎ払った。 「初撃からエーテライトを受けた!?」 「…………」 シオンが手首を、指を振る度に、舞が手刀で何もない空間を打つ。 何もないはずなのに、舞の手刀は明らかに何かとぶつかって音をたてていた。 「……どうやら、あなたには完全に『視えて』いるようですね」 シオンは何かを引き寄せるように右手を引く。 「……糸?」 「視えていて、受けたのではないのですか?」 「……気配を感じたから……叩き落とした……」 「そうですか、視えようが、視えなかろうが関係ないのですね。存在する物である以上気配までは完全に消しようがありません。では、戦い方を変えさせていただきます」 シオンの左手には拳銃が握られていた。 シオンは迷わず発砲する。 発砲と同時に舞は跳躍しており、先ほどまで舞が立っていた床に弾丸が直撃していた。 「まさか、弾丸まで素手で叩き落としはしませんよね? データによるとあなたは剣を得意とするはず、しかし、今のあなたは丸腰、いくらあなたが達人とはいえ……くっ!?」 シオンは唐突に背中を反らす。 次の瞬間、シオンの前髪が数本切断されており、風に舞っていた。 背を反らしていなかったら、髪ではなく首が飛んでいただろう。 「……剣ならある」 前の右手にはいつのまにか、無骨な西洋風の剣が握られていた。 「どこから……」 いや、それよりもなぜ、剣が自分に『届いて』いる? シオンと舞の間にはかなりの距離があった。 間違っても剣の届くような間合いではない。 「……まだやるの?」 舞は剣先をシオンの方に向けたまま、尋ねた。 「…………」 「…………」 二人は無言で見つめ合う。 しばしの沈黙の後、シオンは銃をしまった。 「どうやら、事前に得た貴方のデータは全て間違っていたと思った方がいいようですね。錬金術師は勝算のある戦いしかしません。あなたはあまりに未知数すぎる」 「……退くなら、見逃す」 「感謝します。ですが、私はもう貴方を狙わないと約束はできませんよ。それでも、見逃すと言うのですか?」 舞はコクンっと頷く。 「不可解な……」 「……あなたはまだ人だから……」 「なっ!?」 「……それに、あなたは……私を倒したいわけではなく……情報が欲しいだけ……」 「…………」 「……違う?」 「……全てお見通しですか……では、戦闘などしなくても、私の知りたいことを教えてくれるとでも言うのですか、貴方は?」 舞は再びコクンと頷いた。 「不可解な……」 「……教えてはいけない理由がないから……」 「な、なるほど……明確な解です……」 川澄舞は他人とのコミュニケーションに難がある。 問答無用で『魔』を滅ぼそうとする。 以上のデータから、確保、それができないなら、エーテライトを気づかれずに付けた後に逃走、といった手段を予定していた。 「……何を知りたいの?」 舞の右手からはいつのまにか剣が消えている。 剣のことも興味が、知的好奇心が沸かないこともなかったが、最優先すべき質問があった。 「鍵城とはなんなのですか?」 その解が解った瞬間、いくつもの謎が同時に解明される。 この世界に来てからのあらゆる疑問、謎は全て、最終的には鍵城に繋がっていった。 「……この世界の全て……」 「全て?」 舞の口にした解は間違ってはいない。 シオンの推測とも一致していた。 だが、結局『全て』というのがどういうことなのかが解らない。 知りたいのはその先なのだ。 「……私に言えるのはこれだけ……」 舞は話は終わったといった感じに口を閉ざす。 「そうですか……」 シオンは舞にエーテライトを取り付けて、彼女の持つ全ての情報を知りたかった。 しかし、それはできないだろう。 下手に近づいたり、不審な行動をすれば、即座に今度こそ首を刎ねられる……そんな気がした。 「最後に尋ねます。川澄舞、貴方は『上』を見たのですか? 知っているのですか?」 「…………」 舞は肯定も否定もしない。 「……そうですか。いろいろとお世話になりました。貴方のお陰で確信と覚悟ができた気がします。では、失礼します」 シオンはそう言うと、屋上を後にした。 「香里、香里、この子の名前、真琴に決めたよ〜」 「そう……なぜ、その名前にしたの?」 「えっと、自分でもよく解らないんだけど、この子を見ていたら、その名前しかないって、まるで思い出したかのように浮かんできたの」 「…………」 「香里?」 「……なんでもないわ。真琴……いい名前ね」 「うん! ほら、真琴ちゃん、香里にあいさつだよ〜」 「あぅ〜」 「はい、よくできました〜」 名雪はとても幸せそうだった。 だから、香里は自分が思いだしたことは口にしないことにする。 かって、名雪の側に居た四人の名前の一つが『真琴』という名だったことを……。 次回予告(美汐&香里) 「というわけで、第4話ですね。あのこれ、KanonのSSですよね?」 「一応ね。まあ、糸のシオンってことで……細かく気にしたら負けよ!」 「まあ、それはいいとしても、あの『糸』、戦闘時使っているのも極細で透明な見えない物なのか、分厚い鞭みたいなのかよく解りませんよ……先端もカラフルで明らかな重りみたいな棘が付いているのか……」 「後者だったら、そんな物を『こっそり』付けられて気づかない馬鹿がいるとは思えないわよね。情報収集用のだけ、見えないほど細くて先端もない糸で、戦闘用は鞭みたいなのって解釈が正解なのかもしれないけど……この作品では戦闘用も情報収集用も『見えない』ような糸とさせてもらうわ」 「先端は糸と同じ透明で小さい棘(針)ということで……あ、刺された普通気づきますから、情報収集用は先端が無く、ただ単に粘着式かもしれませんね?」 「実際、現実にあるワイヤー武器なら先端はないとおかしいのよ、漫画なんかである糸だけの武器だと、そうそう振り回せるものじゃない、先端に重しがないと糸なんて勢いがつくものじゃないわよ」 「まあその辺は細かく気にしないと言うことで……では、今回はこの辺で失礼します」 「よければ次回も見てね」 「……ラストになんか決めセリフ言わないとスッキリしないんですよね……」 「そのうち慣れるわよ……なんなら、オリジナルに考えなさいよ」 「そうですね…………誰よりも強くそれが人の性ならば……とかどうです?」 「微妙に……オリジナルじゃない気がするわ……」 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |